~第二話~
「わざわざ御足労頂き、真に申し訳ございません。ですが、貴方様に是非ご覧頂きたいものがありましたので」
そう言いながら老人は深々と頭を下げた。
「あっ! いえ、そんな事は……」
恐縮しながら、俺も頭を下げる。
けれど、その老人の言葉や態度に俺は違和感と不信感を抱かない訳にはいかなかった。
村の若者や子供たちはそれほどではなかったが、ある一定の年齢以上の者たちの俺に対する態度がどうもおかしい。
……と言うよりは、このハマルの父タラゼドも最初からそうだったが、何故か俺に敬語を使う。
目の前にいる老人は、このシュトルーフェをアドラ・ジャウザ王から任された領主であり“長老様”と村人から敬われる識者だった。
――何で俺に遜る必要があるんだ?――
俺が通されたのは、客人(それも貴賓)を持成す為の豪奢な応接間。
扉を入った正面には暖炉が設えてあったが、その上部の壁には光沢のある上等な深紅の布地に金糸で刺繍を施した美しい帳が下りていた。
「私は、このシュトルーフェをアドラ・ジャウザ王から任されております……トゥバン・クリューゲルでございます」
そう名乗りながら、老人はタラゼドに目配せをした。
それを見たタラゼドはハマルを連れてそそくさと部屋から出て行く。
――人払い? 一体、何の為に?――
俺の不安を見透かしたようにトゥバンは
「貴方様に見て頂きたいものとは、これの事でございます」
そう言いながら帳を開けた。
「……っ!?」
「これは、前のサザン王レグルス・ナスル陛下の御年16歳の砌のお姿を写させて頂きました肖像画にございます。これより半月ほど後にレグルス様は即位され、この肖像画を描かせて頂いた折が最後でございましたが、あの頃は、第一王女のグロディア様、そして現王で在らせられるアドラ様とよくこの地をお訪ね下さいました」
――これが、レグルス・ナスル王……俺の父上!?――
俺は食い入るようにその肖像画を見つめていた。
俺は父に似ているとよく言われたけど、確かに似てる。
16歳……俺より少し上の父上。
髪と瞳の色が同じならば本当に瓜二つだ。
でも、やっぱりフリーが言ったように、それが違うだけで印象って変わるんだな。
暖かい春の陽射しのような方だ……と母上も仰っておられた。
栗色の髪とセピア色の瞳の、全てを包み込むような優しくて柔らかな微笑み。
「貴方様はレグルス様によく似ていらっしゃいますね」
「っ!?」
背後からのトゥバンの思いがけない言葉に、俺は身構えながら振り返った。
俺の素性を知っている? まさか、初めから気づいてたのかっ!?
「そう、ですか? 髪も……瞳の色も違いますし、他人の空似だと思いますが……」
苦しい言い訳に過ぎないと自分でも思う。
何とかこの場を取り繕わなければ……と必死だった。
けれど、よくよく考えると、山賊に襲われた何処の馬の骨とも知れない子供を、これほど親身になって世話してくれる方がよほどおかしい。
何か魂胆があるのか、それとも……?
だが、トゥバンは何も言わずに黙って俺を見ていた。
それは多分、時間にすればほんの数秒だったのだろうが、俺にとっては数十分にも感じられる長い時間だった。
「そうですね、貴方様がそう仰るのならば……そうなのでしょう」
含みのある言葉。
トゥバンは帳を元に戻すと、俺に椅子に腰かけるように促してから、自分もゆっくりと向かい側の椅子に腰を下ろした。
そして、唐突に話題を変える。
「此処は王都から離れた辺境の地。何故こんな処に王子殿下方が……とお思いになられると思いますが、此処はアルマンディンと国境を接し、クドリアビー砦を擁する要の地でございます。……が、それは表向きの理由に過ぎず、真の理由は、この地が彼の伝説の英雄王生誕の地であり、世界を滅ぼそうとした“魔獣ツイホォン”を封じた地であり、その際に王が使用したとされる“アマラントの青い石”が眠る場所でもあるからです」
「っ!!」
英雄王生誕の地? 此処が?
