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■□■□■□■■□■□■□■ 入学二日目 ■□■□■□■■□■□■□■
翌朝、あかりが登校しクラスの前に辿り着くと、
少し立ち止まり辺りに目を配らせた。
( 今日はいないみたいだな )
一呼吸置くと、あかりは教室の扉を開け、前へ進んでいく。
少し緊張感の漂う微妙な空気感。別に嫌いな感じじゃない。
あかりは自分の席に辿り着くと鞄と弁当入りの黒の巾着を机横のフックに掛ける。
巾着は去年、妃花から誕生日プレゼントとして
黒のシックなエプロンと一緒に貰ったものだ。
なぜか揃いの黒頭巾まであるヤツ。
妃花に施されてその場で着用したが、着ていた私服の色と相成って
『 忍者?黒子? 』 と小笑されたものだ。エプロンは早速使わせてもらったが、
巾着をここで活用することになるとは、案外ラッキーだったのかも、知れない。
しかし、ちょっと黒地に黒猫が小さく施されているのが気になるといえば、
ちょっと気になるか・・・。
『 それ、お手製弁当? かわいい巾着に入ってるね。 』
早速、あかりが気にしていることを指摘してくる人物がいた。
あかりは後ろからの声に軽く首を動かし、相手を確認する。
緩く掛かったパーマの黒髪に、快活そうな笑顔。
少しそばかすがかったその頬の上に、赤の淵の眼鏡を掛けている。
そこには、まだ話したことの無い見知らぬ少女がそこにいた。
『 はじめまして。 わたし、後藤美希。 』
『 あ、はじめまして、後藤さん。 』
『 自己紹介でも言ってたけど、独り暮らしなんだって? 』
『 うん、そうなんだ。 』
『 たいへん? 』
『 まだ始めたばかりで、なんとも言えないよ。でも家が古いし、
不便といえば、不便だね。 』
『 へぇ、そうなんだ・・・ 』
そう言いながら、後藤はあかりをまじまじと観察する。
あかりはどこにでも居そうな、ごく普通の十五歳だ。
背は160センチ、髪は黒で染めたことも無い。
少し後ろを刈り上げている程度の特徴の無い髪形と髪質。
部活や習い事で培った筋肉質な体とも無縁な標準体型。
これから、足の筋肉は鍛えられそうな環境ではあるが・・・
彼女は自分の何を見ているのだろうか? 匂いか?
昨日、初めてあの家の風呂を沸かした。
時代錯誤の薪で沸かすタイプでほんと往生した。
まず、落ち木を拾い集め、
それに付随する新聞紙とマッチなども、手にするまで一苦労だった。
そんな初風呂は後半少し熱すぎてしまって、長くは入れなかった。
火を調節する人が誰もいないので、
熱さの調整などに慣れるまで時間がかかりそうだった。
『 おわった? 』
一人考え込んでいたあかりに、後藤が隣から顔を覗き込む。
『 あ、ごめん。ちょっと、考え事していた。 』
『 考え事? 』
『 いや、後藤さんがなんで自分に声かけたのかな・・・とか考えてたら、
自然といろいろ考えちゃって・・・、その、自分のこととか 』
『 なんだ、私のこと考えてたんじゃないんだ 』
少しふて腐れたように頬を膨らませる。
『 おっはよー 』
そこで、成実木がクラスに入ってくるのが見えた。
昨日と同じように、屈託ない笑顔をあかりに向け、彼女は自分の席に着く。
と、同時にゆっくり二度見する。
いつの間にか彼女は笑みを消し、神妙な面持ちで思案し始める。
『 わたし、そろそろ行くわ。 』
後藤は体を起こしながら、あかりに告げる。
『 うん。 』
『 ねぇ、私もあかりって呼んでいい? 』
『 え、それはいいけど・・・ 』
『 うん、ありがと。 私のことはミキでいいから。 』
『 うん、わかった。 ミキさん。 』
あかりの言葉に、彼女はノンノンと人差し指を揺らしながら、
『 ううん。 わかってない。さ んは要らない。 ミキでいいよ。 』
『 わかった。 その・・・ミキ。 』
『 うん、またね。 あかり。 』
そう言うと、彼女は颯爽と去って行った。
( 一体、なんだったんだ? )
今日はもちろん、
明日も明後日もこんな感じで、女の子に話しかけられるのだろうか?
いや、今は入学式を終えたばかりなので、みんな友達作りの一環で
探りを入れているだけなのか?
それに引き替え、自分はまだ自ら行動などしていない。
なんと、消極的なことか・・・。
よし。
あかりは意を決して立ち上がり、歩を進めていく。
進む先に成実木の横顔が見える。
昨日の情報のお礼を言っておかなくては・・・
ドン。
『 うっ。 』
( なんだ、これ? )
あかりは横から突然肘打ちを食らわせられ、
短い呻き声と共にその場に渦くまった。
『 う、なんてことしやがる。 』
うずくまりながらも、必死に不意打ち攻撃者の顔を確認する。
『 お、おまえか? 』
『 たった三日で、もうお前呼ばわり? ちょっと、ずうずうしいわよ。 』
その相手は、なおも攻撃の手を休ませず臨戦態勢のように片足を上げて、
今にもあかりを踏みつけようとしている。
『 ちょっと、たんま。 暴力はんたい。 』
あかりは、ばたばたと手を振って相手を落ち着かせる。
( なんで、こんなことを? )
『 あかり、何で電話してこないの? わたし、待ってたんだけど・・・ 』
( へっ? 何の話だ? )
『 昨日、教えたよね? 私の番号 』
『 うん。 』 ( そうです、ね。 )
『 じゃあ、なんで掛けてこないの、よ! 』
あかりは、〈 よ! 〉で右足を踏みつけられる。
『 ちょ、ちょっと、よ! 禁止! 』
『 人の好意を踏みにじるな! 』 相手はより力を込める。
( 踏みにじっているのはあなたの方です。 )
あかりが心の中でツッコむ。
『 また、今日も女の子と・・ 』
『 ちょっと・・、待ってく・・ 』
あかりの声は途中で途絶えてしまう。
『 ごめんなさい、もしかして私のせい? 』
その声に呼応して、相手の攻撃力が緩む。
( 天使の声! 助かった! ・・・って、
つい先ほどまで聞いていた声、あれ? )
『 ミキ。 』
( し、しまった、『 ミキ 』 だけ声に出してしまった。)
『 ミキ? って、呼び捨て? 』
( うわ~、もうだめだこりゃ、自分で招いたことだが・・・。 )
『 ごめんなさい、青森さん。 』
すいっと、2人の間に入り、ミキがゆっくり弁明する。
『 私ね、このクラスの学級委員になりたいと思っているの。
中学では委員長の経験をしているし・・・
それでね、ちょっと東京での学校の雰囲気とか知りたかったの。
だから、ちょっと質問をしていただけ。
別にあなたの彼氏にちょっかい掛けていた訳ではないの。
そうだよね、あかり。 』
『 また、呼び捨て。 』
りんごは不機嫌顔を床に向けながら、次の言葉を探しているようだった。
『 あかねさん、悪かった。今日は電話する。必ずするよ。 』
『 なんか、イラつく言い方ね。それに、さん付け。 』
( もう、どう扱えばいいんだ、この人は? )
キン、コーン。
始業ベルが鳴り始め、あかりはほんと安堵の表情を浮かべる。
りんごはその表情を横目で見ながら、
『 ほんと、腹立つやつ。 』 と、あからさまな不機嫌顔で去っていく。
