表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/10

4





■□■□■□■■□■□■□■  オン・オフ  ■□■□■□■■□■□■□■




あかりは、六日ぶりに我が家に帰ってきた。

なんだかいつも通りの佇まいに、

とても懐かしく切なさというか、愛おしさを感じた。

彼女たちが姿を消してから、退院まではとてもスムーズだった。

昨夜は父のこと、そしてあの二人のことで頭がいっぱいになり

眠れぬ夜を過ごしたが、朝になると、意外なほど落ち着きを取り戻していた。

それは、脳が通常営業を行えるように、それらの不安要素を閉めだした感じだ。

とりわけ、自分には直接関係の無いことなんだろう。

父に纏わる妄言は自分が解決するわけでもないし・・・

あの二人の問題だ。 自分には関係ない。

そう、オプティミスト、もっと楽に考えよう。

今は独り暮らしを軌道に乗せることが、自分にとっての最良なことなのだ。

危ない目にあったが、今後は彼らが何とかするだろう。 

彼らの問題なんだし・・・。

あかりは、そう思うことにした。 そう思わないとやっていけない。 

不登校、引きこもりになりかねない。 

それはヤダ。 妃花さんや陽鞠に顔向けできない。

病院食の不味で栄養満点の食事を掻きこみながら、あかりは決意を新たにした。


その後、退院の前に医師のちょっとした説明を受けた。 

診断書には急性胃腸炎と記載されており、

初老の医師からもそのような症状確認の説明を受けた。

聞きたいことなどシャットアウトするような威圧的で事務的な作業だった。

帰り際に医療事務の女性から請求書を手渡され、

その金額に愕然とするが、支払いは後日でいいとの説明を受ける。 

そして、タクシーが用意されているので、それに乗って帰るように促された。

タクシーでは大企業のお抱え運転手の身なりの男性が

終始無言で家まで送り届けてくれた。

料金の支払いは、すでに済んでいると、メーターの稼働も無かった。

すべてが全自動洗濯機のようにスムーズで、

気が付くとあかりは家の前で、ぼーと立っている状態だった。



ジリリリン。ジリリリン。



黒電話の呼び鈴が、あかりを家へと招き入れる。

靴を脱ぎ、小走りで慌てて電話の前に立ち、

若干 間をとってから、急いで受話器を取る。


『 もしもし・・・ 』

あかりの呼びかけに、意外な人物が応じた。

『 あかり、大丈夫なの? 』

その消え入りそうな小さな声は、

とても普段のニマ顔からは想像できないくらい、ハッとするものだった。


『 な、なるみさん? 』

『 そう、あたし。 』

『 久しぶり、ですね。 どうしたんですか? 』

あかりは何か後ろめたさを感じ、つい敬語になってしまった。

『 それは、こっちの台詞だよ。 体調はどうなの? 

あれから、次の日も休んで、連休の中日にも登校してないから・・・ 』 

成実木の心配そうな声が届く。

『 ごめん、実は・・・ 』

『 入院したって、エリ先輩から聞いた。 』

『 え? 』

あかりは驚きと共に、どうなっているのか、

目まぐるしいスピードで脳を回転させる。


( あちら側のエリさんの仕業か? )


