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■□■□■□■■□■□■□■   異変   ■□■□■□■■□■□■□■



ゴールデンウィークを目前に控えたある日。 授業後の小休憩。

あかりは前の座席に座る前川洋平と他愛もない話に興じていた。

『 やっぱ、ケータイ無いと不便じゃね? 』

『 そういうものなのか? 』

『 そうだよ、友達とのメールのやり取りや・・・

(隣に成実木がいないのを確認し)

それに、ここ重要。彼女もできないし。 』

『 家の電話じゃ、だめなのか? 』

『 ダメダメ、駄目すぎる。 』

洋平は大げさにあかりの反応にダメだしする。

『 俺、あんまり親に迷惑っていうか、お金掛けたくないし・・ 』

『 そうなんだよな~。 あかりと違って、

俺のとこは両親共働きで一人っ子だから、何かと優遇されているのかも 』

そう言うと、洋平は大きく伸びをする。

『 バイトも探そうと、思ってる 』

『 へぇ、どんなの探してるの? 』

『 まだ、細かいことは考えてないけど・・・ 』

『 だけど、バイトって親の承諾とかいるんじゃないの?

俺、古いゲームとか売りに行くとき、親の承諾書持って来いとか、

よく店員に言われるもん。 』


親の承諾書!


あかりは、その事実に愕然とする。失念していた。

( そっか~~、言われてみれば、そうだよな~ )

あかりは奥歯を口惜しそうに歯ぎしりさせる。

妃花さんは、OKをくれるだろうか?

『 いや~、あかりの話を聞いてると、こっちのユルさを痛感するよな 』

あかりの心の中とは裏腹に洋平が明るい声で嘆く。

『 そんなことないよ、俺は全然できてない方だよ 』

『 そんなことないって。家のこととか、結構大変だよな。

しかも、毎日だし。 』

( そう、毎日。 )

『 俺が一人暮らししたら、すぐゴミ屋敷になっちまうよ 』

そういうと、洋平は笑った。


ゴミ屋敷か、うちの家は何もしなかったら差し詰め、幽霊屋敷だな。

あっ、ゴミと言えば、まだ一度も出したことがないな。

集配所は登校途中で見かけたが、勝手に出していいのかな?

明日でも役場に行って聞いてみようかな、広報誌も貰いたいし・・


『 でもさ、なんか羨ましいよ。 』

『 どうして? 』

『 親は無し、独り暮らし、可愛い女の子が何もしなくても寄ってくる。

まるで、・・・ラノベの主人公みたいだ。 』

『 ラノベ? 』

『 あかり、ラノベ知らないのか? 』

『 ごめん、知らない。流行っているテレビドラマか何かかい?

俺、ほとんどテレビ見ないから、よくわからないんだ。 』

あかりが、そう答えると、洋平は軽く笑いながら、

『 ほんと、偉いよ。 あかりは。 』と、溜息混りに呟く。

『 どういう意味? 』

『 知らなくていいことは、ほんと知らないんだな、と思ってさ。 』

洋平はそう言いながら、あかりにラノベについての講釈を始める。

あかりは、うんうんと真面目な顔つきで

自分とラノベの類似点に耳を傾けた。



挨拶程度の四月の授業は、あかりにとってとてもユルく、

自然と家の事とか家事・風呂・洗濯・買い物・食事・弁当など考えが過ぎり、

次から次へと思考が授業とはかけ離れたものになっていく。

学業も勿論大事なことだが、一年生だしそれほど苦慮しないだろうと

心の何処かで踏んでいた。

だから、やはりというか当然というか結局、

先ほどのラノベについて考えを巡らしていく。



自分は新一年生で、独り暮らし、

父親不在、実母は死去、継母と妹は離れて暮らしている。

新学期早々、女の子にまとわりつかれる。好意もあるような素振り。

そして、比較的フランクな男友達もできる。

これが、ライトノベルの主人公か?