あかりは自分の席に戻りながら、制服の皺を直していると、
『 散々だったな。 』
前に座る洋平が振り向き様に、話しかける。
『 気付いてるなら、止めてくれても 』
『 いやぁ、あいつ、中学の時より数倍パワーアップしてるからな 』
と、洋平がからかう。
『 パワーアップ? ちょっと、肉体的被害も受けたいじめに近いような・・ 』
『 そう言うなって。あいつなりの愛情表現なんだからさ 』
『 あれが、か? 』
『 あいつさ・・・ 』 と言いかけたところで、
洋平はある視線に気づき口をつぐむ。
あかりは不審に思い、その視線の先を辿る。
そこには、今まで見たことのない成実木の鋭い威圧な眼が
こちらに向けられており、洋平に対し
( その先言ったら、ただじゃおかない )
と、でも言いたげな形相だった。
しかし、その無言の威圧感もあかりの視線を感じると、
本来のニマ~とした笑顔に戻していく。
『 さて、この辺にしとくか 』
洋平は何事もなかったように、正面に向き直る。
あかりは腑に落ちない感じではあったが、
あまり詮索しない方が賢明だろうと、成実木に挨拶笑いをした。
結局、笑いかけることくらいしかできなかった。
( 俺の積極性ってこんなものか・・・ )
あかりは溜息まじりに朝のホームルームを迎えた。
■□■□■□■■□■□■□■ 週末 ■□■□■□■■□■□■□■
入学式を終えた最初の土曜日の午後。
学校から帰り、遅めの昼食を食べてから、ひとりボーっとしていた。
しばらくはクラスメイトのりんご、成実木、ミキ、洋平のことを中心に
学校のことを考えていたが、
やがて入学式の駐輪場で出会ったあの少女のことを考えていく。
とても心が奪われる目をしていた。
たぶん、上級生だろうな・・・自分には届かない高嶺の花。
見かけるだけでもいいのだが、
この高校生活で上級生と接点を持つことなんて、どれくらいあるのかな?
部活、くらいか?
しばらく普通の男子特有の無駄な思考があかりを取り巻いていたが、
ハッ、と気が付いたように食卓テーブルの椅子から体を起こす。
( 薪集め、忘れてた。 )
あかりは、すばやくパーカを羽織ると麻袋を抱えて家の裏の森へ入っていく。
この森は、この周辺でよく見かける農家の防風林とは違い、
ほんと木々が生い茂っている。
中に入ると異空間のように濃い緑に覆われ、
暑さを感じないジャングルのようだ。
夏は涼しいだろうが、蛇でも出てきそうな感じでちょっと恐ろしい。
とりわけ今の季節はまだ虫がいないので、安心して落ち木を拾っていく。
無心に同じ動作を繰り返していると、また例の少女のことを思い出してしまう。
麻袋がいっぱいになり始めたころ、
ふと振り向くと自分の家は木々によって完全に視界から消えていた。
( 喉が渇いたな。 こんなことなら、水筒でも持ってこれば良かった )
あかりは、その場に座り込み小休憩を始める。
辺りは静寂に包まれ、外とは隔絶された空間のように、
小鳥たちのさえずりも聞こえない。
こんな自然豊かな環境なら鳥たちが巣を作っていてもよさそうだが・・・。
学校の隣の神社でリスたちが走り回っているのを登校途中に何度か見かけた。
東京ではまず見かけない光景に驚いていると、
「 学校の校庭でも走り回ってるよ、あいつら 」
と、りんごがまるで興味ないように言っていた。
( リス・・・、この森にもいるかな? )
あかりはまだ出口が見えない森の奥に目をやったとき、
なにか窪んだ小スペースのような空間が開けている場所が見えた。
起き上がり、導かれるように小走りでその場を目指す。
その場所はテーブルが一つと椅子が二つある、小さなテラスだった。
( なんだ、これ? )
まるでメルヘン少女が好みそうな、秘密のティールームのようだ。
テーブルを隔て向かい合う二つの椅子。
あかりに近いその椅子は足が一本朽ちていて、前のめりにテーブルに伏している。
( これって、父さんが作った場所なのか? 椅子が二つって、誰と誰だ? )
あかりの頭に次々と疑問が浮かんできたが、途中答えがでないと判ってか、
踵を返すように麻袋を背負いながら、ゆっくりと来た道を戻っていった。
あくる日の日曜。
朝食を食べ終えたあかりは、ラジオから流れる音楽に合わせ、
少し明るい気分で出掛ける準備をしていた。
いや、正確に言うと気分を作っていた。
何となく憂鬱で億劫な作業が待っているからだった。
昨夜いつも通り寝る前の日記をつけていると、
妃花から電話があり、近所への挨拶を念押しされたのだった。
引っ越し挨拶用の粗品(日本手拭)を近所に配り、自己紹介と世間話をする。
あかりにとって、いや、
健全な十五歳の男子が一番やりたくないことの一つではなかろうか?
初めて会う大人の人に挨拶・世間話など、考えるだけで憂鬱になる。
もし町内会に入れとか言われたら、どうしよう。
そんな挫けそうになる気持ちをラジオや音楽で気を紛らわそうとしていた。
溜息を一つ漏らし、時刻を確認する。
ちょうど、午前9時10分前。 農家の朝は早いと聞く。
これはちょっと遅い時間か、と無駄な自問が始まるが、
邪念を振り払うように頭を振り、自転車のハンドルに力を込める。
( よし、いくか! )
風の無い快晴の空の下、あかりは自転車を走らせていく。
お隣と言っても、一番近い家はもちろん農業を営んでおり、
その広大な農地とウチの無駄な緑地とを隔てて約1.5キロ先になる。
通学として使わない初めての道をずんずん進んでいくと、
天気がいいのもあり気分がだんだん穏やかになっていく。
そして自転車の加速もだんだんと増していく。
どこまでも行けそうなくらい体が軽くなっていく。
小竹農場、高橋農場、山下農場、佐川ファーム、尾島農場・・・。
出掛ける前の杞憂など吹き飛んでしまうほど、
どの家でも年配の女性が快く対応してくれ、家の中へ招き入れてくれた。
茶と菓子を勧め、帰り際には自慢の野菜を手渡してくれる。
大人は素晴らしい。
逆に若いだけが取り柄の自分だったが、同じことを話していくにつれ、
口調も滑らかなモノになっていき、最後にはちょっと有頂天気味だった。
すべての家を廻り終え帰宅すると、安心したのと同時に疲労感が襲い、
あかりはその日はここに来てから一番寝つきが良い日になった。
そう、翌朝、日記を書くハメになるくらい・・・。
■□■□■□■■□■□■□■ 二週間後 ■□■□■□■■□■□■□■
入学式から、ちょうど二週間が過ぎた。
なんとなく、クラスのみんなともそれなりの距離感を保てて、
丁度いい位置に自分を置くことができ始めた。
相変わらず登下校の1時間45分はキツいが、
朝5時起床・夜10時就寝も慣れてきた。
食事・弁当作り、家の掃除・家電の整備、洗濯など手間の掛かるモノが多いが、
そのなかでも買い出しが一番楽しくもあり辛くもある。
金銭的な余裕はないが、
それでも好きな黒かりんとを選ぶときは少し顔がほころでしまう。
年寄りくさいと感じながらも、これは自分には必要なことなんだ、
とあまり深く考えないようにしている。
かりんとが好きで、何が悪い?
