表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/10

7






■□■□■□■■□■□■    休日     ■□■□■■□■□■□■



翌日の午後、あかりは町のホームセンターに来ていた。

収縮可能な物干し竿、LED仕様の懐中電灯、ロウソク、雨具、

空気入れ、安サンダルと次々と必要な日用品を買い物カゴに入れていく。

その日はいつものようにバイト先の映画館へと足を運んだのだが、

館主から思いがけない給与の支払があった。

『 これ、今月分の給料。今日はうちの清算日だから。約三週間、ご苦労様。 』

そう手渡された封筒を、あかりは不躾にもその場で中を確認し、

『 こんなに貰ってもいいんですか? 』 と驚きの声を上げる。

渡された茶封筒には五万二千円が入っていた。

『 正当な権利と金額だよ。 それに君が手伝ってくれるようになってからは、

妙に夕方の客が多くなってね・・・。

君が呼び込みをしてくれたのかと思ったくらいだ。 』

そう言いながら、館主の横田氏は笑う。

『 そんなぁ・・・。 』

と、あかりは自嘲気味に笑うが、少し奇妙に感じ、考えを巡らす。

同級生では成実木が何度か差し入れを持って顔を出してくれたが、

それ以外は自分の知る人物の来訪はなかった。 

もしかして、エリィたちの仲間が自分を監視するために、

連日足を運んでいたのであろうか? 

または、彼ら以外のまだ見ぬ組織の何者かが・・?

あかりはそう思うと恐怖に少し身を縮めた。


『 それと、ちょっと悪いんだが・・・。 』

館主の横田氏が申し訳なさそうにあかりを見上げる。

『 はい? 』

『 今日からちょっと臨時休業にするよ。 』

『 えっ? 』

『 なんの手違いかは判らんが、

明日から上映するフィルムがまだ届かないんだ。 

さきほど、確認したら、どうも九州の映画館に間違って送ってしまったらしい。

まだ、その間違った先でも確認が取れていないようだから、

ちょっと、時間が掛かりそうだな。 』

『 そんなことって、あるんですか? 』

『 私も長年この商売をやっているが、ちょっと記憶にないなぁ・・・。

でも、今日はそのお金で好きに遊んできなさい。

二、三日後になると思うが、フィルムが届いたら連絡をするから。 』

そう言うと、笑顔を作り館主の横田氏はあかりを送り出した。


( あ、そうだ。 ) 

あかりは日曜大工品コーナーの前で立ち止まり、

家の裏のあの森で見つけたテラスのことを思い出した。

( 椅子、壊れてたよな・・・。 )

あかりは手ごろな角材と釘はないかと商品を見ていく。 

金槌とノコギリは風呂の時に確認していたので、いいとして・・・。

( へぇ、釘って、一本からでも買えるんだな・・・。 )

