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■□■□■□■■□■□■□■   親睦   ■□■□■□■■□■□■□■



翌日、日曜午後。

あかりは誰よりも早く部室に来て、親睦会の準備をしていた。

スーパーで菓子やジュース、

ビンゴゲーム用の景品(文具やビッグサイズの菓子等)を買い揃え、

あかりは部室とスーパーを二往復していた。

紙コップやビンゴゲーム一式はミキが手配することになっていたので、

あかりは家から持ってきたクーラーボックスに

氷を入れ、ジュースを冷やしていく。

なんだかキャンプみたいで、準備もまた楽しい。

あかりは、デコレーションの無い殺風景な部室に何か物足りなさを感じていたが、

( これは男子の作業ではないよな )と諦め、換気だけでもと窓を開ける。

そして窓辺で頬杖をつきながら、誰もいない校庭を見つめる。

休日の自主練をする部活もなしか・・・。

などとぼんやり考えていると、視界に小さく動くモノが二つ飛び込んでくる。


( あ、りんごの言ってること、ホントだったんだな )


あかりは校庭を走り回るリスを見ながら、またぼんやりし始める。

そして学校に隣接している十尾帯神社の木々に視線を移し、

自分の家裏の森と重なり合わせていく。


( あの森にもリスとかいるといいのに・・・ )


あかりはそんなことを思いながら、

校庭から神社の敷地へとを走り去っていったリスを目で追った。

( みんなが来るまで、まだ時間があるなぁ・・・ )

あかりはまるでリスたちに招かれるように、

小休憩がてらに神社へと足を向けた。



神々しく尊厳な空間。御神木の桂の存在感もあり、

自然と辺りを恐縮気味に見渡してしまう。

あかりはこれに似た雰囲気を知っている。 美術館だ。

中は勿論、外観にも通じる所がある。

陽鞠を連れて、よく美術館巡りをした。

あかりは絵画にはまるで興味は無かったが、あの空間はとても気に入っていた。

バイト先の映画館でも、時々そんな風に感じることがある。


( そういえば、エリと休んだ神社では参拝もできなかったなぁ。 )


そう思い、あかりは境内へと足を運び、

ごく自然のように拝殿へと進み出て、賽銭を投げ入れる。

妹の病気の回復とみんなの健康を祈り、自分の心構えを心の中で唱えていく。

神様への挨拶を終えると、あかりは祭務所の方を見やる。

すると、箒を持った一人の巫女さんと目が合った。


『 学業祈願ですか。 ご苦労様です。 』

と、彼女は短い挨拶をした。

『 いやぁ・・・ 』と、あかりは少し照れたように進みながら、

せっかくだからおみくじでも引こうと再び財布を開こうとする。

『 お守りですか? 』

『 おまもり・・・ 』

あかりが祭務所に並べられているお守りの数々に目をやる。

合格祈願、家内安全、安産祈願、キャラクターもの等

多くの種類が取り扱われている。

その中でも、あかりは一つのお守りに目が留まった。


『 エゾリス? 』

( エゾってなんだ? )

