6
■□■□■□■■□■□■□■ 衝突 ■□■□■□■■□■□■□■
数日後の放課後。
あかりは偶然廊下で出会ったエリと談笑しながら、部室へと向かっていた。
あかりはエリといると楽しかった。
こちらの世界の清楚な黒髪の美少女のエリ、
あちらの世界の屈託のない軽い感じの、少しだけエロいエリィ。
あかりは、もうシンソウ中であろうが無かろうが、
関係なく二人に普通に接することができていた。
慣れというか、それが日常であるかのように普通な感覚になりつつあった。
エリィの出現回数や時間も、本来のエリが疑問や違和感を持たないように、
細心の注意を払う様に心掛けることを約束してくれていた。
これも、あちら側の世界のエリィのお蔭かなと、少し感謝しつつ、
こちら側のエリと取り留めのない高校生会話を交わしていく。
これで、エリィやミキのいう父親に関する不穏な動きなど
起きなければ最良なのだが・・・。
笑顔のまま、部室に入るとそれを打ち消すような、
ある種の張りつめた空気が支配していることに気付く。
『 あれ、何かあったの? 』
笑顔のままのエリが誰にというわけでなく尋ねる。
部室には、洋平を除く、成実木、ミキ、そしてりんごがいた。
みんな、俯き気味に席に座り挨拶さえしようとしない。
( なにがあった? )
不穏な空気に、エリの表情が変わる。
『 ミキ、なんかあったのか? 』 エリィの低い声が呟く。
『 いえ、ちょっとした誤解だと思うんだけど・・ 』
と、エリとあかりの両方を窺う。
『 私たちの事か? 』 エリィが尋ねる。
こくりと頷くミキ。 ミキはあちらのミキのようだ。
『 え、俺たちのこと? 』
あかりは訝しがり、エリィを見つめるが、彼女は無言で覚悟を促す。
その横顔にあかりは悟ったように背筋に冷たいものが走った。
その様子をみたりんごが立ち上がりながら、あかりに近づいてくる。
『 あかり、こないだ 部を辞めていいって、言ったよね 』
その声はこれ以上ないくらい冷酷なモノだった。
『 あれ、本気だったのか? 』
あかりはその冗談じゃない目に、頬をこわばらせる。
そして、近くにいた成実木に声を掛ける。
『 俺、何かしたのか? もしかして、バイトのこととか?・・・
その、部活も短縮気味で悪いとは思っている。 』
その言葉に、成実木は無言のまま、ぶんぶんと首を振る。
『 なっ、じゃあ、何だ? 』
あかりは少し苛立ったように成実木から離れ、やってきたりんごと対峙する。
りんごの瞳には慈悲なんて言葉は微塵も無い怒りの炎が灯っている。
やがて、呼吸する音が聞こえるほど近づくと、一斉に怒号をあかりに浴びせる。
『 ・・・ばか、ばか、ばか、バーカ!! 』
『 りんご、ちょっと落ち着こうよ 』
あかりが、りんごに近づきなだめようとする。
『 気安く呼ぶな!! 』 存在自体を拒否するようなりんごの叫び声。
『 えっ? 』
あかりが、あまりのことにたじろぐ。
『 ほんと、むかつくわね。 あんた見てると、ほんとムカつく。
自分のやってること、少しは考えてみたことある? 』
『 ちょっと、りんご。言い過ぎだって! 』
ミキがあわてて口を挟む。
『 言い過ぎってだけで、本当のことでしょ? 』
りんごの只ならぬ感情に、ミキの顔が強張っていく。
『 でも、 』
『 うるさい! 言ってやらないと判らないことだってあるんだよ 』
そう言うと、りんごは核心を突く。
『 あかり、先輩と何回デートした? 』
『 デート・・・ 』 あかりが、その言葉にたじろぐ。
『 深夜にこそこそと・・・こっちは知ってんだよ。 』
『 見てたのか? あれは・・・ 』
『 アレじゃないんだよ。 何度も目撃されてんだよ、 』
( どういうことだ? 先輩といるところを何度も? どうして? 誰が? )
『 なんで、みんなぞろぞろこの部に入ってきたと思ってるんだよ。
元を正せば、あんたが巻き込んだことだろうが! 入院したときだって・・ 』
『 あかねさん、その話を持ち出すのはフェアじゃないわ。 』
エリィが不穏な成り行きに釘を指す。
『 フェアとか、関係ない! 気持ちの問題を言っているの。
みんなの善意を踏みにじって、結局は二人がいちゃつくための部活動かよ! 』
りんごがそう吐き捨てる。
『 もうやめてよ、りんご! ねぇ、どうしちゃたの?
