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第一話

 彼女は言った。そんなにタバコが好きなら、タバコと付き合えばいい。


 空に消えていく白煙を眺めながら、僕は思った。タバコは自分のみならず、相手にも害を与えてしまうものなのだと。副流煙に咳き込む彼女。しかし、もう、彼女はいない。


 別に死んだわけではない。単純に、僕はフラれてしまったのだ。彼女が彼女じゃなくなる瞬間は、実に不思議な感覚がする。激しい雨粒が顔面を叩くような、そういう感覚に似ていると僕は思う。ああ、そうだ。不思議と言えばだけれど、僕が女に困ったことは一度だってないのは、不思議で仕様がない。


 四葉君。四葉ちゃん。よっちゃん。四葉。四葉さん。多種多様な名前の呼ばれ方があったけれど、しかし一つもしっくりくるものがない。これも不思議だ。


 そしてまた、本気で誰かを愛したことがないのも不思議である。もしや同性に興味があるのかと自分を疑い、一度だけ野郎と付き合ったことがある。だがまあ、当然のごとくすぐに嫌気がさし、僕の方から別れを告げた。


 不思議。不思議。不思議。他にも色々とあるのだけれど、列挙していけばキリがない。七不思議じゃあないが、僕が不思議だと思うことはそれと同じくらいあると思ってくれればいいだろう。


 それにしても、戻す話もない。もとより僕は、何かを話していたわけでも、何かを語っていたわけでもないのである。つまるところ、独り言である。


 一方通行な会話。決して届かぬ僕の声。誰の耳にもとまらぬ戯言。まあ、いい。


 昔の人々は、異性の気を惹こうとして、恋文を書いたりだとか、絵画を贈ってやったりだとか、自らの芸術性を全面に押し出すことで魅力を伝えようとしたらしい。けれど、だとしたら、僕の書き連ねるこの文字たちは、いったい誰のために書かれているのだろうか。


 女のため。いやいや、そうではない。親しき友のため。いや、違う。それでは敬愛すべき両親のために書いているのか。よもやそんなはずがあるまい。


 義務教育を終えて、そのまま縁切りをされてしまった僕ではあるが、未練たらしい女のように、恨み節を披露するほどの健気な精神は持ち合わせていない。残念ながら。


 では、どうしようか。僕は考えてみる。ああ、そうだ。考えるといえば、思考を司るのは脳髄にあらず、なんて話を聞いたことがある。だとしたら、果たして僕ら人類は、どこで物事を考え判断し結論付けるのだろうか。しかし僕は「それは心だ!」と断言するような、愚かしい人間ではない。残念ながら。


 それはいいとして。僕はこの疑問にこう回答を添えてみたいと思う。いわゆる思考とは、それすなわち連想である、と。思考とは決して、頭で思い、頭で考えるわけではないのだ。


 簡単に言えば、あらかじめ記憶をしていた『記憶』から、目の前に存在する物事を関連付け、そして一つの判断を下す。いってしまえば、予測するようなものだ。


 どうやら脳というものは、反射的に機能してしまうものらしく、自らによる制御などはまったくできやしない。これは脳のモジュール性とか呼ばれているけれど、どうしてこうもわかりにくい言葉のチョイスをするのであろうか。いやはや、不思議で仕様がない。


 ああ、そうだ。またいつもの悪い癖だ。


 僕はどうにも、理路整然と考えることができないのである。あっちへいったり、こっちへいったり。理路整然どころかカオスである。


 いまだって「カオスといえば……」などと、またしても話が飛んでしまいそうだった。ああいけない。まったく僕は、ダメな人間である。


 ようやく話を戻せるだけの話をした。別に意図的に無駄話をしていたわけではないけれど、結果的にそうなったのだから、もうそれで良しとしよう。


 話を戻す。大きく戻そう。どうして僕が、こうして文章を書こうと思ったのか。確かそういう話をしていたはずだ。案外、理由は単純だったりする。『男もすなる日記というものを、女もしてみむとてするなり』という書き始めは、みなにも親しみ深いと思う。


 しかし、まあ、僕は女のフリをして文章を書くほど、変態チックな男ではない。要するに何がいいたいのかと言えば、いつもとは違った視点で物事を見てみようと思ったのである。


 社会不適合者たるこの僕をして、言わせてもらえば、ささやかな反抗とでもいえようか。


 隅へ端へと追いやられ、枠組みから外され、後ろ指さされた、この僕から見える世界がいかに歪んでいるのかを、やや自虐的にでも書いてみようか。


 ただし勘違いをしないでくれ。僕が正しくて、みなが間違っているなどと、そんな的外れなことを言うつもりはない。下手したら、歪んでいるのは、この僕の方なのかもしれないのだから。だから僕は、先にも述べた通り、ささやかな反抗をするのである。


 口を大きく開いて、ああだこうだと言えるほどの度胸は持ち合わせていない。残念ながら。であるからして、文字に僕の気持ちを代弁してもらおう。


 ああ、そうだ。これだけは、話が脱線してしまうが、言わせてくれ。


 人類史上、最も優れた発明品は、言葉である、と。


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