『 ほんと、心配したんだよ。 』

成実木の小さな怒りにも似た言葉が届く。

『 ごめん。 なんか、気付いたら大事になってたみたいで、

その入院は・・・ 』

『 りんごも洋平も、みんな見舞いに行きたがってたけど、

エリ先輩とミキが迷惑になるからって止めて・・・ 』


そうか、あの二人が自分の不在の工作や事態を収束させてくれたんだな。


『 ねぇ、あかり。 ほんとに大丈夫なの? 』

『 ああ、今日退院してきたけど、ほんと全快、体は快調だよ。 』

『 もう、心配させないでよね。 』

『 わるい。 』

『 りんごも見舞いに行きたがってた。

あれでも、すっごく心配してたみたいだから、

ちゃんとフォローしておいてよ。 』

『 うん、わかった。 電話入れておくよ。 』

『 そうして。 』

『 うん 』

『 ・・・・・ 』

『 ・・・・・ 』

『 じゃあ、もう切るね。 』

『 うん、なみき。 ありがとな。 』

『 えっ? 』 

成実木が驚きの声を出した。


『 ん? どうした? 』 

あかりは少し訝しがり、成実木に尋ねる。

『 いや、なんでもない。 』 

慌てて否定する成実木。

『 ん? そうか。じゃあ、明日、学校でな・・・

あ、ノート写させてくれよ、頼む。 』

『 し、しょうがないなぁ。今回だけよ。 』

そう言って、成実木は小さく笑った。

あかりも元気さをアピールするかのように、彼女に合わせて笑い声を上げた。



翌日。 

あかりにとって九日ぶりになる登校は、

ちょっと入学式の再来みたいで、少し緊張を帯びたものになっていた。

連休中の中日も、みんなは登校していたはずなので、

連休前日から今まで休んでいた自分は妙に長い休暇を取っていたことになる。

考えすぎな気もするが、みんなの視線がちょっと怖い。

隣りの成実木は挨拶もそこそこで、始終無言だったが、

休んだ分のノートを貸し出してくれた。

( 成実木、なんか怒ってるのかな? )

しかし、あかりのそんな考えもすぐに消えた。

それよりも確認したいことがあったからだ。



あかりは教室に入ってきたミキの様子を注視する。 

とりわけ、何も変わったところは無く、彼女は鞄を下ろし、

席に着こうとしている。

あかりはあの日のことを思うと、

とてもじゃないが確認せずにはいられず、ミキの元に向かう。

『 ミキ、ちょっといいか? 』

『 お、あかり。 復活したんだね。あんまり、心配掛けないでよ。 』

彼女は至って普通だった。

いつも通りのそばかすの可愛らしい笑顔をあかりに見せている。


『 ミキ・・・。』

あかりが少し戸惑うくらい、ミキはほんとうに通常営業だった。

『 なに? 』

あかりに疑問の視線を向けながらも、

眩しいくらいの笑顔をあかりに向けている。

『 その、ミキに・・・ 』

あかりはその眩しい笑顔に、少し照れたように俯く。

『 ちょっと! 』

すると、そんなあかりを見て、

突然ミキは顔を真っ赤にして恥ずかしそうに、

あかりの肩を強く引っ張り、声を極限に細めて、あかりに呟く。

( ちょっと、これ、なに? まさかコクリじゃないよね )

( 違うって! )

( そう? びっくりさせないでよ )

( ちょっと、ミキに聞きたいことがあって・・ )

( なに? )

( 俺が休んでいた時、ミキはどうしていたのかなぁ、って )

( やっぱり、コクリじゃん )

( 違うって )

( じゃあ、何? )

( なんか、変わったこととかなかった? その記憶がないとか、)

( 何それ? )

( だから・・・なんとなく俺のことを考えたり・・・ )

( やっぱり、コクリでしょ? )

( 違うって! )


