~天の花・地の星(ひかり)~
少年は疲れ果てていた。
ESP(超能力)を使い果たした訳ではない。
何故なら少年は、どれほどの力も使ってはいなかったから。
他者を一蹴する凄まじい力を行使しながら……しかし、それは少年にとって、掌を反すほどの細やかな力に過ぎなかった。
けれど、それ故に少年は力を制御する為に神経をすり減らす。
誰も傷つけず、周りへの被害を最小限に止める為には、そうするしか術はなかった。
遠い昔――
その場から逃げる為……その女性の注意をほんの一瞬逸らす為に放った一撃で、その女性を死に追いやった哀しみを……
暴走した己の力の所為で、大勢の罪なき人々の命を奪ってしまった悔恨を……
昨日の事のように憶えている少年は、だからこそ、もう誰一人傷つけたくはなかった。
圧倒的な力で襲撃者を昏倒させて、その場を離脱する――それが少年の闘い方。
だが、相手にとっては“圧倒的な力”でも、少年にはそうではない。
それは恰も……怪力の持ち主が、壊れやすい繊細な代物を取り扱う状態に酷似していた。
かつての自分を遥かに凌駕する力。
その力の制御を未だ出来かねて、少年は己の力を持て余していた。
それ故に、擦り切れる精神。
疲弊しきった心と身体。
「……疲、れた」
少年はその場に蹲った。
…───…───…───…───…───…───…───…───…
「どうしたの? 具合、悪いの?」
頭上で声がする。
見上げると、若い母親と幼い兄妹が心配そうに少年を見つめていた。
「……何でもない。放っておいてくれ!」
そう素っ気なく答えて、立ち上がろうとした途端……
「家、直ぐ近くなんだ。……こっち、こっち!」
そう言って、幼い兄と妹が少年の腕を掴んで歩き出した。
「えっ? いや、俺は……」
強引に振り解く訳にもいかず、どうしたものかと縋るように母親を見ると、彼女は優しく微笑みながら頷いた。
…───…───…───…───…───…───…───…───…
――どうして直ぐに其の場を去らなかったのか?――
後悔だけが募る。
人の温もりに飢えていた。
人の優しさに縋りたかった。
ほんの僅かな時間でもいい――!
その少年の弱さが、無関係の優しい人たちを己の闘いに巻き込み……
そして、その貴いの命を失わせた。
どんなに力を得ようとも……
どれだけ刻を重ねようと……
俺は、誰も護れない――っ!
――優しい人たち……俺が、殺した――
その強烈な想いは、更に少年の心を追いつめる。
己の闘いに誰も巻き込まない為に、人里を離れ、険しい山道を彷徨う少年。
そんな時……
少年は瀕死の狼の赤ん坊を見つけた。
母狼は既に死んでいた。
もう一匹の仔狼も既に息絶えていた。
「この仔だけは救いたいっ!」
少年は己の生命エネルギーをその仔に注ぎ込む。
「死ぬな……お前は生きろ。お前の母と兄弟の分まで――っ!」
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
《降って来ましたね》
その“声”は少年の頭の中で聞こえた。
否、心に響いた……と言った方が正しいだろうか?
それは言葉ではない。
想いを、感情を――─言葉を介さずに相手に伝える。
“彼”の言葉は思念波と呼ばれるものだった。
それに対して
「ああ、そうだな」
少年は思念波ではなく、言葉でそう答える。
それが少年の優しさ。
彼に極力ESPを使わないように諭す為。
何時か――普通の狼として自然の中へ、仲間の許へ帰す為。
そして何よりも、己が“人”である事を忘れぬ為!
…───…───…───…───…───…───…───…───…
一目に付かぬ雪深い山の中で、少年と狼はひっそりと暮らしていた。
少年の容姿は、彼が望むと望まざるとに拘わらず、一目で他人の目を惹きつける。
その少年の傍らに白銀の狼が居れば、その存在は――!
一人と一匹が肩を寄せ合って生きる様は、寒さから身を護る為、小鳥が身を寄せ合う姿に……何処か似ていた。
《ロトっ!》
彼(白銀の狼)の瞳は少年を護ろうと、瞬時に銀から金へと変化する。
そして、少年もまた……。
風花が舞い散る薄暗い空に、天に向かって真っ直ぐに伸びる青銀の光は、麓の村だけではなく、遠く離れた町からも、はっきりと見る事が出来たのだった。
ブルーの章SS~天の花・地の星~ 完
「ブルーの章・Ⅱ」のSSです。
前回、ロト&ブルーのイラスト&詩をUPしたので、何となく書きたくなりました。
Ⅰの紹介も兼ねたSSですし、当然の如く続きません。
因みに、狼の数え方は一匹でも一頭でもOKみたいなんですが、厳密に分けると、普通&小型なら一匹、大型なら一頭って感じだったので、ブルーは普通サイズだし、“一匹”と表記した方が“野良犬”という雰囲気が出ていいかなあ~と思いました。
あっ、“野良狼”ですね。




