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サザンの嵐・シリーズ  作者: トト
「サザンの嵐篇」~時の道標(みちしるべ)~第一部
44/236

~リア・ティノス哀歌~

      挿絵(By みてみん)


 

 リア・ティノス――それはユリ科の一種で、アル・シラのみに自生する、この国独特の品種だった。

 純白の花弁の中心が淡い蜜柑色に色づいた清楚な花。


 俺が見つけた。

 彼女はその花の中に埋もれるように倒れていた。

 ライト・ブラウンの髪の少女、歳は俺と同じ位か?

 掠り傷程度のものだったが、彼方此方に傷がある。


 この子自身が訳ありの身か? 

 それとも何かの事件に巻き込まれたのか?


 俺たち自身も追われる身。

 それならば、互いに関わり合いにならない方が良いのではないか?

 そう思いはしたが、傷ついた少女を見捨てておく事は到底出来なかった。


 近くの宿屋に少女を連れて行き、宿の主人に医者を呼んでもらって傷の手当てをする。

 程なく意識を取り戻した少女だったが、その時既に彼女の記憶は失われていた。


「一体、この子に何があったんだろう?」


 不安そうな少女。


 それはそうだろう。

 記憶がない。

 己が何者なのかも分からない不安は、きっと尋常なものではない筈だ。


 足許が崩れ落ちそうな……

 全存在を否定されているかのような……

 そんな恐怖と焦燥感。


 少女の姿が己に重なって見える。

 唐突に運命を、使命を突き付けられ……

 最愛の祖父を亡くし、生まれ育った故郷の村を逃げるように旅立った……

 先の見えない俺自身の姿に。



  ☆     ☆     ☆     ☆     ☆



「私も一緒に連れてって」


 そう懇願する少女に


「理由は話せないけど、俺たちは君を連れて行く訳にはいかないんだ。君の事は、この宿の主人に頼んであるから。とっても良い人みたいだし、きっと親身になってくれると思う」


 そう言って、縋る少女を強引に振り解いた。


 後ろ髪を引かれない訳ではなかったが、その方が彼女の為だと自身に言い聞かせた。

 命を狙われている俺たちの危険な旅に、無関係の少女を巻き込む訳にはいかない。

 だが――


 彼女は宿の主人の制止を振り切って俺たちの後を追って来た。

 何度も説得したし、彼女の追跡を振り切ろうとも試みた。

 けれど彼女は諦めず、とうとう俺たちの方が根負けしてしまった。


「分かった。それじゃあ、君の記憶が戻るまでの間だ。……いいね?」


 彼女は嬉しそうに頷いた。


 一日も早く、彼女の記憶を取り戻してあげようと思った。

 記憶を失くすほどの事態に彼女が直面したのなら、記憶が戻らない方がいいのではないか?

 ……という迷いがない訳ではなかったが、それでもこのままの状態よりはマシだろうという判断だった。

 俺たちと共に居る時間が長引けば長引くほど、彼女が危険な目に遭う危険性が増す。


「一緒に行くのなら、名前がないと不便だよね? 君の本当の名前が分かるまでの仮の名前……」


 そう思った途端、あの花が脳裏に浮かんだ。

 “リア・ティノス”――その花が咲き乱れる中に倒れていた少女。


「リア……。君の名前は“リア”だ。そう呼んで、いいかな?」

「リア? 綺麗な響きだね」

「君が倒れてた場所に咲いてた花の名前だよ。このアル・シラの人々の心の支えになってる花なんだ」

「心の支え?」

「ああ。アル・シラは人にとっても、動植物にとっても、生きるには過酷な土地だからね」



 この国の人々はリア・ティノスの花の伝説に想いを馳せる。

 悲恋の恋人たちを救った奇蹟の花の物語。



    挿絵(By みてみん)



 でも共に居るうちに――“偽り”は“真実”へと変化する。

 それは哀しい結末を招くものだったけれど、それでも彼女は"それで良かった"と笑って逝った。


 君の笑顔を見ていたかった。

 もっと共に居たかった。

 ずっと護ってあげたかった!


 リア・ティノスの花を摘んで俺に手渡してくれた彼女と二人、背中合わせで見上げたあの日の星空を……俺は永遠に忘れない。



 アル・シラの大地は痩せた土地が多く、生命が生き延びるのには決して優しい環境ではなかった。

 過酷な大地で……

 その清楚で優しい姿とは裏腹に、力強く雄々しく根付く花――リア・ティノス。

 逆境に咲く花の姿が、俺の目には記憶を失くした少女と重なって見えた。


 彼女の本当の名は“テラ”。


 それを知るまで俺は、彼女をずっと“リア”と呼んでいた。


                  

                  ~リア・ティノス哀歌~ 完


 今回の連載では端折ってしまったテラとの出会いを、少しだけ紹介させて頂きました。

 テラは最初、記憶喪失のフリをしてロトたちに近づいたと前に書きましたが、“テラ”という本当の名前が分かるまで、ロトは彼女を“リア”と呼んでいたんですよね。


 因みに“アル・シラ”はロトの故郷スィーの隣々国です。

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