~第四話~
「ロト……ど、の……」
母グロディアは最期の力を振り絞って俺の頬に手を伸ばした。
「母上っ!」
優しく温かな母の手の感触。
けれど、その温かさが少しずつ失われていく。
「あの言葉を……。貴方の父君、レグルス・ナスル陛下の最期の御言葉を、どうか……忘れずに。私は、貴方を息子に持てて……本当に幸せ、でし……た……」
「母上?」
「見守って、いますよ。レグルス様と共に……貴方の行く末を。私たちは何時も、貴方の傍……に…………」
ぽとり……と、母の手が彼女の胸の上に落ちた。
「母上っ?」
「グロディア様!?」
「あ……」
声が出ない。
その瞬間、まるで俺と母だけが異空間に迷い込んでしまったような……そんな気がした。
何も見えない。何も聞こえない!
俺はただ、母の亡骸を抱きしめる事しか出来なかった。
けれど……
「王子、何をしてるっ!? しっかりしろ! 此処は戦場だっ!!」
フリーの切羽詰まった声に思わず我に返った。
何時の間にか防御壁は消滅していた。
喪失の哀しみで胸が痛い! 身体が、動かない――っ!!
だが非情にも、フリーの言う通り此処は戦場。
しかも敵の狙いは俺の首級。
戦意を失い無防備にその場に座り込んだ俺は、彼らにとって絶好の標的でしかない。
「王子ぃ――――っ!!」
その叫びが、俺が聞いたフリーの最期の言葉だった。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
顔を上げた俺の目に映った光景。
それは、俺とセレナを庇って無数の矢と敵兵の刃を一身に受けるフリーの後ろ姿。
俺の声に応えるようにフリーは振り向くと、微笑みながら小さく頷いた。
王子と姫が無事なら、それでいい!
心配するな。俺は大丈夫だから――そう言っているようだった。
まるで何事もなかったかのように。
――なあ、王子。俺は貴方に一つだけ嘘をついてた。
前に貴方に『俺が父上に……レグルス・ナスル王に似てると思う?』って聞かれた時、『俺は思った事もないぞ、そんな事』って答えたよな。
あれは嘘だ。
いや、嘘って言ってしまうと語弊があるかなあ~?
確かに髪と瞳の色の違いで受ける印象は違うんだ。
でも貴方はもっと奥深いところでレグルス陛下に似ている。
その外見だけじゃなく、想いがな。
限りなく優しくて、強い。
今の貴方にはレグルス陛下の存在は重荷かもしれない。
だが、何時か陛下の事を……。
貴方が陛下の血を継いでるいる事を誇りに思える日がきっと来る。
そして、その時こそ貴方は、陛下を超えていけると俺は信じてるんだ。
それにしても、まだ死にたかねぇなあ~。
もっと貴方の傍に居てやりたかった。
臣下の分際で、不遜な想いだと分かっちゃ~いるが、俺は貴方を歳の離れた弟。
否、無二の友だと思ってた。
まるで息子のように可愛くて、愛おしかったんだ――
フリーは槍や弓が何本も刺さったままの状態で一歩、二歩と歩み出た。
その鬼気迫る様相に敵兵たちは恐れをなして後退る。
死しても尚"王子たちを護るんだ!"というその強固な意志のままに。
――姫と幸せになるんだぞ。王子、貴方は決して不幸になっちゃ駄目だ!――
彼は両腕を広げた状態で立ったまま絶命する。
俺はそれを身動き一つ出来ず、ただ見ている事しか出来なかった。
……何で?
フリー、どうして……こんな事に、なる?
「ロトっ! ダメぇえええぇぇ――――っ!!」
セレナの必死の叫びも届かなかった。
心の奥底から湧き上がる己自身に対する怒りと喪失の哀しみ。
その凄まじい“想い”は“力”を伴って暴走する。
「何だっ? この爆発音と地鳴りはっ!?」
その衝撃波は数十キロも離れたシドウィルにも届いていた。
「王っ! アドラ・ジャウザ王、大変です! 坑道が、シドウィル・クリストバル坑道が崩れ落ちました!!」
「何だとっ!?」
――一体、何が起こっている? 姉上、ご無事か? ロト王子っ!?
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
それはエリカの時と同様だった。
否、あの時とは比べ物にならない凄まじい“力”の爆発!
俺自身にも制御不能な力は、全てのものを飲み込んでいく。
その巨大な力の奔流の中で、だがセレナは……防御壁を張って辛うじて耐えていた。
「いいえ、違う。分かっている! これは私の力じゃない! 私の消えかけた力で、この凄まじい力を防げる筈がない。意識がなくても、たとえ自我を失っていても……ロトは私を護ってくれている。でも、このままじゃいけない。この力はロトの身体だけじゃなく、心まで壊してしまう! 止めなければ……何としても、この私の命に代えてもっ!」
セレナは防御壁を解除して俺を抱きしめた。
我が身を顧みない無償の行為。
そう、あの時のハロルドのように。
そして俺の心に直接語りかける。
それはセレナに残された最後の“力”。
“俺を護りたい”と願う彼女の想いの強さによって増幅された、ただ一度の“奇蹟の力”だった――