『 北海道の神社ではエゾリスは神使とも言われ、

とても縁がある動物なんですよ。 』

巫女さんの柔らかい声が届く。

『 えぞ? 』

『 北海道の事ですよ! 』 と、にこりと笑う。

『 ははは・・・すみません。 では、このお守りもらえますか? 』



あかりが部室に戻ると、

あの殺風景な部室が女の子らしいデコレーションで施されていた。

紙コップや皿を出しながら、

「 やっぱ、女子がいると華やかだよな 」と洋平が呟く。

全く、その通りだ。

あかりは「 遅い 」詰られながらも、その輪の中に心地良く入っていく。

親睦会は思いのほか盛り上がった。

乾杯に始まり、今更ながらの自己紹介。

そして、ビンゴゲームではそれぞれが「 ビンゴ! 」と、

当たった景品に一喜一憂する。

ミキの提案で王様ゲームまで始まり、あかりのおやじギャグ20連発や、

成実木の恥ずかし話披露、エリのアカペラ・歌謡ショー、

りんごの赤面一人芝居( 人気ドラマのラブシーン再現 )、

洋平の王様の欠点指摘10連発

( 王様がりんごだったため、五連発・五回の蹴りで終了 )などと、

大いに盛り上がった。 いや、ハメを外しすぎたのかもしれない。


それは突然の訪問者、

担任で文芸・郷土研究部顧問の鵜和の一喝で、

即、お開きとなった。


『 今回の首謀者は、水谷君のようだから、お説教は君に決定。

あとで職員室に来るように。 』

あかりは渋々頭を下げ、担任が部室から去っていくのを見届けた。



『 みんな、ごめん。 担任の許可を取っておけば良かった。 』

あかりが項垂れながら呟く。

『 OKなんか出る訳ないじゃん。

こういうのはこっそりやるから楽しいんじゃん。 』

と、洋平はあかりを擁護する。

『 そうだよ。 』

とりんごが言い、みんなが口々に「 楽しかった 」、とあかりを励ます。

その笑顔の言葉を聞き、『 うんうん 』と頷きながら、

あかりはおもむろに鞄に仕舞っておいた袋を取り出し、みんなに向き合う。


『 最後に、みんなへのプレゼントがあるんだ。 』

『 えぇ~、なになに? 』

成実木が身を乗り出し、目を輝かせる。

『 もう、みんな持ってるかもしれないけど・・・ 』 

あかりはそう前置きしながら、小袋を一人ずつ手渡していく。


『 お守り・・ 』

りんごがエゾリスの絵の入ったお守りを手に、小さな驚きの声を出す。

『 みんなを待っている間、ちょっと参拝してきたんだ。

あまり深く受け取らないでね。 ついでだから、ついで・・・。 』

あかりは明るい声を作る。

『 ついでって、妹さんの・・・? 』 りんごが呟く。

『 まぁ、そんな感じのヤツ・・・ あ、あと、この中に当たりがあります! 』

『 当たりって、なに? 』 成実木が食い付く。

『 あ、あたしだ。 』 と、ミキが呟く。

『 えぇ!? なになに!? 』 洋平がミキの袋を覗き込む。

『 同じお守りがもう一つ・・・って、なんで? 』

『 いや~、実は数、間違えちゃって・・・

おんなじもので、ごめん。 』

あかりは素人演技で、とぼけたように笑う。


『 何やってんのよ 』 りんごがいつものようにツッコむ。

そして、『 私も当たってる。 』と、

エリの小さな声も届く。

『 どんだけ買ってんだよ、あんたは! 』

りんごの鋭いツッコミで笑いが起き、

親睦会は気持ちの良い、少し和んだ雰囲気で一応終了した。





■□■□■□■■□■□■□■    襲来   ■□■□■□■■□■□■□■




みんな各々、あかりに礼と侘びを述べ、

「後日カラオケでも行こうぜ」などと埋め合わせを提示し、

雑談を交わしながら部室を後にする。

旧校舎から外へ出ると、辺りはすでに日も落ちて真っ暗だった。

『 もう真っ暗だね 』

成実木がりんごに寄り添いながら、呟く。

『 うん 』 名残惜しそうに頷くりんご。

『 楽しいと、時間が過ぎるの早いなぁ・・ 』

洋平が自転車の鍵を出しながら同調する。

『 今日はホント楽しかったよね~。 お土産もいっぱいだし。 』

ミキは無邪気に親指をあかりに突き出す。

その様子を見ながら、エリはあかりに礼を言う。

『 あかり、お守り大事にするよ 』

『 うん。 』

あかりが小さく頷いた。


りんごはその様子を見つめ、なにか自分も声を掛けたかったが、

結局、機を逸してしまった。

あかりは新校舎へ、みんなは帰り路へと歩みだす。

努めて笑顔で手を振るみんなに、

あかりも作り笑いで懸命に手を振る。



人気のない校舎を一人歩いていくと、ほんと心細くなる。 

ましてや、辺りは日も落ち不気味なくらい真っ暗だ。 

あかりは廊下の蛍光灯のスィッチを探し、何度か押すが何も応答がない。

校舎に不気味なカチカチという短い音だけが響く。


( まあ、いいか。 教室までだし、あれ、職員室だったっけ・・? )


あかりは、非常灯などの薄明かりの中をまるで感覚だけで、進んでいく。


( それにしても、怒られるの嫌だな・・・ )


あかりは憂鬱になりながらも歩を進めていく。

ほどなく教室に辿り着き、蛍光灯のスィッチを探し、

教室に光を灯していく。

あかりがすべての電気を付け終ると、

それが合図だったかのように担任の鵜和文子が入ってきた。

あかりの背後に佇むその女教師は、無言のまま俯いている。



『 先生、すみませんでした。 その、休日にみんなを呼び出し、 』

と、あかりが頭を下げ、謝罪の言葉を述べようとしたした瞬間、

カラン、と何かが落ちる嫌な音がした。

見ると、あかりの目の前に鞘が落ちている。

( さや? なんで? )

