~第二話~
「お祖父様ぁああ――――っ!!」
セレナの絶叫が響く。
その声に驚いて振り向いた俺の目に映った光景は、ハーリスに縋って泣き叫ぶセレナの姿。
「ハーリスっ!?」
思わず二人の傍に駆け寄って防御壁を張った。
此処は戦場の真っただ中、そうしなければ命は一瞬にして失われる。
本来ならば、倒れた者を振り返る余裕などない。
けれど……そんな事は、俺には到底出来なかった。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
リンと別れた俺たちがクリストバルに入ったのは、それから三日後の事だった。
リン一行の偽装工作が功を奏しているのか?
俺たちは思った以上にスムーズに坑道の入り口付近まで辿り着く事が出来た。
切り立った険しい崖が連なる天然の要塞――此処がアル・サドマリクとアルマンディンの国境線になっている――の一部を刳り貫いて建設されたシドウィル・クリストバル坑道。
其処へと至る道は一本道。
俺たちはもっと早く気付くべきだった。
その道程の安易さに、それがサザンの罠だという事を!
坑道へ入る直前で、彼らは大軍を配して俺たちを待ち受けていたのだ。
それは俺が初めて経験する戦いだった。
俺は今まで、数人或いは数十人単位の兵の追撃。
若しくは、俺の暗殺を狙った単独ないしは少数の能力者との戦闘経験しか持ってはいない。
だが、敵は百人や二百人どころではなかった。
数百人――否、数千人の兵士たち。
「王子、いいか? 力を使って敵を一気に薙ぎ払うんだ。容赦するな!」
そうフリーが俺に耳打ちする。
「えっ? でも、あの中には能力者は居ないみたいだし……あれはアルマンディンの兵士だよね?」
彼らの甲冑や旗の紋章は、それがサザンではなくアルマンディンのものである事を物語っていた。
「ああ。アルマンディンは既にサザンの属国だからな。サザンの指示で此処で待ち伏せてたんだろう。どうやら、この計画はサンダーに筒抜けだったようだ。あくまで王子の暗殺は無関係、サンダーは自らの手は汚さない腹なんだ。だからブラッド一族の能力者も居ない……そういう事だ!」
フリーは舌打ちしながらそう答えた。
「これだけの敵に、この人数で馬鹿正直に戦ったって勝ち目はない。多勢に無勢過ぎる。これではこちらの身が持たない」
「そんな……じゃあ、どうしたら?」
「王子の力で突破口を開くんだ。坑道に逃げ込めば、あちら(シドウィル側)にはアドラ・ジャウザ王の兵が待機している筈だ。異変に気づけば必ず応援に駆けつけてくれる」
フリーは敢えて楽観的な憶測しか口にはしなかった。
アル・サドマリク軍が国境を越えてアルマンディンに侵攻すれば、事態は一挙に全面戦争へと突入するかもしれない。
密かに坑道を通ってアル・サドマリクに入国するという計画そのものが、その最悪の事態を避ける為のもの。
アドラ・ジャウザ王は果たして動くだろうか?
王自身の心情的なものが如何許りであろうとも……。
それに、たとえ坑道に逃げ込めたとしても、其処に何も罠がない等という事はまず考えられない。
坑道に入った途端、坑道ごと爆破される――という事態も想定しなければならない。
……かと言って、退く訳にもいかない。
敵の待ち伏せに気づいた時には、既に退路は断たれていた。
シドウィル・クリストバル坑道へと至る道は一本道。
其処を塞がれれば俺たちに逃げ場はない。
正に八方塞がりの状態。
それほどにサザンは、我々の――否、“ロト王子のアル・サドマリク入国”を阻止したいのだ!
(どうする?)
様々な想いがフリーの中で交錯する。
(進む事も退く事も困難な状況……。今はこの場を切り抜ける事に専念するしかない! 何としても、この命に代えても、王子だけは護らねばっ!)
「行くぞ、王子! 敵を薙ぎ払え!」
フリーに言われるままに、俺は力を使って前面に立ち塞がる兵士たちを弾き飛ばした。
「今です! 一気に走り抜けますよ!!」
フリーの言葉にセレナたちは一斉に頷くと同時に腰の剣を抜いて走り出した。
だが……
「なっ、何だ!? こいつらはゾンビか!? 何でこう、わらわらと……?」
倒れた筈の兵士たちは直ぐに起き上がる。
「……まさか王子、手加減したのか? 容赦するなと言っただろう!」
「えっ? でも、そんなこと言ったって……」
敵が能力者であるならば、相手は攻撃を防ぐ事も致命傷を避ける事も出来るだろう。
しかし、此度の敵は力を持たないただの兵士だ。
全力で力を使えば傷つける。
下手をすれば命を奪う事にもなり兼ねない。
その想いが無意識のうちに俺の力を抑制する。
「この状況で、そんな甘い事を言ってどうする! 我々は……いや貴方は、何が何でも生き延びねばならないんだ!」
「でも……っ!」
自分の考えが甘い事は百も承知していた。
けれど、リマリオを死なせてしまった悔恨が俺の心に重く圧し掛かる。
彼女が俺に力を制御する術を教えてくれたのは、相手を倒す為ではなく傷つけぬ為だと、そう俺は思いたかった。
しかし……
「セレナ――――っ!」
セレナ目掛けて放たれた数本の矢を、その全身で受け止めてハーリスは地面に倒れ伏した。
「お祖父様っ!」
「ハーリス、大丈夫か!?」
思わず駆け寄ってハーリスを見た瞬間、俺でさえ判った。
彼がもう“助からない”という事が――
「……孫娘を、セレナを……宜しくお願い……致しま、す……」
それがハーリスの最期の言葉だった。
ハーリスは厳格で近寄りがたい雰囲気を持っていたが、その厳しさは全て俺の為だと……それが彼の優しさなのだと判っていたから、俺は決して彼が嫌いではなかった。
ただセレナには必要以上に厳しかったから"女の子にそこまで厳しくしなくても。しかも血の繋がった孫なのに……"そう思う事も度々あった。
けれど……決して私情を挟む事なく、サザンの左大臣として生きてきた彼が、最期の最期に口にした言葉は、残して逝く最愛の孫娘の身をただ案じる……肉親の切なる願いだけだった。
――ロト様。
我が娘アトリアは、幼い頃より貴方の父君、亡きレグルス・ナスル陛下をお慕い申し上げておりました。
けれど、その想いが成就する事はありませんでした。
だからこそ私は、今度こそレグルス様の血を継ぐ貴方とアトリアの娘セレナとの幸せな未来を……。
それが実現出来る世界を誰よりも切望して参ったのです。
どうか、皆が幸せに生きられる世界を。
そして我が孫、セレナを……幸せ、に――
「ハーリスっ!!」
「お祖父様ぁあああ――――っ!!」
戦場にセレナの絶叫が木霊する。
――もう一度……
あの頃のような……美しく、優しい世界……を――




