~第九話~
「それから直ぐ、私は独り貴方の跡を追いました。刻が経てば経つほど、消息を追うのは困難になりますし、私が貴方をお護りする為にはどうしても貴方の所在を掴んでおく必要があったからです」
父と私の企ては、当初二人だけの秘め事の筈だった。
この策略に誰も巻き込む事は出来ないと……。
けれど、スィーは遠い。
サザンとスィーを行き来する私と父との繋ぎの役目を担ってくれる第三者の存在がどうしても必要不可欠だった。
それ故に父は、古くからレオニス家に仕え、父の腹心の部下でもあった者に全てを打ち明け、他者への口外を固く禁じたのだ。
「それは、その者の命を護る為でもありました。けれど……」
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
――敵を欺くにはまず味方から――
ブラッドを油断させる為に……
父と私は完全に己に屈したのだと、そうブラッドに信じさせる為に……
私は数え切れないほどの貴い命を奪ってきた。
本来ならば、味方である筈の者たちの命を!
しかし将来、我が王が王として起たれた時に必要だと……
我が王の御為に死なせる訳にはいかない方々だけは、密かにお護りさせて頂いてきた。
グロディア妃、セレナ姫、ハーリス殿、そして、フリー・サルガス――
だが……
「私の力が至らぬばかりに、グロディア様を、ハーリス殿を……フリー・サルガスの命までをも失い、そして貴方の背に生涯消えぬ傷痕を残してしまいました」
「そんな事っ! あれは、あんたの所為なんかじゃない! 全て俺の……」
「いいえ! 私が貴方のお傍を離れさえしなければ……」
貴方には出来なくとも、私には出来た。
貴方をあの場から離脱させる事も、あの場に居た敵兵を全て葬り去る事も!
「…………」
…───…───…───…───…───…───…───…
「我が王これを……」
そう言ってハロルドは俺に小さな紙片を手渡した。
「これは?」
「グロディア様やハーリス殿の御遺体を埋葬した場所を示した地図です。あのまま野晒しにしておく事など出来ませんでしたし、御遺体がブラッドの手に渡れば、どんな事になるか。ですから……」
「母上たちの遺体を、あんたが?」
「はい」
「そうか。母上たちの事は、ずっと気掛かりだったんだ。ネメシスさんから、母上たちの遺体は見つからなかったと聞いていたから、覚悟はしてた。きっとサザンの手に堕ちたんだと……。ありがとう、ハロルドさん。あんたのお蔭で、母上たちを弔う事が出来る」
「我が王。私のような者に……勿体ないお言葉でござい……ま、す」
そう言うと、ハロルドはゆっくりと瞳を閉じた。
――今、一瞬……私は意識を失っていたのか?――
「大丈夫、です。……我が王」
――未だ、だ! 未だ、逝けない!
私には未だ、貴方にお伝えしなければならない事がある!――
ハロルドは最期の力を振り絞って言葉を紡ぎ出す。
「このアガスティーア・エルゲバルが最終決戦の場となると決まった時から、此処が私の死に場所だと定めておりました。そして父は、父の警護という名目で王城に残るブラッドとの決着をつける。それが、父と私が貴方の為に出来る最期の事だと……」
『敵に情けを掛けるな! 躊躇えば自らが命を落とす事になる。相手の息の根を止める事が、その相手を“救う”事もあるのだ……という事を覚えておけ!』
「私が貴方に申し上げたあの言葉を、貴方は『俺に“自分を殺せ!”って。……そう言ってたのかっ!?』……そう仰いました。確かに、私は貴方と闘って死ぬのだと決意しておりました。けれど、あの言葉の意味は違います」
「……?」
「あれは、私の事ではありません。我が父サンダー・フォル・レオニスの事です」
「っ!!」
貴方に、何もお話するつもりはなかった。
そうすれば、貴方が余計に苦しむと解っていたから。
私たちはただ、貴方から全てを奪い去った仇として……
人々を苦しめた咎人として……
貴方に裁いて頂ければ――それで良かった。
けれど……
その瞬間、ハロルドの全身を激痛が襲う。
「ぐっ……!」
「……ハロルド、さん?」
父の心は誰にも救えない。
救える者が居るとしたら、それは――レグルス陛下ただ御一人。
その陛下がいらっしゃらない今、逝かせる事しか術はないと……
陛下の忘れ形見で在らせられる御子様の手で葬られる事こそが、父の本懐なのだと……
父を救うにはそれしかないのだと――そう思っていた。
しかし、貴方に父は殺せない。
全てを知ってしまった貴方に、そんな事が出来る筈がない。
誰よりも心優しき貴方は、憎むべき敵でさえも死なせる事を良しとはなさらないのだから。
私が至らないばかりに、父が唯一救われる道を閉ざしてしまった。
けれど、我が王――貴方ならば!