今日のりんご、おかしいよ・・・。 』
ミキは泣きそうに顔を歪ませながら、困惑の声をあげる。
( お願いだ・・・ お願いだから、そんなに感情を俺にぶつけないでくれ。 )
『 うるさい!!
私はこの野郎の偽善的な態度を見ると、ムカムカするんだよ。
入院だって、ホント、どれだけ心配したと思ってるんだ。
それなのに、こいつはそんなことはお構いなしに・・・退院したら、
すぐバイトを見つけてきて・・・また、居なくなっちまおうとしている。
そりゃ、一度も見舞いに行かなかったけど、私だって、心配してた。
退院したら、優しい言葉を掛けてやろうと思っていたんだ。
でも・・・でも・・・。 あんたには私の言葉よりも先輩と・・・。 』
りんごが涙ながらに抗議する。 そして、それが止まらない。
鬱積した感情が声を荒げ、魂を救済するかの如く暴走している。
『 もう、やめてよ!!
ううう、わかったから、あなたの気持ち判ったから・・・ 』
ミキが眼鏡を外し、涙を拭い泣いている。
『 判ってない。 こんなこと言いたくないけど、
病気してたのも、疑わしいよ。
そういえば、妹さんの病気も、ほんとに病気なの?
だとしたら、あんたの無神経さが原因じゃないの? 』
( 今、何て言った? )
りんごは軽口程度に出た言葉だったかもしれない。
しかし、息が止まりそうになるくらい鋭い言葉としてあかりを射抜く。
あかりは、その言葉に完全思考停止した。
そして、よろけるように長テーブルに片手をつく。
『 あれ、図星? 身に覚え、あるみたいじゃん。 』
その言葉に、あかりの心が揺さぶられた。
( 何言ってる・・・ 何がわかるっていうんだ )
『 りんご、いい加減にしなよ。 』
今まで一言も口を挟まず、長テーブルに突っ伏していた成実木が口を開く。
『 愛は、口を挟まないで 』
『 ほんと、いい加減にしなよ。 』 その声はだんだんと力を帯びていく。
『 うるさい! 』
『 りんご、これ以上続けたら、あんたの友達やめる・・・
あんたの友達やめるぞ! 』
成実木が声を震わせながら、りんごを睨み付ける。
『 あんたには関係ないでしょ、私は今あかりと話をしているんだから。 』
『 話? 何言ってんだ、
私には必要以上にあかりを傷つけているようにしか見えないよ。 』
『 傷ついたのは、こっちだ。 』
『 あなたの気持ちは分かった。 だから、もう、あかりを責めないで。
ほんと、私からもお願いします。 』
見かねたエリィは、優しい言葉と共にりんごの肩に手を置く。
りんごは素早くそれを振り解き、キッとエリを睨み付ける。
成実木は、そんな態度を取るりんごが許せなくなった。
『 りんご、何でそんなに攻撃的なの? あたしなら、もっと優しく・・・。 』
『 愛・・・あんた、あかりのこと好きだろ。 』
突然の言葉に成実木は目を大きく見開く。
『 だろうと思った。 あんた、あかりが入院してから ちょっと変だった。 』
驚愕の表情のまま、成実木はあかりのいる方へ目をやる。
あかりは、憔悴しきった顔で成実木を見つめていた。
今まで一度も見たことのない、あかりの情けない顔がそこにあった。
項垂れて、反撃の言葉も返せず、完全に打ちのめされている、
あかりの顔。
『 あかりのことが好きかって? 』
成実木はりんごに向き直り、みるみる顔を紅潮させていった。
『 あかりのことが好きかって?・・・
好きに決まってるだろ!! 大好きだよ!!!
傷つけることしか知らないあんたより、私の方が100倍好きだ!!
解かったら、好きな分だけ・・・あかりにやさしくしてみろ!!!! 』
これ以上ないくらいに大きく開かられた成実木の目、その彼女の荒い息遣い。
成実木の隣に立つミキが口を押えながら、その衝撃に目を白黒させる。
あかりは、悪い夢でも見ているかのようであった。
なんで、こうなった?