と、妙なことに感心しながら、それらを買い物かごに入れていく。


『 なにか、作るのかい? 』


後ろから届いた突然の声にあかりは、びくりとする。

でも、それは聞き覚えのある大人びた少女の声だとわかると、

ゆっくりと身体を楽にする。

振り返ると、そこにはいつもの清純な黒髪少女のエリではなく、

シンソウ使いの方のエリィがイメージ通りの格好で立っていた。

ベースボールキャップに少し大きめのTシャツ、

オーバーオールにワーキングブーツ。

色気の全くない少年のような出で立ちだった。


『 イメージ通りですね。 』

あかりは正直に感じたままを口にする。

『 そうか? 』

エリィの、ちょっと自信の無い返事が返ってくる。

『 うん。 』

『 こういうの、嫌いか? 』

『 似合っていますよ。 』

『 そうか、よかった 』

『 あの、昨日はその、ありがとう。 』

あかりは、少し前に出て頭を軽く下げる。

『 あ、あれか。 いいって。 』

『 ろくに挨拶できなくて・・・、ごめんなさい。 』

『 君は偉いね。 』

エリはそう言いながら、あかりのもとに近づいてくる。

『 礼儀正しいよ 』

『 そうかな? 』 あかりは頬を掻き、少し気恥ずかしがる。

『 そうだよ。う~ん、そうだな。

昨日は私の胸の中で泣いただけで、胸は揉まなかったし。 』

『 はぁ? 揉むわけないでしょ、あの状況で・・・。 』

あかりは少し大きな声を出し、顔を真っ赤にする。

『 じゃあ、違う状況だったら? 』

『 どうしても、エロい状況に持っていきたいんですね。 』

『 わかる? 』

『 わかりますよ。って、今日は何の用です? 』

『 用がないと、ダメか? 』

『 そんなこと、ないですけど・・・。 』

『 なんかさ、昨日のことがあったし・・・来ちゃった。 』

と恥じらいながら照れ笑う。

『 それ、ワザとですか? 』

『 うん。 』

『 服装とキャラが合ってないですよ。 』


あかりがそう指摘すると、彼女は豪快に笑いながら、

あかりの傍にやってきて頬を強くつねる。

『 い、いってて・・ 』

『 お姉さんに恥をかかせるんじゃないわよ。

そうだ、埋め合わせに何か奢りなさい。 』

『 な、なんで・・そうなる、の? 』

『 給料も入って、しばらくバイトも休み。気分いいでしょ?

いうことないじゃん。 だから、今日は・・・そうね。

夕飯を奢りなさい。 』

『 もう、相変わらず強引ですね 』

あかりはそう反抗してみせたが、

実のところ彼女のそういうところに心動かされるところがあった。



大量の荷物を抱え、あかりとエリィは自宅に、やっとの思いで辿り着く。

『 レディに、こんな遠くまで荷物持たせるなんて・・・ 』

『 外食でも良かったのに、家で何か手料理を作ってくれって言ったの、

エリィさんですよ 』

『 私だけでも、タクシー使えば良かった。 』

軽く汗を拭きながら、ぶーたれるエリィ。

あかりは座り込んでいるエリィに

「 いま、冷えたお茶でも出しますから 」と、

言葉を投げかけ、買い物袋を次々に家の中に運んでいく。


エリィは一人土間の腰かけ部に座り、辺りを見渡す。

古ぼけた時代錯誤な建物だが、ゴミや埃、汚れ等無く、

なんか小綺麗に手入れがされている。

あかりは「 うまくやれてない 」など言っていたが、そんなことないんだよな。

自分が納得してないだけ・・・か。 そう感じながら、あかりの方を見る。

あかりは一人ぶつぶつ言いながら、確認するようにモノを仕舞っていく。

でも心なしか顔が緩んでいるようで、エリィはその顔に自然と笑顔がこぼれた。


『 で、何を作ってくれるの? 』

台所に立つあかりに向かって、エリィは催促の言葉を掛ける。

『 カレーです。 』

迷いの無いあかりの声が室内に響く。

『 は? カレー?

レディをこんな熊か狐しかいないような山奥に連れてきて、カレー? 』

エリィは、もっとちゃんと扱え、

もてなせと言わんばかりに不満を口にする。

『 カレー、嫌いですか? 』

人参の皮を剥きながらあかりが尋ねる。

『 子供のころから食べてるし、嫌いな奴なんかいないだろ! 』

『 じゃあ・・・ 』

『 だから、それが問題なんだって 』

『 エリィさんの言いたいこと、わかんないです。 』

人参の作業を終え、じゃがいもを取り出しながら、首を傾げるあかり。

『 じゃあ、あかりは何でカレーが作りたいんだ? 』

エリィがふて腐れたように口を尖らす。


『 この家に来てから、カレーは食べてないんです。

東京にいたころは自分が夕飯を作ることが多くて、カレーはよく作りました。

でも、自分ひとりとなると作りすぎてしまうし・・・

誰か、家に来たときはカレーでも作ろうと思っていたんです。 』

そう言いながら、あかりはじゃがいもの皮をピーラーで剥いていく。


『 あ、そういえば。 ある日、いつものように夕飯のカレーを作っていたら、

妹の陽鞠がチョコレートを持ってきたんです。

無言で渡しながら、恥じらっているので、それを鍋に入れろって

催促かと思ったんですよ。

妹はチョコ好きだったし、カレーにチョコとか牛乳、お酒とか

隠し味に入れる人知っていたから・・・それで、

手渡されたチョコから一つ取り出し鍋に入れた途端、

陽鞠が号泣しだして・・・、あ、途中でオチがわかりました?