洋平は言っていた。

主人公は至って普通の高校生。

うん、うん。

転校、もしくは入学式から物語が始まる。

うん、うん。

親が出てこず、独り暮らし、

生活に不自由な感じがまるでしない、のだと。

ふん、ふん。

可愛い女の子が3人以上出てくる。

ふん、ふん。

SFちっくな現象に巻き込まれる。

ふ、ふん。

謎の少女、現る。

ふ、ん。

自分に特殊な力があると気付く。

ふ、・・・~ん。

戦いに巻き込まれる。

ふ・・・・。

命を狙われ、死にそうになる。

・・・・・。


途中までは楽園の様だが、後半はヤダな。

戦いたくないし、死にたくないし・・。

それに独り暮らしは全然楽じゃない。

その世界はお金に不自由な感じの無い楽園そのものだが、

現実の世界はそうじゃない。


独り暮らしは正直、お金に追われるような生活だし、

平然を装ってはいるけど、地味な作業の連続だ。

洗濯一つとっても、大変だ。

まずは店で洗剤・柔軟剤選びから始まり、

洗濯自体は洗い一度、すすぎ・脱水などを二度繰り返す。

そう、今の家にあるやつは洗濯槽と脱水槽に分かれた二槽式洗濯機で、

全自動式ではないのだ。

水は風呂の残り湯を使うが、ホースで汲み込めないので、

バケツで何度も往復して移す。

洗濯を終え、物干し竿にそれらを干すのだが、

まず、この家にあった竿は風化していてヒビが入っていた。

それを無理に使おうとして、洗濯物の重みでものの五秒で折れてしまった。

代替えの竿として、裏の森でちょうどいい折れ木を探し、

地面で汚れてしまった服を、もう一度洗濯し直すときの

もどかしさと悲しさは洋平には判らないだろう。

そして、最後は洗濯物を取り込み、たたみ、古タンスに仕舞う。

もう何度も繰り返しているが、天候に左右されていないのが幸いだ。


でも部活で帰る時間が遅くなり始めたので、

少しずつ忙しさとわずらわしさを感じることになるだろう。

バイトも何とか見つけないと、ほんと持ちそうもない。

というか、新しいモノが買えそうにない。

まず、靴が欲しい。

今まで使っていたのが思いのほかぼろく、

くたびれていることに今更ながら気が付いた。

それは毎日三時間半近く自転車を漕いで帰宅し、

足の傷みと共に靴を脱ぐと、やはり色を失ったぼろさが際立ってみえた。

新靴のためにも、バイトはゴールデンウィーク明けにでも見つけないと

・・・それに・・・


〈 ポン! 〉


『 って! 』

ぼんやり考えに耽っていたあかりの頭に何かが直撃し、声を出した。

周りを見渡すと、クラスみんなが自分を見て笑っている。


( なんだ? あれ、なんだか自分の頭に誰かの手の感触が・・・? )


『 私の授業、そんなに退屈かしら? 水谷君。 』

ゆっくりと発せられる、妙に色っぽい声があかりの背後から届いた。

あかりは振り向く事無く瞬時に相手を理解する。

担任の鵜和文子。 二八歳、独身、彼氏なし、独り暮らし。

失恋のため、北海道赴任を依願。

by、洋平情報。

自分が成実木たちと入部することになった、

弱小文化系部活動「 文芸・郷土研究部 」通称「ふみさと」の顧問でもある。


『 す、すみません。その、考え事してました。 』

と、あかりが正直に答える。

すると担任の鵜和がちょうどあかりの隣に立ち、

あかりは何となく目を合わすことができないが、

やがて ほのかに甘い香りが届き始める。

シャンプーの香りか? または肌につけられた大人の香水か?


『 ふ~ん。 正直ね、かんしん、かんしん・・・ 』

そう言うと、鵜和はまた一歩ゆっくり歩を進める。

斜め横に立つ眼鏡を掛けた長身の女性は、髪をポニーテールで纏め上げ、

シャツから露わになる大人のうなじがあかりをドキリとさせる。

『 ゴールデンウィークが近いからって、浮かれていたら駄目よ。 』

そう言い終えると、颯爽と教壇へ戻っていく。

そう、一度もあかりの顔を見ずに・・・。

代わりに前の座席の洋平が振り返り、一発軽くあかりの頭を小突く。

『 おまえ、あれ。わざとか? いいよなぁ。おれも頭、小突かれたい。 』


小声で話す洋平の言葉を、あかりは全く理解できなかった。


( 洋平は叩かれてでも、誰かと接点を持ちたいということか?

色気のある あの担任のことが好きなのか?

それともただ、俺の頭を叩きたかっただけなのか? )


あかりは合計二発受けた可愛そうな頭を撫でながら、ちらりと辺りを見渡す。

成実木がこちらを見て笑っている。

ミキは黙々とノートにペンを走らせている。

りんごは・・・、こちらを鬼の形相で睨んでいる。

三発目が今にも飛んできそうな勢いだった。


授業が終わると、あっという間にそれが現実となる。

あかりは頭を押さえながら、懸命にりんごに食い下がる。

『 なにすんだよ! 』

『 何か授業中にエロいことでも考えていたんでしょ。あぁ、やらし。 』

『 そんな訳ないだろ 』

『 にやけた顔して先生に叩かれる。 これの何処が普通だ?

絶対エロいこと考えてただろ! 』

『 そんな、エロエロ言わないの 』 と、成実木が割って入る。

このパターン、もう日常化しつつあるな。


『 あの、そろそろ弁当食べたいんだけど、いいかな? 』

あかりが、鬱陶しい気持ちを抑えつつ、

なるべく丁寧に話の流れを断つ。

『 なに、煙たがってるのよ 』

『 今日はみんなで、いっしょに飯にしようよ 』

様子を窺っていた洋平が振り向き、提案する。

『 誰が、あんたなんかと・・ 』

すぐさま、りんごが洋平の顔も見ずに その発言を一蹴する。


『 が~ん 』 

洋平が大げさにショックを受けてみせ、身体を硬直させたフリをする。

『 叩かれないだけ、マシだろ? 』 

そう言いながらあかりは、その動作に短く笑った。

『 じゃあ、みんなで部室行って食べようか? 』 

今度は成実木が提案をし始める。

『 賛成! 』と、洋平は いち早く手を挙げてみせた。

『 だから、あんたは部員じゃないだろ 』 

りんごが再度一蹴する。

( 洋平、あんまりしつこくすると、りんごのケリが飛んでくるぞ )

