~リア・ティノス哀歌~
リア・ティノス――それはユリ科の一種で、アル・シラのみに自生する、この国独特の品種だった。
純白の花弁の中心が淡い蜜柑色に色づいた清楚な花。
俺が見つけた。
彼女はその花の中に埋もれるように倒れていた。
ライト・ブラウンの髪の少女、歳は俺と同じ位か?
掠り傷程度のものだったが、彼方此方に傷がある。
この子自身が訳ありの身か?
それとも何かの事件に巻き込まれたのか?
俺たち自身も追われる身。
それならば、互いに関わり合いにならない方が良いのではないか?
そう思いはしたが、傷ついた少女を見捨てておく事は到底出来なかった。
近くの宿屋に少女を連れて行き、宿の主人に医者を呼んでもらって傷の手当てをする。
程なく意識を取り戻した少女だったが、その時既に彼女の記憶は失われていた。
「一体、この子に何があったんだろう?」
不安そうな少女。
それはそうだろう。
記憶がない。
己が何者なのかも分からない不安は、きっと尋常なものではない筈だ。
足許が崩れ落ちそうな……
全存在を否定されているかのような……
そんな恐怖と焦燥感。
少女の姿が己に重なって見える。
唐突に運命を、使命を突き付けられ……
最愛の祖父を亡くし、生まれ育った故郷の村を逃げるように旅立った……
先の見えない俺自身の姿に。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「私も一緒に連れてって」
そう懇願する少女に
「理由は話せないけど、俺たちは君を連れて行く訳にはいかないんだ。君の事は、この宿の主人に頼んであるから。とっても良い人みたいだし、きっと親身になってくれると思う」
そう言って、縋る少女を強引に振り解いた。
後ろ髪を引かれない訳ではなかったが、その方が彼女の為だと自身に言い聞かせた。
命を狙われている俺たちの危険な旅に、無関係の少女を巻き込む訳にはいかない。
だが――
彼女は宿の主人の制止を振り切って俺たちの後を追って来た。
何度も説得したし、彼女の追跡を振り切ろうとも試みた。
けれど彼女は諦めず、とうとう俺たちの方が根負けしてしまった。
「分かった。それじゃあ、君の記憶が戻るまでの間だ。……いいね?」
彼女は嬉しそうに頷いた。
一日も早く、彼女の記憶を取り戻してあげようと思った。
記憶を失くすほどの事態に彼女が直面したのなら、記憶が戻らない方がいいのではないか?
……という迷いがない訳ではなかったが、それでもこのままの状態よりはマシだろうという判断だった。
俺たちと共に居る時間が長引けば長引くほど、彼女が危険な目に遭う危険性が増す。
「一緒に行くのなら、名前がないと不便だよね? 君の本当の名前が分かるまでの仮の名前……」
そう思った途端、あの花が脳裏に浮かんだ。
“リア・ティノス”――その花が咲き乱れる中に倒れていた少女。
「リア……。君の名前は“リア”だ。そう呼んで、いいかな?」
「リア? 綺麗な響きだね」
「君が倒れてた場所に咲いてた花の名前だよ。このアル・シラの人々の心の支えになってる花なんだ」
「心の支え?」
「ああ。アル・シラは人にとっても、動植物にとっても、生きるには過酷な土地だからね」
この国の人々はリア・ティノスの花の伝説に想いを馳せる。
悲恋の恋人たちを救った奇蹟の花の物語。
でも共に居るうちに――“偽り”は“真実”へと変化する。
それは哀しい結末を招くものだったけれど、それでも彼女は"それで良かった"と笑って逝った。
君の笑顔を見ていたかった。
もっと共に居たかった。
ずっと護ってあげたかった!
リア・ティノスの花を摘んで俺に手渡してくれた彼女と二人、背中合わせで見上げたあの日の星空を……俺は永遠に忘れない。
アル・シラの大地は痩せた土地が多く、生命が生き延びるのには決して優しい環境ではなかった。
過酷な大地で……
その清楚で優しい姿とは裏腹に、力強く雄々しく根付く花――リア・ティノス。
逆境に咲く花の姿が、俺の目には記憶を失くした少女と重なって見えた。
彼女の本当の名は“テラ”。
それを知るまで俺は、彼女をずっと“リア”と呼んでいた。
~リア・ティノス哀歌~ 完
今回の連載では端折ってしまったテラとの出会いを、少しだけ紹介させて頂きました。
テラは最初、記憶喪失のフリをしてロトたちに近づいたと前に書きましたが、“テラ”という本当の名前が分かるまで、ロトは彼女を“リア”と呼んでいたんですよね。
因みに“アル・シラ”はロトの故郷スィーの隣々国です。