そうなんです、それ妹からのバレンタインチョコだったんですよね、

もちろん義理ですけど・・あれはほんと、失敗したなぁ~

案の定、味も不味かったです。今回は隠し味無しですけど。

エリィさん、やっぱりカレーは嫌いですか? 』

あかりは自分の話に満足し、エリィに問いかける。


『 あかりがそんだけ喋って、まだ否定するほど私も我儘じゃないさ。

でも、妹の件は笑えないな、いくつの時だ? 』

『 妹が十歳で自分が十三の時かな、

あの後ホワイトデーに美術館へ連れて行きましたけど。』

『 彼女、絵が好きだもんな・・・ 』

エリィの同調の声が返ってくる。

『 うん。・・・早く元のように、話ができると嬉しいんですけどね。 』

あかりは小さく呟く。

『 そうだな・・・ 』

エリィは憂いを帯びたあかりの顔を見つめた。

一瞬の静寂が周りを覆い、

それに呼応するように家の中に西日が差しこんでくる。

『 カレーだけじゃ、あれだから・・・つみれ汁でも作りますか? 』

あかりが場の空気を壊すように明るい声をあげる。

『 イワシの? 』

『 うん。ちょうど今朝、お隣さんから貰ったんだ。 』

そう言い冷蔵庫からイワシを取りだす。

『 でも、骨の多い魚だし・・面倒なんじゃ・・・ 』

と、エリィが躊躇する間もなく、あかりはイワシに包丁を入れ、

うろこをそぎ落とし、頭を落として、手開きしていく。 

慣れた手付きで、ピンセットを取り出し小さな骨も抜いていく。

『 カレーさ、ルウ入れるまで20分は煮込むから、余裕あるよ。 』

そう言いながら、あかりは面倒な動作を繰り返していく。

エリィは それ以上何も言うことなくテーブルの縁に腰を打ち付け、

あかりの作業をぼんやりと見つめた。



『 お、おぃっしぃ~~~ 』

食卓テーブルで向かい合っているエリィは感嘆の声を漏らしながら、

あかりにつばを飛ばしそうな勢いで料理を褒めちぎる。

『 レシピに書いてある通りですよ。 』

あかりは、落ち着いた感じで言い添える。

『 なんで、ねぇ なんで?

このカレー、いままで食べた中で一番美味しいよ。 』

『 ルウの入っている箱に調理法が書いてあるでしょう。 

その通りに作っただけですよ 』

『 ま、まじで? 』

あかりが手渡すカレー粉の箱をまじまじと見つめる。

『 あ、たぶん。ルウを入れる時に一旦火を消すんですけど、

たぶん、それじゃないですか? 』

『 あぁ~~、ホントだ。 そんなこと書いてある。 知らなかった・・・。 』

そう言いながら箱を置き、満面の笑みでカレーをまた一口入れる。

あかりはその姿に見惚れながら、自分もスプーンを口に運ぶ。


( エリィさんって、どんな顔をしてるのだろう・・・ )


『 やっと、私に興味を持ってくれたみたいだな・・・。 』

( あれ、いまの口に出していたか? )

『 顔を見れば、わかるよ。 』

エリィは得意気に舌で唇に付いたカレーをぺろりと舐める。

『 ただ、なんとなくエリィさんに興味を持っただけですよ。 』

そう言い、あかりは少し拗ねたように口を尖らせる。 

( なんか、見透かされているみたいだ )

『 ほんとはどんな顔をしているか、知りたいか? 』

エリィは不敵な笑みで問いてくる。

『 そりゃ、その、知りたいですけど。 』

( また主導権を取られた )、あかりは心の中で嘆く。


『 まぁ、美少女だと思いたまえ。 』

エリィは正々堂々と当たり前のように宣言する。

『 はぁ? なんか漠然としすぎているんですけど・・・

それに22歳で、美少女って・・・。 』

『 20歳だ。 』

『 あれ、たしか22時、夜10時って覚えていたんだけど・・・。 』

『 なんて記憶力・・・では今日から夜8時だ。 』

『 ちょっと、ふざけてるんですか? 』

『 ほんとは20歳、ほんとにハタチ。 』

エリィは水を飲みながら、とぼけたように呟く。


『 なんで、そんなにこだわるんですか? っていうか、

最初から本当の年齢を言えばよかったんじゃ・・・。 』

『 き、機密事項だよ。 』 エリィが戸惑い、慌てる。

『 じゃあ、次は身長はどれくらいですか? 』

『 き、きみぃ、どうしたんだ、急に? やけに、熱心に・・・。 』

エリィは、飲み物をこぼしそうになるくらい、動転している。

『 だって、知りたい。 ほんとは、どんな顔をしてるとか?