あかりは、ミキのそばかすが目に焼きつきそうなくらい 長い間

小声の押し問答を繰り返していた。

全く何も答えが出ないままミキとは別れたが、でも、

こんなに長くミキと話したのは初めてだった気がして

それはそれで、良しとした。


次は本丸。


ミキとは違い、先日の件もあるから、ちょっと声自体掛けにくい。 

どうしよう。

部活まで待つか・・・。 それとも・・・。


『 あかり、おはよ。 』

一人、頬杖をつきながら思案するあかりに、

思ってもみない優しい挨拶が掛けられる。

『 りんご・・・、あっ 』

ごく自然に出た言葉に、あかりは咄嗟に口を手で覆う。

『 いいよ、りんごで。 ねぇ、大丈夫だったの? 』

りんごは、とても気弱な声を投げかける。 

電話でも感じたが、なんだか元気がない。

全快したあかりとは正反対に憔悴しきった感じだ。

でも、何処となく安堵の笑みを漏らしている気がした。

『 そっちこそ、顔色悪いぞ。 大丈夫なのか? 』

『 私は大丈夫。 

ちょっと、徹夜で小説読んでただけだから・・・眠い。 』

と、足早に去ろうとする。

『 ハッピーエンド? 』

あかりが、贔屓キャラの生存を確認する。

『 うん。 ハッピーエンド、死なくてよかった。 』

そう言うと、ふらつきながら自分の座席へと消えていった。

『 彼女にも迷惑掛けたな・・・ 』

あかりは誰に言うでもなく、ひとり呟いた。



四時限目の終了のチャイムと共に、あかりは教室を飛び出していた。 

授業を受けている間、ずっと彼女の事を考えていた。

いくら考えても考えがまとまらない。

それでも彼女の元に行かなくては・・・言いたいこと、

確認したいことが山ほどあるような・・・そんな気が・・・

あかりはエリのいるクラスへと階段を二段跳びで上っていると、

聞き覚えのある声があかりを制する。


『 そんなに急いで、何処行くの? 』


踊り場で佇んでいるその長い黒髪少女は、

前髪で顔を覆いながら、あかりに声を投げかける。

『 お、おまえは! 』

あかりは驚愕しながらも、

その姿が自分の求めたものと違うことに憤りを感じ始めた。

『 ピンポーン、今、もっとも会いたくない方のエリです。 』

エリはおどける様に答える。

『 何が、ピンポンだ! 』

『 ちょっと、こっちも一応レディなんだから

優しい言葉を掛けてよね。 とりあえず、おまえって呼ぶの禁止! 』

エリは もじもじと恥じらう姿を見せつける。


『 ちょっと、なに他人の身体で遊んでるんですか? 』

『 こういうの好きかなって? 』

『 ちょっと、人の話聞いてます? 』

『 ははは。 』

先日より砕けた感じのあちら側のエリの言動に、あかりは大いに戸惑った。

そして、気が付くとあかりはエリの身体を力強く掴んでいた。

『 おい、いい加減に・・ 』

『 あ、いたっ・・・痛いよ、あかり。 』

その声にハッとする。 本来のエリの声だ。

『 ご、ごめん。 』

『 あ、私・・・どうして・・・ 』

エリもどうしてここにいるか判らないようだった。


( あいつ、逃げやがったな・・・。 )