あかりは、友人の身体を少しだけ気遣う。


『 そんな、俺も入れてくれ。入部希望! 』

ダダをこねる洋平に、先ほどまで口を挟まず

様子を窺っていたミキが素早く、洋平の元に駆けつける。

『 どうした、ミキ。 』 あかりが声を掛ける。

『 ほんとに入りたいの? 』 ミキが洋平に詰め寄る。

『 ミキ、こいつに「 ふみさと 」に入ってもらいたいの? 』

成実木が訝しがる。

『 だって、洋平が入ったら、

廃部寸前の部活動に一気に六人も入部することになるでしょ、

たった一か月で。それで今後も部員が増えるとしたら・・・

部費の予算の配分や支給時期にも若干影響が・・・。 』

ミキが語弊があるか確認するかのように、

右手の人差し指を自身の頬に押し付けた。


『 それ、ホントか? 』 あかりが尋ねる。

『 学級委員長の私の発言よ。信じなさい。 』

『 うぉ~! 部費が出たら経費で本買い放題、遊びたい放題だね。 』

成実木がはしゃぐ。

『 だったら、断る理由ないよな。本人も懇願しているし・・・ 』

子犬のように目を潤ませてこちらをみている洋平は、

そう後押しするあかりに感謝し、手まで舐めそうな勢いだ。

『 わかったわ。 』

珍しく、素直な言葉が届いた。が、

『 部員として、認めるわ。ただし、幽霊部員としてね。

部室には来なくていいから。 』

『 が~ん 』

洋平は仲間外れにされた幼子のように今にも泣きそうになる。

『 んな訳ないでしょ、りんご。 素直じゃないんだから 』

そう言いながら、成実木はりんごの肩を叩く。

『 じゃあ、みんなで部室行こ。私もお腹減っちゃった 』

ミキが丸く収まったと、納得気味に笑う。

『 ありがとう、みんな。

これで、俺もあかりと一緒にハーレムライ、ブッ 』

余計なことを言おうとしたばっかりに、

洋平は横っ腹にりんごの蹴りがきれいにヒットした。

『 素直に感謝しとけばよいものを・・・ 』

あかりはうずくまる洋平に笑いながら手を差し伸べた。



楽しかった昼休みが終わりを告げる頃、

あかりは妙な違和感を感じ始めていた。

午後の授業中、その違和感がだんだん現実を帯びたものになっていく。

すごく体が重い。身体も微熱を持ち始めている。

風邪か?

放課後に近くなるにつれ、授業の内容など全く耳に入ってこなくなる程、

症状が悪化していく。

『 あかり、顔色悪いわね 』

授業終了と同時に机に突っ伏したままのあかりにミキが声を掛ける。

ミキは近づきながら、有無も言わさずあかりの手を取った。

その手を振り解くこともできず、

あかりは、ぽっーとした赤い顔でミキを見つめる。

ミキはまったく事務的な感じで、

自身のおでこであかりの体温を確認する。

『 やっぱ熱いよ。今日は、もう帰った方がいいんじゃない? 』

『 まだ、平気だよ・・・ 』

『 無理しないの。 』

力の籠った言葉と共にミキのそばかす顔が、あかりの顔に近づく。

『 う・・・ 』

『 家まで二時間でしょ、持ちそう? 』

『 う、ん。 』

『 義務教育じゃないんだし、帰えろ。 』

ミキが首を傾けながら、あかりの同意を求める。

あかりが隣に目をやる。

成実木がびっくりした顔であかりを見つめていた。

しかし、あかりと目が合うと、恥ずかしそうに目を逸らした。

( なぜ、だろう? )

あかりは疑問が浮かんできたが、ボーっとしてきた頭では

それ以上考えることはできなかった。

その後、残りの授業一教科を欠席して、あかりは早退することにした。

帰れるうちに帰った方が良い、ミキの考えに同意した。

そして一時間後、彼女の考えが正しかったことに、

あかりは否応なしに気付かされる。



自宅に着いたあかりは自転車を立て掛けることもできず、

土間の腰かけ部分になだれ込む。

がしゃんと、自転車の倒れる音がしたが、

まるで遠くの出来事のようにあかりの耳に反響する。

( だめだ、これはちょっとひどい。風邪とはちょっと、違うかも・・・ )

自分の体なのに、行動を拒否される。何もできない。

帰ってこれたのが奇跡のようだ。

靴を脱ぎ散らかし、そして這いつくばり、

なんとか布団までと体を起こすが、気力と体力が同時に奪われ、

ほんの数センチしか動けない。

体が恐ろしいほど熱を帯びていて、頭がくらくらする。

もう、何も考えることができない。

薬を飲まなくては・・・、そういえば薬あったかな・・・

それに今は何時くらいだ・・・。

薄れゆく記憶の中、あかりは気を失う様に瞼を閉じた。



( あつい。 あつい。 あつ・・・い。 )