あかりはそのことを不審に思うと同時に直感で、

教壇付近に倒れこんだ。


ブン。


何かが、空を切った音がした。 それも大きな音だ。

あかりが、おそるおそる担任のいる方に顔を向けると、

生気を失った鵜和文子がその風貌からはとてもかけ離れた

日本刀を手にしている。


『 ひぃ 』

あかりは、恐怖の短い悲鳴を上げる。

『 ・・・ 』

無言の担任は無音のまま視線をあかりに向け、

焦点を定めたように刀を握りしめ振りかざす。

『 うぁ~~~ 』

あかりは悲鳴と共に、一気に窓際まで逃げ惑う。


なんだこれ? 

これは現実か? 

担任が殺人鬼? 

なぜ?

りんごの好きなミステリーじゃあるまいし。

っていうか、連休前のアノ件も、担任の仕業か? 

ということは、父親絡みか?


『 だ、誰だ? おまえは何者だ! 』

ぜいぜい息を漏らし、心臓を恐怖で高鳴らせつつも、

あかりは問いかける。

『 ・・・・ 』

相手は一言もしゃべらず、目的を達しようと刀を再度握りしめ、

一歩ずつあかりに近付いてくる。

あかりは、その存在から逃げようと窓際を伝って下がり

教室の隅に追いやられる。

『 く、来るなぁ~~~! 』

あかりは悲鳴にも似た絶叫の声を上げる。

しかし、一歩一歩何の迷いも無く近づく、

無言で無音の担任の顔を被った殺人者。


こんな、こんな事になるなんて・・、

に、逃げ切れるのか・・

それとも俺はここで死ぬのか?


無情の殺人者の黒い瞳が近づく度に、

あかりは恐怖のあまり腰が砕けそうになる。

蛍光灯にギラリと反射し、恐ろしい光を宿す刀。

それが間近に迫りつつある。


エリィさん、ごめんなさい。

もっと、あなたの話を聞けばよかった。

そうしたら、俺は・・・こんな・・・



『 うぉりゃ~~~~~~! 』



もう駄目かと思った瞬間、

突然の怒号に似た叫び声が教室を駆け巡った。

カン、キンと瞬速の勢いでぶつかり合う金属音。 

火花を散す二つの刀。

その正体を見て、あかりは驚愕するとともに顔を明るくした。

『 エリィ、さん。 』

彼女が映画の殺陣のような華麗な剣さばきで、

あかりの元から殺人者を引き離していく。


『 あかり、今のうちに逃げろ! 』

『 は、はい! 』と、短く返事をし、

立ち上がろうとしたところ、

瞬速の勢いで何かがあかりの目の前に突き刺さった。


教室奥の壁に突き刺さる二つの手裏剣のようなモノ。

あの死闘のなか、殺人者が向けたあかりへの攻撃。

一度に二人の相手も行う殺人者。


『 ちっ、プロか。 』

エリィが短く舌打ちする。

その言葉にあかりは突き動かされる。 


( こちらが、不利なのか? )


先ほどの手裏剣さばきがあったおかげで、

エリィの動きに若干キレが無くなっている。

自分を守りながら戦うのは、不利だ。

では、どうする? 

自分は何をしなくてはいけない?

そもそも、誰が引き起した?