どうして、なぜ?
答えを見いだせない。
誰もがその場に凍りつき、誰も身動きが取れないまま、
静寂が部室を支配する。
そして、がちゃ、と扉が開き、
『 あかりいる? こないだ言ってた映画・・・って、何かあったのか? 』
洋平の無邪気な声が、場違いで険悪な部屋に響いた。
あかりは洋平を一瞥し、入れ替わるように無言のまま部室を後にした。
すっかり辺りが暗くなった夕刻を、
あかりはふらふらと学校の隣の河川敷へと無意識に足を向かわせていた。
川沿いの道は程良く心地良い風が吹いていたが、そんな微風でさえ、
あかりの足をさらってしまう。
( あ、あの東屋まで行けば・・・ )
くらくらする頭とふらつく足取り、
まるでマラソン大会終了目前の生徒のような様相で、小さな目的を定める。
そして、あかりはなんとか、かつてエリと来たあの東屋まで辿り着いた。
どーして、こうなった。
いや、どうやってあの場から逃れられたのかな・・・
あ、黙って出てきただけか。
思い出すことを脳が拒否しているみたいだ。
修羅場だった。 頭が痛くなる。
そして、怖くなってくる。
恐怖と自責の念が自分を攻めてくる。
最低だ。
りんご、成実木・・・、ひまり・・・。
もう、何も考えたくない。
あかりは力尽きたように、東屋の腰かけに体を投げ出した。
疲れたな。 このまま、眠りたい。
辺りの視野がだんだん狭まっていく。
黒く淀んだ、いやいつもと同じ夕暮れなはずなのに、
今は少し気味が悪い。
自分の気持ちの悪さが、反映されているわけではないのに。
こう感じるのは自分の不甲斐なさが原因か・・・?
どれくらいの時間が経っただろう。
あかりは、うなされる様にハッと我に返る。
川の流れる音が細かく聞こえる。
『 散々だったわね。 』
いつの間にか、すぐ隣りに座るエリィが優しく声をかける。
『 思い出したくない・・・。 』 あかりが相手を見ずに答える。
『 このまま、部を辞める? 』
エリィの問い掛けには答えず、
あかりは彼女から離れるように無言で立ち上がる。
エリィはあかりをしばし見上げ、その悲しげな顔を見上げていた。
やがて、目線を落とし諭すように声を低く、力を帯びた言葉を彼に放つ。
『 あなたは特別な存在。
先日あなたが危険な目に遭ったように、彼女たちもその可能性がある。 』
あかりはその言葉を無言で受け取り、
やがて理解したように力無くその場にへたり込む。
エリィはあかりの肩にそっと手をやる。
『 今日のあかねさんの感情の高ぶりは尋常ではなかった。
あれは、たぶん仕組まれている。
彼女は何者かに接触されて、何か混乱を・・・
危険が迫っているわ。 兆候を見逃しちゃダメ。
落ち着いて、考えてみましょう。 』
『 わかっている。 頭ではわかっている。
でも、言葉は残酷だよ。 言葉にされると、もう、きつくて・・・
わかっていても・・・受け止めることができないよ。 』
あかりは、今にも泣きだしそうだった。
こんなにも言葉が残酷で、自分は傷つけられたことがない。
『 ひまり・・・。 』
その言葉に、エリィの手が少し硬直する。
『 気にしてはいけない。 あれは、事実じゃない!
それによく考えて。
あなたの妹さんの病気のことはクラスの誰にも
言っていないはず・・・
それをなんで彼女が知ってるの?
彼女はこうも言っていた、私たちが何度もデートしていると・・・
私たちはこないだの一度だけなはず。 』
エリィは必死に先ほどの問題・矛盾点を指摘する。
しかし、あかりには届かない。
『 彼女の言うとおりかもしれない。 自分に原因がある・・・。 』
『 あなたは何を言っているの?