そういえば、妹の陽鞠は一度もかりんとに手を伸ばしたことがなかったな。
その分、妃花さん、いや母さんは食べていたけど・・・、まあ、いいや。
それにしても、
ゴールデンウィーク明けにも本格的にアルバイトを探さないと・・・
何かあったときの少しくらいの貯金はあるが、
大きな怪我や病気になったら一発で立ち行かなくなる。
母さんには自分のことで迷惑を掛けたくないし・・・。
午後の授業をぼんやりと聞いていたあかりは窓の外を見やる。
( あれ、雨降ってきたな )
『 あ、雨 』
あかりの隣に座る成実木があかりに呼応するように呟く。
『 降ってきちゃったね 』
成実木はそう付け加えながら、いつもニマ顔をあかりにみせる。
一週間前のくじ引きで決めた席替えで、
あかりはほとんど変わらない窓際中央の席になった。
そして、机に伏してニマ顔を向ける隣の席の成実木愛。
『 今日、傘持ってきてないんだよな 』
そう言いながら、振り向く前川洋平。
彼とは入学から変わらずあかりの席の前だ。
『 ちょっと、そこ。 授業中よ 』
そう、優しく注意するのは教室中央に陣取る後藤美希。
ミキは席替え時に行った役員決めで、無投票で学級委員長の座に付いていた。
そして、教壇の真正面で声も出さず、
寂しそうにこちらの様子を覗っているのが青森あかね。
りんごのくじ運の無さにあかりは心から同情した。
成実木に駄々っ子のように席を代わってくれと懇願していたが、
ついにはそれは叶わなかった。
あれから、みんなとはつかず離れず、友達のような関係が続いている。
よく話はするが、それ以上のことは特段起きていない。
席替え時にりんごが少し暴れたくらいで、
彼女からの不躾な態度も徐々に減っている。
( なんだか、このまま何事もないのが一番だな・・・。 )
あかりは窓辺からちらつく雨を見ながら、自然と、
あの女性のことを考え始めた。
午後から降り出した雨は、下校時刻に近づくにつれ大雨強風をもたらし、
下校する者達に冷たい洗礼を浴びさせていた。
生徒玄関で上履きを終いながら、あかりは少し呆然と立ち尽くす。
( この強雨、止みそうもないな。 あと夕飯、どうしよう )
親に迎えに来てもらっている生徒たちの車を何台も見送りつつ、
あかりは一人思案する。
あかりは、雨具の必要性を認識していたが、
購入リストの順位を見くびっていた。
( こんなに早く必要になるとは・・・
傘ではこの雨風にはとてもじゃないが太刀打ちできないし・・・
というか折れたら大変だ。 お金も掛かるし・・ )
憂鬱さを抱き、うなだれる。
( 学校って、何時まで居ていいのかな? )
と、小学生みたいな考えしか、思いつかなくなる。
図書室で時間でも潰すか・・・いや、策を練ろう。
大丈夫だ、少し落ち着こう。
ちょっと、帰るのに手こずっているだけ・・・
こんなの、これから何度も経験することになるんだし・・・
弱気は禁物、もっと楽観主義的にならないと・・・たかが雨風のことだ。
目指せ、今だけオプティミスト!ってな感じで・・・
何事もうまくいくといいんだけどなぁ。
『 雨、強くなってきたね 』
あかりは雨の音に紛れて届いた突然の声にびっくりする。
そして、ゆっくり振り返ろうと首を回すその手前、
突然現れた見覚えのある美しい横顔に衝撃を受ける。
『 ごめんね、驚かしちゃったかしら 』 とても美しい声が再度届く。
『 あ・・・ 』
驚愕のあまり、あかりはすぐに返事ができない。
『 入学式の朝、覚えてる? 』
長身の少女は少し首を傾けながら尋ねる。
『 は、はい・・・駐輪場で・・・ 』
『 覚えていてくれたんだ、嬉しい。 』
心が奪われそうになる程の笑みを自分に向けられ、
心臓の鼓動が高鳴っていくのを感じる。
自分が一番再会したかった夢のような相手がすぐそばにいる。
そして、いま自分に話しかけている。
『 私、霧島江梨。』
『 み、水谷あかり、です。 』
『 そっか、水谷くんね。 』
そう言うと、くすりと笑った。
( なにか、変な声になっていたのだろうか? )
『 失礼ですけど・・・先輩、ですか? 同級生じゃないですよね・・ 』
『 そう、あなたの先輩ね。 二年A組、生徒会役員もしているの。 』
『 はぁ。 』
我ながら間抜けな相槌だ。
でも、年上なんだな。
ほんとに一つだけかと思いたくなるほど、きれいで、
魅力的で落ち着いていて、かわいくて、きれいで・・・。
『 気にしてたんだ、あなたのこと・・・。』
その言葉に、あかりは耳を疑う。
そして全神経を集中させた両耳を真っ赤に染めていく。
( えっ? フラグ? なるみさん、これフラグですか? )
彼女は照れ笑いを浮かべながら、あかりの目の前に立ち位置を少し変える。
『 あのとき、役員の仕事で校内点検をしていたの。
そしたら、入学初日に一人で自転車通学してきた新入生がいるんだもん。
ふつうは親とか付き添ってくれるでしょ? 』
あかりは、何も言えず少し足元に視線を落とす。
『 なんか、ほっとけない気がして・・・これ母性本能ってやつかな?
