~最終話~
「馬鹿野郎っ! "顔を傷つけるな"と言っただろうっ!!」
頭の怒号が飛ぶ。
「すんません、お頭ぁあ~。てっきり剣で受けるとばっかり……」
「言い訳はいい! 兎に角、その小僧を押さえつけてろ! 娘の方をさっさと引き上げるぞ! 小僧の力ではお嬢ちゃんをそう長く支えられんだろう。意識が朦朧としてる今の状態なら尚更だ! 二人もろ共谷底へ……なんて事になったら目も当てられん!」
左手の剣を奪い取り、数人の男たちが俺の身体を抑えつけると、“頭”と呼ばれる男が寝そべってセレナの方に手を伸ばした。
「お嬢ちゃん、今助けてやるからな」
「やめろっ! セレナに触るなっ!!」
男たちに動きを封じられながら無理に身体を動かそうとした所為で、セレナを支える右腕が岩に擦れて更に傷が悪化する。
傷口から流れる血は、腕を伝わってセレナの頬に零れ落ちた。
「ロト、血が……っ!」
「大丈夫。俺は、大丈夫だから!」
「ロト、私の事は……もういいから。貴方だけでも逃げて!」
「そんな事、出来る訳ないだろう! 君は俺が必ず助けるから!」
「ロト……」
(このままじゃ、私たちが賊の手に落ちるのは時間の問題。そして、そうなれば、私たちに待っているのは……)
――さっきロトは私を護る為に力を使おうといていた。
あれほど嫌がっていた力を、私の為に……。
でも、力は発動しなかった。
多分あの"暴走"の所為で、ロトは力を使えなくなってるんだ。
ごめんね、ロト。私が足手纏いになってるよね。
私さえ居なければ……
貴方だけなら、たとえ力が使えなくてもこの場を切り抜けられる筈だもの。
私は、ね。ほんとは貴方に護ってもらう立場じゃないの。
私が貴方を護らなくちゃいけないんだよ。
許嫁なんて名ばかりで、私は貴方の臣下の一人に過ぎないんだから。
貴方はサザンの次代の王。
この世界に残された最後の希望。
貴方だけは何があっても生きなきゃならないの!
ううん、それは違うね。
そうじゃなくて、私が貴方に生きて欲しいの。
ごめんね、ロト。
出来る事なら、ずっと貴方と一緒に生きていたかった――
セレナは矢庭に腰に差していた短剣を抜いた。
そう言うと、彼女は剣の柄の部分で俺の手首を思いっきり打ち据えた。
そうしなければ俺が手を放さないと彼女は悟っていたのだろう。
――最初は頼りなくて、同い年なのに年下のようで……
護ってあげなくちゃいけない可愛い弟みたいに思ってた。
何時からだろう?
貴方を頼もしいと思うようになったのは。
何時からだろう?
こんなにも貴方の事を好きになったのは。
ごめんね、ロト。
私が死ねば、貴方は独りぼっちになってしまう。
貴方がどれだけ私を大切に想ってくれてるか
私、知ってるよ。
私を失ったら貴方がどれほど嘆くのかも、ちゃんと解ってる!
だから、これは私の我儘なの。
ごめんね、ロト。
私に貴方を護らせて。
私は貴方が大好きだよ。
だから、貴方に生きていてほしいの――
「セレナぁあああ――――――っ!!」
彼女が谷底へ落ちて行く様は、まるで金の花びらが舞い落ちるようだった――
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「あ、あぁあ~っ。何てこったい! お前らがくずくずしてるから、とんだ損失だぜ! 此処から落ちたら、まず助からねぇ~。仕方ねぇなあ~この小僧だけで良しとするか」
「お嬢ちゃんと一緒に飛び降りかねない勢いだったからな。抑えつけてて正解だったぜ。随分大人しくなったじゃねぇか。お嬢ちゃんが死んだのがそんなにショックだったのか? まあ、こっちはその方が都合がいいけどな。アジトに戻ったら俺様が優しく傷の手当てをしてやるよ」
そう言いながら手下の一人が俺の身体を小脇に抱えた。
「……お………………だ……」
「え……っ? 何だって?」
「お…………の、せ……だ!」
「頭ぁ~! こいつ、さっきから何かブツブツ言ってますぜ。お嬢ちゃんが死んだショックでおかしくなっちまったんじゃあ……?」
「何だとっ!?」
アジトに戻ろうとしていた盗賊たちだったが、俺を担いでいる男の言葉に、前を歩いていた“頭”と呼ばれる男は歩を止めて振り返った。
「お前……たち、の……。お前たちの、所為だ――っ!!」
その瞬間、俺は俺を担いでいた男が腰に差していた剣を奪って盗賊の頭に切りかかった。
腕力では到底敵わないが、相手の意表を突いた事と俺の瞬発力も加わって盗賊の頭は身構える間もなく背中から地面に倒れ込んだ。
俺はその上に馬乗りになって、その男の息の根を止めようと剣を振り翳した。
それは俺が生まれて初めて他人に対して向けた明確な殺意。
理性では分かっていた。
こうなったのは誰の所為でもない、全てはこの俺の所為。
俺が、俺に係わる全ての人たちを不幸にした。
そんな事は分かっている!
けれど感情がついて来ない。
セレナを失った哀しみを、痛みを……ぶつけられる“もの”が欲しかった。
そうでなければ終われない! 俺はもう、止まれないんだ!!
だが、振り翳したその剣が男に届く事はなかった。
「えっ……?」
一体、何が起こったのか?
それすらも分からぬまま、俺の身体はゆっくりと地面に崩れ落ちた。
夥しい血が大地を染める。
「すんません、お頭ぁ~。でもお頭が危なかったんで、つい!」
俺の背中には剣で切られた無残な傷がぱっくりと大きな口を開けていた。
「やっちまったもんは仕方がない。これだけの出血だ。このまま放っておいても助からないだろうが、俺たちの顔を見られてるしな。もしもの事もある――止めをさせ!」
盗賊の頭の声が微かに聞こえる。
そうか。……俺は死ぬ、のか? ――そう思った。
そうだな。その方が、いい。
俺がこの世から消えてなくなれば、もう俺の所為で誰かが犠牲になる事もない。
セレナが居ない世界で生きてたって、意味がないんだ!
意識が遠のいて行く。
そして俺は、暗闇の中に落ちて行った──