妹さんについては、あなたの責任は一つもない。 』
『 い、いや。 なんとなく思い出してきんだ。
陽鞠が口を利かなくなった前の日のことを・・・。 』
あかりは、自分の使い古しの汚れたスニーカーを見つめながら、
自分自身にそれを映していく。
『 もう、やめなさい。 これ以上は、彼らの思うツボよ。 』
『 いや、真実と向き合いたい。
本当は、あなたも知っているんでしょ? 』
あかりの今までにない悲痛に帯びた顔を見たエリィは、
一瞬言葉を発するのを躊躇うほどだった。
そして彼女は彼の眼差しを一身に受け、
条件反射的にあかりの体を抱き留める。
あかりは言葉も無くすすり泣く。
そんなあかりに対し、エリィは必死に懇願する。
『 今だけ、今だけでいいから・・もう何も考えないで。 』
『 ううっ。 』
あかりはエリィの体温に触れ、やすらぎを得たように大泣きをし始めた。
まるで母親に甘える子供のように、他人の目など気にせず・・
ただ、目の前の安らぎに身をゆだねた。
■□■□■□■■□■□■□■ 三本の電話 ■□■□■□■■□■□■□■
その日はあかりにとって、今までのなかで一番遅い帰宅となった。
暗闇の中、遠くにぼんやり幻のようにみえる我が家は、
不気味なほどいつも通りで、静寂の中主人を待ちわびていた。
自分と自転車の小さな進む音。 空には見上げずとも判る満天の星々。
いつもと同じはずなのに・・・。
今にも この重苦しさ、人恋しさに打ち負かされそうになる。
どれくらいの時間、あの人は抱きしめてくれていたのだろう。
ありがとうって、言えなかったな。
無言であかりを見送ってくれた彼女の作り笑顔をおぼろげに思い起こす。
あかりは、自責の念に際悩まされていた。
いつからだろ、こんなに弱くなったのは・・・。
自分を強い人間だと思ったとこは無いが、
弱い人間だとも思ったことはない。
先日の告白で過去の甘えたい自分を顧みる機会があったが、
自分の家庭環境に悲観したことも無かったはずだ。
そう、母が死に、父が再婚、父が失踪。
再婚相手との同居、妹の病気、引っ越し。
高校生で独り暮らし、部活にバイト。
そして、父を巡る怪しい境遇。
ここでの独り暮らしを選択したことが罪なのか?
すべての元凶というか、考えることが多くなったのはここに来てからだ。
みんなと出会えたのは素晴らしいことだと思うが、
今は全てがどうしようもないくらい、それを無かったことにしたい。
これからどうしたらいいのか、全くわからない。
いつから、狂ってしまったのか?
でも、今日気付かされたことがあった。
自分が妹を傷つけたかもしれないという可能性。
それは妹がまだ口数が少ないだけで、人と接するのが苦手になり始めただけ、
まだ決定的に病気と決まったわけじゃなかった、あの時。
そう、俺は陽鞠とけんかをした。
いや、一方的に捲し立てただけかもしれない。
結果、みんな傷付いた。 そう、あのとき・・・。
午後10時半を過ぎた時計に目をやり、あかりは誰もいない家で一人佇む。
電話をしなくては・・・なにか話しを・・、
いや伝えたい気持ちがあると自分の魂が叫んでいるような・・。
あかりは黒電話のある電話台の前に立ちつくし、
一人気持ちを奮い起こしている。
再度、時計に目をやる。
50秒、51秒、ちょうどあかりの気持ちに拍車をかけるように秒針が進む。
六、七、八、九・・・
『 よし! 』 あかりは気合と共に、電話のダイヤルを回した。
数度の呼び出し音の後、相手が出た。
『 もしもし。 』
『 ・・・かあさん、元気? 』
『 あかり! 』
相手の嬉しそうな、そしてとてもびっくりした声が届く。
『 こっちは、なんとかやってるけど、そっちはどう? 』
たどたどしくも、なるべく自然に話しかける。
『 あかり・・・なにかあったの? 』
妃花のいきなりの核心を突く問い掛けに、一瞬で凍りつき言葉を失う。
あかりは急いで視線を泳がせ、
次の言葉を見つけ出せないまま口だけは開いていく。
『 な、なんで、そうなるの、かな? 』
『 なにかあった? 』
あかりの声を無視し、妃花が少し語気を強め再度尋ねる。