恋愛感情じゃないよね・・って年上の私があなたに聞くことじゃないよね
ごめんね。 』
そう言うと、目いっぱいの笑顔をあかりに向けた。
( なるみさん、母性本能です。フラグは一瞬で消えました。はぁ・・ )
あかりは、( そうだよな )と一人納得する。
大体年上の女性は年下の男に興味なんかない。 あるはずがない。
逆に、男の子は皆年上の女性に憧れるけど・・・。
そう思い、情けないほど次の会話の糸口を見いだせず、返す言葉を見失う。
『 メアド交換しようか? 』
雨音の中、突然明るい声があかりに届く。
笑顔の上級生は、ブルーの携帯電話を取り出し画面を開きながら、
あかりにも出すよう催促の仕草をする。
『 ケータイ。・・・もしかして、持ってないとか? 』
『 ・・・うん、もってない 』
『 そっか、残念。 せっかく友達になれるかと思ったけど 』
『 ごめんなさい。 その・・・かける相手もいなかったし、
親に負担も掛けたくなかったから・・・それに、
電話なら家に黒電話が・・・。 』
あかりは必死に弁明と会話の糸口を繋ぐ。
『 黒電話って、昔の公衆電話みたいなやつかな?・・って、
ケータイ、本当に持っていないの? 』
『 ごめんなさい。 』
あかりはダメ押しの再度確認をされ、項垂れ肩を落とす。
『 もう、いいよ 』 優しい口調で否定される。
『 せっかく、先輩からメアド交換を持ちかけてくれたのに・・ 』
『 だから、もういいってば・・・その、黒電話の番号を教えてくれない? 』
あかりは虚を衝かれたように、先輩の顔を見つめる。
『 家の人とか出るから、困ったりする? 』
少女は少し首を傾げながら、あかりの表情を窺う。
『 いえ、大丈夫です。その・・・家の人はいませんし 』
『 独り暮らしなの? 』
あかりは、返事の代わりに軽く頷く。
『 ふぅん、なんだか楽しそうだね 』
『 そうでもないです。学校まで自転車で二時間は掛かるし。
炊事洗濯掃除に弁当作り・・・もちろん勉強とか、
とにかくやることが多くて、なんだかあまり上手くやれていないです。 』
あかりは、少し自嘲気味に笑った。
『 大変そうだね。 』
『 無理を言って、独り暮らしをさせてもらっているんです。
家族と離れて暮らすことを自ら望んで・・・
選択しているので、文句は言えませんけどね。 』
『 それでも、淋しいよね 』
『 淋しさもありますが・・・って、
あっ、すみません。 こんな話するつもりじゃなかったのに。』
あかりはバカみたいに何度も頭を下げる。
『 いいの。こっちこそ、ごめんね。
さっき言ったこと謝るわ。友達になれるかと思ったなんて、
上から目線で・・・ほんと、自分で言ってて恥ずかしい。 』
『 そんなことないです。』
そう、あかりが答えると、
『 そんなことないですぅ。 』
明らかにバカにしたような、オウム返しが返ってくる。
もちろん、先輩ではない。
あかりがおそるおそる振り向くと、青森あかねがジト目をこちらに向けていた。
『 よっ、あかり。 』 そんなりんごの後ろから成実木が能天気に顔を出す。
『 人の恋路を邪魔しちゃ悪いですよ、愛さん。 』と、ミキが続く。
『 え~、あたしなの? 』
成実木が( ここは、りんごだろ )、っと非難めいた声をあげる。
あかりはバツが悪そうに、三人に先輩を紹介しようと先輩の隣に並ぶ。
『 えっと、こちらは二年生の霧島江梨さん。 』
『 霧島です。 』
その言葉に彼女は軽く会釈した。
『 どういう関係? 』 成実木の好奇心と茶化すような声が割り込む。
『 それは、ちょっとした知り合いというか・・・
この雨で帰れないから、ちょっと挨拶をしていただけで・・。 』
あかりが歯切れの悪い言葉を並べ連ねる。
『 その人にも連絡先教えるんだ・・・。 』
りんごの抑揚のない言葉が届く。
『 えっと・・・。 』
『 私から尋ねたの。 』 あかりの代わりに、霧島江梨が力強く答える。
『 エリ先輩から? 』 ミキが不思議そうな顔をする。
『 知り合いなの? 』
成実木がミキの顔を見ながら不思議がり訊ねる。
『 エリ先輩は生徒会役員なの。 私は学級委員長になってから、
v会合で一度だけちょっとお話しした程度だけど・・・ 』
『 みなさん、あなたのクラスの子たちなの? 』
霧島はミキに尋ねる。
『 はい、みんな一年D組です。 彼女は、なみきあい・・・ 』
ミキが同級生を順に先輩に自己紹介している間、
あかりはちらりとりんごの様子を窺う。
りんごは雨の降りしきる校庭を眺めながら、少し力なく肩を落としている。
『 あかねさん、大丈夫? 』
あかりがなるべく優しい口調で声を掛ける。
『 この中、あんた帰るの? 』
『 いや、少し小降りになってから帰ろうかなって・・。 』
『 じゃあ、私の部室に寄ってく? 』
彼女は顔色を窺うようにあかりを見つめてくる。
あかりは耳を疑った。
りんごから初めて優しい言葉を掛けてもらった気がしたからだ。
『 嫌ならいいけど・・・。 』
そう付け加えると、照れたように顔を俯かせる。
『 はいはい! 行きま~す。 』
やはりというべきか、地獄耳の成実木が割り入ってくる。
りんごの顔が照れとは違った意味で赤くなり始める。
『 あ、あんたねぇ! 』
『 ちょっと、今度はどうしたの? 』
ミキが少し呆れながら尋ねてくる。
『 りんごがあかりを部屋に誘っていたところ。 』
成実木が満面の笑みでボケてみせる。
『 へ、部屋じゃねぇ! 部室だ! 』 慌ててツッコミを入れるりんご。
『 えぇ~? 部屋みたいなもんじゃん。
部員ったって、りんごだけだ し・・・。 』
成実木はぶーたれながら、ぼやく。
『 部員があかねさんだけ・・・? 』
ミキが理解しようと独り言のように呟く。
『 あかねさん、何て部活なの? 』
隣のあかりがりんごに訊ねる。
『 文芸・郷土研究部。 』 りんごが抑揚のない感じで答える。
『 ふみさと、ね。 』 霧島がりんごに向き合いながら、呟いた。
『 知ってるの? 』
りんごが少し顔を明るくしながら霧島を見上げた。
『 知ってるわよ。だって、有名だもの。』
霧島は少し微笑んで、りんごの目をみる。
『 なんで、有名なの? 』 成実木が食い下がる。
霧島は少し躊躇いながら、説明を始めた。
『 あの旧校舎は、別名:幽霊棟と言われてるの。
別に幽霊が出る訳ではないけど。 いわゆる幽霊部員棟。
存在がはっきりしない、部員も確保されていない、
生徒会が部として部費の支給を認めない部はすべて幽霊棟に集められているの。
その中の一つが、「ふみさと」。
元々あった文芸部と無くなりかけの郷土研究部が一緒になってできた部。
しかも、幽霊棟にある他の部は全部一階に配置されているのに、
「ふみさと」だけは、三階にぽつんと一つだけあるの、なんか可哀想だよね。 』
詳しい説明を終え、霧島はりんごを申し訳なさそうに見つめる。
『 べ、別に淋しくなんかないもん。一人でもやってくもん。
本だって、静かな方がいっぱい読めるし・・・。 』
りんごはそう言いながら、玩具を買って貰えない子供のように口を尖らせる。
『 りんご、かっわいい~~。 』
成実木はりんごの頭を撫でまくり、愛おしさ全開で顔まで摺り寄せる勢いだ。
『 ねぇ、みんなで入ろうよ。 』 成実木が提案する。
『 ちょ、ちょっと愛、何言ってんの? 』 その発言に戸惑うりんご。
『 いいじゃん、いいじゃん。 』
りんごの肩に腕を廻し、成実木がなおも絡む。
『 私も、どんなところか見てみたい気がするわ。 』
ミキが成実木の意見に同調する。
『 ちょっと、雨宿りも兼ねてお邪魔してもいいかな? 』
あかりがミキの意見に賛成する。
『 ちょっと、ちょっと。 』 ますます困惑の色が隠せないりんご。
『 お、あかり。いいこと言うねぇ。
とりあえず、見学希望。ということで、部室に案内しなさい。 』
そう言うと、成実木が旧校舎を指差す。
『 えぇ~、なんでそうなるの? 』 呆れた悲鳴を上げるりんご。
『 さ、先輩も一緒に行きましょうよ。 』
そんなりんごを無視し、成実木は先輩の腕を引く。
彼女の強引さは、同級生とか上級生とか、関係ないようだ。
まだ降りしきる雨を横目に、あかりは少し顔を緩ませながらみんなの後に続いた。