もちろん、本名とかも・・・ 』

あかりは淋しそうに、スプーンを持て余す。

エリィはその様子をみて、自身のスプーンを置く。

『 あかり。私に興味を持ってくれて、ありがとう。 ほんとに、うれしい。

でも、機密事項にかかることだから言えないこともある。 

だって・・・

もしもあなたが、こちらの世界の私を探し出したりしたら、

大変なことになるでしょう? 』


エリィの発言は、あかりの脳天を直撃した。

考えても みないことだった。


『 ・・・会ったんですか、こちらの自分と・・・。 』

あかりは恐る恐る尋ねる。

『 いや、会ってない。 遠くから確認しただけ。

彼女は、まあなんていうか、ごく普通の一般人だったよ。

当たり前と言えば、当たり前か・・・ははは。 』

エリィの乾いた笑いが響く。

『 どんな気持ちでした? 』

あかりは少し前のめりになりながら、尋ねる。

『 いやぁ、顔とかほとんど同じだったけど・・・

まぁ、私の方がいい女だったな・・・性格も含めて。 』

エリィは勝ち誇りながらも、力なく笑った。


あかりは想う。

こちらの世界にいる本来の姿のエリィのことを・・・。

そして、エリィたちの世界にいるであろう自分に似た人物のことを・・・。


『 あ~、やめやめ。 これ以上喋ると、またフリーズしそう。

そうなったら、ここはあかりの家だし、今度こそ私の貞操が・・・。 』

エリィは、話題を変えようと必死にエロ方面へと話をスライドさせる。

『 貞操って、・・・じゃないくせに・・・。 』

あかりは聞こえるか聞こえないくらいの声でぼやき、お茶を飲み干す。

『 聞えてるよ。君は、本当に記憶力がいいな。 』

『 ショックなことは、覚えてますよ。』

あかりは消え入りそうな声でふて腐れる。

『 ショック、受けてたんだぁ・・・。

あかり。 自分で言うのもなんだが・・・

私の最初に言うことは、あまり信用するな。 』

『 そんな・・・それ、って、なんか悲しいです。 』

『 ごめん、でもすべてを打ち明けることはできない。 わかってくれ。 』

エリィの悲痛な面持ちに、あかりはそれ以上の言葉を掛けられない。

すぐ手に届きそうなその美しい横顔が、なんだか幻のように消え入りそうだ。

あかりは、それを必死に繋ぎ留めるように、さりげない言葉を投げかける。


『 今度は、エリィさんに食事を作ってもらいたいです。 』

『 きみに教えられているのに、いいものなんか・・・。 』

『 そうじゃないですよ。 気持ちの問題だと、思うんです。

このつみれ汁も、自分ひとりだったら、絶対に作らない。

でも、誰かがいると、想像以上の力が溢れてくるもんです。

いまの自分みたいに・・・まぁ、旨いかどうかわからないですけど・・・。 』

『 あかり。 私、・・・惚れちゃいそうだよ。 』

『 ちょ、ちょっと、何言ってんですか!