『 ・・・・・。 』
あかりは言葉を探しながら、定まらない視点に目が回り始めた。
何をどう伝えればいいのだろう。
過去の謝罪をしたいなど、唐突すぎる。
陽鞠の完全失語は自分に原因がある。
もしくはあるかも知れない。 いや、その可能性に気が付いたなど・・・。
まどろっこしくて、とてもじゃないが電話で説明するには
前置きが長くて、真意が伝わりにくい話ではないのか・・・
『 あかり・・・。 』
沈黙を破った呼びかけは、
悪いことをした子供をたしなめるような冷静な声色だった。
あかりは、少し心臓が飛び上がり、受話器を落としそうになる。
『 あかり、かあさんに隠していることあるでしょ? 』
『 ぇ? 』
『 未成年が病院に入院するのに親の同意書が必要なの、あかり知ってる? 』
( そっちか! ) しかも、それは知らなかった。
『 なんで、私を頼ってくれないの? ねぇ、なんで? 』
妃花が拗ねた子供のように、あかりを詰る。
『 そ、それは・・・。 』
『 霧島さん。 あかりの入っている部活の先輩という人から連絡を受けた時、
ほんと目の前が真っ白になった・・・。 』
( エリィが連絡したんだ・・・、病院の手配も彼女だったよな )
『 わたし、その電話を受けた時・・・泣いちゃった・・・ 』
そう言い妃花は涙声になり、鼻を啜る。
『 かあさん。 』
『 すぐに飛んでいけない自分に腹が立って、悔しくて・・・
そして、あなたのことが心配で・・・涙が止まらなかった。 』
その言葉を聞き、あかりの目頭が熱くなる。
『 ごめん。 』 自然に謝罪の言葉が零れ落ちる。
『 彼女は心配ないって、言っていたけど、
来なくても大丈夫って言っていたけど・・・
あの時無理してでも行けばよかったって、後悔してる。
ほんとに、後悔してる。』
『 ほんと、ごめん。 』
『 ううん、謝るのは私の方。 ほんと、悪いと思っている。
無理してるんだろうな、って。 』
『 そんなこと、ないよ 』
『 いや、わかるの。 あかりの頑張りが・・・
だって、隠そうとしてたでしょ? 』
『 うっ 』 言葉に詰まるあかり。
『 わたしに心配掛けたくない、そうでしょ? 』
『 だって、家族は大事だし・・・心配させたくな・・・。 』
『 家族なら、心配させてよ!! 』
妃花が涙声で怒鳴る。 彼女の本気にあかりは尻込みする。
『 心配させてよ・・・。 』
彼女の懇願の声があかりに届く。
彼女の訴えに押され、自分の抱いていた気持ちが曝されるように
徐々に感情が高ぶってくる。
( 自分だって、俺だって、素直になりたい気持ちはあるんだ!
心配してもらいたいし、甘えたい気持ちだって、もちろんある。
でも、でも・・・かあさんは、かあさんは・・・ )
『 だって・・・、だってさ・・・ 』
あかりの中で今まで言えなかった気持ちがこみ上げてくる。
『 かあさんは俺と陽鞠を見捨てなかったから!
ほんとの母親じゃないのに!! 』
その台詞に妃花は、息を飲み絶句する。
『 そ、それは・・・。 』
『 違うんだ。ごめん。そうじゃないんだ。言いたいことはそうじゃないんだ。
母さんは、父さんを探したかったはずなのに・・・俺たちさえいなかったら、
もっと自由になれたはずなのに・・・。 』
あかりは涙ながらに言葉を繋ぐ。
『 わたしが選んだの! 』
妃花の悲痛にも似た絶叫が届く。
『 わたしが選んだの。 文句ある? あなたたちといることを私が選んだの! 』
『 どうして・・・そんなの、おかしいだろ。 ぜったい・・・。 』
あかりは妃花の答えに納得できないかのように嘆く。
そして、そんな疑念のあかりに答えるように、
妃花は震える声だったが真実を告げ始めた。
『 私は・・・おかあさんは、子供が産めない身体なの。
だから、私にはあなたたちが必要だったの。 自分勝手で、ごめんなさい・・・
でも、ほんとにあなたたちのことを心配してる。
愛してる。 言葉にできないくらい・・ 』
これ以上無いくらい感情の高ぶった声が、あかりの愚かな耳に届く。
なんで、こんなに傷つけてしまったのか?