「 母さん。今日、部活に入部しました。文芸部兼郷土研究部です。
とても賑やかな仲間たちと半ば強引、勢いで入部してしまいました。
これから帰宅時間も遅くなることが多くなると思うけど、
家事や勉強も怠けず頑張っていこうと思います。
そういえば、母さんは高校の時は何部でしたか? 」
■□■□■□■■□■□■□■ すぐ再会 ■□■□■□■■□■□■
翌朝。いつも通り登校してきたあかりを玄関先で出迎えてくれたのは
霧島江梨だった。
長い黒髪が可憐に揺れ、遠くからでも清楚なオーラが漂う。
黒く大きな瞳があかりの姿を捉えると、溢れんばかりの甘い笑顔を
あかりに投げかけてくる。
『 おはようございます。先輩。 』
『 おはよう、水谷くん。 』
『 昨日は、すみませんでした。
なんか、先輩まで巻き込んで入部するとかしないとかになっちゃって 』
あかりは、霧島の元に駆け寄ると、そう言いながら軽く頭を下げる。
『 いいの。私も生徒会に託けて、今まで部活動をやってこなかったし・・・、
それに、本読むの嫌いじゃないよ。 』
『 それは、イメージ通りですね。 』
『 そうかなぁ・・ふふふ。 』 霧島は照れて笑う。
『 それはそうと、今日は先輩、どうしたんです? 誰かを待っているんですか? 』
いつも登校時間ぎりぎりで滑り込んでくる、あかりが不思議そうに尋ねる。
『 あなたを待っていたの。 』
彼女の思ってもみない発言に思わず、硬直する。
『 俺を、ですか? 』
あまりのことに、あかりは年上に対して「俺」などという失礼な言葉を発する。
『 そう、俺。 』 彼女は照れながら、首肯する。
『 えっ、なんで? 』
『 だって 』
キンコーン、カンコーン。
ホームルームの開始ベルが鳴り始める。
『 だって、まだ連絡先聞いてなかったから・・・ 』
霧島はそう言うと、校舎へ向かって歩き出す。
あかりは、あわてて無言で彼女の後に続く。
彼女が自分を待っていてくれた。遅いなどと愚痴ることも無く・・・。
彼女は自分の姿が校舎に消え入る前に立ち止まり、あかりを見つめる。
『 また、放課後ね。 水谷くん。』
あかりは一言も言葉を返すことができず、
その場を可憐に去っていく先輩の余韻に浸っていた。
( これは、現実か? )
その日の昼休みの図書室。あかりは、入学してから初めて図書室の扉を開けた。
せっかく入部したからには、本を読まなくては・・・。
明るめな色調で整えられた室内は、本ばかりというイメージではなく
本が置いてある自習室のような空間だ。
さながら、都会的な空間を売る喫茶店、テラスのようだ。
もっと、じめじめした感じを思い描いていたのにな・・・。
あかりは少し肩透かしを食らったようにとぼとぼ歩き始め、
とりあえず自身に見合った本を探していく。
やはり文芸というからには小説を読まなくてはいけないのだろうか?
あかり自身、本は嫌いではないが小説は読んだことがなかった。
中学の図書室では、陽鞠が好きな画家の画集やデッサン指南書などを借りては
陽鞠に渡していた。
そして自身がよく読んでいたのは「今日の一品」などの料理本だ。
女々しくて借りるのが恥ずかしいので、図書室でメモするのが日課になっていた、
侘しい中学時代。
高校生になってからも、その気質は変わらず、
気付くと日曜大工、料理、園芸コーナーに立っていた。
やはり需要が少ないので、数は極端に少ない。
一冊手に取るも、こんなのを部室で読んでいたら、
りんごに何を言われるか分かったものじゃない、
と急いで元の場所に戻す。
『 あ、探すまでも無く、彼女にお薦めを聞けばいいだけか・・・
それを貸してもらえれば 』 あかりは小さく指を鳴らし、
至極まっとうな答えを導き出したことに、
とても満足しながら図書室を後にした。
『 自分で何とかしなさいよ 』
非情な言葉があかりの考えが誤算であることを指し示す。
文芸・郷土研究部。通称「ふみさと」。
この部室は何の変哲もない殺風景な場所だった。
部屋を隔てる様に中央に長テーブルが一つあり、
対面するように各二席ずつパイプ椅子が並んでいる。
そして、窓際にぽつんと一つだけある木の椅子に部長・青森あかね、
通称「りんご」が腰かけている。
りんごは、あかりの本の貸し借りの提案を無慈悲に、顔も向けず断っている。
『 なんで? 自分の好きなミステリー小説、貸してあげればいいじゃない 』
成実木があかりを擁護する。
『 やだ! 』 りんごの頑なな拒否の声。
『 いいよ。なんか、ごめん。図々しくて・・ 』
あかりが詫びを入れながら、入口に一番近い座席に腰を下ろす。
そして、一緒に来ていた成実木も、
それに倣う様にあかりの前に座り、りんごを一瞥する。
『 あれ、絶対今読んでる小説のせいだよ。 』
成実木はりんごに聞かれないように、
長テーブルに身を乗り出し、あかりに耳打ちする。
『 へぇ、なんで? 』
『 きっと、お気に入りのキャラが犯人に殺されて怒っている。
そうに、違いないよ。 』
『 そんなことくらいで? 』
あかりに他意はなく、ごく自然と言葉を漏らした。
『 そんなことくらいって、何よ! 』
りんごの鬼のような顔があかりに向けられる。
『 地獄耳? 』 成実木が茶化すように言う。
( なるみさん、ほんと、それやめた方が・・ )
『 そんな耳してなくても、こんな狭い部室じゃ、
何話してるかなんて、まる聞こえよ!』
『 わ、わかった。ごめん、そんな怒るなって。 』 あかりが宥めつける。
『 あんたは小説読んだことないから判らないかもしれないけど・・
私は出てくる登場人物に愛情を持って読む方なの・・・ 』
( こっちにも愛情を持ってほしいものだが・・・ )
あかりは心の中で呟く。
『 だから、上下巻の上巻ラストで私の贔屓のキャラが死んで・・・
絶望の中、下巻を読み進めていく
私の気持ち、あんたなんかには一生わかんないでしょうね! 』
( 絶望って・・、それ、本の中の話だよね・・・)
りんごには絶対言えない考えが二人の頭を過ぎり、
あかりと成実木は共に顔を見合わせる。
『 じゃあ、人の死なないミステリーを読めばいいじゃない。 』
成実木が頬杖をつきながら、独り言のように呟く。
『 なにそれ? それじゃ、只のなぞなぞでしょ。
私が好きなのはミステリーなの! 』
腕を組みながら力説する彼女は少し間違っている気もしたが、
なんか輝いて見えた。
決して、口には出せないが・・・( こだわりのある人なんだなぁ )と、
あかりは改めて彼女を見つめ直す。
ショートカットで不純色のない黒髪。
少しつり目気味の大きな黒瞳には迷いの無い自信に満ち溢れている。
強い女性らしさを感じる。いや、実際に強いだろう。
彼女の容姿を見ながら、ひとりボーっと考えていると、
成実木の笑い声が聞こえた。
『 りんごは、単純なのね 』
( なるみさん、どうしてあなたは・・・ )
あかりは嘆息しながら、
再び始まった怒号のような彼女の主張を片耳を閉じながら聞いていた。
( 頬杖って、両方できれば最高なのに・・・ )
なんて、バカなことを考えながら。
翌朝、教室であかりが隣座席の成実木と他愛無い話をしていると、
ミキが髪を振り乱し、二人の席に猛然と近づいてきた。
『 ミキ、どうしたの? 』 成実木が少し驚きながら尋ねる。
『 あかり、今時間ある? 』 ミキはあかりに用があるようだ。
『 時間って、あと二分くらいで授業始まるだろ? 何、慌ててるんだ? 』
『 今朝、登校しているときに、調度良いソファを見つけたのよ。 』
『 ソファ? 』 あかりは笑顔で言うミキに、いったい何の話かと訝しげる。
『 部室にどうかなって、 』
『 ちょっと、ちょっと、いきなりソファは買えないでしょ? 』
成実木は学校前の家具屋を見やる。
学校の斜め向かいにはアウトレット商品を多く扱っている激安家具店が
商売を営んでいた。サチ高の生徒は、家具を買うわけでもないのだが、
学校より充実している自販機コーナーがあり、
そこでジュースを買うのを日課にしている生徒もいて、
その存在はあかりの耳にも届いていた。
『 ソファは安くても、軽く万はいくんじゃない? 』
あかりも成実木の意見に賛同する。
『 ち、違うんだって。ゴミ捨て場に捨てられているの!
