~リンにお任せ!~
その部屋の前の廊下を、ロトは何度も往復していた。
そして先刻のフリーとの会話を思い出して深い溜息をつく。
「なあ、王子。余計なお世話かもしれんが、王子はグロディア様に対して他人行儀過ぎないか? 血を分けた親子なんだから、もっとその……甘えてみるとか、我儘の一つも言ってみるとか」
「えぇっ!? 否……だって無理だよ、そんなの!」
フリーの言葉を遮るように即座に否定する。
その話題を出してほしくはなかった。
出来る事なら避けて通りたい。
何時までも逃げてはいられない事も分かってはいるのだが……。
「無理って、あのなあ~! そりゃあ~王子が躊躇する気持ちは分からんでもないんだぞ。王子くらいの歳になって、いきなりあんな若くて綺麗な母親が現れたんじゃなあ~。でも、グロディア様は決して表には出されないが、きっと淋しがっておられると思うぞ」
「う……ん、それは分かってるんだけど、グロディア様……じゃなくて母上は、俺が抱いてた“母親像”とはあまりにも違いすぎて」
「母親像?」
「ああ。俺にとっての母親は、ずっと“アビー小母さん”だったからな」
「アビー小母さん? 誰だ、そりゃあ~?」
「隣に住んでた幼馴染みのお母さんなんだ。その子と二人で俺の世話ばっかり焼いてた。豪快で包容力があって、でも怒ると怖かったなあ~」
それはホンの数ヶ月前の“日常”。
だが、もう手の届かない……遠い昔のように感じられた。
何も知らず、自分は普通の子供だと信じて疑わなかった懐かしい平穏な日々。
「そうか。でもこれからは、ゆっくり落ち着いて親子水入らずで話す機会も少なくなると思うし、今夜にでもグロディア様の部屋に訪ねて行っちゃどうだ?」
「はぁっ? 何で、今夜!? いきなりそんな事言われても……」
「善は急げ、思い立ったが吉日って言うだろう? 今夜行くんだぞ! 分かったな、男の約束だからな!!」
そう言うと、フリーは一目散にその場から立ち去った。
……と言うよりは、"逃げた"と言った方が正しいかもしれない。
「ちょ、ちょっと、フリー!」
どうやらロトの意志は二の次らしい。
「そんな事、言ったって。一体どんな話をすればいいんだよ?」
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「……で、結局ロト王子は、伯母様の部屋の前で暫く悩んで、そのまま自分の部屋に帰っちゃったって事ですのね?」
「ええ、まあ単刀直入に言うと、そういう事ですね」
リンに問い詰められて、フリーはしどろもどろにそう答えた。
「ほんっとに、もう~! みんなして何をコソコソ密談してるのかと思えば。そんな事にハーリス大臣やセレナ姫までが頭を抱えてたって事ですの? 要するに、グロディア伯母様とロト王子の仲を取持てばいいんですわよね? そんな簡単な事なら、この私にお任せ下さいな」
「えっ、イドリア姫に? しかも“そんな簡単”って!?」
驚くフリーたちに
「勿論ですわ! 王子の対抗意識を刺激すれば造作も無い事ですわよ。まあ"論より証拠"、“細工は流々、仕上げを御覧じろ”ですわ!」
そう言うと、リンはにやりと笑った。
(これは大っぴらにグロディア伯母様に甘えられる好機! 私にとっても一石二鳥ですわよ!)
