~第五話~
シュトルーフェの軍施設は完全にアルマンディンに占拠されていた。
勿論、シュトルーフェ軍はアルマンディンの不穏な動きを事前に察知してはいたが、まさか宣戦布告もなしに国境を越えてアルマンディン軍が侵攻する等という事態が起こり得るとは、夢にも思っていなかった。
――英雄王伝説に護られた唯一不可侵の国――
その長きに渡る平和と、それ故の油断が招いた建国以来の危機的な事態……。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「傷の手当は受けて下さったようですが、用意させて頂いた衣装はお気に召しませんでしたか? そのような血の付いた服を何時までもお召しになっていらしては……」
「…………」
「それにしても、無謀な事を為さるものですね。然もそのお身体で。それでは、お命が幾つあっても足りませんよ」
アル・サドマリク侵攻の総指揮を任されているアルゴール・ネメシスは俺に椅子に掛けるように促しながら、穏やかな口調でそう言った。
「…………」
敵将の予期せぬ言葉と、囚われの身となった俺への敵軍の対応。
何か裏があるのか――と更に警戒心を強める俺に
「そう警戒なさらずとも。確かに私は、アルマンディン王エリダヌス・アルゲランダー二世陛下より貴方様の御身柄確保の命を受けております」
「俺の身柄確保? 俺の首級を、じゃないのか?」
「それは我が王の御本意ではございません。確かに……このまま順当に行けば、貴方様をサザンに引き渡す事になるのは必至ですが、それは決して我が王の御意思ではないのです」
「サザンの属国だから、意に添わぬ命でも従わなければ仕方がないと? 今更、何をっ!? 『自分たちは被害者だ』とでも言いたいのかっ!? シドウィル・クリストバル坑道で俺たちを待ち伏せていたのはお前たちだろう!? それも意に添わぬ命だったのかもしれないが、あの時のお前たちは、“身柄確保”等ではなく、俺たちを皆殺しにするつもりだった筈だ!!」
俺の言葉を聞いた瞬間、ネメシスの顔色が変わった。
眉間に寄せた縦皺が彼の苦悩を伺わせる。
――解ってる。あれは、この人たちの所為じゃない――
そう解ってはいたが、言わずにはいられなかった。
「申し訳ございません。されど、あれは……あれこそ、我が王の御意志ではないのです。出兵を渋られていた王への、サザンからの圧力を危惧した一部の者たちに因る強行でございました。彼らも、ただ自国の安寧を願っていたのであって、決して……っ!」
「…………」
「我が国の中でも未だに意見は真っ二つに分かれております。このままサザンの陣中にて人としての尊厳を捨てて生き永らえるか。或いは、反サザン勢力に組して戦うか……」
「だが、この国に宣戦布告もなしに侵攻したのはアルマンディン王の意志なんだろう?」
「それは否定出来ませんが、それも苦渋の選択でございました。この国は唯一不可侵の国。下手に手出しすれば世界が滅ぶ。その伝説の効力は貴方様がお考え以上に近隣諸国に浸透しております。ですから、貴方様の御身さえ確保出来れば、我が軍は直ぐさま撤退を……」
「だから、俺がトゥバンたちを助ける為に侵入した事に気づきながら、それを黙認してたのか?」
「やはり、気がついておいででしたか。はい、左様にございます。けれど、貴方様だけは見逃す訳には参りませんでしたので」
「…………」
「しかし、トゥバン・クリューゲル等を逃がす為に貴方様が囮になるとは夢にも思いませんでした」
(いや、違うな。この方ならそうなさるだろうと解っていたからこそ、私はこの作戦を採ったのだ。あの方の血を継ぐ、この御方なればこそ……)
「たった御一人で、彼等を助けに来られる事自体、感心出来る事ではございませんが、彼らを逃がす為にご自身が囮になる等、言語道断! それは御身が断じてなされてはならぬ事なのですよ! 貴方様にはご自分が“王子殿下”なのだという自覚がおありですか!?」
「そんなものっ! 俺にはそんな資格も、力もない!!」
ハマルと共に避難壕を出た俺は、ハマルに頼んでシュトルーフェの軍施設が一望出来る小高い丘の上に案内してもらった。
其処で、施設の大まかな間取りをハマルに教えてもらった俺は
「お前は、避難壕の地下通路を通ってシュトルーフェから脱出するんだ!」
そう告げて、その場を後にした。
共に行く――というハマルの言葉には耳を貸さなかった。
ハマルをこんな危険な事に巻き込む訳にはいかない!
