~それぞれの決意~2
「ロト殿! さあ早う、早うこちらへ」
ドアを開けるなり、アドラ・ジャウザは満面の笑みを浮かべてロトに歩み寄った。
そして、彼の肩に手をかけて強引に椅子に座らせると自らもその隣に腰掛ける。
あまりの密着度にロトは
「お、叔父上! 俺はあちらで……」
と、向かいの椅子に座ろうと立ち上がりかけるが
「まあ、そう仰らずに!」
と、しがみ付かれて身動きがとれない。
「お、叔父上ぇ~~~っ!」
(勘弁して下さい。俺はこういうのは……)
公の席では、流石に王としての威厳を保っているアドラ・ジャウザだったが、一たび席を離れると(私事に戻ると)“これは本当に同じ人物か?”と思うほど態度が急変する。
(あの時、タラゼドさんが言葉を濁した意味がやっと分かった。これが叔父上の欠点なんだ~!)
ロトは深い溜息をつきながら、心の中でそう思った。
実姉、第一王女グロディアと婚姻を結ぶ遥か以前から、前のサザン王レグルス・ナスルを“義兄上”と呼び敬愛していたアドラ・ジャウザは、彼のようにならんと懸命に努力し、今では“賢帝”と称され、紛う事なき“名君”ではあった。
しかし、そんな彼にも唯一つ欠点がある。
それは……
“好きになったら何処までも!”――である。
一見それは、身内に甘いと誤解されがちだが(アドラには三人の娘が居るが、彼は三人の姫を目の中に入れても痛くないほど可愛がっている。特に第三王女への溺愛ぶりは周辺諸国にまでその噂が広がっているほど)それは何も身内に限った事ではない。
アドラは、一反“好き”になってしまった人物に対して、その想いを隠したりはせず、子供のように純粋に、それを態度に表すのである。
彼は極度のシスコンで、子供の頃から憧れていたアル・サドマリク創世の英雄であり、王家の始祖でもある“オリオニス・アル・サドマリク”と同じ髪と瞳の色を持つ姉グロディア王女を誰よりも慕い、大切に想っていた。
「姉上は私が護る! 姉上は誰にも渡さない!!」
……と常にアドラが公言していたので、周囲の人々は皆一様にグロディアの婚姻を危うんでいたが、元々姻戚関係にあった事もあり、頻繁にアル・サドマリクを訪れていたサザンの世継ぎの王子レグルス・ナスルに心酔してからは、アドラ自身が二人が結ばれる事を切望するようになった。
そのアドラの願いが実り二人の婚姻が決まった時、アドラは諸手を挙げて二人の幸せを喜んだ。
勿論、姉を奪われた淋しさがなかった訳ではないが、それよりもレグルスが自身の本当の“義兄”になってくれた事の方が嬉しかった。
けれど――それほど愛した二人はもう、この世には存在しない。
逢いたくとも、もう二度と逢えない。
それ故に、二人の血を継ぐ“サザンの御子”は、それだけで既にアドラにとって“溺愛”の対象だったのである。
その御子との、実に14年ぶりの再会。
"会いたい"と願い続けた二人の忘れ形見は果たして……
アドラが思い描いた理想そのものの……否、それ以上の“輝き”を持ってアドラの前に現れた。
その感動を……。その喜びをっ!
アドラは内に秘めておく事など到底出来なかった。
公務の合間をすり抜けるようにして、ロトを私室に招いては彼の世話を焼く。
「……ところで、ロト殿」
度重なる(熱烈歓迎過ぎる)招きと、あまりのスキンシップぶりに呆れ顔のロトを後目に、側近たちに用意させた馳走を振る舞っていたアドラ・ジャウザだったが、急に真顔になると更にロトに顔を近づけて
「この戦いに勝利した暁には是非、我が姫の中から伴侶となる次代のサザン王妃を選んでは頂けませんか?」
と問いかけた。
「はぁっ!?」
あまりに意外な言葉に、ロトは一瞬アドラが何を言っているのか分からなかったが
「伴侶? 次代のサザン王妃って!? な、何を仰ってるんですか? 俺はまだ14ですよ。結婚なんて、まだまだ先の……」
「何を仰る? 私が貴方くらいの時には既に一の姫を授かっておりましたよ」
「……っ!」
叔父アドラ・ジャウザがその博愛主義が高じて、手が早いという事はタラゼドから聞かされていた。
「お、叔父上と一緒にしないで下さい!」
思わず本音が出る。
「いやいや。何も今直ぐどう……と言っている訳ではありません。どうです? 我が姫たちは皆、それぞれに趣の異なる魅力的な姫だと自負しているのですが……」
「そ、そんな事を言われても……」
「一の姫などは歳も近いですし……否、それよりもロト殿は三の姫と親しかったですね」
「三の姫? リン、え……っと、イドリア王女ですか?」
「ほぉお~。ロト殿は三の姫を“リン”と呼んでいるのですね。それは、それは……」
「……?」
アドラは意味深な笑みを浮かべながら
「いえいえ、リンで構いませんよ。どうですか、彼の姫は?」
「……って言われても、リンはまだ九つになったばかりじゃ? それに彼女は“世継ぎの君”なんでしょう?」
「確かにそうですが、貴方になら嫁がせても構いませんよ。その代りと言ってはなんですが、二人の御子の一人を我が王家の養子に頂ければ……」
「ちょ……っ、ちょっと待って下さい! 何でいきなり話がそこまで発展するんですか!? 俺とリンはそんな……。それに俺は兎も角、リンは嫌がると思いますよ」