こんなにかあさんを悲しませて、つらいことを吐き出させてしまって、
自分はどんな言葉を掛けたらいいのだろう。
収拾する力も経験も無いくせに、自分勝手な正義で結局は人を悲しませてしまう。
ほんと子供って・・・まわりが見えてない、自分本位の生き物だ。
『 かあさんに言いたくないことまで、言わせてしまって・・・ううう、
ごめん、なさい・・ 』
あかりは嗚咽を漏らしながら、それでも言葉を繋いでいく。
『 今日、ちょっと嫌なことがあって、
それで、ひまりの病気のことまで思い出して
それが自分のせいじゃ、ないかって! 』
『 悪いことが重なったのね。
あかり、よく聞いて。 陽鞠の病気はあかりのせいじゃないわ。
あなたの言葉で傷ついたわけじゃない。
それは、母親としてではなくても、歴とした事実よ。
ね、ひまり。 』
『 え・・・。 』
( そこにいるのか? ) あかりは動揺する。
『 さっき、私が泣いちゃってから、ずっとそばにいてくれている。
たぶん、あなたが泣いても同じことをしてくれると思うわ。 』
『 ひまり・・・ 』
あかりは情けないほど、涙が止まらない。
『 それにね。 こっちにきてから、陽鞠はよく絵を描くようになったのよ。 』
うん、うんと、あかりは泣きながら頷く。
『 ねぇ、あかり。 もっと話しよ。 家族なんだから。 』
『 うん。 』
『 日記、サボらないでちゃんと書いてる?
私、結構楽しみにしてるんだから 』
『 入院中は書けなかったけど、毎日三行以上は書くようにしている。 』
『 今日から四行以上ね。 母さんを泣かせた罰。
あれ、五行だって、陽鞠が言っている 』
あかりは、母さんの隣で片手を広げている陽鞠を思い描く。
陽鞠は笑っているだろうか。
それとも母さんと共に泣いているのであろうか。
いままで、どことなく心の何処かで、兄妹二人きりいう認識があった。
実の母さんが亡くなって、父さんまで居なくなり、俺たち二人きりだ。
肉親は二人きりだと、どこか妃花さんを頼りにはしているが
家族と思っていなかった節があった。
気付かないだけで、無意識的にそう感じていたのだろう。
本当に情けなくて、泣いても泣いても償いきれない。
いや、償いとは違うかもしれない。
でも、今すぐにでも飛んで行って母さんの涙を拭ってあげたかった。
母との電話を終えたあかりは、流しで思いっきり顔を洗う。
濡れたまま鏡に映る顔を見る。
結局、確認すら懺悔すらできなかった。
結局は若さ故に、涙とかで誤魔化してしまう。
我ながらひどい顔だ。
ひどい一日だった。 今日がもう終わればいいのに・・・。
でも、このままでは、終れない。
顔を拭きながら、電話台の黒電話の前に立つ。
あかりは手帳を取り出し、ある名前を指でなぞる。
しばらく、考えあえぐが意を決したように、ダイヤルを回す。
四度の呼び出し音の後、小さな恥じらうような声があかりに届いた。
『 もしもし。 』
『 あ、あの・・・水谷だけど・・ 』
『 うん、わかってる。 番号表示されているから・・ 』
『 そっか・・・ 』
『 なに? 何か用? 』 小さく消えそうな声が、あかりに届く。
『 そ、その・・・今日は、ごめん。
あの場から、逃げ出してしまって、本当に済まない 』
『 ・・・ 』
相手が言葉に窮するような、小さな息遣いだけが聞こえる。
『 りんごには、ホントに悪いと思っている。
でも、君にまで、あんなことを言わせてしまって、
本当に申し訳ないと思っている。
ほんとごめん・・いや、ごめんなさい。 』
あかりは、なんとか謝罪の言葉を続ける。
『 謝ってばかりだね 』
『 その・・・、君のことを、傷付けてしまった・・・だろ 』
『 ぅん、そうだね。 』
『 ほんとうに、ごめんなさい。
それに、こんな夜中に電話してごめんなさい。 』
『 実は、今りんごの家にいるんだ 』
『 えっ? な、なにかあったの? 』
『 たいしたことないのよ。 』
『 でも、なんで? 』
『 実は部室からあかりが出て行ったあと、りんご倒れちゃったんだ。 』
『 うっ! 』
あかりは、その言葉にかなり動揺した。 身体が震えてくる。
『 ちょっと興奮しすぎたみたいでさ、保健室で横になってたんだよね 』
『 そうか・・で、大丈夫なのか? 』
『 うん、倒れてすぐにエリ先輩が介抱してくれて大丈夫だった。
そのあと、洋平とミキとで保健室に行ったときはだいぶ落ち着いていた。 』
『 そうか 』 あかりは胸を撫で下ろすが、まだ少し心臓が高鳴っている。
『 うん。 』
『 ほんと、ごめんなさい 』 あかりが再度心の底から謝罪する。
『 あかりは悪くない。
りんごも、あの後すごく反省して、大泣きしていた。
わたし、ちょっと心配だったから、
今日は彼女のところに、お泊りすることになったんだ。 』
『 えっ? 』 あかりは、その言葉に目を丸くする。
『 びっくり、しすぎ。 あたしとりんごは友達同士なんだよ。
この際だから、りんごの本音やあたしの本音を語り明かすんだ。
明日は祝日だし・・ね。
今日みたいなことぐらいで、あたしたちの友情が揺らぐことはないの!
