~それぞれの決意~1
聖アル・サドマリク王国・王城 ──中央庭園──
「こんな処にいらっしゃったんですの? 明日も早いのですし……もう、お休みにならなくては。明日は連合軍の司令官たちとの初顔合わせなのでしょう? “総大将”の目の下に隈があるなんて、目も当てられませんわよ」
「ああ。そうだな、リン……じゃなかった、イドリア姫」
「リンで構いませんわ」
アル・サドマリクの王城に辿り着いてから、ロトとリンが二人きりになれたのはこれが初めてだった。
ロトはサザンの次代の王、連合軍の総大将としての立場に追われていたし、リンはアル・サドマリクの第三王女としての役割を果たしていた。
公の場で顔を合わせる事はあっても私事で会う事は難しい。
もう既に、二人はそういう位置に立っていた。
「そう、か。そう言ってもらえると助かる。やっぱり君は“イドリア姫”って言うより“リン”だよな」
「それって、どういう意味ですの? どう考えても褒め言葉じゃありませんわよね?」
ロトの言葉を聞いた途端、リンは口を尖らせながらそう言った。
「えっ、何で? 最大級の褒め言葉のつもりなんだけどな。服も……それって、俺たちと旅をしてた時に着てた服だよね? わざわざ着替えてくれた? 王女の正装してたら、まるで別人みたいなんだもんなあ~」
公式の場では、リンは常にプラチナ・ブロンドの髪を結い上げ、青銀の地に翠玉を配した(これはアル・サドマリク王家の家色)正装を身に纏っていた。
「“馬子にも衣裳”と仰りたいんですの? でも、それはお互い様ですわよ」
「…………」
かぁあああ――思わず、そんな音が聞こえてきそうなほど顔を真っ赤に染めるリンの様子に気づく事もなく
「でも、俺はそっちの方が好きだな。一緒に居るとホッとするって言うのかな」
ロトは更に追い打ちを掛ける。
「ま、まさか……あ、貴方からそんな言葉をお聞き出来るとは思いませんでした、わ」
――淑女の扱いも知らない田舎者、だと思っておりましたのに――
まるで茹蛸のようになって俯いたまま、しどろもどろに話すリンを見て
(あれっ? 俺って何か変な事を言ったかな?)
と自分の言葉を反芻したロトは
(えっ、えぇえ――――っ! ひょっとして、何かの告白みたいになってる!?)
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
恥ずかしいやら、居たたまれぬやら……二人は暫くそっぽを向いたまま無言で立ち尽くしていたが
(何やってるんだ、俺は?)
聞きたい事も、話したい事も山ほどある。
けれど、二人きりで話せる機会はなかなか巡って来ない。
(これだけは、どうしても今、言っておかないと……)
ロトは、大切な事を伝えられないまま、ズルズルと刻が過ぎるのだけは避けたかった。
「俺は、君に謝らなくちゃならない事がある」
意を決したように、ロトはそう言葉を紡いだ。
「謝、る? 一体、何をですの?」
それはリンにとって予期せぬ意外な言葉だった。
「約束、守れなかった」
「約束?」
「君と別れる時にした約束。俺は母上を、君の大好きな“グロディア伯母様”を護れなかった」
「っ!!」
「ごめん。俺の力が足りなかったばっかりに、本当にごめん……」
深々と頭を下げるロトに
「そんな事……っ、貴方が詫びる必要なんてありませんわ!」
「リン?」
シドウィル・クリストバル坑道が崩落し、ロト王子一行の消息が途絶えた――という知らせは、王城に帰還する途中だったリンの耳にも当然入った。
彼女は直ぐさま取って返し、父王アドラ・ジャウザと合流して彼等の消息を懸命に追った。
だが、手掛かりすら掴めない。
誰もが彼等の生存を絶望視し始め、アドラ王はその立場上、一反、王城への帰還を余儀なくされたが、アドラもリンも決して希望を捨てなかった。
アル・サドマリクは“小国”とは言っても、王城はシュトルーフェからはそれなりに距離がある。
伝説の魔獣復活の一報と、その魔獣をサザンの御子が封印したという知らせは日を置かずしてリンの耳に飛び込んできた。
けれど、詳しい経緯は分からない。
「やはり生きていて下さったのですね? グロディア伯母様! ロト王子!」
そのままシュトルーフェまで自身が出迎えたい気持ちを必死で押し止めて、リンはロト一行の到着を待った。
……が、父王アドラ・ジャウザとロト王子一行の対面の場に、グロディアたちの姿はなかった。
「ハーリス大臣? フリー? グロディア伯母様は……っ!?」
彼等の壮絶な最期は、その席でロトの口から淡々と語られたが……リンは最初にロトの姿を見た瞬間から、その全てを悟っていた。
別れた時とはまるで違う、ロトの決意を秘めた大人びた横顔。
(まるで、別人のようだ)
とリンは思った。
(こんな短期間に、一体どれ程の辛酸を舐めれば……あれほど人は変わるのだろう?)
