表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR

短編

夜が明ければ。

作者: sin_crow
掲載日:2014/06/03

日が沈み、鐘が一つなった頃、大きな樫の木の下。

そこは僕たちだけの世界だ。

僕たちだけの世界だった。

「……明日、本当に」

僕がなんとかそれだけ言えば、彼女はにっこりと笑った。

「ええ、行くわ」

「……そっか」


夜の間だけ、僕たちはいろんなことから解放された。

煩わしい作法からも、騒々しい世間からも、そして、自分たちの立場からも。

僕はこの国の宰相の長男で、彼女はお姫様。

幼馴染ではあったけれど、僕たちが自由に話せるのはここでだけだった。


この夜が明けてしまえば——彼女は、隣国へと嫁ぐ。

それは彼女が生まれるより前から、両国の和平のために約束されていたことだった。


幼い彼女が納得出来るはずもなく、ここにくる度に、嫌だ嫌だと泣いていた。

僕は彼女が泣くとどうしていいか分からなくて、あたふたとそれを慰めた。

そうしていつも、彼女は最後に、

「その時になったら、私をさらってね」

と言った。僕の返す言葉も、いつも同じだった。

「分かったよ」


それが変わってしまったのは、いつだっただろうか。

彼女が当の相手と顔合わせして、しばらくした頃だったと思う。

彼女は、もう「さらって」とは言わなくなった。

代わりに、その男の名を出しては、何々をしてもらっただとか、何々をくれただとか、そんな話をした。


街の吟遊詩人は歌う。政略結婚のはずの王子と姫は、いつしか心惹かれあい、愛し合っているのだと。

そう、彼女は男に恋をしていた。

僕が「分かったよ」と言う必要は、もうないのだ。


「……寂しくなるよ」

「……そうね、私も。

貴方とこうして話せるのは、これが最後になるかもしれないのね」

彼女は表情を暗くしたが、その瞳には明日の幸せを待ち望む色が見え隠れしていた。

「寂しい、よ」

僕がもう一度そう言っても、彼女はええ、と同意しただけで、その色を消すことはなかった。


だって彼女は、愛する男の元に嫁ぐ彼女は今、幸せなのだから。


「僕のこと、忘れないでね」

「勿論よ……貴方は私のこと、」

「忘れないよ」

彼女は悲しそうに、ただ微笑んだ。

きっと彼女は、忘れてくれと言おうとしたのだろう。私のことなど忘れて、他の人と、と。そう言おうとしたのだろう。

でも、たとえ彼女の頼みでも、僕はもう分かったとは言わない。言えない。


僕の、愛する人を見送らねばいけない僕の……ささやかな抵抗だった。


夜が明ければ、彼女は行く。

行かないで、なんて言うことは出来ない。

そんなことを言えば、泣き虫の彼女はきっと泣いてしまうから。

彼女が泣くと……僕はどうしていいか分からないから。


「幸せになって」

「ええ、なるわ」


明日の夜には、もう彼女はいない。

僕たちだけの世界であるはずのこの場所は、僕だけの世界になる。


夜が明ければ、君は行く。

夜が明ければ——僕は。

逆お気に入りユーザー記念の短編でした。

読んでくださって、ありがとうございました。


感想などがいただけたら嬉しいです。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] おめでとうございます( 〃▽〃) 僕は……なんだ。死ぬのか(|| ゜Д゜)? なんか一風変わってますね。始まったとき純文学臭がしたので「あれ……?sinさんだよね?」などと思ったのは秘密…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