学校に来る途中、すごくいいヤツが捨てられてるの、私見つけたんだ。
早くしないと、回収されちゃうよ! 』
『 回収って・・・ 』 慌てるミキを、成実木が距離を置いて見やる。
ミキはまるで駄々っ子のように、はやくはやくと、あかりの腕をひっぱり始める。
『 俺にどうすれって言うんだよ 』 少し頭を捻りながら、小さくぼやく。
『 代返しておくから、今から取りに行ってきて。
そして、部室に運んでほしいの! 』
『 おいおい、それが委員長の言うことか?
それに女の声で代返って、ありえないから。』
『 とにかく、あのソファが欲しいんだよぉ 』
『 ミキ、キャラが崩壊してるよ。 』と、成実木がジト目でツッコむ。
『 もともと自分のモノじゃないのに、なんでそんなに執着するかな? 』
あかりが疑問を投げかける。
『 バカね。自分のモノじゃないから、執着するんでしょ! 』
ミキは至極真っ当なことのように、上から目線であかりに言い寄る。
あかりは嘆息し、ミキのキャラのことを考えながら会話を続ける。
『 それに、部室に勝手に持ち込んでいいのか? その、ソファとかって、 』
『 りんごには許可取った。自分は手伝わないけど、
勝手にすれば・・って、言われた。 』
『 りんごも、りんごよね・・・無責任というか無関心というか・・ 』
成実木が呆れる。
『 その、ソファって、なんか、重そうだよな 』
『 そんなことないよ、一人掛けで多機能なヤツだから、ぜってい欲しいの! 』
『 ぜってい、って・・・ほんと、キャラ崩壊してるな 』
そんなあかりの呟きも、もはや聞く耳を持たず、
念仏でも唱える様に手をすり合わせはじめている。
『 わかったよ 』
あかりがしぶしぶ承諾の声を上げると、
ミキは飛び跳ねる様にガッツポーズをした。
そして、そのキメポーズと共にチャイムが鳴り始める。
結局、ミキの勢いに押されて、あかりは一時限目の授業を欠席した。
そして、場所がわからないということで、ミキも右に同じ欠席兼道案内。
そして、お目当てのモノを運んでいる最中、ミキはこんなことを言った。
『 依頼人は嘘を付く。これ、弁護士の心得よ。 』
『 弁護士になんか、ならないよ・・・って、ほんと重いな、これ。 』
『 電源入れたら、ちゃんと動くかしら・・・ 』
『 動かなかったら、俺の苦労が水のあわに・・・ 』
『 それでもいいけどね 』
そういうと、優等生らしく眼鏡の位置を直し、悪戯っぽく笑みを漏らした。
あかりはそんな笑顔を見ても心動されることなく、ゴミ捨て場にあった
動くかどうかも判らない重いマッサージチェアを引きづりながら、
女性の恐ろしさを思い知った。
部活に入って、本を読むより先にやったことが、
これとは・・・先が思いやられる。
というか、ミキはかなり部活に積極的なんだな、と妙に感心したりもした。
■□■□■□■■□■□■□■ バルーン ■□■□■□■■□■□■□■
土曜の午後、あかりは霧島と二人で、カラカラと自転車を押しながら
ゆっくりと下校していた。
あかりは校内一の美しい上級生が隣にいるのに、ばかのように一人思案する。
これは現実なのであろうか。
彼女の長い黒髪。
一瞬で魅了されるような大きくて穏やかで、それでいて甘美な瞳。
話し方もおおらかで、年下の自分にも気さくに接してくれる。
ときどき、口元を軽く結び、考え込むような仕草( 癖、なのだろうか? )。
そのどれもが愛おしく感じる。惚れるということは、こういうことなのか?
いや、惚れるという経験が今までにないので、よく判らないが・・・
彼女といると胸が温かくなるのは確かだ。
『 水谷くんって、よく考え事してるよね。 』
『 え、あ、すみません。 今日は・・・その、天気がいいですね 』
我に返ったあかりは、バカみたいに適当な会話を模索し始める。
『 ふふふ。 別に会話が無いのを咎めたわけではないの。
ただ、私も似ているところがあって、なんか親近感が湧くなぁ、って。 』
『 親近感、ですか? 』
『 うん。わたし、実は・・・ 』
『 あっかり~~~~~! 』
先輩の言葉を遮るような叫び声で、こちらに物凄い勢いで近づく黒髪少女がいた。
『 あかねさん。 』 あかりが確認するように呟く。
『 なんで、待っててくれないんだよ 』
ぜいぜい荒い呼吸をさせながら、りんごがあかりを詰る。
『 今日は部活なしって言ってなかったっけ・・・
それに先に帰るって声掛けたよね 』
『 聞いてないよ、そんなの! 』
今にもあかりに噛みつきそうな勢いだ。
『 行き違いがあったみたいだね。あかねさん、一緒にかえろ 』
霧島が落ち着いた物腰で話しかける。
う~~っと唸りながら、りんごはあきらめた様に肩の力を抜く。
『 楽しそうだったけど、何話してたの? 』
りんごが二人と並びながら、仕方なく歩きはじめる。
『 特に、話らしいことはしてなかったはずだけど、楽しそうに見えたのか? 』
あかりが隣を歩くりんごに疑問を投げかける。
『 男女二人が並んで帰るだけで、楽しそうに見えんだよ。
そんなことも知らないのか?バーカ! 』
りんごが舌を出しながら、悪たれを付く。
『 そ、そうなのか? 』 あかりは先輩の方を窺う。
『 さぁ、どうでしょうね。ふふふ。 』
エリはからかうような笑みではぐらかす。
( ったく、それが楽しそうだって言ってるんだよ。 この鈍感野郎。 )
と、りんごは言いかけたが、寸でのところで言い留める。
『 なぁ、あかり。せっかくだから本屋寄っていこうぜ。
部室で読む本、探してあげるよ。 』
『 ぜ、って・・・。それに、こないだ教室ではあんなに嫌がっていたのに・・ 』
あかりは女心がまるっきり理解できなかった。
というか、これは彼女に限ってか?
