~第三話~
薄暗い路地をシェダルは全速力で走っていた。
後ろからは数人の追っ手が迫る!
「捕まる訳にはいかない! 俺は何としても“アケルナル号”に乗らなければならないんだ!」
だが、路地は袋小路になっていた。
「行き止まり……っ!?」
シェダルがそう思った瞬間、誰かが彼の腕を掴んだ。
「……しまった、伏兵が居たのか? 万事休すだっ!」
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
シェダル・アルファンド――それは潜入捜査等でノアールがよく使う偽名だった。
職業はシステム・エンジニア。
偽造された身分証明書にはそう記載されている。
ノアールは金髪を黒く染め、カラーコンタクトを入れて伊達眼鏡をかけていた。
連邦の偽造パスポートは完璧だったし、SDAの勢力圏と言っても、実質は連邦に組する事を是としない星々が、SDAの勢力を後ろ盾に独立自治政策を執っているに過ぎない為、ノアールは別段怪しまれる事なく行動する事が出来た。
だがそれは目的地が惑星GHI-EK4でなければ、の話だった。
廃墟と化した惑星GHI-EK4は、表向きは"見捨てられた惑星"。
其処へ向かう定期便(臨時便も含めて)は、何処の宇宙港からも出航してはいない。
しかし月に一度、エル・ナト(GHI-E星系にあるスペース・コロニー)からGHI-EK4への貨物船が出ている事をノアールは突き止めた。
その船の名が“アケルナル号”だった。
出航は三日後――
エル・ナトに赴いたノアールは、早速チケットの購入を試みた。
貨物船は貨物輸送を行う宇宙船だが、複数人の乗客を運ぶ事が可能な為(原則は12名。それ以上の場合は"貨客船"扱いとなる)ノアールは一縷の望みを抱いていたのだが……それはやはり徒労に終わる。
貨物船アケルナル号は一般の乗客を受け入れてはいなかったのだ。
「どうする?」
想定の範囲内とはいえ、貨物船があっても乗船出来ないのでは話にならない。
それならば、残された手段は唯一つ。
「出来る事なら、それだけは避けたかったが……」
そう思いながらノアールは、アケルナル号への“密航”を決意した。
だが……アケルナル号の警備は尋常ではなかった。
「何なんだ、この船は? ただの貨物船じゃないのか? 警備が厳重すぎる!」
積荷に紛れて乗船し、お決まりのパターンで貨物室に潜む筈だった。
勿論セキュリティを無効化する為の装置も準備はしていたが、如何せん相手の防犯装置が上回った。
ノアールがアケルナル号に乗り込んで間もなく、警報装置が作動する。
そして彼は追われる身となったのだ。
港から、かなりの距離を走った筈だが追っ手の追跡は執拗だった。
「捕まる訳にはいかない!」
ノアールは何とか追っ手を振り切って、もう一度アケルナル号への密航を試みようと思っていた。
しかし……
薄暗い路地の角を曲がった瞬間、其処は袋小路になっていた。
「行き止まり……っ!?」
ノアールがそう思った刹那、誰かが彼の腕を掴んだ。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
気がつくと、周りは見知らぬ風景になっていた。
「此処は……? エル・ナトの市街地、か?」
微かな眩暈。
それは、ノアールが初めて体験した瞬間移動だった。
「誰が追われてるのかと思ったら、あんただったのか。懲りない奴だな」
金髪と黒髪では受ける印象がまるで違う。
しかも逢ったのは一度きり。
それなのに、一瞬で己を"連邦の捜査官だ"と見抜いたSILVER・WOLFという存在に少なからず脅威を感じながら
「“SILVER・WOLF”、また君に助けられるとは……。ありがとう、感謝する」
それでもノアールは、礼の言葉を優先する。
「そんな事はどうでもいい。それより、あんた現在のGHI-EK4の状況を知ってるのか?」
「えっ?」
「いや……」
ロトはノアールの反応から"余計な情報を伝えない方が賢明だ"と判断し、それとなく質問を変える。
「あんたアケルナル号に密航するつもりだったのか? あれはSDAの船だ。密航なんて不可能だぞ」
「SDAの船!?」
道理で……ただの貨物船にしては警戒が厳重すぎる筈だ。
正に怪我の功名だった。
やはりSDAを探れば“SILVER・WOLF”に辿り着く。
「死にたくなければ、今直ぐ連邦に帰れ! 俺にもサザンにも近づくな。勿論、SDAにもだ!」
そう言うや否や、少年は再び瞬間移動しようとした。
「待ってくれ、ロトくん!」
そのノアールの言葉に、少年は驚いたように振り返った。
「フォーマルハウトに聞いたのか?」
「ああ。“ロト”と言うのが君の名前なんだろう?」
「…………」
少年は肯定も否定もしなかったが、ノアールは構わず
「宜しく、ロトくん」
道理で……最初に逢った時、見覚えがあると思った筈だ。
そう言われてみれば、確かに面影がある。
どうして彼を俺の監視役に選んだ?
フォーマルハウト、一体どういうつもりだ?