しかも、カレー食べてる最中で・・・。 』

あかりが顔を赤くしながら、

必死で誤魔化すように冷めかけたカレーを頬張る。

『 冗談よ、じょーだん。 』

エリィはそう言うと、いつものバカなエリお姉さんに戻り、

大口を開けてカレーを頬張った。


それからは必要以上のことは話さず、お互い見つめ合っていたんだと思う。

あかりがそう思うのも、正直時間が止まったかのようで

もしくは記憶が削ぎ落ちたかのように、なにか夢見心地に

ただ、エリィだけを見ていた記憶だけがある。

その後の会話は、まるっきり覚えていない。

いや、覚えていることが一つだけあるような、ないような・・・。

でも、それは誰にも言えない、日記にも書けない、

ちょっと恥ずかしいことだった。






■□■□■□■■□■□■□■   仲直り  ■□■□■□■■□■□■□■



翌朝、あかりは「ふみさと」のメンバーを全員呼び出し、頭を下げた。

いや、土下座をした。

その態度に全員が面を食らったように顔を引きつらせたが、

あかりの泣き出しそうなくらい真摯な姿勢に、事の大きさを再認識し、

結果、彼の気持ちを受け止めた。

『 確認するけど、エリ先輩とあかりは本当に付き合っていないの? 』

と、ミキが声を上げる。

『 うん。 付き合っていない、というかフラれました。 』

あかりが断言する。

エリは珍しく真っ赤な顔をしながら、

『 ごめんなさい。 私がフリました。 その、付き合っていません。』

と何も悪いことをしてないのに公開裁判を受けている。

( あとでフォローを入れておかないとなぁ )、

あかりは真っ赤な彼女に無言の謝罪する。


『 私、調子に乗って告白しちゃいました~~~。 』と、

教室中に響くような明るい声で、成実木が手を挙げながら自己申告する。

『 そして、見事玉砕したのを立ち会いました。 』 と、ミキ。

『 わたし・・私は、あかりを犬の躾のように怒鳴りました。 』

と、りんごが俯きながら呟く。

『 お、おい。 犬はないだろ。 』 あかりが、りんごにツッコむ。

『 なら、来週の日曜でも親睦会やろうぜ。 』

洋平の場の空気を無視した何の脈絡のない声が届く。

『 あんたねぇ、なにが 「 なら 」 なのよ! 』 りんごが鋭くツッコむ。

『 でも、それいいかも・・・。 』 ミキが賛同する。

『 そうだね、親睦会。 ねぇ、どうです? 先輩。 』

成実木がエリに尋ねる。

( おぉ、フラれた相手とフッた相手が・・・なんか、すごい )

あかりは背筋に冷たいモノが走ったが、あまり深く考えないようにした。



結果的に、みんなに迷惑を掛けてしまった。

朝の忙しいときにみんな部室に駆けつけてくれただけでも、正直有難い。

昨夜、エリィが帰ってから、

みんなに明日の朝に話があると伝えただけなのになんという結束力。

本当にありがたい。

あかりは、そう再認識すると涙が出そうになる。

バイトも大事だけど、この部は絶対辞めたくない。


『 りんご・・・。 』 あかりがりんごの正面に立つ。

『 な、なによ。 』

りんごが少しハニカミながらも、あかりを見据える。

『 俺、この部を辞めたくない・・・。

なんか、バイトやって、ふらついた気持ちで参加しているように見えるけど、

その、みんなともっと仲良くしたい。 』

『 辞めさせたりしないわよ。 』 ミキが援護し、みんなに同意を求める。

りんご以外の部員の誰もが頷き肯定している。

りんごがそれを確認し、そして再度真面目な眼があかりを捉える。

『 あかり。 復帰には一つ条件がある。 バイト代入ったんでしょ?