『 あかり・・・ 』

不安に満ちた瞳が、あかりに助けと説明を求めている。

あかりは残念ながら答える術を持ち合わせていない。 

でも、彼女の恐怖を和らげたい。

『 そ、そうだ。 い、一緒にご飯でも食べませんか? 』

あかりは、大胆にもそんなことを口走っていた。



学校の脇を流れる小川。 

その流れはとても緩やかで、水流の音も思いのほか小さく、

あかりの高鳴る心臓の音が相手にも聞こえそうな感じだった。

あかりとエリは、学校裏にある河川敷の小さな東屋に

二人向かい合って佇む。

河川敷は体育系の部活動や一般人のサイクリング、

散歩などの開放的な空間ではあるが、今は二人の他に誰もいない。 

二人だけの世界。 

あかりはその状況に感謝すると同時に恐ろしさも感じる。


『 こんなところがあるんですね。 』

『 うん。 』

エリの消え入りそうな相槌を見ながら、

あかりは自分の大胆な行動に改めて戸惑い始める。

あの場の勢いで昼食を誘ったはいいが、

部室で一緒に、を想定していたあかりにとって、

エリのこの二人っきりの場所への案内は、ほんと意外だった。


『 あかり 』

『 ん? 』

『 あかりは、私のことが怖い? 』

エリのその言葉に、あかりは俯いていた視線を彼女に戻す。

『 え、どうして? 』

『 だって・・・ 』

『 こないだの事ですよね・・・。ほんと、すみませんでした。 

なんか身の丈に合わない、カッコつけた真似をしてしまって・・ 』

『 違うの。 』

『 違う? 』

『 入院、してたでしょ? 』

『 あ・・・ 』

そうか、本来のエリには記憶がないし、まだ説明もしていなかった。

エリはその悲しそうな顔を見られないように、少し俯き言葉を続ける。

『 わたし、自分が恐ろしい。 

あかりが入院したことさえ知らなかったのに、

ふみさとのみんなには、あかりのお見舞いに行かせないようにしていた 』


エリの言葉の意味を理解する。

それは、シンソウによってされたこと。

彼女の意志じゃない。


『 みんなが私を責めた。 

自分の知らない、記憶にない行動で・・みんなから・・・ 』

『 エリさん・・・ 』

『 あかりのことになると、自分の知らないうちに

よくわからない行動をしてしまう。

わたし、おかしくなっちゃたのかな・・・。』

そう言いながら、エリはその場にうずくまった。


あかりは、シンソウされた後の

彼女の記憶や状況の認識について改めて気づかされた。

彼女は記憶の無い行動に、心の底から恐怖を感じている。


『 聞いてください。 実はエリさんは・・・ 』

『 おっと、失礼。 』

いま、一番聞きたくないあの声が再び あかりの耳に届く。

『 お、おまえ。また・・・ 』

少し狼狽えるあかりを他所に、

彼女は立ち上がりながら前へ一歩踏み出してくる。

『 あかり、ミキから言われていたよね。 

他言無用だって。 忘れてない? 』

『 憶えてるさ、でも、彼女は例外だろ。 

こんなに苦しんで・・ 』

『 でもは、いらない 』

『 しかし 』

『 しかしも、いらない。 

あるのは他言無用、その一点のみ。

これを破ると、収拾が着かなくなるからね。 

もっと、残酷なことが起こるとも限らない。 』

『 な、なに言ってんだ。 脅しか? 』

『 私たちだって、バカじゃないさ 』

『 どういうことだ。 』

『 それは言わない。 ミキに怒られるし・・・ 』

『 そうやって、はぐらかすつもりか? 』

『 キャラじゃないんだよね。 こういうシリアスなの・・ 』

『 じゃあ、付き合うことないよ。 早くエリを返せ! 』

『 エリ? 』 彼女の怪訝そうな笑みが返ってくる。

『 いや、その・・ 』

『 君は正直だね。 その正直さに免じて、

ここは忠告だけで退散するよ。 』

『 ちょっと・・おい 』

『 え、なに? 私、どうしたの? 』

エリは慌てふためき、何かを拒絶するように手をバタつかせる。

( あいつ、また自由自在に・・・ )

『 もう、やだぁ・・・ 』

エリの小さな叫び声があかりに届く。


再びその場にへたり込んでしまった彼女に合わせ、

あかりも腰を低くする。


( なんて声を掛けたらいいのだろう )


先日言えなかった慰めの言葉。彼女が望んでいる、安堵する言葉。

こんなに早くリベンジの機会が到来するなんて、自分でも思わなかった。

焦る気持ちとは裏腹に出てこない言葉。 

でも、なにか言わないと・・・。


『 エリさん。 』

あかりは、なにか決意したような声を出す。

その呼びかけにエリは、ゆっくりとあかりの方を見上げる。

涙を拭わず、美しいほど純真な顔が現れ、あかりをじっと見つめる。

あかりはその表情に一瞬心が乱れたが、

それを掻き消すように自分の思いの丈を彼女に投げかける。

『 エリさん。その、俺とお付き合いしてもらえませんか。 』




校舎へ戻る帰り道。

河川敷の道を落胆しながら歩くあかりの隣のエリが、

大笑いをしながらあかりの肩を叩く。


『 ぎゃははは、振られてやんの。 

直球しか知らないボーヤは怖いモノ知らずだね。

最強じゃん。 振られたけど、ぎゃはははは 』


シンソウ中のエリ。 

彼女のことを「エリィ」と、あかりは心のなかで呼ぶことにした。

区別するのは必要だ。 あの清楚なエリと似ても似つかぬ、

あちら側のシンソウ使いの自称・22歳の女。

彼女の顔に似た女性に告白し、彼女の顔に似た女性に小バカにされている。

双子か二重人格を相手にしているようで、気分が複雑になってくる。

なかなか言い返すこともできず、相手のペースに嵌って、

そのままあかりは口をつぐんでいた。


『 彼女と付き合えば、心配を払拭させてあげられる。

もちろん、私たちのことを秘密にしながら・・・

そんな甘い考えがそうさせたのかしらね・・・。 』

エリィは、そう呟きながらあかりの顔を覗き込む。


『 あの、もう充分ですよね。 』

『 何が? 』

『 そうやって、純情をもて遊ばないでください。 』

『 ぷぷぷ、純情は弄ぶから楽しいんだよ。 』

『 なんですか、それ? 』

『 わるい、わるい。 もう、笑わない。 』

『 散々笑った後で何言ってんですか! 

もう話しかけないでください 』

『 そんなこと言わずに、一緒に部室にも行こうよぉ 』

『 そうやって、隙を突いたところで本来の姿に戻して、

反応を楽しむつもりでしょ? 』

『 バレた? 』

『 まったく、・・・( 冗談じゃない ) 』


あかりは並んで歩く彼女の横顔を見る。

その顔は普段の顔とは違う、とても快活そうな別人格のエリ。 

そんな彼女の姿に頬を緩めつつも、

やはり先ほどの軽率な行動の反省の念があかりを覆い尽くし、

今にもこの場から消え入りそうだ。

『 まぁ、一度くらいの失恋でくよくよするなって 』

エリィがあかりの肩を叩き、慰める。

『 経験ありそうな発言ですね 』

あかりは憎まれ口を叩く。

『 わたし? あるよ。 それくらい 』

『 じゃあ、俺の気持ちもわかるでしょ 』

『 ん? 男の気持ちなんて、わかる訳ないじゃん 』

『 そうですか 』

『 でも、辛いときは笑い飛ばそうよ。 』

( なんだ、その真理。今度は説教か? )

『 笑う門には福来る、ですか? 』

『 そうとも言うねぇ、かしこい、かしこい。 』

『 もういいですよ。 一人にしてください 』

『 ダメ、ほっとけないじゃん 』

『 なら、優しい言葉の一つでも掛けてくださいよ 』

『 それ、今日私が言った台詞、そのままじゃん 』



あかりは教室に戻る前に、トイレに入り自分の顔を見た。

自分は結構分かり易い。

気分や感情が顔に出る方だ。

隣りには成実木もいるし、落ち込んだ顔は危険すぎる。

( というか、やっぱ泣いてんじゃん。 )

あかりは涙が滲む目尻を見て、ひとり呟く。

エリが記憶のことで混乱し、

自分に救いを求めきたことを好意だと勘違いしたのか?