身体の熱さに目を覚ましたのは、深夜になってからだ。

廊下に俯せで倒れていた体を起こし、壁に身体を預ける。

壁の冷たさに、一時の安息を得るがそれもすぐに飛散する。

あかりは真っ暗闇の中、気力を振り絞り壁にぶつかりながら、

水道の水を求め台所に向かう。

さっきよりも動けれるようだが、また布団以外のところで気を失いそうだ。

あかりはコップに水を受け、それを一気に流し込む。

冷たい水流が体の中を駆け巡る。

しかし、その流れは途中熱湯へと変化してしまう。

それくらいの違和感を感じた。

薬箱を取り出し、食後の服用を無視し風邪薬を押し込む。

一呼吸息をする間もなく、バタバタとだらしくなく音を立てながら

大広間の布団へと雪崩込む。とりあえず、眠りたい。着替えは後だ。

ぜいぜいと荒い呼吸を立てながら、

( 明日は、学校に行けないな・・・ )

などと、ぼんやり考えながら、また眠りについた。



( いたい、いたい、いた・・・い。 )

痛い。

吐き気、腹痛、下痢などは無いが、熱のためか頭が激しく痛みはじめた。

目を開けていると眩暈のように気持ち悪く、

とてもじゃないが目を開けていられない。

全く、ひどい。こんなの初めてだ。

そう考えると、恐怖があかりを覆い始める。

このまま死んでしまうのではないか、そう思えるほど心も弱くなっていく。

物凄い恐怖と不安感で、とても惨めな気分になっていく。

こんなのいつまで続くんだ。



もう、何度目の目覚めだろうか。

目が覚めるたびに、症状が悪くなっている気がする。

服も無意識の内に脱ぎ捨て、肌着だけになっている。

体の熱さはまだ引かない。

布団の横には中身が水になってしまったポリ袋が五つ転がっている。

氷枕も作らないと・・・。

気力を振り絞り這うように流しに向かい、水を飲み干す。

そして、コップを置いた途端、ハッとする。

薬の空袋が五つはある。これって、もう五回繰り返してるのか・・・

愕然とし膝を落とすが、それでも冷蔵庫を開き、

何かお腹に入れなければと、考える。

しかし、あかりの期待するものは何も入っていなかった。

こんど、今度買い物に行くときはゼリー飲料の買い置きをしておこう。

おぼろげになる意識の中、そう心に誓う。


ジリリリリン。ジリリリリン。


冷蔵庫を閉めようとした途端、けたたましく黒電話が鳴り響く。

あぁ、そういえば学校に連絡をしてなかったな。

あれから、どれくらい経ったのだろう。

全く日にち感覚を失っている。

そして平衡感覚まで失い、薄れる記憶中、その場に倒れこむ。

氷枕を作らないと・・・、それより、やはり・・・

救急車を呼ばなくては死んでしまう

本当に死んでしまう。

そう何度もうわ言のように呟くが、

黒電話の呼び鈴が事務的にその声を打ち消していく。




どれほど、時間が経ったのだろう。

いや、時間などもはや関係の無い所に自分は誘われたのだろうか?

もはや目をまともに開けることもできないのだが、

奇妙な声が聞こえたような気がした。

それは、会話だった。

どことなく、エリさんとミキの二人のような声なのだが、

何処となく違う気がする。

なんか、二人とも大人びた感じの口調だ。声のトーンも違う。

しかも、なぜこの家で聞こえる。聞こえるはずがない。

この家には自分しかいなく、友達を招き入れたことも無い。

どうやら聴覚もおかしくなり始めたようだ。

それとも、ほんとに違う世界にやってきてしまったのだろうか・・・



( あかり、もう大丈夫よ。わたしが付いているから )


( あかり、ごめん。もっと早くに気付くべきだった )



エリさんとミキに似た声が自分に向けて、なにか喋っている。

目を開けようと試みるが、自分の体が脳の命令を拒否する。

あぁ、自分の願望が幻聴となって現れただけなのか・・・

再び二人がなにやら会話をし始めるが、

あかりの耳には判読不能の雑音にしか感じなかった。





■□■□■□■■□■□■□■   シンソウ   ■□■□■□■■□■□■




あれ、ここは何処だ?

見たことの無い白天井を見つめ、あかりは目を覚ました。

助かったのか?

点滴用のパックが天井と共に、あかりの視界に現れる。

首を回し、辺りを覗う。

自分の右腕に点滴の針が刺されているのを確認する。

ここは病院の個室のようだ。

カーテンが引かれ日光が遮断されているが、

ほのかに明るさが部屋に満ちている。

助かった、のか?

身体の熱さは消え、気怠さもなく、

まだわからないが何となく全快している気がする。

これで、死んでなければいいのだが・・・、

死後の世界とかは勘弁だ。

あれから、救急車を自分で呼んだのだろうか?