あかりはカレーの時の自身の言葉を思い返していた。



『 気持ちの問題だと、思うんです。 

このつみれ汁も、自分ひとりだったら、絶対に作らない。

でも、誰かがいると、想像以上の力が溢れてくるもんです。 』


自分自身に言い聞かせる。

誰かがいると、想像以上の力が溢れてくる。

想像以上の力。

気付くと、先ほど投げ込まれた手裏剣を引き抜き、

殺人者に向かって勢いよく投げつける。

一つは躱されたが、一つは右肩に命中した。 

その一瞬苦痛に怯んだ場面をエリィは見逃さなかった。 

それは、勝利への確信と共に相手の死をも厭わない残忍な幕切れだった。



『 あかり、もう大丈夫だ。 』

エリィの声に、あかりは思わず安堵するように息を吐くが、

右腕を切り離され、悶え苦しむ殺人者に正直、足が竦む。

『 おまえ、何処の者だ? 』

エリィが相手の顔に刀を突き付けながら尋ねる。

『 ・・・ 』

息は荒いが無言のまま痛みに耐え、床を赤く染めていく殺人者。

『 名無しのシンソウ使いか・・・ 』

エリィは吐き捨てる様に呟く。


ジジジジ・・・。


相手の無応答とは別に、

エリの胸元にある小さな無線機らしいものが交信を求める。


『 エリだ。 』

『 ミキです。 状況をどうぞ 』

( ミキ? ) あかりが目を見開く。

『 ミキには、みんなの帰宅を確認させていた。 』

エリィは、あかりに淡々と言う。

『 あかりは無事だ。 敵確保・一。 負傷もしてる。 』

『 オーケー、エリ。 お疲れ。 

でも、敵の処分をお願い。 』

『 どうした? 』

『 エリ、実は状況が芳しくない。 』

ミキの無線機越しでもわかる、かすれた声が届く。

『 ん? 』

『 学校校舎に侵入しようとする奴らがいます。 』

『 シンソウ反応か? 』

エリィが素早く聞き返す。

『 はい、間違いありません。 』

あかりは、小さく漏れ聞こえる二人の会話に耳を傍立てる。


シンソウ、相手の心を操る力。

相手はシンソウ使いか?


『 外部からのシンソウです。

こちらでスキャンした個数は五つです。

校門三体、裏口二体。 』

『 ふぅ、どうも大がかりな作戦らしいな。 

こいつだけかと思ったが・・ 』

『 彼女の発信を辿っていると思われます。 

そこは危険です。すぐ退避してください。』

『 もう、遅いな。 奴らはプロだ。 』

『 でも・・ 』

『 ミキ、ジャミングを解除し、そこを離脱しろ。

もう、一分経つ。 これ以上はミキの場所も割れる。 』

『 私のことより・・・ 』

『 ミキ。 済まないが安全な回線で、

彼の母親と妹さんの無事を確認してくれ。

そして、警備の強護を頼む。 』

『 う、うん。 わかった、でも 』

『 大丈夫、私も素人じゃないさ。 任務は遂行する。 』

その言葉にミキは、口惜しそうに押し黙る。

『 もし、無事だったら、パフェ奢れよ。 あかりの分もな 』

エリィの強がる声が無情に響く。


パキン、パキン。


『 来やがったな 』

『 エリ、いま五体同時に侵入しました。 』

『 ミキ、すぐその場から離れろ。 』

『 わかりました。ジャミング解除、交信も終了します。

エリ、パフェは必ず奢るから。 』

そう言い終えると、短い雑音が交信の終了を告げた。

と、同時にエリィの

( 目を閉じて! )という短い叫び声が聞こえ、

あかりは慌てて目を閉じた。


短く鈍い嫌な音がし、

その場の息遣いがあかりとエリィの二人だけのものになる。

そして、今まで以上の恐怖があかりに襲いかかってくる。

そんな中、エリィは冷静だった。


『 あかり、よく聞いて。 』

あかりは、無言で頷く。

『 あなたの今履いてる上履きを頂戴。

そして音を立てず、この三階の理科準備室に隠れていて。

私はヤツらを屋上へと誘導する。

全員は無理かもしれないが、なるべく多く誘い込む。

屋上まで敵を誘いこんだら、合図をするから。 

そうね、あかりに判るように合図する。

そのとき、あなたはダッシュで地上まで逃げて。 

決して振り返っちゃだめよ。 』

『 エリィさん 』

『 私は、全力であなたを守る。 

だから何も言わず、私の指示に従って。 お願い。』

『 生きて、生きてまた会えるよね。 』

エリィは無言であかりの手をとり、

自分の小指とあかりの小指を絡ませる。


『 約束。 』


このまま時が止まってくれて、苦痛と恐怖から解放されたら、

どれだけの喜びを感じることができるだろうか。

『 エリィさん、今まで言えなかったけど、

あなたのことが・・・ 』

あかりのたどたどしくも強い決意を

エリィが口に人差し指を充て、制止する。


『 だめ。 』


エリィの表情が少し緩み、そして、おどけた様に作り笑いをする。

『 あかり。 知ってる? それ、死亡フラグだよ 』

あかりは彼女の顔を見てほんのり顔を緩ませたが、

すぐ階下に物騒な物音が響き始めた。



無言の合図とともに、エリィは教室を飛び出していく。

あかりは無様に四つん這いになりながら、

教室から廊下へと顔だけ出し、彼女を見送る。

あかりは辺りに黒い影が無いことを確認しつつ、

理科準備室へと這っていく。

ここを生きて出なくては・・・、

そう、エリィさんと。

エリィが壁にあかりの上履きを叩き付けながら、屋上へと目指していく。

それに呼応するように、黒く鋭い存在が速やかに後を追う。

一人、二人と後に続く恐ろしい黒い影。

あかりは身を縮めながら理科準備室の入り口から階段へと注視する。

三人、四人・・・そして五人目が屋上への階段を駆け上っていく。

( あれで全員だな。 )

