~第一話~
ゆらゆらと、影が揺れる――
……誰?
誰かが、俺を抱いている?
大きな、温かい腕
でも、もういい。……もういいんだ!
俺をそっとしておいて
このまま静かに、眠らせてくれ
その方がいい
俺は、この世界には居ちゃいけない人間なんだ
誰も居ない
俺の大切な人たちは、みんな俺の所為で逝ってしまった
俺も逝くよ、みんなの処へ
父上、母上、フリー、ハーリス、じっちゃん……
テラ、リマリオさん、エリカさん……そして、セレナ
俺の大切な人たちが眠る、場所へ――
だから……もう俺を呼ばない、で……
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「まだ目を覚まさないね。大丈夫かなあ~? あれからもう、二週間だよ」
「ああ、助かったのが不思議なくらいの傷だったからな。心配なのは分かるが、そう頻繁に覗きに来るな。物音で目を覚ましたらどうする?」
(今はゆっくりと眠らせて差し上げなければ……)
「うん、分かってるよ。ごめんよ、父さん」
父親らしき男にそう窘められて、少年は僅かに開けていた扉を閉めようとした。
「あ……っ!」
「だから、静かにしろって……」
思わず叫んだ少年の声に、もう一度よく言って聞かせようと振り返った男は
「今、微かに動いたよ。気がついたのかもしれない」
「何だってっ!?」
少年の言葉に、男は思わず扉を開けて部屋に入った。
目が覚めた時、俺は自分の置かれている状況が俄かに理解出来なかった。
目の前に居るのは見知らぬ男と幼い少年。
頭の中が真っ白で、何も考えられない。
「此処は“シュトルーフェ”。アルマンディンとの国境に位置する小さな村です」
「……シュト、ルーフェ? アルマンディンとの、国境……?」
「はい。此処はアル・サドマリクですよ」
「アル・サドマリ、ク……?」
そうか。俺は、アル・サドマリクに入国出来たの、か?
俺、だけ? 俺、独りで?
みんな、は……!?
その瞬間、唐突に記憶が蘇る!
それは全身を貫く凄まじい喪失の痛みと哀しみ。
「あ……ぁああぁ、あ……」
苦しくて息が出来ない。
思わず起き上がろうとした俺を、山賊との戦闘で負った傷の痛みが襲う。
「あぅ! ぐ……っ!」
背中に走る激痛。そして左蟀谷の痛みと眩暈。
右腕には全く力が入らなかった。
「ま、未だ起き上がるのは無理です!」
男は慌てて俺をベッドに押し戻した。
「助かったのが不思議なくらいの怪我だったのですよ。暫くはそのままで、何も考えずにお休みになって下さい」
「……何故、助けた? あのまま死なせてくれれば、良かったのに。俺は、死んだ方がいい人間、なんだ!」
「何を仰います!」
男は俺の言葉を遮るように強い口調でそう言うと
「……兎に角、お話はもっと貴方の傷が癒えてからです。今は何も考えずに、傷を治す事に専念して下さい」
俺の頬を流れる涙をそっと拭うと、男は名残惜しそうな少年を促しながら部屋を後にした。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
それから、更に二週間が過ぎようとしていた。
「どうして俺に付き纏うんだ?」
何とか歩けるようになった俺の傍に何時もくっついて来る少年。
俺を助けてくれた男の息子で名を“ハマル”と言う。
確か、俺より五歳下だと言っていた。
「オリオニスお兄ちゃんが心配だからだよ」
独りになりたかったが、屈託のない笑顔でそう言われると、流石に無下には出来ない。
ハマルは俺を“オリオニスお兄ちゃん”と呼ぶ。
それは俺が事情を聞かれた時、山賊に襲われた事以外、自分の素性を明かさなかったからだった。
俺を助けてくれた人達を疑いたくはなかったが、用心に越した事はなかったし、何より俺がサザンの王子だと知られる方が、この人たちに迷惑がかかるのではないか――と思ったからだ。
だが、ハマルが呼ぶ名は紛れもなく俺自身の名。
何故この少年が俺の名を……と怪訝に思ったが、どうやら“オリオニス”とは、このアル・サドマリク建国の王、世界を救ったとされる伝説の英雄王の名前らしい。
「伝説の英雄王様は、何とか……オリオニス・アル・サドマリクっていうお名前なんだって。ファースト・ネームは伝わってないみたいなんだけど……だから、この国は“アル・サドマリク”って言うんだよ」
「…………」
「そのオリオニス様が綺麗な青銀の髪とエメラルド・グリーンの瞳だったんだ。ぼくね、オリオニスお兄ちゃんを初めて見た時、お兄ちゃんがそのオリオニス様じゃないかって」
「はあっ? 何で、俺なんかが?」
「だって! 初めて見たんだよ、そんな綺麗な青銀の髪。それは王家独特の髪の色だって聞いたけど、今の王様も青銀じゃないし……。現在その髪を持つのは、サザンに嫁がれた王様の姉上様だけだって長老様や父さんが言ってた」
「…………」
そうか、伝説の英雄王の名……。俺の名は、その王の名から採ったのか?
そう言えば、リンが俺の髪をやたらに羨ましがってたような?
母上と同じ髪の色ってだけじゃなくて、そういう意味もあったんだな。
でも……
「俺はそんな大層な人間じゃない。いや、むしろ逆の存在だな。俺は、この世には居ない方がいい人間なんだ。なのに何故、未だ生きてるんだろう?」
俺の言葉を聞いた瞬間、ハマルは今にも泣きそうな顔をしながら
「何で、そんな哀しい事を言うの? ぼくはお兄ちゃんを見た時ドキドキしたんだよ。こんな綺麗な人間が居るんだなあ~って! ずっと眠ってたから、どんな瞳の色をしてるんだろうって思ってたんだけど、目を開けた時、お兄ちゃんのエメラルド・グリーンの瞳がキラキラ光って見えたんだ。ぼくはお兄ちゃんを見てるだけで幸せな気持ちになるんだよ。これって凄い事だよね?」
「…………」
幼いハマルの言葉は、純真であるが故に真っ直ぐに俺の心に響いてくる。
けれど、今の俺にはその言葉は重荷にしかならなかった。
翌日、俺はハマルとその父タラゼドに連れられて、このシュトルーフェの領主であり、“長老様”と呼ばれる老人の屋敷を訪れる事になった。
そして、其処で俺は一枚の肖像画を見る事になる。
それは今は亡き俺の父――前のサザン王レグルス・ナスルの若き日の肖像だった。