「そんな事はないと思いますが……。それとも、ロト殿は“許嫁”の存在を気にしておいでですか?」
「……許嫁って、セレナの事ですか?」
「ええ。……ですが、それは単なる口約束にしか過ぎない。それを熱望していたアウストラリス公は既に亡い。貴方が“約束”に縛られる必要はないと思いますよ」
「…………」
「セレナ姫は確かに非の打ち所のない素晴らしい姫君だと私も思っていますが、しかし所詮は臣下の姫。王家の姫とでは“格”が違います」
「っ!?」
「平和な世ならまだしも、貴方はサザンの国をサンダーから取り戻した後の事も考えねば。ハーリスが逝き、既にアウストラリス公爵家の生き残りはセレナ姫ただ独り。公爵家の姫とは名ばかりで、彼の姫には何の後ろ盾も……」
「止めて下さい! “格”とか、“後ろ盾”とか! そんなもので俺はセレナを好きになったんじゃない! そんなもので生涯を共にする人を選んだりしない!!」
「ロト殿……」
「俺がここまで来られたのはセレナのお蔭なんです。彼女が傍に居てくれたから、俺はっ!」
「…………」
「……話がそれだけなら、失礼します!」
そう言うと、ロトは部屋を飛び出して行った。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「しまった~っ! 嫌われちゃったかなあ~?」
ただ独り、部屋にとり残されたアドラは自らの失言に深い反省の溜息をついた。
「それに盗み聞きとは、一国の姫のなさる事とは思えませんよぉ~リンちゃん!」
「あら、それは聞き捨てなりませんわね。あまりにもお声が大きくて、耳に入ってしまっただけですわ。それに、ノックは致しましたわよ。物思いに耽ってらして、お返事がなかったから勝手に入らせて頂きましたけれど」
父アドラ・ジャウザにまたしても招かれたロトが心配で、こっそり隣の部屋に潜んでいた事はバレバレだったが、敢えてリンは平静を装いながらそう答えた。
「特にセレナ姫の件は失敗でしたわね。セレナ姫に後ろ盾なんて必要ありませんわよ。姫は、その身一つで周りの者を惹き付ける。家の“格”など関係ありませんわ! それにお父様がロト王子を手許に置きたいお気持ちは分かりますけれど、その為に娘をダシにするのは迷惑以外の何者でもありませんわよ!」
「…………」
(えぇええ~っ!? お父さんはリンちゃんの為にぃ~!!)
……と、声を大にして言いたいアドラだったが、それを口にするとリンにまでマジ切れされそうだったので、アドラは喉まで出かかったその言葉を懸命に飲み込んだ。
「でも、リンちゃん……」
リンに叱られて、半べそをかいているアドラが段々不憫に思えてきたリンは
「一国の王ともあろう方が……。お父様、そんなに落胆なさらなくても、今に私が誰もが振り向くような素敵な淑女になってロト王子を見返して差し上げますわ。そして、王子以上の殿方を射とめてご覧に入れますから、どうか御安心下さいな」
「リンちゃん……」
(でも……私が素敵な淑女になるのは間違いありませんけれど、ロト王子以上の殿方を見つけるのは、至難の業かもしれませんわね)
そう思った瞬間、チクリとリンの胸に痛みが走った。
(……っ!?)
その痛みの理由を彼女が本当の意味で理解するのは、もう少し先の話になる。
★ ★ ★ ★ ★
【その後談① ~ロトの場合~】
アドラの部屋を飛び出したロトは、そのまま一目散に自室に戻った。
セレナに対する侮辱とも取れるアドラの言葉。
それが自身に向けられた言葉であったなら、ロトは軽く受け流す事も出来ただろう。
けれど……
最初はアドラに対する怒りの感情しかなかったロトだが、徐々に平静を取り戻すにつれて自分の口から出た言葉に赤面する破目になる。
「ひょっとして俺、ドサクサに紛れてとんでもない事を口走ったんじゃあ~?」
その途端ロトは全身の力が抜けて、その場にしゃがみ込んだ。
「セレナが居なくて、本当に良かった……」
【その後談② ~アドラの場合~】
深夜――
連日の激務で疲れているにも関わらず未だ眠気のこないアドラは、酒の入ったグラスを片手にバルコニーに歩み出た。
夜風は少々冷たかったが 、気になるほどではない。
それよりも、夜空に浮ぶ月が冴え冴えと美しい。
「義兄上、姉上……」
アドラはその月に向かって話りかける。
青銀の柔らかい光を投げかける清冽な月。
それは最愛の姉グロディアの髪の色。そして敬愛する英雄王の色。
(否! あの色は、姉上と言うより寧ろ……)
「御安心下さい。お二人に代って、否! お二人の分まで、ロト殿はこの私が全身全霊をかけてお護りしますゆえ……」
胸に秘めていた言葉を口にする。
言葉にする事で、想いはより大きな力を得る。
「けれど、流石はお二人の御子ですね。私などが手助けせずとも、ロト殿はきっと立派な“王”になられるでしょう。しかし、それは些か淋しい事でもあるのですね。今日も、要らぬ世話を焼いてしまいました。それが私の欠点だと分かってはいるのですが……。もっと、頼ってほしいのですけれどね。贅沢な悩みなのかもしれませんが、出来の良い子を持つというのは、なかなかに味気ないものです」
――ロト殿を……。
お二人の御子を“義息子”とお呼びしたかった――