ここはあんたが親睦会の諸経費を出しなさい。 』

りんごが、それが当然かのようにあかりに提案する。


『 処刑費? 』

耳を疑うあかりを他所に、

『 ねぇ、いつにする? 今度の日曜にしようか? 』

成実木があかりに纏わりつく。

『 ゴチになります。 』

にやけながら軽く頭を下げる洋平。

『 お、おい。 』

あかりが誰ともなく助けを求める。

『 決まり、みたいだね。 』

エリがとどめの一言を投げかける。

結局、来週の日曜日に部室で親睦会を開くことに決定した。

日曜に学校に集まるというのは、

誰もいない学校で背徳感を味わいたいという洋平の意見が採用された。



それからは、いつものように当たり障りのない心地良い日々が続いた。

成実木とも、エリとも二人きりで下校したこともある。

あかりはいつも通りの彼女たちの言動に少し淋しさも感じたが、

普通に接して、普通に笑える関係を再構築できた喜びを優先させた。

家の裏の森にあるテラスの壊れた椅子も朝早くに起きて、

素人ながら直すことができた。

バイト先の映画館館主の横田氏の電話もあり、バイトも再開した。

なにもかもが順調かのように見えたが・・・

あれ以来、エリィは姿を見せなくなっていた。

彼女がいないことが、当たり前の日常だと感じつつも

心の何処かで彼女を欲していた。

毎晩日記を書くとき、その日の一日を顧みるが、

彼女が出てこなかったことで、ペンを置き考えにふけることが、

もう五日続いている。

明日は土曜日。

「一週間って、なんだか早いなぁ・・・。」

あかりは溜息混りに一人呟き、黒電話のある方を見やる。

静寂が支配したこの古屋敷を掻き乱す音など、鳴る気配は微塵もなかった。

『 会いたいな・・・。 』

あかりは鳴らない電話の代わりに、

聞いているかどうかわからない相手に言葉を投げかけた。



土曜の午後。

いつものようにあかりはバイト先の映画館で仕事に従事していた。

上映中は、あまり物音を立てずに

外のガラスの窓拭き等をしていることが多い。

脚立を使い、力強く磨いていく。

横田氏からは脚立の天盤は乗っちゃいけないと聞いていたので、

届く範囲でこなしていく。

そこへ、馴染みの声が届き、あかりは少し驚く。

『 お~~い。 来たよ。 』

ミキの声に、あかりが振り向くと、

そこにはミキと洋平そして、りんごが立っていた。

あかりは脚立から降りながら、自転車でやってきた彼らを向かい入れる。


『 どうしたの、今日は? それに、なんか珍しい組み合わせだね。 』

『 そう? 今日は、あかりの所でやっている映画を観に来た。 』

ミキは淡々と答える。

『 ちゃんと、働いてんだなぁ。 』

洋平が感慨深げに感想を漏らす。

『 ・・・・。 』

りんごは俯きながら、無言のままだ。

『 いや~、実はさ。 りんごが一人じゃ行けないって言うから・・・。 』

と、ミキが笑いながらネタばれをする。

『 はぁ? ミキ、なに言ってんるの! 』

りんごは顔を赤らめながら、抗議する。

『 事実じゃん。 』

りんごの膨らませた頬をつつきながら、ミキは笑う。

『 ど、どこが? だって、この映画、原作読んだから内容知ってるし、

観る必要ないんだし・・・。 』

りんごが言い訳を並べ連ねる。

『 せっかく来たんだから、見てってよ、りんご。 』

あかりが笑顔で声を掛ける。

『 あ、あんたがそこまで言うなら・・・。 』

『 次の上映まで30分位だから、中で休んでいて。 』

あかりは脚立を壁に立て掛け、場内へみんなを案内した。



三人が映画を鑑賞中に、テーブルを拭いていたあかりに横田氏がやってきた。

『 君の同級生が来ているのかい? 』

『 あ、はい。 同じクラスで、同じ部活の子たちです。 』

『 いいね。 青春って感じで・・・。 』

横田氏が学生時代を思い返すような顔をする。

『 そうですか? 』

なにげなく言葉を返すあかり。

『 うん。 彼らとの時間は大切にしなさい。 』

『 はい。 』

( ん? 何か言いたいことでもあるのかなぁ )

あかりは返事をしながら、一人思案する。

『 ちょっと、そばかすの子に聞いたのだが・・・。 』

( やっぱり! 何だろう? ) あかりは次の言葉を待つ。

『 明日は部活の親睦会があるのだろう?

だったら、明日は、まるまる休みを取りなさい。 』

『 いえ、それはお昼までに終わらせて、午後からはこちらに・・・。 』

と、慌てて説明する。

『 いや、そういうのは午後からの方が楽しいもんさ。

自分の場合でも、そうするよ 』

横田氏はそう言うと、自分の過去を思い出すように短く笑う。

『 でも・・・。 』

『 私なら大丈夫だから・・・、明日は休みなさい。 これは業務命令かな。 』

( ミキのやつ、一体なに言ったんだ? )