頭はしっかりしているはずなのに、なんか思い出せない。

それに、今日は何日だろう。

身体をベッドから半分出し、足を地面に付ける。

あ、これは病院用の寝巻・・・。

あかりは自分のしている寝巻の肌触りを感じながら、

外から聞こえてくる雑踏に耳を傾ける。

自動車の行き交う音、おばさんたちの日常会話が漏れ聞こえてくる。


やっぱり助かったんだな。

小さく胸を撫で下ろし、もう一度ベッドに身体を戻す。

そしてシーツを抱え込むと、情けなくおいおいと涙を流した。

ほんとに、助かってよかった。

そう安心すると、安堵からくる睡魔によって、

あかりはもう一度瞼を下ろした。



『 ねぇ、寝すぎない? ほんと、死んでない? 』

『 ミキ、なんてこと言うんだ、縁起でもない! そんなはずないだろ 』

『 ごめん。 そうだよね。そうなったら、私の責任になっちゃう 』

『 誰もそんなこと言ってないって。

それにチームリーダーは私なんだから、なにかあっても、

すべて私の責任だよ。 』

『 エリ、ほんとごめん。 』

ぼんやり聞こえてきた会話に違和感を感じつつ、あかりは自然と瞼を開く。

そこには肩を抱かれるミキとエリ先輩が立っていた。

二人とも私服で大人っぽく感じるが、何処となくいつもの口調ではなく、

変に大人びたというか全く別人格なモノを感じた。


『 わぁ、起きた! 』

ミキと目が合い、彼女はびっくりの声を上げる。

『 あかり、大丈夫? 』

エリがゆっくり彼女から離れ、寝ているあかりに近づき、優しく声を掛ける。

『 なんとか、大丈夫みたいです。 』

あかりは体を起こし、二人の方へ向き直る。

腕に刺さっていた点滴の針もいつの間にか無くなっていた。

ミキもエリの隣まで歩を進め、改めて心配そうな顔をする。

『 すみません。 よくわかんないんですけど、

気付いたらここで寝ていて・・・ 』

『 身体は大丈夫? 』 エリが再び尋ねる。

『 身体は大丈夫なんですけど、ちょっと耳がおかしいような・・・ 』

『 耳? あかり、自分がどうなってたか、わかる?』

ミキが体を屈めながら、あかりに尋ねる。

『 なにがなんだか・・・連休に入る二日前に倒れてから、

ずっと薬飲んで寝ていたような・・・

でも、ミキやエリ先輩が家に来てくれて助けてくれた気が・・でも

あれは夢だったのかなぁ。

自分で救急車を呼んで、ここに運ばれたのか・・・

でも、二人がここにいるっていうことは、なんか迷惑かけたみたいだし

でも、やっぱり、わかんない。ごめんなさい 』


あかりはたどたどしく、問題が解けない生徒の顔で二人を見上げる。

二人はしばらく神妙な顔であかりを見つめていたが、

お互いに顔を見合わせると、エリが先に頷き、

ミキが離れた場所にある来客用の椅子を二つ持ってくる。

お互いがそれに座ると、

あかりも妙な緊張感を受け、姿勢を正し寝巻を整え座り直す。



『 今から、ちょっと長い話をするけど、

とても重要なことだからよく聞いてほしいの 』

エリがゆっくりとぶれない視線をあかりに向け、語り始める。

隣りのミキも、こくりと頷いている。

( なにが始まるんだ? )

『 あかりがここに運ばれてから、今日で五日目よ。 』

『 は? 』 あかりはまるでバカみたいな間抜けな声を出した。

『 あかり、簡単に言ってしまうと、あなた死ぬところだった。 』

ミキが無慈悲な顔でそう告げる。

『 え、何で・・・ 』 絶句して、言葉も出ない。

『 あなたは、暗殺で使用される薬品で殺されかけた。

だから、この病院に私たちが運んできた。

あなたの記憶は一部、合っているわ。 』

エリがあかりの思考回路を攻撃するような頓狂なことを言い始める。

『 な、なにを言い出すかと思えば・・、

これはビックリか何かだろ?

廊下には成実木や洋平とか待機しているんじゃ・・・ 』

『 あかり、落ち着いて。すべて本当の事しか言っていない。

だから、最後までよく聞いて。 』

エリが立ち上がろうとしたあかりの肩を柔らかく抑え、

ベッドへとあかりを戻す。

『 エリ、やっぱ辞めようよ。 ドッキリをビックリって言い間違えてたよ。 』

『 ミキ、大丈夫。私がゆっくり説明するから・・・ 』

あかりを捉えるその美しい瞳は何か憂いを帯びていたが、

やがて強い意志の炎のように別なモノへと変化していった。

あかりには、それが物凄く恐ろしく見え、初めてエリに恐怖を感じた。


『 あなたは、何者かに接触され毒を盛られた。

しかし、それは少量で、効き目に時間を掛けるとても卑劣なやり方。

あなたの帰宅に掛ける時間も織り込み済みかもしれない。』

『 俺が狙われるって・・・、どうして? 』

あかりは恐怖の色を濃くしていく。

『 これから話すことが本題よ。 』 エリが真直ぐにあかりを見据える。

『 これは、あなたの父親に関わる話なの。 』

『 父さん? なんで? 』 あかりは訳が判らず混乱する。


『 あなたの父親、水谷公一郎は生きている。』

そう、エリは力強く言い放った。


『 は? 』 今、なんて言った?