警備は思った以上に手薄だった。
そこに、何かしらの意図を感じない訳ではなかったが、躊躇している暇はなかった。
今の俺に戦う力はない。
立って歩くだけで精一杯の俺には、それは都合がいい事実だった。
いざとなったら我が身を盾にすればいい。
トゥバン達だけは何があっても逃がそうと、そう心に決めていた。
生きて戻れると、最初から思ってはいなかった。
「何を仰います!?」
ネメシスが叫んだ。
「今の俺はサザンの王子なんかじゃない! だけど、俺の身を差し出す事で、お前たちが此処から撤退してくれるなら、それでいい。その後の事も、サザンに俺を引き渡す事で、お前たちの安寧が得られるのならば、そうすればいいんだ!」
俺にはもう、そのくらいの事しか出来ないから。
「ロト王子殿下、貴方様は……」
その時、俄かに外が騒がしくなった。
一体何事が起こったのか……とネメシスが部屋の扉を開けようとした途端、突然爆発音が響き渡った。
振動で部屋が揺れる。
「大変です、提督! 反乱軍です! 反乱軍がシュトルーフェ軍と手を結んで軍施設の奪還をっ!」
「何だとっ!?」
言葉とは裏腹に、ネメシスの表情にさほど変化は見られない。
「反乱軍、って?」
俺の問いに
「今の、サザンの属国と化した我が国の状態を良しとしない者たちの組織軍です。やはり、彼らは動いたか」
(ほう、流石に鋭い)
ネメシスは俺の言葉を聞いてニヤリと笑った。
「さほど時間はかからぬ筈。直ぐに決着はつきましょう。 貴方様は此処でただお待ち下されば良いのです。さすれば貴方様が今、一番会いたい方にお会いになれますよ、ロト王子殿下」
補足ですが……
サザンからの圧力に出兵を余儀なくされたアルマンディン王エリダヌス・アルゲランダー二世は、腹心であるアルゴール・ネメシスと共にある策を考案しました。
それは、形だけはアル・サドマリクに侵攻し、取りあえずロトの身柄を確保。
しかし、反乱軍とシュトルーフェとの連合軍にロトを奪還され、撤退を余儀なくされる――というものでした。
なので、最初の侵攻も攻撃は派手でしたが、実は死者は一人も出てないんですね。
怪我人くらいは居たでしょうけどね。
勿論、ネメシスと反乱軍の指導者は内通してます。
実はネメシスとタラゼドも旧知の仲だったりするんですよ。
アルマンディン軍が侵攻して来た時は、その信じられぬ事態に愕然としたタラゼドですが、総指揮がネメシスと知って相対した時、ネメシスの本心を知る事になります。
まあこの時、若干怪我をしちゃいましたけど。
ハマルにロトを逃がすように言ったのは、多分ロトは逃げずに自分たちを助けに来るだろうという想定の元での行動だったのですが(その時に捕えるという名目で保護する為)ハマルには真実を知らせてなかったので(そんな暇はありませんでしたし)ハマルにとっては辛い使命になっちゃったんですけどね。
そして避難壕の扉を開けようと、ここまでロトが無茶をする事も想定外ではあったのですが。
「時の道標(みちしるべ)」はあくまで、ロト視点(ロトの回想)なので、中学時代に描いていた漫画とは違い、全体像がなかなか見えなくて解り辛い話になっております。
なので、こうして時折り補足が入る事をお許し下さいませ。