それともその混乱につけ込んで、

自分がオイシイ思いをしたかったのか?

それとも父のこと、別次元の訪問者など

諸問題からの現実逃避したかったのか?

あの状況下で告白するというは、冷静に考えてみると皆無だ。 

自分が間違ってる。

全くの身勝手で、他人を思い遣っていない。

そんな中で例え、交際の承諾を得ても、

その後理不尽に人を傷つけるだけだ。

我ながら、浅はかなことをした。 

反省しても、しきれない。

青春の若さ故の暴走。その場のいきおい。

それが一番嫌いなはずだったのに・・・。


バタン。


『 おう、あかり。 昼、何処で食ってたんだよ 』

洋平が扉を開け、鏡に向かっているあかりに声を掛ける。

『 ちょっと、具合が悪くて・・・。 』

『 病み上がりだから、あんま無理すんなよ。 』

『 うん、ありがと。 今日はもう帰るわ。 』

『 へ? あ、そう。 気を付けてな。 』

あまりの淡々とした短いやり取りに洋平が訝しがる。

しかし、

『 うん。じゃあ。 』

あかりは洋平の顔を見ず、急いで廊下に出た。

そして足早に教室に入り、驚く成実木に目もくれず乱暴に鞄を引ったくった。

そして、

ミキに早退の旨を事務的に伝えると、学校から逃げる様に自転車を走らせる。

もう、頭の中が真っ白だった。 とにかく、学校にはいたくない。



あかりが帰宅すると、それを見計らったように一本の電話があった。

それは、成実木からだったが、

彼女の心配そうな細い声とは対照的にあかりは煩わしく

「うん、大丈夫」とたったの二語で会話を成立させていた気がする。

そして布団に入り、

現実の恥ずかしさを紛らわすように眠りの中に安息を求めた。

夜の七時を回ったところ、一本の電話で起こされる。

相手はエリからだった。

友情を優先させた自分の判断の説明と

あかりが部活に来なかったことを軽く責めた。

あかりは謝罪の言葉と自分の未熟さを恥じた。

相手も表面上理解したが、まだもどかしさを感じつつ口惜しそうに電話を切る。


( ああ、恥ずかしくも最悪の一日だった )

と、あかりは嘆く。

しかし、まだ終わっていないかの如く、黒電話がジリリンと再度鳴り始めた。

時刻はちょうど深夜0時。

午後の必要のない睡眠でいつもの就寝時間を逃していた。

( こんな時間に誰だ? もしかして、母さんか?

陽鞠に、なにかあったのか? )

『 もしもし 』

『 やっほ~~~ 』 気の抜けるような声があかりに届く。

『 おい、もしかして・・・ 』 あちら側のエリ、エリィだ。

『 そう、あ・た・し 』 

電話越しでも、指を指しているのがわかる。

『 なんかあったんですか? 』

『 なんだか寝付けないようだから、電話してあげたんだよ。 

ありがたく思いたまえ 』

『 はぁ? 何言ってるんですか・・・

( と言いつつも、辺りを見渡す ) もしかして盗聴? 』

『 盗撮もやってるよ~ 』

『 胸張って言うことですか? 』

『 いや~、このままだと一人で励んでしまいそうな雰囲気だったからね~、

みんなが見てるとなると青少年にとってかなりの羞恥だと思うので、

まぁ、忠告も兼ねて・・・ 』

『 一人で励もうなんて思ってません。 っていうか、本当なんですか?