あかりはそう思いつつ、横田氏の提案に甘えさせてもらった。



あかりは、最終上映の他のお客さんに頭を下げ、

三人にちょっとした変更を告げた。

『 えぇ~、良かったじゃん。

やっぱ、午前中より午後の方が盛り上がるよね! 』

ミキが無責任に喜ぶ。

洋平も隣で「 それで、夜は肝試しでも・・ 」などと呟いている。

りんごもうっすら喜んでいる顔を覗かせている。

『 じゃあ、これで。 行こっか、洋平。 それと、エリ先輩と愛に連絡。 』

『 おう、了解。 』

と自転車に跨り、帰り路へ向かう準備をしている。

『 じゃあ、私も行くわ。 』

そう言いりんごも、自転車に手を掛けようとすると、

『 だ~め。 りんごはあかりが送っていく。これ、世界の常識。 』

と、ミキが何故か腕を組みながら、りんごをたしなめる。

『 ミキ、ちょっと何言ってんの? 』

りんごが明らかに動揺している。

『 今見た映画であったね。 似たように気を利かせるシーン。 』

と、洋平が言い添える。

『 あんたは黙ってなさい。 』 りんごが洋平に吼える。

『 全部終わるまで、あと30分あるけど、待ってる? 』

あかりがりんごに尋ねる。

りんごは返事の代わりに顔を真っ赤にした。



あかりが仕事を終えるまでの間、りんごは手を膝の上に置いて、

置物のように黙り長椅子に腰かけていた。

そして、彼女の目は不思議なほど落ち着いていて、

あかりはなんだか待たせているという実感をあまり持たなかった。

映画館の照明が全て落ち、横田氏に報告を終え、

いつも通りのバイトが終了した。

あかりとりんごは自転車を押しながら、

薄暗い商店街を無言のまま並んで歩く。

そして、あかりは彼女の了承を得ず、一軒の店へ招き入れる。

無言のまま店内に入り、

先日座った席にもう一度、あかりは腰を落ち着ける。

彼女もあかりに倣う様に、あかりの正面に腰を下ろす。

店内にはオールド・ジャズが歓迎するように流れている。


『 あんたって、結構強引なんだね。 』

りんごが目だけキョロキョロ動かしながら、あかりに呟く。

『 この店。 以前、エリ先輩と来たことがあるんだ。 』

『 へ、へぇ~。 そうなんだ。 』 その告白にりんごは少し驚く。

『 りんご。 』

『 な、なに? 』 

いきなりの呼びかけに、りんごは胸を高鳴らせる。

『 りんごは、まだ怒ってる? 』

『 な、なに言ってるのよ! そんな訳ないでしょ! まったく・・・。 』

りんごは近くにあったメニュー表で顔を隠す。

そして、何かに目を止め

『 この店、あかりの奢り? 』 りんごが上目使いに聞いてくる。

『 うん、そのつもりだけど。 』

『 私、このデリシャス・チーズハンバーグ、いいかな? 』

なんか、可愛い声がした。

『 いいよ。 飲み物は? 』

『 コーヒー。それも、苦いヤツ。 』

そう言い、ようやくメニュー表で隠れたりんごの顔が出てくる。

『 わかったよ。 』

あかりはりんごの笑顔に自身もつられて笑った。


それからのりんごは、今観た映画の感想や今日来た経緯などを

笑顔であかりに説明する。

あかりにとって、それはとても新鮮で、

とても心地良く、とても楽しかった。

りんごはチーズハンバーグを満面の笑みでパクつきながら、

話を続けている。

『 働いているあんた。 なんか、カッコ良かった。 』

りんごは、無防備の笑顔であかりを褒める。

『 なんか恥ずかしいな、そういうの。 』

あかりは照れながら、グレープジュースに口を付ける。

その動作を見ながら、りんごは少しだけ真面目な顔になり、

『 ねぇ。 聞いていい? 』

『 なに? 』

『 今日はどうして、ここに連れてきたの?

あのまま帰っても良かったのに・・・。 』

『 いや、りんごとちょっと二人きりで話がしたかったのもあって・・・。 』

『 はぁ? あ、あんた何言ってんの? 』

明らかに動揺するりんご。

『 俺、なんだか君のことを蔑ろにしていたところがあったと思うんだ。 』

その告白に、りんごの表情がみるみる変わっていく。

『 なに? それ。 』

あかりがその表情に少しびくつきながらも、言葉を繋いでいく。

『 こないだ、その・・部室でのことだけど・・・

あの時、りんごが言ってたこと・・・ あれ全部本当の事だと、自分でも思う。

俺、正直すごくショックを受けたけど・・・、

あれがあったから、家族ともなんか、すごく近くなった気がするんだ。 』

あかりの告白に、りんごは気の抜けたように、ぽか~んとしている。

『 何の話か、分からないと思うけど・・・、

その、気持ちをぶつけてくれて・・・感謝してる。

そう、感謝していることをりんごに伝えたかった。 ・・・・ ありがとう。 』

そう言い、あかりが頭を下げる。


りんごには、どうして感謝とか家族の話とかになるのか

理解できなかったが、真摯に頭を下げるあかりの気持ちは

痛いほど届いた。

『 あかり、こっち向いてよ。 』

その声に、ちょっと恥ずかしそうなあかりの顔が

りんごをゆっくりと見つめる。

そして不思議な空気が二人を支配する。

お互い向かい合い、瞳の奥まで見つめているような

純粋な眼差しが重なり合う。

その事実に、あかりは照れを感じ、視線を逸らした。

すると、りんごは含みを持たした満面の笑みで、

『 ば~~~か! 』

と、悪たれを付いた。

言い終ったあとのりんごの目にはうっすら涙が滲んでいたが、

彼女はあかりに気付かれぬようにすぐに拭い去った。






~つづく~

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