~最終話~
それは奇妙な既視感だった。
ツイホォンの身体から発せられる禍々しい紫暗の霊衣。
それはツイホォンの全身を包み、強固な防御壁の役目を果たしていた。
──攻撃は届かない。
剣も矢も火器も――人の持つあらゆる武器はその霊衣に遮断され、ツイホォンの身体に傷一つ付ける事は出来なかった。
抗う術無く逃げ惑う人々。
こんな光景を以前にも見た事がある?
何時? 何処でっ!?
世界を滅ぼす魔獣を封印した英雄王の冒険譚。
それはアル・サドマリクを護る為に作られた、単なる伝説に過ぎないと思っていた。
だが……
「ロト様、お身体は大丈夫ですか? 走れますか? 此処は危のうございます。一旦、この場から離れましょう!」
タラゼドにそう促された。
「ああ」
確かに、今の俺たちにはツイホォンに対抗する手段はない。
「でも、拘束されたネメシスやアルマンディンの兵たちは?」
「ご心配なされますな、ロト王子殿下。ネメシスたちの拘束は先ほど解きました。魔獣復活は想定外でしたが、ひょっとすると……これでネメシスの罪状を有耶無耶に出来るかもしれません」
「えっ?」
突然のルクバーの言葉に驚く俺に
「いや、そこまではいかなくとも罪を軽減する事は可能かと。唯一不可侵の国に侵攻したのはサザンのゴリ押しですからね。魔獣復活に因ってロト王子の身柄確保どころではないですよね、この状況は!」
ルクバーはそう言ってニッと笑った。
歴戦の勇士の、その顔には無数の戦いの傷跡が残っている。
歳はタラゼドやネメシスとそう変わらないと思うが、比較的童顔な彼は笑うと余計に若く見える。
それが楽観的な推測だとは分かっていた。
アルマンディン王はサザンの手前、ネメシスのアル・サドマリク撤退を不問にする事は出来ないだろう。
けれど、不測の事態を考慮する事は可能かもしれない。
「その為にも我々は是が非でも生き延びて、魔獣封印の為に“アマラントの青い石”を探さねばなりません」
ルクバーはそう付け加えた。
魔獣復活=世界の終り等と考えるな!
それを良い方向に考えろ! 絶望するな!
我々には“アマラントの青い石”という切り札がある!
だから今は生き延びる事だけを考えろ!!
彼の力強い瞳は暗にそう語っていた。
「そうだな。行こう、セレナ! ハマルも、まだ頑張れるな?」
「うん、僕は大丈夫だよ。心配しないで、オリオニスお兄ちゃん」
しかし、ツイホォンが空間を切り裂いて現空間に出現した際の衝撃波で破壊された建物等の瓦礫が散乱し、至る所で寸断された道を進むのは困難を極めた。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
凄まじい魔獣の咆哮が木霊する。
だが暫く走った後、俺はある違和感に襲われて背後を振り返った。
――何故、攻撃してこない?――
伝説に語られた魔獣ツイホォンは、その漆黒の翼で暴風を起こし、口から吐く炎と角から発せられる七色の光で全てのものを焼き尽くし、消滅させたと伝えられている。
確かにツイホォンの巨大な体躯は動くだけで周囲に大きな被害を齎しているのだが。
「ロト様」
タラゼドが走りながら小声で話しかけてきた。
「奴の動きが妙です。気の所為かもしれませんが、何かを探しているように見えるのですが?」
「何かを探して、いる?」
「はい、魔獣にそんな思考能力があるかどうかは疑問ですが、そう考えれば合点がいきます。だからこそ奴は被害を最小限に止めているのではないかと」
「何かをって、一体何を?」
「多分、アマラントの青い石ではないかと」
「アマラントの青い石を? 何故……? あれはツイホォンにとっては我が身を滅ぼす……」
「それは違います。アマラントの青い石がかつてツイホォンを封じたのは、英雄王オリオニス・アル・サドマリクがそう願ったから。石は、それを手にした者の意に染まるのです」
「アマラントの青い石自体に善悪の区別はないと?」
「はい、そう伝えられております。アマラントの青い石は一見、青く輝く結晶体だそうですが……英雄王は、或いはその正体を御存知だったのかもしれませんが、彼の君はそれについては黙して語らず、魔獣を封印した後『悪しき者の手に石が渡らぬよう封じたのだ』と」
「じゃあ、人の手に渡る前にツイホォンは、石を自分の物にしようとしてるって事なのか?」
「断言は出来ませんが」
「…………」
ツイホォンが何かを探している?
それは確かにそうなのかもしれないと思った。
けれど、それがアマラントの青い石だと俺には思えなかった。
“何を根拠に?”と聞かれても答えられない。
それは漠然とした想い。
魂に刻まれた遠い記憶の断片。
多分、ツイホォンは……。
その時――
「ハマルくんっ!」
セレナの切羽詰まった声が聞こえた。
「ハマルっ!?」
散乱する瓦礫に足を取られ転倒したハマルを助け起こそうとするセレナの背後に魔獣が迫る!
「ハマルっ! セレナ――――っ!!」
そう叫びながら反射的に身体が動いていた。
力の使えない俺が(たとえ力が使えていたとしても、到底ツイホォンには太刀打ち出来なかったが)飛び出しても何の足しにもならない事は分かっていた。
だが……
「やめろぉおおお――─――─っ!!」
ツイホォン……無関係な人たちを巻き込むのはもう止めろ!
俺は、此処に居るっ!!
もうダメだと覚悟していた。
けれど凄まじい閃光が走った――と思った刹那、ツイホォンの姿は跡形もなく消え失せた。
瞬間移動した? それとも異空間の彼方に去ったのか?
「大丈夫ですか、ロト様!?」
タラゼドたちが走る寄る。
「あ、ああ……」
そう答えるのが精一杯。
皆が無事だった事に安堵した瞬間、度重なる疲労と傷の痛みに襲われて俺は意識を失った。
しかし、消えゆく意識の中で俺は確信する。
ツイホォンが探していたのはアマラントの青い石じゃない!
――あいつは俺を探していたのだ――と。




