~第八話~
蒼い炎が行く手を遮る。
それは丁度、俺たちがナルサースク公国と隣国ルチオフェルの国境付近に差し掛かった時だった。
其処はゴツゴツとした巨大な岩があちこちに転がっている見通しの悪い岩場で、闘うには足場も悪かった。
しかし、そういう場所であるが故に、周囲に民家や人影は見当たらない。
もし“此処”で戦闘が起こっても、被害は最小限に食い止められる。
無関係な人々が巻き込まれる事はない。
この人が選びそうな場所だな――俺はそう思った。
彼女は私怨で動いている訳ではない。
必要のない殺戮は望まないだろう。
だからこそ、この人と闘いたくはなかった。
「あんたの力では俺には勝てないと言った筈だ。俺はあんたを傷つけたくない」
「…………」
「あんたにはあんたの事情があるんだって事も分かってるつもりだ。だけど、この場は退いてほしい」
目の前の人物が“敵”である以上、それは虚しい言葉でしかない事は分かっていた。
甘い考えだという事も承知している。
けれど言わずにはいられない。
何より、この人が傷つけばハロルドが哀しむ。
明確な根拠がある訳ではなかったが、俺はそう確信していた。
だが彼女は問答無用で攻撃を仕掛けてくる。
俺は皆を岩陰まで退がらせると、防御壁を張って彼女と対峙した。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「こんな処に呼び出して、私に何の用だ?」
「あらっ? 用がなければあんたと話も出来ないのかしら? 偶には良いじゃない。あんたはほとんど王宮には居ないんだし」
ハロルドの言葉にイサドラはそう答えた。
「悪いが私はそれほど暇ではない」
素っ気無くそう答えて踵を返そうとするハロルドに
「待ってよ、ハロルド! 相変わらず、つれない男ね。そんなにロト王子が気になる?」
「っ!」
「まさか……あんたがロト王子を監視してたとは思わなかったわ。それはあんたの意志? それともサンダー様のご命令?」
「…………」
「あんたの力なら王子の暗殺など容易いと思うけど……泳がせているのは相手の力を見極めて確実に葬る為? それともあんたの事だから、ロト王子が対等に闘えるようになるまで待ってるのかしら?」
「…………」
「あんたには悪いんだけど、ロト王子の命は最早“風前の灯”よ」
「どういう事だ?」
「あらっ? やっぱりロト王子が気になるんじゃない」
それまでイサドラの言葉に"だから、どうした?"と言わんばかりのハロルドのにべも無い態度が一変したのを見て、イサドラは満足げに微笑みながら
「カラバを呼んだのよ。その配下のラガン三姉妹共々ね」
「っ!」
「あんたは私がサザンの……いいえ、世界の王にしてあげるわ」
「何を馬鹿な……っ! 私はそんな事を……」
未だ早過ぎる。
今の王子の力ではカラバには勝てない――そう思うよりも先に身体が反応する。
「何処へ行くの、ハロルド? まさか、ロト王子を助けに行く訳じゃないわよね? 王子はあんたの最大の“敵”、あんたにとっては“邪魔者”でしかないんだから」
「…………」
「それとも、エリカ・リシュルフドルフが気になるのかしら?」
「なっ、何を言ってるんだ? 彼女は、エリカはもう……」
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
激しい戦闘が続いていた。
蒼い炎は次々に俺を目掛けて襲い掛かって来る。
だが、この前と何かが違う。
そう思った矢先……俺を目掛けて振り下ろされる蒼光の剣を俺が防御壁で防いだ直後、彼女は囁く様な声で俺にこう告げた。
私は単なる“囮”に過ぎない。貴方は別の刺客から狙われています――と。
その瞬間、俺は理解した。
そうだ、最初から感じていた違和感。
この間の戦闘で彼女が俺に持っていた明確な“殺意”。
それは跡形もなく消え失せていた。
どういう事だ? 何でそんな事を教える?
俺の味方をしてくれると言うのか?
一体、何故っ!?