命を奪う事なく、哀れな父の魂を救う事が出来るかもしれない。
「こんな事を、貴方に希える立場ではない事は承知しています。私の罪が許されるとも思ってはおりません。ですが、父はもう充分過ぎるほど苦しみました。レグルス陛下を自らの手に掛けたという咎を背負い、陛下のいらっしゃらないこの世界で生きる事は……父にはこれ以上もない責め苦だったのです」
ハロルドは最期の力を振り絞って、真っ直ぐにロトの瞳を見据えた。
「父の罪も、全て私が背負って逝きます。ですから、どうか父を。サンダー・フォル・レオニスを、楽にしてやって下さい……ま、せ」
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二枚目の挿絵のハロルドの台詞は、本当はサンダーの死を願う言葉になる筈だったんですが、ロトに真相を語っているうちに、ハロルド自身の想いが変わってくるんですよね。
ロトがサザン王の座に就く事はほぼ確実な状況になったし、己の命も遠からず尽きる。
使命を終えて、死を悟ったハロルドが最期の最期に願った事は、父サンダーを生きて救う……という事だったんですね。
ハロルドは本当にお父さん想いの子の良い子なんですよ。
ロトに「死なせてやってほしい」とは言えませんしね。
そんな事はロトは絶対に出来ないし、言えばロトが苦しむであろう事も充分過ぎるほどハロルドは解っていますから。
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回想が終わって、今回はロト&ハロルド両視点となっております。
けれど、ハロルドは必要最小限の事しか語ってないですし、誰か特定の人物の視点では、全体像が見え難くて解かり辛いかと思いますので少し補足させて頂きますね。
【補足】
ハロルドは、サザンとスィーを行き来しながら、ロトの成長をずっと見守っていました。
グロディアたちがロトの生存を知ったのも、ハロルドがそのように仕向けたからです。
ハロルドは、ロトが故郷の村を出た後、初めてロトの前に姿を現してロトに色々と忠告しますが(第一部~第五話~参照)その後は“明確な敵”としてロトに自分を憎ませようと思っていました。
ところが、そんなハロルドの思惑とは裏腹に、テラ、リマリオ、そして――エリカという想定外の人物が敵として現れて、予期せぬ事態に戸惑うハロルドは“悪”の仮面を被り切れなくなっちゃうんですよね。“自分は味方ではない。あくまでも敵だ“と思わせなければならないのに、それは逆にロトのハロルドへの信頼を深める結果になってしまって、ハロルドは内心凄く焦っていたと思います。
けれど、それを払拭する機会は遂に得られませんでした。
エリカとの会話を(第二部~第六話~参照)イサドラに聞かれた事で(距離があったので断片的にしか聞こえてませんが)ハロルド自身にも監視がついてしまいましたし。
この時点で、ハロルドは自分がロト側の人間だとブラッドに露見する訳にはいかなかったので、慎重にならざるを得なかったのです。
しかし、この監視を命じたのは、実はブラッドではなくイサドラでした。
イサドラはハロルドの裏切りをブラッドには伝えていません。
会話が全て聞こえた訳ではないので、確信が持てないというのもありますが、ブラッドの耳に入れば、ハロルドの裏切りが公になって彼の立場が危うくなると思ったからです。
イサドラは、もしハロルドが自分を裏切っていたとしても(本当は裏切ったなんて思いたくない。みんなあの女“エリカ”の所為だと思いたいのですが)彼を世界の王の座に就かせる事が出来れば、必ず自分の許へ帰って来てくれると頑なに信じてるんですよね。
ハロルドはそんな事を望んではいないんですが、それが彼女の価値基準であり、その信念の基に行動しています。
だから、ハロルドに不利益になるような事は決してしません。
その根底にあるものは、幼い頃からの純粋なハロルドへの“恋心”なので、哀しいと言うか、切ないと言うか……。
イサドラというキャラを嫌いにはなれない所以だったりもするのですが。
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ロト一行がアルマンディンに入国してからは、ハロルドは常に付かず離れずの距離でロトを護っていました。
シドウィル・クリストバル坑道へ突入する際は、状況に因っては、アルマンディンに自分がサザン側ではなく、ロト側の人間だとバレる=ブラッドに裏切りが露見する事も覚悟していました。
けれど、サンダーとの繋ぎの役目をしている部下から「想定外の事態が起こったので、今直ぐサザンに戻れ!」というサンダーの信書を受け取ったハロルドが、後ろ髪を引かれながら本国に戻ってみると、それは実は偽の信書だった事が分かります。
これは、私を我が王から引き離す為の罠だったのか――と覚ったハロルドは、直ぐさま取って返してロトの許に駆けつけますが時既に遅く、ロトとセレナは行方不明。
グロディアたちは命を落としていました。
グロディアたちの遺体を埋葬した後、ロトとセレナの消息を血眼になって捜したハロルドですが(ロトの力が目覚めてからは、ロトが力を行使しさえすれば、ハロルドには瞬時に居場所が分かるのですが)如何せん、この時ロトは力を一度も使わず……と言うか、使えない状態だったので、捜索に手間取りました。
見つけた時は、セレナは崖から転落した後。
ロトは瀕死の重傷を負い、止めの一撃を食らう直前だったのです(第三部~最終話~参照)
ハロルドはこの時、ロトを襲った山賊を皆殺しにしています。
※サンダーとハロルドの繋ぎをしていた男は、信書をハロルドに渡した時にはもうブラッドの催眠暗示に掛かっていました。
……と言うか、偽の信書を作成してハロルドに渡すように指示したのはブラッドです。
信書がハロルドに渡った時点でお役御免になったこの男は、その直後、ブラッド一族の能力者に因って惨殺されております。
ハロルドが、この回の最初に「それは、その者の命を護る為でもありました。けれど……」と言葉を濁したのは、この男の命が失われてしまった事への悔恨が含まれております。
その事実を勿論ロトには語ってはおりませんけれども。
イサドラがブラッドに伝えなくても、実はブラッドは二人の裏切りを疾うに知っていたのです。




