~第一話~
“其処”へ辿りついた時には、辺りはもうすっかり暗くなっていた。
ふと見上げると、空には満天の星。
――綺麗だ。そうか、こうして夜空を眺めるのも久しぶりだな――
そう思った。
不思議と心は穏やかだった。
「お婆様、この先に道なんてありませんよ」
「どうやって先に進めと言うんです? これではロト様が……」
村人たちが口々にそう言った。
彼らが心底俺の身を案じてくれているのが分かる。
村人たちが照らしてくれる灯りでぼんやりと見える薄暗い道は、しかし少し先で急に何かに切断されたように不自然に途切れていた。
否、闇に溶け込んで途切れているように見える。
「お婆?」
「ロト、私を信じて進め! 道は見えぬ。それがこの地に張られた結界の持つ“守護”の力。お前ならば、この結界を通れる。否、この結界はお前しか受け入れない」
――何故なら、この結界は――
「俺の失われた力を取り戻す為に! そして封じられた“アマラントの青い石”を手にする為に!」
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
ナルサースク公国随一の港町、ティールの都。
賑やかな表通りから少し外れた簡素な宿屋に俺たちが滞在してから、もう一週間が過ぎようとしている。
極力サザンとの戦闘を避けアル・サドマリクに入国する為に、その手筈を調えたアドラ・ジャウザ王の使者とこの地で落ち合う事になっていた。
「はあぁあ……」
宿の窓から外を眺めては、溜息をついていた俺に
「どうした王子? さっきから溜息ばかりついて」
そうフリーが話しかけてきた。
「いや、こんなところでじっとしてるのは性に合わないなあ~と思って」
旅をしている間は未だ良かった。
それだけで精一杯で、他の事を考える余裕など持てなかったから。
しかし……
「確かにな。それじゃあ王子、俺と都見物と洒落込むとするか?」
「ほんとに? えっ……けど、それは……」
迂闊に外を出歩いて “敵”に見つかったら元も子もない。
そう思って躊躇っていると……
「まあ、そのままじゃマズいよな。それでなくても王子の銀髪は目立つからなあ~。その青みがかった銀の髪はアル・サドマリク王家独特のものだし……」
そう言いながら俺に包みを手渡した。
「これは?」
中には黒髪の鬘とナルサースクの民族衣装が入っている。
そう言えば、暫くフリーの姿を見ないと思った。
そうか。俺の為にこれを用意してくれてたのか。
何も言わずとも分かってくれる。
そんなフリーの心遣いが嬉しかった。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「うわぁあああ!」
思わず歓声が上がる。
道行く人の多さも出店の数も、そして其処に並べられている品々も。
辺境の小さな村で育った俺には何もかもが驚きと感動に満ちていた。
そんな俺の様子にフリーは満足気な笑みを浮かべながら
「少しは気晴らしになったみたいだな」
「うん! ありがとう、フリー」
(シュンガでの一件もあるし、最近王子に元気がなかったからな。まあ、人目につく危険を差し引いても外に連れ出して正解だったな)
まずまずの成果に、フリーは"うんうん"と機嫌よく頷いていたが
「ん……どうした王子? 何か俺に言いたい事があるのか?」
「っ!」
俺の僅かな表情の変化もフリーは見逃さない。
フリーの問いに――俺、そんな顔してた?――と、思わず聞き返しそうになってしまった。
本当にフリーは察しが良い。否、良過ぎるかもしれない。
暫しの沈黙の後……
「フリーは俺が父上に……レグルス・ナスル王に似てると思う?」
意を決してそう訊ねた。
「はぁあ……?」
旅をする途中で出会ったサザンの圧政に苦しむ人々は、口々に名君と名高かったサザン王レグルス・ナスルの治世を偲んでいた。
顔も知らない、抱かれた記憶もない、父王の存在が重く圧し掛かる。
誰もが自分の後ろに父を見ている――そんな気がした。
「深刻そうな顔をしてるから……何かと思えば。そりゃあ〜親子だからな。王子と陛下は確かに顔は似てるが、雰囲気が……と言うか、受ける印象が全然違うんだよな。その髪と瞳の色の所為もあると思うが……。だから俺は思った事もないぞ、そんな事」
「違う? 受ける印象が、全く?」
「ああ!」
フリーは力強く肯きながら、そう答えた。
「何だ、そんな事で悩んでたのか? しょーもない! 陛下は陛下、王子は王子だろう?」
「…………」
しょーもない……って。
酷いなあ~、これでも真剣に悩んでたんだぞ!
でも、そうだな、確かにその通りだ。俺は俺、なんだよな。
フリーのあっけらかんとした言葉で、少し心が軽くなったような気がした。
「悲鳴っ!?」
もっとフリーに聞いてほしい事があった。
話したい事も山ほどあった。
けれど、俺たちの会話はそこで打ち切られた。