『 今から五年前に失踪したあなたのお父さん。 彼は生きてるわ。 』

エリはそこで初めて笑みを漏らした。

あまりのことに驚愕するあかりに、エリはさらなる衝撃の言葉を加える。

『 彼の失踪っていうのは、こちら側の世界にいなかっただけで、

実は私たちの側の世界にいたの。 』


( これは何かの冗談なのか、言ってる意味が全く解からない )


『 あなたたちの世界と私たちの世界。 世界が二つあるの。 』

『 ははは・・・ちょっと、まっ 』

『 あかり、パラレルワールドって知ってる? 』

そこで、ミキが口を挟む。

『 この世界のほかに、別な似た世界がもう一つあるという考え方 』

『 それって、SFだろ 』 あかりが喚く。

『 いいえ、この世界はもう一つどころか無数に存在する。 』

『 無数・・・ 』

『 存在するけど、行くことのできないもう一つの世界。

あかり、シャボン玉、わかる? 分かり易くいうと、あれと同じ。

成分の同じものがある圧力によって放出される無限の泡。

その泡は一つ離れるモノもあれば繋がっているモノもある。

成分が同じ、大きさも同じ、条件も同じ、時間もほぼ同時に作られたモノ。

もし、変化が同じで繋がっている同じ泡の玉があったら・・・ 』

ミキがもっともらしく、あかりに首を傾ける。

『 なに、言ってるんだ・・・泡が宇宙だっていうのか? 』

『 分かり易く言えば、そういうこと。

でも、すべてを理解する必要なんてないよ。

私もよく理解してない部分があるし・・ 』

そう言って、ミキが舌を出して誤魔化す。

そして、交代とばかりにエリを見るように促す。

『 パラレルワールドの話はいいわ。

でも、私たちはココとは違う世界から来た人間・・・

というか、間借りしているだけの存在。 』

『 間借り? 』

『 私たちは、その・・意識を飛ばしているだけなの。

本当の身体は本来の世界にある。 』

『 なんだ、それ?・・・、反則じゃないか! 』

あかりは思考が付いてこず、バカみたいなツッコミしかできなくなる。

『 そうね、反則よね。でも、私たちにはそれしかできない。

違う世界を行き来することなどできやしない。でも、 』

エリが言い淀むように言葉をきり、そしてあかりを真っ直ぐに見つめ直す。

『 あなたのお父さんは、それができる。

こちらの世界と私たちの世界を肉体移動することができる。

あなたのお父さんは特別な存在。そして、その子供である〝あかり〟、

あなたも私たちにとっては特別な存在。 』



エリの冗談じゃない真面目な顔つきから離れるように、

あかりは両手で顔を覆い始めた。

もう、何がなんだかわからない。

そんなあかりを無視し、エリは説明を続ける。


『 水谷公一郎は約六年前に突然、私たちの世界にやってきた。

彼は何か目的を持って、私たちの研究機関に接触してきたことは明らかだった。

しかし、利害の一致と攻撃性の無いことを確認し、

お互い協力関係を結ぶことになった。

それまで私たちの研究機関ではもちろん次元の研究はされていたけど、

実例が無い分、研究には限界を感じているところがあった。

でも、彼の出現ですべてが変わってしまった。

多様な専門技術者が毎晩笑顔で徹夜するほどの技術進歩が窺えたからだ。

そして、そのすべてが極秘裏で進んでいった。

私の父も一週間帰ってこないなどざらで、

よくそのことで母と喧嘩していたよ。 』

エリはとてもゆっくりで、尚且つごくごく淡々と説明の言葉を口にする。

『 ちょっと、エリ。あなたのことは話さなくてもいいんじゃない 』

『 そうね 』



あかりはエリのトンデモ話に耳を傾けるとともに、

エリの口調が先ほどとは若干違っているような感じがし、少し気になった。

ミキに関しては全く別人格のようだ。

『 そのいまの話と、自分が狙われることの関係性は? 』

あかりは理解するためにも、ある程度の道筋があるのか、

改めて問う。

『 やっと聞く耳もってくれたじゃん。 』 ミキが身を乗り出してくる。

『 っていうか、さっきから思っていて言い出せなかったが、

君たちは誰だ? エリさんやミキとは口調も違うし、いったい誰だ!?