『 いいじゃん、何でも・・・ 』
りんごは誤魔化しながら、霧島の方を注視する。
『 わたしのことは気にしなくていいから。二人で探して来たら? 』
『 でも先輩は? 』 あかりは霧島の少し困った顔を確認する。
『 エリ先輩の許可も下りたことだし、行こうぜ 』
『 また、ぜ、って・・・』
( 次に読み始めた小説の好きなキャラの口癖か?
また、途中で死ななければいいが・・・ )などと、あかりは杞憂する。
( あ、そういえば・・・ )
『 そういえば先輩って、どんな本が好きですか? 』
あかりは霧島に話題を振る。
『 わたしは、旅行記とかエッセイが好きかな・・・
読んでると、自転車で何処か行きたくなっちゃうけど・・・ 』
そう、照れたように笑った。
『 へぇ、意外。 』 りんごが少し高いトーンで感想をもらす。
『 あかねさんはどんなの読むの? 』
『 私はミステリー一筋。 』
『 トリックとか謎解きが好きなの? 』
霧島のその問いにノンノンと指を振る。
( あれ、なんか何処かで見た気が・・・。 )
『 雰囲気が好きなの。古城や旧家、列車内、密室、
あの閉鎖的な空間で起きる殺人事件・・・ 』
『 ふ~ん、そういうのが好きなんだね。 』 霧島が感想を漏らす。
『 どんなの読んでると思いました? 』
りんごが不敵な笑みで先輩に尋ねる。
『 う~ん、恋愛小説とかかなぁ。 違ったみたいだけど・・・ 』
『 恋愛・・ 』
そう、呟くとりんごは顔を真っ赤にし始めた。
『 そ、そんなの高校生が読むわけないじゃないですか・・ 』
『 え、そうなの? わたしのクラスの女子は結構恋愛小説や恋愛漫画を
読んでいる人が多いし、あかねさんもてっきり・・・ 』
『 てっきり、なんです? わたし、そういうオーラ出してました? 』
『 だって、好きな人がいる目をしてるから・・・ 』
その言葉に、りんごの顔は真っ赤どころか沸騰しそうな勢いだ。
あかりはそこで見かねて言葉を挟む。
『 あかねさんは、物語の登場人物に恋してるんでしょ・・、
こないだ、好きな登場人物が犯人に殺されて泣きそうになっていたし・・・
そうだよね? 』
『 そ、そうだよ、あかりの言うとおり。 わたしって、
物語に入り込みやすいたちだし・・。 』
『 へぇ、そうなんだ・・、私の勘違いね。 あかねさん、ごめんなさいね。 』
霧島は微笑みながら軽く頭を下げた。
『 いぁ~、なんか本屋に行く気分じゃなくなったから、私先に帰るね。
じゃあね、あかり。先輩、失礼します。 』と、
りんごは赤くなった顔を隠しながら、足早に走り去って行った。
( 霧島先輩、すごいな。これって、天然なんだろうか? )
あかりはりんごを見送りながら、横目で先輩を見る。
その顔は悪戯っぽい笑みに覆われ、
( ちょっと、やりすぎちゃったかなぁ )、と言う声が聞こえてきそうだった。
翌日、日曜の午後。快晴の心地の良い日だった。
こちらで暮らすようになってからは、妙に天気の事とか気になる。
独り暮らしで、洗濯などがあるから必然と言えば、必然なのだが・・・。
でも、こちらに来てからの目立った雨天は、
あの「ふみさと」に入部した日くらいで、
それ以外は、ほとんどが快晴で天候に恵まれている。
転校生が天候に恵まれる。
あかりは午前に済ました洗濯物を取り込みながら、
またバカなことを考えてしまった、とひとり笑う。
そして、ふと頭上に広がる澄み切った空を見上げる。
一面青色に包まれた気持ち良さの中、気球が一つ浮かんでいるのが見える。
たしか、バルーンっていうんだよな。
近くの町でバルーンフェスティバルなどという祭りも開催されていて、
こういう光景もこちらでは日常の一部なんだよなぁ、
東京じゃ信じられない光景だ・・・。
しばし見惚れてたあかりだったが、ジリリンと鳴り響く黒電話の呼び鈴に
また自分の日常へと戻っていく。
やっぱり、外まで聞こえるよな・・ちょっと、煩いけど・・・
でも、これで便利かも、気にする隣家もいないし・・・
などと考えながら、電話へと急ぐ。
『 もしもし 』
『 あの、もしもし。 』
( あれ、この声は・・・ )
『 先輩? 』
『 あぁ、よかった。 』 彼女の安堵の声が届く。
『 何か、あったんですか? 』
『 いえ、大したことじゃないんだけど・・・
いや、やっぱり重要っていうか・・助けてほしいっていうか・・・
恥ずかしい。 』
霧島がたどたどしく消えそうな声で言葉を繋いでいる。
『 どうしたんです? 俺でよければ、その相談に乗りますけど・・・ 』
『 相談・・・そう、相談したいことがあるの! 』
霧島はその言葉の響きが気に入ったのか、
電話越しでも目を輝かせているのが見て取れる。
『 えぇ~と、その相談っていうのは? 』
『 わたし、今どこにいるのか、判らなくなっちゃった 』
『 はぃ? 』
あかりはあまりのことに、気の抜けた間抜けな声を出した。
バルーンを見上げながら自転車を走らせること、約30分。
あかりは、ようやく路上で呆然と立ち尽くしている先輩を発見した。
彼女はあかりを見つけると元気よく手を振ったが、
その後 何か恥じる様にその手を下した。
『 ごめんなさい。 』
『 いいですって。もう、顔を上げてくださいよ 』
霧島は自分の傍に立つあかりに向かって、何度も頭を下げている。
『 サイクリングが趣味なんですか? 』
あかりはワザとらしく、話題をそちらへ誘導する。
『 うん。 時間があるときは、大体、自転車を走らせていることが多いの。 』
『 へぇ、健康的というかアクティブな趣味でいいですね。
自分は登下校で何時間も自転車を漕いでるので、
ちょっと無縁の趣味ですが・・・ 』
と、あかりが自嘲的に笑った。
霧島は、あかりの言葉に無反応なまま、遠くを見る様に小さく呟く。
『 実は、・・・今日は、あかりの家を目指していた・・・と思うの 』
言い終えた霧島は、あかりを横目で見つつ、それから
『 見つけてくれて、ホント良かった。ありがとう。 』
と、あかりに改めて礼を述べた。
二人のいる場所は、
あかりの家と芽衣室駅のちょうど中間くらいに位置した、ちょっと広めの町道。
辺りには何の標識も無く、道に迷ったエリからのSOSを、
あかりが何の迷うことなく辿り着けたのには訳があった。
先ほどから、気持ちよさそうに飛んでいるバルーン。
あれが見えるか見えないかで、なんとなく見当をつけて、
彼女を見つけ出すことができた。
『 今日は天気のいい日で良かった。 』
あかりはそう呟きながら、彼女の言葉の意味を考えていた。
( 今日はあかりの家を目指していた、と思うって、何だ?