エリィからの合図は無いが、これはもう降りて行った方がいいのか、

あかりは思案する。と、

同時に聞きなれない金属音が複数回聞こえた。

あかりは瞬時に把握した。 これは刀同士がぶつかり合う音。

エリィのいう合図は、この刀が交わる音か? 

いや、ちょっと違うような気もする。



〈 聞こ・・え・・・る? 〉



『 え? 』

( なんだ、今の・・・ )

あかりは、脳に直接囁きかけるような優しい声に震え上がった。

はっ!

そして、いまの現象を考える余裕も無く、目の前の事実にあかりは絶句する。

それは階段から黒い影が戻ってくるのが見えたからだ。

上に俺が居ないことが、ばれたのか?

どうする、どうすれば、いい? 相手はプロだ。 

素人の自分が敵うはずがない。

考えろ。 考えなきゃ、死ぬ。

あかりは震える足を押えながら、階段を注視する。

あかりの絶望の色が濃くなる。 

大きな黒影が一つあかりのいる三階で足を止める。

息を飲むあかり。 

自分の心臓の音がこれ以上ないくらい高鳴っている。

落ち着け! 相手はプロ。 こっちは素人。 

素人の知恵で、ビギナーズ・ラックで、運命で、乗り切るしかない。 

一度は助かったんだ。 今度も・・・。


暗闇に光る刀が見え、あかりは不覚にも恐怖に声を出してしまった。

それは短い吐息のようなものだったが、

黒影の二つの不気味な眼はそれを見逃さなかった。

暗闇の中、その黒い影は一歩ずつ、迷うことなくあかりに近づいてくる。

どうする。 どうしたら、いい?

恐怖のあまり、視線を逸らすこともできず、

もう相手には確実に視認できるところまで近づいてきている。


何か、なんでもいい、何か策は・・・。

後ずさりしながら、あかりは懸命に秘策、いや奇跡を探し続ける。

すると、あかりの背中にプラスティックで出来た丸いモノが当たった気がした。

薄赤く光るソレは、あかりにとってまさに奇跡というに近い存在だった。

あかりは素早く振り向き、赤く光るその物体のすぐ下の蓋を開き、

力いっぱいそのボタンを押しつける。



ジリリリリリリリリリリ・・・・



校内いっぱいに響き割る、そのサイレンの音。 

黒影の足が一瞬、止まる。

あかりはその音を聞きながら、すぐ横にあった赤い物体を手に取る。

そして、安全栓を引き抜きながら、

『 これでも、喰らえ! 』

あかりは声を荒げて、黒影に目いっぱい消火剤をぶちまける。

黒影は無言のまま、うずくまり耐えしのぐ。

あかりはゴキブリに殺虫剤を放射するかのごとく、

無慈悲かつ執拗に黒影を白く染め上げていく。

あかりにとっては永遠に続いてほしい放射だったが、

現実的にはたった十五秒間の攻撃だった。

白く悶えながらもまだ立ち上がろうと、

戦闘能力を維持している機械みたいな影に、

あかりは心から震え上がった。


そして、白くなった黒影男が手にした刀を握りしめるのが見えた。

『 これ以上、起きてくるな 』

あかりは、自分でもビックリするくらい手加減なしで

空の消火器を黒影男の顔めがけて振り落す。

しかも、何度も、何度も、それは相手が死んでも構わない、

殺意にも似た感情で・・。

ぜいぜいと呼吸を荒くしながら、へこんだ消火器で非常ベルを叩き付ける。

そして、音が鳴りやむのと同時に、消火器を無造作に投げ捨てた。


自分の凶暴性に慄き、震える両手がだんだん痺れてくる。 

もし、いま敵が新たに現われても戦う余裕など一つも残っていなかった。

再び訪れた静寂の中、あかりは振り返ることなく、

呼吸を整えながら階段を下り、地上の光をたぐりよせた。





~つづく~

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