盗聴とか盗撮とか・・ 』

『 あかり、私たちは君の寝言まで知っている。 』

エリィの勝ち誇った声が届く。

『 ちょっと、勘弁してください。 』 あかりは嘆願する。

すると、エリィは声のトーンを真面目なモノに戻し、

『 あかり、私たちは君の味方だ。どうか、そこだけはわかってほしい 』


( 今日の事といい、盗聴・盗撮の宣言までされて、何が味方だ。

ばかやろう )


あかりは心の中で、そう罵倒を始めたが、

もう諦めにも似た気持ちで短く返事をした。

『 ん、うん。(ほんとは判っていないが) わかったよ。 』

『 うん、よろしい。じゃあ、おやすみ。愛してるよ~。 』

『 だから、そういうのは・・・ 』

あかりは、エリィに是正を求めようと声を掛けたが、

すでに一方的に電話を切られてしまった。


『 まったく、ほんと調子が狂うなぁ・・ 』

あかりは、おそらく盗聴しているだろう、

あちら側のエリィに向けてそう呟いた。





■□■□■□■■□■□■□■   求人    ■□■□■□■■□■□■□



その日あかりは、もう二度と関わりたくないが大変お世話になった、

芽衣室町駅そばにある病院へ医療費を払いに行った。

医療費の金額は入院したためか、かなりの高額になっており、

あかりは自分名義の銀行預金額(隠し財産)のすべてを失った。 

いや、それでも足りなかったので、今月分の生活費からも補ってしまった。

金額はあらかじめ知ってはいたが、

いざ払う時となると自分の顔は情けないくらい

引きつった顔をしていたことだろう。

手元に残った金額は何度見ても変わらないのに、

何度も財布の中身を確認してしまう。

現実の重みと財布の軽さのギャップが、何か笑えない悪い冗談としか思えない。

また、自然と顔が引きつってくる。

妃花の送金も、あと二週間先のことだ。

はぁ、手持ちの金の少なさが溜息を助長させる。 

そういえば、溜息をつく度に幸せが逃げていく、

いや、神様が見放すだったかな・・・。


そうだ!


あかりはネガティブ思考を意図的に払いのけ、自分を奮い立たす。

もっと前向きに、もっとポジティブに、これは試練だ!

自分は若い。 

病気も完治し、体調だって、失恋で少し気落ちしているが全快そのものだ。

ここは攻めの一手、なはず。 

そうだ、バイトだ! バイトを探そう! よし!!

あかりは拳を握りしめ、まるでエロ本を買いに行く青少年のような

ちっぽけな勇気を振り絞り、近くのコンビニへと入っていく。

一冊の求人誌を抱え会計を済ますと、すぐに駅へ向かって走り出す。

土曜の昼下がり、

列車の往来のない時間帯なのか、駅はいつも通り閑散としている。

タクシーの運転手の一瞥を受けながら、

あかりは自販機の隣にある無人のベンチに腰掛ける。

そしてパタパタとページを捲りながら、鞄から蛍光ペンも取り出し、

熱心に印を付けていく。



どれほどの時間が経過しただろう。

あかりは公衆電話の受話器を力なく下ろし、

無数に×のついた求人誌を静かに閉じる。

公衆電話にもたれ掛りながら、ゆっくり空を仰ぎ見る。

赤みを帯びた西日がゆっくり、黒に染まっていく。

辺りがうす暗くなり始め、帰宅時間の駅に小さな賑わいが生じている。

ケータイ電話で話す人、子供をあやす母親、手を引かれて歩く子供たち。 

タクシーの運転手たちが立ち話を切り上げ、自分の職務に戻っていく。

無言でバスを待つお年寄り。 

通り過ぎていく、中学生たちの他愛も無い談笑の断片。

( おれ、何やってんだろ・・・ )

あかりは求人誌をゴミ箱へ捨てると、

いつも以上に強く鞄を握りしめ、足早にその場を去った。



辺りにいい匂いが漂い始め、生暖かい風があかりを撫でる。

自転車を押すあかりは、それを不快に感じてしまうほど少し焦っていた。

それはあかりが駐輪所に戻ってから、すぐ自転車の不具合が発生したからだった。

ライトが点灯しなくなったのだ。

この自転車を購入した自転車屋さんを目指すも、

臨時休業とタイミングの悪さが重なった。

( ほんと、今日という日は・・・ )

あかりが本格的に嫌な気分になりかけた自転車屋からの帰り道。

「 こっちの道からも、帰れたはずなんだけどな? 」

あかりの歩幅がだんだん狭くなり、やがて完全に停止する。

「 何処だ、ここ? 」

あかりは立ち止まり、そして辺りの暗さに身震いをした。

( なんか、まずいな・・これは )