世界を滅ぼす魔獣に、アマラントの青い石?
でもそれって、英雄王の冒険譚に華を添える単なる伝説に過ぎないんじゃ……?
そう思いはしたが、敢えて口には出さなかった。
何か言うと、却って墓穴を掘る事になる様な気がしていたし、そんな事は自分には関係のない話だと思ったからだ。
しかし……
「こんな話に関心はございませんか?」
「あっ、いえ! そんな事は……」
「お気を遣わずとも良いのですよ。ですが、こんなお伽話のような伝説をサザンは……いえ、サンダーは信じているようなのです。ですから、サザンと国境を接し、しかも辺境の小国に過ぎないこのアル・サドマリクが今尚、サザンの侵略を免れているのです」
「アル・サドマリクは唯一不可侵の国――というあの噂は、その伝説が基になっているんですか?」
「はい。下手に侵攻して、もし魔獣の封印が解けたら……。そして我が国に眠るというアマラントの青い石の力を恐れて、このアル・サドマリクに手が出せなかった。我が国が"対サザン"を公言しているにも関わらず、です。だからこそ、我が国はサザンの圧政に苦しむ人々の希望となっているのです」
「…………」
「そして、もう一つの……いえ、それこそが我らの最大の希望。伝説の英雄王と同じ髪と瞳を持ち、名君と名高かったレグルス・ナスル陛下の血を継ぐ御子。サザンの正当なる後継者、ロト王子殿下の御存命を……」
「や、やめて下さい! そんな事は、俺には関係ないっ!!」
「…………」
「サザンがどうとか、世界がどうとか! そんな事は俺には何の関係もないんだ! 俺にはそんな力はないし、そんな資格もない!!」
思わず口から出た言葉。
何も言うつもりはなかった。
目の前の老人が何を言おうと、ただ黙って聞いているつもりだった。
でも言わずには言われない。
――これ以上、俺を追いつめないで。
俺に何も期待しないで。
俺は何の力もない、哀れなただの子供に過ぎないんだ。
もう俺は、俺の所為で誰も失いたくない!――
身体が震える。
抑えようとしても抑えられない。
身体の傷は癒えようとも、心に負った深い深い傷が癒える事は永遠にない!
そんな俺の様子を黙ってみていたトゥバンは
「そうですね、貴方様には何の関係もない話をしてしまいました。申し訳ございません。老い先短い老人の戯言と、お聞き流し下さいませ」
そう言いながら、深々と頭を垂れた。
「ですが、最後にもう一つだけ」
そう言うと、真っ直ぐに俺を見据えながら
「何が正義で、何が悪なのか? そんな事は私には分かりません。しかし、サザンの圧政で人々が苦しんでいるのは紛れもない事実。サザンの力は強大です。けれど、この世に永遠に栄えるものなど存在しないのです。それが間違ったものであるならば、尚の事!」
「…………」
「そして、貴方様を最初に伝説の英雄王の名で呼んだのは他の誰でもない……ハマルです。あの幼子が何の潜入観念もなく、純粋な曇りない瞳で貴方様を見て“オリオニスお兄ちゃん”と呼んだ。決して、貴方様の外見だけを見て、そう呼んだのではないと私は思います。どうか、あの子が貴方様をそう呼ぶ事の“意味”を、もう一度よくお考えになって下さいませ」
レグルス・ナスル、16歳の頃の肖像画です。
思ったように描けなかったんですが、今回、肖像画はどうしてもアップしたかったので妥協しました。
これを見て誰かを思い浮かべて頂けたら成功かな、と。
でも、分かる方には分かるかと思いますが、全力でスルーして下さい。
……と言うか、色んな事が明らかになる時まで胸の奥に仕舞っておいて下さいませ。
なら、ネタバレさせるなよって話なんですけどね。