彼女たちは何処にいる!? 』

『 そっちからか~、ほんと、話長くなりそう~ 』

ミキが口を尖らせ、腰かけた椅子から足をぶらぶらさせる。

エリに向き直るあかりは、なにか言いづらそうにしている彼女に

少し嫌な予感がした。

『 いいわ。答えてあげる。』

そう言いながら、エリはあかりの目を真っ直ぐに見つめる。

何か決心した冷えた目だ。

『 こちらの世界でのエリとミキは、すでに一度死んでいる。 』

『 くっ!! 』

あかりはその言葉に息を飲む。聞きたくない言葉だった。

『 二人は近所の幼馴染だった。姉妹みたいな関係ね。

仲が良かったのよ。 そんなある冬の日、

二人で一緒にスキーに出かけたとき、

彼女たちの乗ったバスが事故を起こした。

多くの乗客が負傷する中、二人には特別、最悪な事態が待っていた。

それは結果的に死を意味する脳死状態になったの。

だが、幸か不幸か、

それをあざとく私たちのエージェントが嗅ぎ付け、ある処置を施した。

それは、私たちの世界ではシンソウと呼んでいる装置を

彼女たちの脳に施した。 』

『 シンソウ? 』

『 心躁、文字通り心を操る。

脳の使われていない機能に装置を施し、脳死したはずの身体を動かす、

まるで生きたゾンビのようにね。 』


あかりは、戦慄した。すごく現実離れした話なのに、

冗談ではない、エリの真剣な眼が

本当に只ならぬ世界の扉を開いているようであった。

それに、先日のエリの話。

事故に遭ってから、記憶の障害や消失。

それも、この話に関係があるのか?


『 私たちの世界では脳科学や超能力と呼ばれる未開発な分野が

こちらの世界よりは長けている。

とりわけ、テレパスやESPの技術開発・研究が熱心だった。

いや、ここは正直に話そう。軍事目的として、熱心だったんだ。

思念を遠くに飛ばす、会話するなどのテレパスなどに飽き足らず、

その遠くにいる相手を自由自在に操る。脳を乗っ取る。

それを本気で取り組んでいる組織に私たちは属している。

そして、君のお父様の出現により、その技術を次元間でも利用させている。 』

エリはそういうと、ミキの方をちらりと見やる。

ミキは眼鏡を直しながら、

『 なんとなく、わかった? 』

と、あかりに意見を求める。


あかりは、うなだれながらも考えをまとめようとしていたが、

もはや脳がパンク状態だ。

何を言っているのか、このまま言わせていいのか?

『 ふざけんな! 』 あかりが吐き捨てる。

『 いきなり、怒んないでよ 』

ミキが椅子から立ち上がりながら抗議する。

『 脳を乗っ取るとか、父さんが次元を移動しているとか・・・、

訳分かんないよ、それになんで俺がこんな目に遭わなければならないんだ 』

あかりはベッドから起き出し、部屋から出ようとする。

『 待って、まだ話は終わっていない。 』

エリはあかりを制止しようと立ち上がる。

『 どうせ理解できる話じゃないから、時間の無駄だろ、もう帰るよ 』

『 おい、いい加減にしろよな! あんたの命助けたの、こっちなんだぞ 』

ミキが無礼だと言わんばかりに、あかりに食って掛かる。

『 じゃあ、もっと早くに助けろよ!

