~第五話~
要らない
こんな力、要らない
誰も護れない
大切なものを護れずに
ただ他人を傷つけるだけの力なら……
こんな力、ない方がずっといい
要らなかったんだ、最初から……
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
パチパチっと焚き木が爆ぜる音が直ぐ傍で聞こえた。
しとしと……と微かに雨音も聞こえてくる。
――雨が、降ってるのか? 此処、は?――
「寒……っ!」
背筋に悪寒が走った。
「ロト……? 気がついたのね、良かったっ!」
焚火に小枝や落ち葉を焼べていたセレナは、俺を見るなり嬉しそうにそう言った。
「大丈夫?」
「あ、ああ……痛っ!」
起き上がろうした瞬間、凄まじい頭痛に襲われて倒れかけた俺を、セレナが支えてくれた。
「無理しちゃダメ! 少し熱があるみたいだし」
セレナは俺の為に火勢を強くしようとしてくれていたところだった。
其処は何処かの洞窟の中だった。雨風を凌ぐのには丁度いい。
……雨音はさっきより激しくなっていた。
「君が俺を此処まで運んでくれたのか?」
「ううん、ロトは自分で歩いて来たのよ。私は手を貸しただけ。……覚えてない?」
「そう、だったかな?」
そう言われてみれば、そんな気もする。
薄っすらと覚えている。
セレナに支えられながら、俺は確かに自分の足で此処まで歩いて来た。
その後の記憶はぷっつりと途絶えているが……。
「何時までもあの場に留まって……敵の援軍にでも来られたら、どうしようもなかったから。皆の亡骸を置き去りするのは……忍びなかったけれ、ど……」
そこまで言うと、それまで気丈に振る舞っていたセレナの瞳から涙が零れ落ちた。
無理もない。
セレナにとってハーリスはたった一人の肉親。
母グロディアは彼女の師であり理想の女性だった。
そしてフリーは……彼の存在がどれほど心強く、そして彼女の心を癒してくれただろう。
俺などより遥かに長い時間、彼女は彼等と苦楽を共にしてきたのだ。
俺とセレナはそのまま肩を寄せ合って、声の枯れるまで泣いた。
力を持つ者が、持たない者に力を行使する事は一方的な虐殺に過ぎない。
綺麗事だと言われようと、誰も傷つけず誰も死なせずに済めば、それが一番良いに決まっている。
でも、その俺の甘さが、誰よりも大切な者たちの命を失わせてしまった。
そして結局、俺の暴走した力は、あの場に居た全ての者の命を奪ったんだ。
手加減などせず、最初から敵を皆殺しにすれば良かったのか?
そうすれば、少なくとも俺の大切な人たちだけは護る事が出来たのかもしれない。
でも自分たちさえ良ければ、それでいいのか?
彼らはただ、命令されて俺たちを襲っただけだ。
俺たちに個人的な恨みを持っている訳じゃない。
彼らにだって家族も大切な人も居るだろう。
そう思うから、誰も傷つけたくなかったのに……。
俺は一体どうすれば良かったんだ?
誰もが俺を残して去って逝く。
そうだ。
テラもリマリオさんもエリカさんも――俺と係わり合いにさえならなければ、死なずに済んだのかもしれない。
全ては俺の所為。
俺の存在が皆を不幸にしたんだ !
力が暴走した時、俺は暗い暗い……底なし沼に落ちて行くような感覚だった。
でも"それでいい"と思った。
このまま俺が消えてなくなれば、もう俺の所為で他の誰かを哀しませる事も、失う事もない。
そう思っていた。
けれど、その暗闇の中、落ちていく先に微かな“光”が灯った。
それは優しい黄金の光。
小さいけれど力強く輝く、セレナの魂の光だった。
俺には未だ護らなければならないものがある!
そう思った途端、涙が溢れた。
セレナは俺に残された最後の希望。
俺は彼女を護る為に生きようと思った。
俺は未だ死ねないんだ!
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
サザンの次代の王レグルス・ナスルの後継としてサンダーと戦う為にアドラ・ジャウザ王の協力を仰ぐ。
そんな事は現在の俺には考えられない。
けれど、セレナを護る為にはアル・サドマリクに逃げ込んでアドラ・ジャウザ王の保護を求めるのが最善の道だと信じた。
しかし、それは予想以上に困難な道程だった。
シドウィル・クリストバル坑道は使えない。
その上、俺とセレナの生存はサザンにはもう知られているのだろう。
国境の警備は更に厳しくなっていた。
二人だけの命懸けの逃避行。
それは俺たちの絆を更に強くする。
この世界で信じられるのは互いしか居ない。
そう思った。
俺は彼女さえ傍に居てくれれば、他には何も望まない。
セレナ、君が好きだよ。この世界の誰よりも。
多分、初めて逢った時からずっと……この想いは変わらない。
俺は君を護る為なら、何だって出来る!
けれど……積み重なる喪失の痛みと力の暴走に因る肉体的なダメージと、常に追手に脅える日々。
飢えと寒さ――過酷な逃亡生活が俺の身体に齎しつつある異変に、この時、俺は未だ気づいていなかった。
――それが更なる悲劇を呼ぶ――