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
その夜――
「ねえ、ロトは来ると思う?」
「ええ、多分」
セレナの問いにフリーは自信無さ気にそう答えた。
「大丈夫ですわ。今晩が勝負ですわよ!」
何を仰ってますの? ――と言わんばかりにリンが太鼓判を押す。
セレナとフリー、そしてリン。
それにハーリスとリンに強制的に付き合わされている爺は、グロディアの部屋の前の廊下の角を曲がったところでロトが来るのを今や遅しと待ち構えていた。
否、今夜来るかどうかの根拠は、リンの“勘”以外にはなかったのだが。
しかし……
「来たっ」
フリーが小声で叫ぶ。
五人は一斉に身を潜めて事の成り行きを見守った。
そんな事とは露も知らない当事者は、自分の部屋を出ると真っ直ぐにグロディアの部屋に向かった。
けれど、"今日こそは"と決意していたにも関わらず、扉の前まで来ると案の定、足が竦む。
何時もならこのまま諦めて自分の部屋に戻るところだが……今日は違う。
リンへの対抗意識が後押しとなっていたロトは躊躇った末、思い切って部屋の扉をノックした。
「はい」
中からグロディアの優しく美しい声が聞こえた。
その途端、ロトの胸の鼓動が早鐘のように鳴り響く。
「あっ、俺です。……ロトです。母上、ちょっと宜しいですか?」
「どうぞ」
もう逃げられない!
ロトは覚悟を決めて扉のノブを回した。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「貴方が私の部屋を訪ねて下さるなんて。何か私に御用ですか、ロト殿?」
勇気を出して部屋に入ったものの、どうしていいか分からず右往左往しているロトに、グロディアはソファに座るように促しながらそう訊ねた。
「あっ! いえ、用と言うほどの事ではないのですが、その……母上と話したくて。え~っと、レグルス・ナスル陛下の……違っ! ち、父上の事を教えて頂けませんか?」
ロトは俯いたまま、しどろもどろにそう答えた。
恥ずかしくて顔が上げられない。
きっと真っ赤な顔をしているだろうから。
そんなロトの様子を微笑みながら見ていたグロディアは
「そうですね、何からお話しましょうか?」
(母上、俺は……)
両親の居ない淋しさを感じた事がなかったと言えば嘘になる。
だからこそグロディアに会った時、ロトは一目でその人が何者なのかを理解した。
驚嘆すると共に心底嬉しかった。
けれど、死んだと聞かされていた実の母は、この上なく美しく気高く聡明で、普通に育った彼にはあまりにも遠く近寄りがたい存在だった。
それでも母を慕う気持ちと、素直にそれが出来ないもどかしさと、今更……という投げやりな感情と。
交叉する様々な想いを自分自身が計りかねて、彼は無意識にグロディアを避けていた。
否、避けていたのは母としての彼女であって、“サザンの王妃”として敬愛しているのも事実だったのだが。
しかし、その頑なで複雑な想いが、たったこれだけの事で解けていく。
もっと早くこうすれば良かったという後悔と、これから二人でその空白の刻を埋めて行けばいいのだという想い。
グロディアの温もりに包まれて、ロトはこの上もない“幸福”を感じていた。
そして、母グロディアから語られる父王レグルス・ナスルの想い。
彼が最愛の我が子に託した願いも、また……。
こうして、優しく穏やかな刻は緩やかに過ぎて行った。
だが、平和な刻は長くは続かない。
もっと絆を重ねたかった――と悔やんでも時間はもう戻らない。
これが母子水入らずで二人が過ごした、最初で――最期の夜だった。
~リンにお任せ!~ 完
このエピソードは番外篇的なイメージで書いておりますが、話の流れ的には最終話の続きという事になります。
ロト視点で書いてないので分けた、というのもありますけれども。
割愛しようかなあ~とも思ったのですが、話数を短くする為にグロディアとロトのエピソードをずっと端折っていたので少しは紹介した方が良いのではないかと思いました。
実は中学時代に描いていた漫画では、ティールの都で落ち込んでいるロトに「都でも見物して来てはどう?」と提案したのはグロディアで、変装させて連れ出したのがフリーだったんですね。
面倒なので、みんなフリーの手柄にしちゃいましたが。
そんな感じで素っ飛ばしてて、ハっと気がついたらグロディアが一言も喋ってないという事態になっていた事に気がついたので、慌ててこのエピソードを入れた次第です。
因みに、この時に交わした二人の会話は、時々ロトの回想で本篇に登場する予定です。