それから、思い立ったように闇雲に歩きまわり、

気が付くと袋小路のような少し開けた行き止まりに辿り着いた。

何かに導かれるとは、こういうことなのだろうか。

あかりは目の前に現れた寂れた名画座の建物を見上げ、感慨深げにそう思った。

暗闇の中、その古びた場末のネオン管が独自の色合いを醸し出し、

あかりを誘い入れているようにみえる。



めいむろ・アスカ座。

上映作品「 この想い、涯てるまで 」



あかりにとって、初めて耳にする映画のタイトルだった。

なかの様子を覗おうと、あかりが一歩踏み出した時、

中から一人の男性が出てきた。

背は小さく、白髪交じりに立派な白髭。手を後ろにまわし、

少し前屈みに歩くその男は80歳くらいにみえる。 

あかりは一瞬たじろぎ、キィと自転車の車輪を軋ませながら立ち止まる。

白髪の男はその音に呼応し、あかりの方を見やる。

素朴な笑みを浮かべながら、

その白髪の男はまるで知り合いに天気の話をするかのごとく、

あかりに話しかける。

『 映画、見てくかい? 』

『 い、いえ。 その・・・ 』

『 ん? 』

口籠るあかりに何かを察したのか、男はゆっくりとあかりに歩み寄る。

近づいてくる男にあかりは自然とハンドルを握る手が強張っていく。

『 この齢だ。 取って喰いやしないよ。 』

男はあかりの目の前で低く笑う。

『 実は道に迷ってしまって、偶然ここに通り掛かったんです。 』

『 そうかい 』

『 この町に映画館があったなんて・・知らなかったです。 』

あかりはそう言いながら建物を仰ぎ見る。

『 ほう、この町は初めてかい? 』

『 今年の春に東京から引っ越してきたんです。 』

『 東京から・・・学生さんかい? 』

『 はい、十幸学園の一年生です。 』

『 校舎を新築した、あの学校の生徒さんかい? 』

『 はい。 』

そこまで話すと、あかりは緊張の度合いもいくらか楽になっていた。

『 古い校舎はまだあるかい? 』

『 はい、ありますよ。部活で使っている部室がその旧校舎にあるので 』

『 そうか、まだしぶとく生き残ってるか・・・ 』

そう言うと、踵を返し映画館へと戻っていく。 

あかりは、その姿を目で追いながら、映画館全体をもう一度見上げる。 

そして、自分の部室がある旧校舎と重ね合わせる。

同じ時代。 同じ雰囲気を醸し出しでいる気がする。 

あかりの生まれるずっと前の時代。

薄明るいネオン管がカチカチと柱時計のような音を鳴らしている。

『 映画、観てくかい? 』



映画館。

あかりは、映画館に来たことが無かった。

親にも連れられてきたことがない。 

映画はTV放送かDVDレンタルでしか見たことがなかった。 

ちなみに、ビデオ世代でもない。

入り口を抜け、もぎりのカウンターで500円を支払う。

しわしわな手の感触を受け、半券を貰い受ける。

見ると、( き‐16 めいむろ・アスカ座 ) と書かれている。

『 何処でも好きな場所に座りなさい。 これは形式的なものだから。 』

そう言うと、白髪白髭の館長は奥に引っ込んでいく。

そして、カン、カンとゆっくり階段を上る音があかりの耳に小さく届く。

あかりは一人だけになったロビーで、

緊張のためか身動きが取れず、辺りを見渡した。

往年の名画スターで覆いつかされた壁に、

近日公開予定作品のポスター、タイムテーブル。

病院の待合室で見るような長椅子が壁の両端を陣取り、

その横にはポールで支えられている灰皿。 

そして、トイレ付近の自動販売機が小さなモーター音を立てている。

あかりは赤黒くなってしまったカーペットの床の上を歩きながら、

古びた昭和の置き土産のような空間に目を奪われる。

分厚い扉を開いていくと、そこは貸し切りのように誰もいない劇場が現れる。

一五〇席はあるだろうか・・・。 

傾斜の緩い階段をゆっくり降り、ちょうど真ん中付近に

借りてきた猫のように肩を竦め腰を下ろす。

あかりが着席するのを確認したかのようにブザーが鳴り、

照明が徐々に落ちていく。

そして、暗くなった場内を

正面から現れたまぶしい光があかりを照らしていく。


あかりが初めて映画館で鑑賞した映画は、切ないラブストーリーだった。

男と女が出会い、恋をする。

しかし、不運にも戦争によって二人の間は引き裂かれてしまう。

出兵する男と、待つ女。

時間だけが無情にも過ぎていく。

やがて戦争が終わり、男は死なずに帰郷することができた。

男は女のもとへ一番にかけつけるが、女の姿は見つからない。

男は次から次へと、心当たりのありそうな場所を探すが、

