~第三話~
サザンの内乱で、物心ついた時には既に父と母と、その一族の大半を失っていたセレナにとって、ハーリスは唯一の肉親に等しかった。
左大臣ハーリス・カウス・アウストラリスの孫娘――アウストラリス公爵家の姫君として生を受けた彼女は、世が世ならば戦場などという場所とは凡そ縁のない、恵まれた生涯を送れる筈だった。
けれど、時代は彼女にそれを許さなかった。
幼い頃から“戦士”として生きてきた彼女は俺よりずっと、大切な者を失う痛みも哀しみも味わい続けてきた筈だ。
でも、だからと言って、その感情に慣れる事など出来る訳がない。
「お祖父様……」
ハーリスに縋って動こうとしない彼女の手を取って、俺は半ば強引にその場を離れた。
出来る事なら、ハーリスをそのままになどしたくはなかった。
最愛の祖父を亡くした哀しみは俺自身が一番よく知っている。
あの日……逃げるように故郷の村を旅立ったあの時、俺はじっちゃんと共に死んでもいいとさえ思っていた。
じっちゃんの亡骸を置き去りにする事など到底出来なかった。
多分、セレナも同じ気持ちなのだろう。
だから動けない。
でも、それではハーリスの死が無駄になってしまう。
彼の最期の願いはセレナの生――彼女が幸せに生きる事。
俺はその願いを叶えてやりたい。
否、何よりも俺自身が彼女を護りたかった。
セレナは俺より遥かに強くて、俺はその想いとは裏腹に何時も彼女に助けられてばかりだった。
――今度こそ、俺がセレナを護らなければっ!――
今まで一度も見た事がなかった、頼りなげな……今にも崩れ落ちそうな彼女を見て、俺はハーリスと己自身にそう誓った。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
俺はセレナの手を引いたまま戦場を駆け抜けた。
周囲に張った防御壁で敵兵を弾き飛ばしながら、母グロディアとフリーの姿を探す。
決して離れずに皆でこの危機を乗り越えよう!
そう思ってはいたが、多勢に無勢の戦いは俺たちを容易に引き離してしまっていた。
俺の力がどれだけ持つかは分からない。
でも誰も傷つけない、誰も死なせない為にはこの方法しか思い浮かばない。
俺は二人と合流して防御壁を維持したまま戦場から離脱しようと思っていた。
今はアル・サドマリク入国よりも、生き延びる事を優先しなければならない。
俺たちは今、此処で倒れる訳にはいかないんだ。
「母上っ!」
群がる敵兵の隙間から、母グロディアの姿を確認出来た時、俺は一瞬ホッと胸を撫で下ろした。
母は超一級の女戦士。
その腕前はサザン一の剣士と謳われた亡き父レグルス・ナスルにも引けを取らないとフリーから聞いてはいたが、如何に母が“一騎当千”とは言え、この人数が相手では流石に心配しない訳にはいかなかった。
俺たちは生身の人間。
疲労が重なれば、敵に後れを取る事がないとは限らない。
だが、俺のその不安は見事に的中した。
「いやぁあああ! グロディア様ぁああ――――っ!!」
背後のセレナの叫びを聞くまで、俺は目の前の光景を現実のものだと認識する事が出来なかった。
それは、無数の敵兵の刃を受けて崩れ落ちる母グロディアの姿。
その様が、まるでコマ送りのように見える。
思わず“力”を使ってグロディアの周りの敵兵を薙ぎ払いながら、俺は母の許に走った。
抱き起して必死に母を呼ぶ俺の声に、彼女は薄っすらと目を開けた。
「……ロト……ど、の?」
「母上っ!」
嫌だっ! 何故、こんな事……。
やっと巡り会えた。……やっと心通いあえた!
失った時間を……
この13年の空白の刻を、これから二人で埋めていくのだと……
父レグルス・ナスルの望んだ世界を、その遺志を継ぐのだと約束した。
全てはこれからなんだ。
逝かないで! 俺を独りにしないでっ!
誰か、母上を救ってくれ!!
アウストラリス公爵家は元々はサザン王家の傍系ですが、今は臣下に降っております。




