~第三話~
アマラントの青い石を封じた結界は何者の侵入をも許さない。
それは英雄王の意思の力に由って、死しても尚……否! 死して更に、その守護の力は増大していた。
結界は異空間へと繋がる道。
その結界の中に吸い込まれるように侵入した俺は――セレナたちから見れば道が不自然に途切れているように――俺の姿も瞬時に掻き消えたように映ったろう。
異空間を統べる能力者リマリオと相対した俺は、結界を通り抜ける事自体、初めてではなかったが、英雄王の結界はリマリオの結界とは明らかに違っていた。
他者の力の領域に……否、異質のものに触れた感覚とは明らかに違う。
限りなく己と同質の“もの”。
恰も己自身が放った“力”のような錯覚さえ覚える。
この結界そのものが英雄王の残した力、英雄王の想い。
いや、これは彼の願いか?
何処までも何処までも、澄み切った深い深い湖のような……それでいて、淡く儚い翠の光を放つ空間。
その優しいエメラルド・グリーンの光は俺の全身を包み込み、身体の傷を癒してくれる。
「傷の痛みが消えた?」
この光には治癒の力があるのか?
それと共に“何か”が俺の中に流れ込んでくる。
大切な者を護りたいという英雄王の強い意志と、深い深い彼の想い。
これは哀しみ? それとも?
そして、もう一つの何か?
けれど……
――まだ早すぎる!――
俺の中の別の何かが、そのもう一つの“もの”を遮断した。
それが一体何なのか、その時の俺には分からなかったけれど……。
すっかり傷が癒え、結界の深奥へと進む俺の視線の先に
「あれは?」
青銀に輝く小さな球体が浮かんでいるのが見えた。
それは、結界に護られた空間の中に存在する更なる結界。
小さいけれど(否、小さいが故に)より強固な力を持って他者を阻む結界の中の結界。
“アマラントの青い石”は二重の結界の中で眠っていた。
多分、英雄王の額に巻かれていたであろう額飾りの中央に配置された蒼玉。
空の色をそのまま映したような青く輝く結晶体。
「これがアマラントの青い石?」
そう思いながら結界に手を伸ばす。
而して結界は……
己と同質のものを受け入れるが如きに、その役目を果たさなかった。
そして、俺が額飾りを手にした瞬間、全ての結界が跡形もなく消失した。
……まるで、その刻を待っていたかのように。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「……手に入れたようだな」
占い師のお婆がポツリとそう呟いた。
「えっ?」
その言葉に即座に反応したセレナが、お婆の言葉の真意を訊ねようとして振り返った瞬間、彼女は奇妙な感覚に襲われて結界のある方向に向き直った。
それは、空間が揺らぐ感覚。
結界が消失した為に、それまで不自然に途切れたように見えていた道の先の風景が、松明の灯りでぼんやりと浮かび上がった。
そして……
「ロトっ!」
思わずセレナが歓声を上げる。
「オリオニスお兄ちゃん……良かった!」
俺の姿を確認した途端、ハマルが俺に走り寄って抱き付いた。
「ロト様、ご無事で何よりです!」
「それが“アマラントの青い石”ですか?」
俺が手にしていた額飾りの中央に輝く宝玉を見て、タラゼドとルクバーがそう問いかけた。
「あ、あ……」
俺が答えようとした刹那……
「ロト、詳しい話は後だ。事態は一刻を争う! 傷は癒えたのだろう? 包帯を外して、アマラントの青い石を身に纏え!」
「えっ?」
「奴が、来る!」
お婆がそう言い終るや否や、一陣の風が吹いたように感じた。
その直後、俺を襲う空間を切り裂く感覚!
「ツイ、ホォンっ!?」
それは、遥か異次元の彼方に去ったと思われた伝説の魔獣が、再び現空間に出現した瞬間だった。
俺はお婆に言われた通り包帯を外して額飾りを額に捲く。
「いいか、ロト。お前も既に分かっているとは思うが、奴はお前の力が戻った事を感知して此処に現れた。奴の狙いはロト、お前だけだ!」
お婆は皆には聞こえぬよう小声で話しかけた。
「ああ、分かってる!」
「いいか! アマラントの青い石の力を持ってしても、奴を倒す事は不可能だ。奴は不死身の魔獣。奴を倒そうなどと努々思うな。奴を“封印”する事のみに専念しろ!」
「ああっ!」
「ルクバーさん、剣を借りるよ」
俺はルクバーの腰の剣を抜きながら、そう言った。
「ロト王子殿下。それは構いませんが、剣など役には立ちませんよ」
「大丈夫だ、俺に考えがある! みんなは退ってろ!」
「ロト!」
「お兄ちゃん!」
不安そうなセレナとハマル。
退れと一口に言っても、魔獣との人知を超えた闘いの巻き添えにならぬ為には一体何処まで退ればいいのか?
「案ずるな、ロト。皆は私が護るゆえ……」
そう言いながらお婆は周囲に結界を張った。
「ああ! 頼んだよ、お婆」
占い師のお婆の結界は彼女しか張れない特殊な結界。
俺はそれを瞬時に理解した。
現空間に在りながら、セレナたちが居るのは異空間。
どれだけ強い力を加えても結界が破れる事はない。
其処にないものを物理的な力で破壊する事が出来ない道理だった。
「これで心おきなく闘える」
俺は防御壁を張って空中に舞い上がった。
「行くぞ、ツイホォン!」
「力は覚醒したようだが、やはり記憶は戻らなかったか。ツイホォンとの闘いに必要な最低限の記憶は戻っているようだが、全てを思い出すのは時期尚早という事なのだろうな」
お婆は一人、そう独り言た。
――このツイホォン復活自体がイレギュラー。
本来ならば、奴の目覚めは未だ幾分先だった。
目覚める筈のない魔獣の復活。それが意味するものは一体何なのか?
それとも、これは必然なのか?
運命は廻る糸車。
無情にも繰り返される運命は、此処に来て新たな局面を迎えるのか?――