どうしても見つからない。

男は、悲観して自殺を試みるも失敗する。 そして、考え直す。

明日は見つかるかもしれない。

男はそれを糧に町を彷徨い続ける。



場内が優しい明るさに包まれ、

あかりは自分が涙を流していることに気付く。

あれ、なんで泣いてるんだろう・・・

60年以上前の古い映画なのに・・・

なにか古さを感じない親近感を持ってしまったのだろうか。

あかりは感慨もそこそこに涙を拭い、

足早に席を立ち、ロビーへと向かった。


ロビーではあの白髪老人がテーブルの上で

ポスターにセロテープを張っていた。

『 よかったかい? 』

あかりに気付くと、男は少し自慢げに尋ねてくる。

『 あ、はい。 大画面に圧倒されました。 』

『 そうだろう、やっぱ映画は映画館のもんだ。 あ、そうだ。 』

男はくるりとあかりの方に向き直ると、

『 君、ちょっとこれを張るのを手伝ってはくれないか? 』

腰を屈めている男はあかりにポスターを手渡す。

『 あ、はい。 じゃあ、どの辺に? 』

『 その正面のガラスにペタッと張って貰おうか 

表からみんなが見てくれるように 』

『 あ、はい。 って、これ、それだとテープが逆だと思うんですが・・ 』

『 いや、あってるよ。 ポスターの裏に書いた文字が

通りを歩く人に見えればいいんだから 』

『 文字? 』

あかりは、今まで気付かなかったポスター裏に書かれた文字を見て、

驚きの声を上げる。


『 アルバイト募集! 』


あかりは思わず声に出し読み上げる。

『 この映画館はワシと家内の二人で切り盛りしていたんだが、

まぁウチのが先月から腰を痛めてしまってね。 

しばらくワシ一人でやっていこうと思ったんだが、 』

『 このバイト募集・・・この仕事、自分にやらせてもらえませんか? 』

あかりは自然と声に出して、嘆願していた。

『 君が? 』

『 その、こんな高校生じゃ、やっぱ駄目ですか 』

『 いや、ちょっと驚いただけだよ。 

うちより、いいところなんてざらにありそうなものだが・・・ 』

白髪館主のその問いに、

あかりは躊躇いながら自身の今日あったことを言葉にしていく。

『 本当のことをいうと、ここに来る前に求人で電話した会社、

全部断られたんです。 』

『 ほう、それはミステリーだね。

こんな好青年を断る会社がそんなに多いとは・・ 』

『 保証人が必要だったんです。 自分は未成年で、

親も離れて住んでいるので、誰も自分を保証する人なんていません。 』

『 うちには、そんなものはいらんよ 』

『 え? 』その宣言にあかりは驚き顔で声の主を確認する。

『 そういえば君、あの映画を見て泣いていただろ。』

あかりは咄嗟に頬の赤さを手で拭う。

『 私も君くらいの頃にこの映画を観て、劇場で涙したのを思い出したよ。 』

あかりは、手にしたポスターをまじまじと見つめる。

『 これも何かの縁かもしれんな。 』 男が感慨深げに呟く。

『 それに君は私の後輩にあたる訳だし、無下には断らんよ 』

『 え、採用・・・ですか? 』

『 明日、学校帰りから来れるかい? 』

『 はい。 』

もっと大きな返事をしたかったが、思いのほか小さい頷きにも似た返事だった。

『 よろしく頼むよ・・・ 』

『 水谷です。 水谷あかりです。 』

『 よろしくな、みずたに君。私は横田だ。 』

『 よろしくお願いします、横田さん。 』

『 あ、そのポスターは、君にあげるよ。 』

あかりは、ぺこぺことこれ以上ないくらいに

横田氏に感謝を告げ、映画館を後にする。

自転車の籠にポスターを入れ、ハンドルを握ると

不思議と力が漲ってくる感じがした。

まったく、こどもは現金なものである。

風を切って走り出す自転車。

あかりは往生したライトのスウィッチを軽く叩くと、

( サボってゴメン )とでも言いたそうに申し訳なく灯りを灯しはじめる。

あかりは小さく笑い声を上げ、

光を得た少年は一段とスピードを増して、暗闇の中を突っ切っていく。




「 母さん。今日、初めて映画館で映画を観ました。

そして、その映画館でバイトも始めることになりました。

部活にバイト、とても忙しくなりそうです。

でも、なんだかウキウキしています。

勉強も家事も手抜きせずに頑張るつもり、ですので、

ご心配なく!


追伸:

この想い、涯てるまで。

この映画、母さんは観たことがありますか? 」




~つづく~

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