自分の事なのに・・・ )
その後、あかりは登校途中にある小さな神社へと、先輩を案内した。
その場所から一番近かったし、彼女の足をすぐに休ませたかったからだ。
背の高い鳥居をくぐると20メートル先に小さな社がある。
その社への小さな石垣の階段部分に霧島は体を落とす。
『 ここ、座っても平気かな? 』
『 誰も見ていないし、いいんじゃない?
それに神様もそんなことくらいで怒ったりしないよ 』
あかりは明るい声を投げかける。
神社には鳥居という、境内と俗界の境界を示す一応玄関みたいな入口があるが、
社までの参道には柵などの仕切りがない。
神様が何処からでも庶民を受け入れられるように、
あえて仕切りがないと、聞いたことがある。
それだけ大らかな神様なら、疲れた体を休ませるために
拝殿部分に近い石垣に腰かけても罰は当たらないであろう。
そんな理屈を考えながら、あかりは持ってきた水筒を霧島に手渡す。
『 あ、ありがとう。 』
霧島は戸惑い照れつつも、あかりの優しさを受け取った。
彼女は靴、靴下を順に脱いでいき、その美しい肢体をスカートから晒していく。
『 この辺、自販機ないの知ってるから、家から水筒を持ってきた。 』
あかりは照れながら、彼女を見ずに神社の佇まいに目を配らせる。
まともに見てると、先輩のスカートの中が見えそうだ。
『 見えた? 』
あかりの思考を先読んだ声が後ろから届く。
『 いえ、見てません。 』
あかりは否定しながら、手をバタバタと動かしていると、
『 んぁ、美味しい~~ 』
と、霧島が感動の声を漏らし、足をばたばたさせていた。
『 これ、麦茶じゃないよね 』
『 うん、ほうじ茶。こないだ、スーパーで水出し用のほうじ茶見つけて・・
俺、麦茶とか苦手だから・・・いつも弁当と一緒に作って、
水筒に入れてるんだ。 』
あかりは頭を掻き、照れながら説明する。
( よかった、パンツから話題が逸れた・・ )
『 あかり・・・あかりって、なんかすごいね。 』
思い詰めたような霧島の突然の低い声にあかりは、ハッとする。
しかも、いま、あかりのことを名前で呼んだ。
『 わたし、前に、あなたと私が似ているようで親近感が湧くって、
話をしたよね。 』
『 うん。 』
『 あれ、やっぱり違うみたい。 だって、あかりはなんか逞しくて、
考え事しているときでも、それは先を見ているみたいな感じなのに・・・
私のは、その、なんか・・・病気みたいだもの・・・ 』
あかりは、いきなりの告白に虚を衝かれた。
それは今日の事、今いる場面は恋人同士でもないのに少し不自然な感じだ。
彼女は助けてほしいと言っていたが、それは道に迷ったことだけであろうか?
相談! そう、彼女は相談したかったのか?
『 先輩。いや、エリさん。話したいことがあるなら、俺、聞きます。
俺で良ければ、相談に乗らせてください。 』
あかりは、真面目で曇りの無い眼差しをエリへと向ける。
『 ありがとう。ほんとに、ありがとう・・・ 』
霧島は、うっすら涙を浮かべ、あかりに何度も頭を下げた。
彼女の話は正直、病気の症状だった。
いや、十五歳の青年がどうこう出来る話では無いというのが、すべてであろう。
彼女は小学生の時に交通事故に遭ってから、記憶の障害や消失に悩まされていた。
とりわけ、みんなの協力があり、日常生活には支障のない形で
今までやってこれたが・・・。
あの日。
入学式であかりを見かけてから、その症状がひどくなっていったらしい。
突然家を抜けだしたり、勉強もせずにボーっとすることが多くなり
そして、その記憶も無いという。
それらを紛らわすために趣味のサイクリングに繰り出すことも多くなった。
そして、今日。
気付くと地図も持たずに自転車を走らせ、
どうやらあかりの家を目指していたという。
っていうか、そう推測される。
突然の衝動に駆られたのか?
デニムではなく、サイクリングに不向きなスカート姿というのも
言われてみれば不自然だった。
恋?
いや、そんな愛おしい感覚ではなく、何かに導かれるようだった
と、霧島は呟く。
『 これって、絶対おかしいよね。 ねぇ。 』
今にも泣きそうなくらい切羽詰まった顔があかりに近付く。
あかりは何も言えず、ただ考えを巡らしていた。
彼女の悲痛な顔は真実しか告げておらず、思い過ごしや虚偽とも到底思えない。
先輩がこんなに困っているのに、次の一言が出てこない。
気の利いた、心配を払拭させる男らしい一言。 なぜ、出てこない。
あかりは、自分に対して苛立ちを感じ始めた。
『 ごめん、いきなり・・・。困っちゃうようね、こんなこと言われても・・・ 』
諦めにも似た落胆の声が、あかりに鈍く響く。
『 ごめん。 』
『 いいの。 気にしないで・・・、
なんか、聞いてもらいたかっただけだから・・ 』
そう言いながら、あかりの元から離れ、靴下と靴をいそいそと履き始める。
『 ごめん。 あんなに、胸張って相談してくださいって、言ったのに・・・ 』
『 いいの。 いいの、 気にしないで。 』
『 でも・・・ 』
『 あ、これ以上言うと、お姉さん、怒っちゃうぞ 』
霧島はおどけて強がってみせる。
『 でも・・・ 』 それでも、あかりは言葉を探す。
『 それ以上言うと、パンツ覗いたことも言っちゃうぞ 』
霧島は少し怒った風に笑いかける。
『 そんな、はぐらさなっくても・・・ 』
今度はあかりの方が、泣きそうだ。
『 あかり・・・ 』
霧島は一歩近づき、あかりに囁きかける。
『 今日は話を聞いてくれて、本当にありがとう。 』
その顔は涙色で少しくすんで見えたが、
あかりには、とても愛おしく直視できないほど神々しさを纏っていた。
『 今日は来てよかった。あなたとも友達になれたし・・・、ね、あかり。 』
霧島はあかりに向かい、そう呼び捨てで名前を告げる。
あかりは自分の無力さに足が震える思いだったが、
彼女は暗い雰囲気を払拭するかの如く、頭上の空を見上げ、
『 バルーンも帰っちゃったことだし、私たちも帰ろう。ねっ。 』
と、涙が零れ落ちないように上を向いたまま、小さく呟いた。
~つづく~