あんだけ、苦しい思いをさせといて、なんだよ! 』

『 そ、それはさ、謝るけどさ・・ 』

『 なんで、俺がこんな目に・・・、あんたたちの話は理解できない。

それに、早くエリさんとミキを返せ! 』

『 あかり、 』

エリが二人の間に立ち、あかりの手をそっと握る。

エリは慈悲深い目でじっと、あかりを見つめる。


『 あかり、ごめんね。苦しい思いをさせてしまって。

このエリとミキの身体からは、説明が終わったら離れるわ。

安心して。それから、どうかミキを責めないで欲しいの。

なぜなら、あなたの命を守ることが私たちの任務ではないから。 』

あかりはその言葉を聞き、エリから自分の手を奪う。

『 じゃあ、あんたたちの任務ってなんだよ!? 』



それから、エリたちの長い講釈がまた始まった。

あかりは今度は一度も口を挟まずに、彼女たちの話に耳を傾ける。

彼女たちの奇天烈な話は半信半疑だったが、

自分の病気や二人の口調・人格の変化、それに父やエリのことが引っかかり、

あかりは言いたいこと聞きたいことは洪水のように溢れ出してきたが、

それらをぐっと我慢をして説明を聞き入れた。

とても長いストーリーで、幾度となく、

これは映画か小説のあらすじでも聞かされている気分になった。

しかし、これが自分の絡む話だと考えてしまうと、

脳が拒否して頭の中にあまり入ってこない。

あまりにも御都合主義な電波話だったからだ。



それでもあかりはあることに気付く。

すべてが自分の父が事の発端だということに。

父の失踪、あちら側の世界での生活、研究、協力。

そして、ある交換条件に

こちら側世界での工作活動に従事する件の説明は、信じたくなかった。

自分の父が悪行を重ねているようにみえて、聞くに堪えなかった。

そもそも父がなぜ、次元を行き来する力を身に着けたのか

彼女たちの説明は6年前から来たと言っているが、父が失踪したのは

あかりが10歳の時であり、5年前だ。


そして、3年前からその所在も不明になり、

あちら側の人間たちが必死で父を探している。

エリたちの主な任務は、父の所在を確認し、確保すること。

とりわけ、自分・水谷明は彼の息子であり、

接触の可能性が一番高いということで、要注意人物としてマークされている。

今回の病気の件は、エリたちが仕組んだことではなく、

こちら側の世界の人間の仕業である可能性が高いこと。 

こちら側の世界の人間ももちろん、父の特殊な能力を把握しており、

彼の確保に時間と労力を費やしている。

その組織は教えてもらえなかったが、 

そんな組織の人間がこんなちっぽけな自分を殺そうとしている

そのことに愕然とした。


たぶん、彼女たちの言うことは全て本当のことだろう。

彼女たちの目を見れば、一目瞭然だ。

その瞳は恐ろしいくらい真実しか映していない。

彼女たちがいなかったら、自分は何で死んだかも判らず、

空気中を彷徨っていたことだろう。

自分はちっぽけな存在だ。特に特別な力を持っているわけでもない。

本気の攻撃を受ければ、一瞬で絶命する最弱な存在。

でも、殺されない程度に利用されるのだろう。

父を誘い出す囮。自分は人質みたいなものだ。

そして、あかりが危惧する人質はもう二人いる。


『 母さんや陽鞠は大丈夫なのか? 』

『 ええ、大丈夫よ・・・、

彼女たちも私たち側の人間の監視下にある。大丈夫よ。 』

あかりは、そのエリの言葉に安堵すると同時に、

とんでもない世界を認めてしまったようで、思わず身震いをした。

『 後々、追加説明するということで、今日はお開きにしようか? 』

ミキがそう言いながら、笑顔をあかりに見せる。

『 そうね。 』 エリが相槌を打つ。

『 あの、今日はもう帰っていいんですか? 』

あかりは数時間前の威勢の良さはなりを潜め、

いつもの感覚を取り戻していく。

『 退院は明日の朝ね。 もうちょっと、辛抱してね。

今、飲み物と食事の用意をさせるわ。』

『 すみません。 』 

あかりがそう呟くと、エリは大きな伸びをし、

『 うぁ~~、疲れた~~ 』と、大きな声を出した。

あっけにとられるあかりを他所に、

『 エリ、ご苦労様でした。 』とミキがねぎらいの声を掛ける。

『 キャラ保つの、意外としんどいな。 』

エリが肩をほぐしながら、ミキに笑いかける。

『 ちょ、ちょっと、今のなんです? 』

あかりがエリらしくない言動に疑問を投げかける。

『 君が疑問に思っていた通り、わたしたち側の人間にも人格はある。

とりわけ、わたしは君が説明を聞いてもらい易いように、

こちら側の人間の本来の人格に即した喋り方で話をさせてもらった。 』

と、エリは淡々と説明する。


『 はぁ? 』

『 あちら側のエリの人格は、この美貌とはちょっとかけ離れた

男っぽい感じの女だと、思ってくれたまえ 』

そう言いながら黒髪の美少女はスカートの中に手を突っ込み、

お尻を掻きながらパンツの位置を直した。

『 エリ、あんた、人前でパンツ直すって・・ 』

ミキが呆れながら、頬に手をやる。

『 いや~、ずっと座りっぱなしで、

お淑やかキャラを保ったままだったし、つい反動で。 』


これには面を食らった。

なんだ、これ? さっきまでの重い空気は、何処へ行った?


『 おんなの人ですよね・・? 』あかりは、念のため確かめる。

『 もちろん、シンソウを行うのは同性が基本だ。

だから、今話をしている私も、もちろん女だよ。でも、齢は22だ。

ちなみにミキの中の人は十九才だよ。 』

『 ちょ、エリ。それは機密事項の一つなはずよ 』

そう言い、ミキが眉間に皺を寄らす。

『 いいって。 これくらい話した方が、彼は状況を受け入れやすい。 』

『 あの、普段の・・・今まで学校で話していた彼女たちの人格は・・・ 』

『 ああ、悪い。 解放する約束だったもんな・・・

でも、それは彼女たちが自宅に帰ってからになるかなぁ・・・ごめん。 』

エリは、全然そんな気持ちを持っていないように答える。

『 その、シンソウ中は、彼女たちはどうなっている? 』

あかりは呟くように食下がる。

『 何も覚えてないよ。私たちの存在さえ知らない。 

まあ、一度死んでいるんだし・・・、あまり深く考えるなって。 』

エリは再度尻を掻きながら、自分の座っていた席を片づける。


『 彼女たち、今まで話をしていた彼女たちの人格は本物か? 

それとも、あんたのいう、ゾンビみたいなものか? 』

あかりの顔が硬直してくる。

( あの笑顔は誰の? いや、誰が? )

『 あかり、言葉足らずで、悪かった。ゾンビは喩だよ。

彼女たちはちゃんと生きている。彼女たちの本来の人格はそのままだよ。

でも、シンソウの措置をしたことにより、記憶の障害や消失、

それにここが重要なんだが、

君のことを好印象に与えるように プログラミングしてある。 』

『 エリ! それ以上だめ! ほんとにダメ。 』

ミキが悲鳴に似た声を上げる。

『 君がこちらの話に興味を持ってくれたので、

ちょっとリップサービスしすぎてしまったようだ。 』 

エリは、そう言うと短く笑った。

その様子を見て、ミキはあかりに向かって突進してくる。

『 あかり、これはお約束だけど・・・

今日話したことは他言無用よ。わかった? 絶対よ。 』

ミキの今までにない真剣な眼差しを受け、

はい、とあかりは短く頷いた。





~つづく~

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