~第六話~
「何という事だ……」
その人物は、目の前に広がる光景を見て言葉もなく、暫し呆然とその場に立ち尽くした。
其処には何もなかった。
アル・サドマリクとアルマンディンを隔てる“天然の要塞”と呼ばれる切り立った岩壁の一部も無残に崩れ落ち、シドウィルとクリストバルを繋ぐ坑道の入り口も落石によって塞がれていた。
中がどうなっているのかは外からでは分からない。
何か巨大なエネルギーの爆発で全てが消滅したとしか考えられなかった。
多分、アルマンディンの兵士たちは何が起こったのかさえ知る由もなく、この世から消え去ったのだ。
亡骸どころか、此処が戦場になった痕跡さえも残されていない。
だが――
「ハーリス大臣、グロディア王妃。そしてフリー・サルガス、貴様までが……」
三人の亡骸だけが、まるで何事もなかったかのように、その場に残されていた。
「私をわざわざ呼び戻したのは、こういう事だったのか! 全ては私をロト王子から遠ざける為……」
その人物は拳を握りしめた。
悔しさと憤りで、噛み締めた唇に血が滲む。
巨大なエネルギーの爆発。
それが力の暴走である事は容易に想像出来た。
それでもグロディアたちの亡骸が……その周囲だけが、依然と変わらぬ状態を留めているのは、其処だけに防御壁が張られていたから。
「ロト王子は自我を失ってさえも尚、彼等を護ったのだ。捜さなければ、何としても……」
――王子とセレナ姫、二人の行方を!――
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「もう鬼ごっこはお終いですかねぇ~?」
男たちは薄ら笑いを浮かべながらそう言った。
「…………」
俺はセレナを背後に庇いながら、一歩、二歩と後退る。
だが……
「それ以上退がると、谷底に落ちて一貫の終わりだよぉお? そろそろ観念したらどうだい? 悪いようにゃあ~しねえからさぁ~」
男たちの中の一人が猫なで声を出す。
「くそ……っ!」
そんな言葉を信じられる筈がない。
どうやら男たちはこの辺り一帯を根城にする山賊のようだった。
追手に遭遇するのを極力避けてアル・サドマリクに入国する為に、俺とセレナは“天然の要塞”と呼ばれる切り立った崖が連なる険しい山脈を越える道を選択するしか術はなかった。
危険は承知していたが、まさか此処で盗賊の類と遭遇するとは夢にも思わなかった。
相手は俺たちの素性を知っている訳ではない。
追手でない事は不幸中の幸いだったが、相手の狙いが金品ではないのが逆に俺たちには災いしていた。
「セレナを護らなければ! こんな奴らに捕まったら、どんな目に遭わされるか分からない!」
逃げ切れるのならば、それが一番良かった。
だが執拗で、しかも土地勘がある彼等は二手にも三手にも分かれて道を塞ぎながら、容易に俺たちを逃げ場のない場所に追いつめた。
前には山賊。
後ろは……落ちれば、ただでは済みそうもない谷底になっていた。
後一歩でも退がると足場はない。
カランカラン……と小石が谷底に落ちて行った。
俺は剣を抜いて男たちと相対した。
力は、あれ以来一度も使ってはいない。
否、怖くて使えなかった。
「おお~怖い、怖い! そんなか弱そうな腕で剣なんて振り回せるのかなあ~? お姫様を護る為に命を懸ける王子様ってとこかあ~? 悪い事は言わねぇ~やめとけ、やめとけ! 怪我するだけだぜぇ! その綺麗な顔に傷でもついたらこっちが困るんだ!」
「な……っ!?」
「そんな意外そうな顔しなさんな。そっちの可愛い子ちゃんは言うまでもないが、お前さんくらいの歳だと男でも引く手数多なんだぜ。しかも、それほどの器量してりゃあ~いい値がつく」
「こんな処にこれほどの上玉が居るとは思わなかった。ほんと、めっけもんだぜ!」
獲物を追いつめた猟犬のように、囃し立てる男たちの笑い声が妙に耳に触る。
俺たちを捕まえて売り飛ばすつもりなのか?
こいつら金品目当ての盗賊ってだけじゃなく、人身売買も生業にしてるのか!?
それは精神的な……否、肉体的にも感じる凄まじい嫌悪感。
あくまで抵抗しようとする俺たちに
「少しは痛い目に遭わせた方がいいようだな。その方が今後の為だ。ただし顔は傷つけるなよ。身体の方も傷が残らない程度に、だ」
頭らしき男の号令で男たちが俺たちの方ににじり寄る。
だが、剣を抜いてはいない。
俺を組み伏すくらい素手で充分だと奴らは高を括っているのだろう。
「甘く見るな!」
こんな山賊どもをかわす位、訳はない。
だが俺の身軽さに業を煮やした男の一人が、腕力に物を言わせて思いっきり俺を突き飛ばした。
「危ない、ロトっ!」
セレナがその俺の身体を支え様とした瞬間、その反動で彼女は岩場から足を踏み外した。
俺は持っていた剣を捨てて、右手でセレナの手首を掴んだ。
辛うじて彼女の身体を支える事が出来たが、その際に岩肌で傷を負ったのだろう。
俺の腕から血が流れ落ちた。
「ほら見ろ、言わんこっちゃない! お嬢ちゃん待ってな、俺様が引き上げてやるからな!」
「止めろ! 俺たちに近づくなっ!!」
俺は咄嗟に近くに落ちていた剣を左手で掴んで威嚇した。
男は半ば呆れた顔で
「痩せ我慢はいい加減にしな! そのままじゃ二人ともお陀仏だぜ! 少し静かにしてろ!」
そう言いながら俺を目掛けて剣を振り下ろした――剣は鞘に入ったままの状態だったが――多分、男は俺が左手の剣でそれを受けると思っていたのだろう。
だが俺は、剣ではなく“力”を使ってそれを弾き返そうと思っていた。
出来れば“力”は使いたくなかった。
でも、もうそんな事を言ってはいられない。
このままではセレナを護れない。
俺は剣だけではなく山賊もろ共後方に弾き飛ばして、その隙に念動力でセレナを引き上げ、この場を離脱しようと思っていた。
けれど……
「……っ?」
目の前が一瞬、真っ暗になった。
――力が発動しない? どうし、て……!?――
思う間もなく、男の剣は俺の蟀谷に直撃して血飛沫が舞う。
「ロトっ!?」
「セ、レナ……」
ダ、ダメだ。気を失っちゃダメだっ! この手を放したら、セレナがっ!!
蟀谷から流れる血が左目に入って視界がぼやける。
それでも俺は、握りしめたセレナの手を放さなかった。