ふふふっ 』
成実木の本心から出た笑いなのか、
あかりは今日初めて耳にする彼女の明るい声に安堵する。
『 あかり、 』
『 ん? 』
『 好きだよ 』
『 っ! 』
『 部室で言ったことに、嘘や偽りはないよ。
あたしのほんとの気持ち。 』
『 それは、告白という意味じゃないよな? 』
あかりは、念のため確認しておきたかった。
しかし、成美木はそれには答えず、会話を続けた。
『 りんごの言うとおりなんだ。
あかりへの気持ち、あいつには見透かされていた。
自分ではちょっとはぐらかしたり、これは違うと思って
あんまり考えないようにしてたんだ。
誰かを好きになるなんて・・・キャラじゃないし。 』
成実木は自嘲的に小さく笑う。
『 そんなこと・・・ 』
『 いや、私は恋愛に興味なく
中性的に人の恋路を茶化す程度がちょうどいいと思ってた。
でも・・。 でも、あかりが入院したとき、
あたしのなかの何かが壊れたんだ。
家族でもないのに、あんなに人のことを心配になったことがなかった。
でも、クラスメイトで同じ部員で、ってなにか理由をつけて
誤魔化していたんだと思う。 』
『 なみき・・・ 』
『 感情って、すごいね。自分でもびっくりしちゃった。
あんなことを人前で言えるなんて・・・
私、今日告白するとは思ってもみなかったよ。 』
『 告白、なのか・・・ 』
『 あかり、すき。 大好きだよ。 』
『 なみき、おまえ。なに、何度も・・ 』
『 ねぇ、あかり。 』
成実木の少し小さな呼びかけに、あかりは受話器を握り直す。
『 あかり、青春って残酷だね。
決して思ったようには事が運ばない。 』
『 ど、どういう意味だ? 』
『 あかり、好きな子いるでしょ? 』
『 えっ、そ、それは・・・ 』
『 りんごじゃないんだよね。 』
『 な、なに言って・・ 』
『 エリ先輩でしょ 』
あかりは、絶句する。 言葉にされると、否定の言葉が出てこなくなる。
『 何も言わなくていいの。 ただの私の独り言。
あかりにちょっと言ってみたくなっちゃっただけだから。 』
『 俺自身、まだわからない・・・、人を好きになるっていうのは 』
『 いいの、もう何も言わないで。
あ、りんごがもう戻ってくるし、もう切るね 』
『 なみき・・ 』
『 ・・・りんごより先にあたしに電話してくれて、うれしかった。
ほんとに、うれしい 』
そう言い終えると、彼女は一方的に電話を切ってしまった。
『 なみき・・・ごめん。 』
あかりは受話器を握りしめながら、彼女の言葉を反芻する。
あかりは、改めて手帳に目を落とす。
一番上に大きく書かれているりんご直筆の電話番号、
りんごの筆跡の下に書かれている成実木の字とその電話番号。
成実木、違うんだ。 自分には勇気が無かっただけ。
そう、怖かったんだ。
だから、君から電話を・・・。
青春は残酷だ。
決して思ったようには事が運ばない。
成実木、その通りだよな。
でも、今日できることは明日に延ばすことはできない。
それは、今日できなかったことを明日に持ち越してしまうと、
今日以上の勇気を必要とすることになるから。
それを見過ごすと、
もう立ち直れないくらいのダメージを負うことになってしまうだろう。
あかりは受話器を下ろし、再度電話する。
たったワンコールで出た相手は不機嫌そうな声で、
『 遅い 』と 捲し立てる。
あかりはその声を聞き、心からの謝罪をしながら、
どこか安堵のような笑みを漏らしていた。
~つづく~