~第四話~
どれくらい刻が経ったのだろう?
避難壕の中は既に真っ暗になっていた。
明かり窓から微かに星空が見える。
辺りはしーん……と静まり返っていた。
爆発音も、もう聞こえない。
戦闘は終わったのか? 一体、どうなったんだ?
タラゼドさんは、ハマルは無事なのか?
ぼんやりとした頭でそう思った。
声は涸れ、起き上がる気力も体力も疾うに尽き果てていた。
出血は止まらない。
このまま血が流れ続ければ、動けなくなるのは時間の問題だ。
俺は此処で死ぬのか?
それでいいのかもしれない。
既にこの世にはない筈の命だった。
本来ならば、死なずに済んだ人々を犠牲にして生き永らえた命に何の価値がある?
もういい、疲れた。このまま静かに眠りた、い……。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「………………ん……」
一瞬、空耳かと思った。
「オ…………ス……に……ちゃん」
ハマル、の声? まさかっ!?
「……ハマ、ル? ハマルなの、か!?」
思わず飛び起きた。
その途端、凄まじい激痛と貧血に因る眩暈に襲われたが、そんな事に構ってはいられない。
「ハマル? 其処に、居るのか!?」
「オリオニス……お兄ちゃん? 良かった! 待ってて。今、扉を開けるから!」
「扉を開ける? 此処の鍵を持ってるのか? 何で、お前が?」
「父さんに頼まれたんだ。暗くなったら、オリオニスお兄ちゃんをお連れしろって」
そう言いながらハマルは扉の鍵を開けた。
しかし、避難壕の頑丈で重い扉はハマルの力では開かず、俺が中から力を貸す。
その為に更に背中の傷口が開いたが、そんな事を気にしてはいられなかった。
「ハマルっ!」
ハマルの姿を見た途端、俺は思わずハマルを抱きしめた。
「お兄、ちゃん?」
「俺なら平気だ。少し傷が開いただけだから。それより何処に行くんだ?」
ハマルは無傷という訳ではなかったが、逃げる時に転んだ擦り傷と掠り傷程度だった。
俺はホッと胸を撫で下ろす。
「これ、お兄ちゃんに渡してくれって」
ハマルは俺に折り畳まれた小さな紙片を差し出した。
かなり急いでいたような、書き殴った文字。
それは――
アルマンディン軍の侵攻を察知した時点で、トゥバンがアドラ・ジャウザ王に援軍を要請した事。
俺にハマルと共にシュトルーフェを脱出して王都に向かうように――という内容が書かれたタラゼドからの伝言だった。
「この避難壕には、この扉の他にもう一つ隠し扉があるんだよ。其処からこの村の外まで地下の空洞を利用して造った秘密の地下通路があるんだ。凄く入り組んでて迷路みたいになってるから、道を知らないと迷子になっちゃうんだけどね。ぼくと一緒なら大丈夫だよ。僕について来て、オリオニスお兄ちゃん!」
「…………」
「あっ……でも、その前に傷の手当しなくちゃ駄目だよね。待ってて、ぼく何か手当て出来るもの探して来る!」
「いや、いい!」
言い終わるや否や、走り出そうとしたハマルを呼び止める。
「下手に動いてアルマンディンの奴らに見つかったら元も子もない! それより包帯を巻き直すのを手伝ってくれ。きつめに巻けば、止血の役目をしてくれる」
「う、うん」
不本意そうな返事だったが、ハマルは素直に俺の言葉に従ってくれた。
ハマルの手を借りながら包帯を巻き直す。
「じゃあ急ごう、お兄ちゃん。早く此処から離れないと……」
「その前に一つだけ聞いていいか?」
「何?」
「タラゼドさんたちは無事なのか? 何処に、居る?」
「えっ?」
ハマルの表情が変わる。
「彼が無事なら、お前にこんな危険な事をさせる訳ないよな?」
「っ!」
「どうなんだ、ハマル? タラゼドさんは……トゥバンさんはどうなったんだ? まさか……」
その瞬間、ハマルの瞳から大粒の涙が零れ落ちた。
「つ、捕まっちゃったんだ、父さんも長老様も……みんな! ぼくだけ何とか、父さんが逃がしてくれて、『隠れてろ』って。そして『暗くなったらお兄ちゃんの処に行け!』って、鍵とその手紙を渡されたの。ごめんなさい。お兄ちゃんに『その事は絶対に言うな!』って言われてたのに。でも父さん、長老様を護ろうとして怪我もしてるし、ぼく心配……で」
堰を切ったようなハマルの告白。
泣きじゃくるハマルは、その後の言葉を続けられなかった。
きっとタラゼドさんたちの事が心配でたまらなかったんだろう。
けれどハマルはハマルなりに、父親から託された使命を果たそうと頑張っていたんだ。
この小さな心と身体で精一杯。
「そうか、分かった。心配するな、ハマル。タラゼドさんたちは俺が助けるから」
「えっ? でもお兄ちゃん、そんな怪我してるのに……」
「大丈夫。俺に良い考えがあるんだ」
もう俺の所為で誰かが犠牲になるのは嫌なんだ。
――必ず助ける! 俺の、この命に代えてもっ!――
補足ですが……
切り立った崖が連なる天然の要塞に隔てられたアル・サドマリクとアルマンディン。
この二つの国を行き来するにはシドウィル・クリストバル坑道を使うか、クドリアビー砦を通るかの二つしか選択肢はありませんでした。
しかし、坑道は落石事故の為に長い間放置され、唯一の接点はこのクドリアビー砦のみ。
その為に、このクドリアビー砦を擁するシュトルーフェは、対アルマンディンに対する備えをしてきたんですね。
かつては、それ程の必要性はありませんでしたが、アルマンディンがサザンに屈服してからは切実な問題になってました。
トゥバンの屋敷内の避難壕の隠し扉からシュトルーフェを脱出出来るように造られた秘密の地下通路は、そういう事情で建設されました。
通路は追手に備えて迷路になってます。
ハマルはトゥバンの孫なので、この通路の正確な道筋を知っているのです。
……というか、ハマルの遊び場所でした。