もしロトが、リンと別れた“あの日のままの彼”であったなら、或いはリンは彼を責めたかもしれない。
けれど“解ってしまった”から。
だから彼女は何も言わなかった。否、言えなかった。
「貴方は、貴方の全てを懸けて伯母様を護ろうとして下さったのでしょう? 貴方に出来なかったのなら、他の誰にも伯母様をお護りする事は出来なかった。だから貴方が詫びる必要などないのです」
「それは違う! 皆を護れなかったのは俺に力が足りなかったから。あの時、もっと俺に力があれば。否、もっと非情になれたなら……」
或いは、皆を護る事が出来たのかもしれない。
現在の俺の力が、あの時点にあったなら……敵を傷つけずに、あの場を切り抜ける事も可能だったろう。
否、あの時点でも、敵を傷つける事を厭わなければ、大切な人たちを失わずに済んだ筈だ。
だが敵だとは言っても、彼等(アルマンディンの兵士たち)は自分たちの意志で俺たちと敵対した訳じゃない。
彼らは理不尽な命に従っただけだ。
自分たちが生き延びる為に、そんな彼等を傷つける事は俺にはどうしても出来なかった。
「俺は、俺の大切な人たちをこの命に代えても護りたかった。……なのに、俺はっ!」
俺の甘さがハーリスを、フリーを、そして母上の命を奪った。
「何時も……護られてばかり、で……」
けれど何度同じ選択を迫られたとしても、俺は違う道を選ぶ事はきっと出来ない!
「当たり前です。貴方は“サザンの王子”なのですから。ハーリスもフリーも、そして伯母様も貴方を護る為に命を懸けられたのでしょう? 伯母様たちは本懐を遂げられたのです!」
「リ、ン?」
「私は貴方にお門違いなお願いをしていたのです。貴方は護るのではなく護られるべき存在。そして、貴方は無事にこのアル・サドマリクに辿り着かれた。伯母様方もきっとご満足なさっていらっしゃるに違いありませ……ん、わ……」
その瞬間、リンのエメラルド・グリーンの瞳から大粒の涙が零れ落ちた。
「リ……っ!?」
リンはその涙をロトに見られまいと彼にしがみ付いた。
「どうか、このままでっ! 今の私の顔を貴方にだけは見られたくないのです!」
「……っ!」
こんな時まで……そんな意地を張らなくてもいいのに。
「私は、貴方が生きていて下さって本当に良かった。……そう、心の底から思っていますわ。でも、ごめん……なさい。今だけは、グロディア伯母様たちの為に泣いても構いませんわよ、ね?」
「…………」
多分、リンはずっと耐えていたのだろう。
自分は“王女なのだから”と周囲に決して弱いところを見せず、常に凛として……。
王女という衣をかなぐり捨てロトに縋って泣くリンは、年相応の幼い少女だった。
ロトは彼女の頭を優しく撫でながら、己を護る為に散って逝った“大切な人たち”に想いを馳せる。
失われた命の重さに代え得る価値が果たして己にあるのだろうか?
そう、自身に問いかけながら。
――俺は一度、その重圧に負けて“王子”という立場から逃れようとした。
けれど、逃げていても事態は何も解決しない。
それどころか、その行為は俺を護る為に逝った人々の願いを踏み躙る事になる。
だからこそ、俺は決めたんだ!
己にその価値がないのなら、そう在れる様に努力しなければ……と。
そして、こんな俺に未来の希望を託してくれる人たちが居るのなら……
それが俺に与えられた使命ならば、俺は逃げずに戦わなくちゃならない。
あの後悔を、二度と繰り返さない為にっ! ――
――誰も死なせたくなかったんだ。
今までも……そして、これからも。
リン、俺は皆に生きて、そして幸せになってほしかった――
このエピソードは番外篇ではありますが「~リンにお任せ!~」と同様に時系列で言うと、最終話の後話という事になります。番外篇なので、視点もロト視点ではありません。
最終話でカットしたエピソードとその後のエピソードが含まれており、全三話構成となっております。




