~第九話~
「この人が、敵? しかも、サンダーの後継?」
嘘だ……そんな筈、ない。
彼が敵なら、俺たちの命は疾うになかった筈だ。
あまりの衝撃に俺はその場を動けなかった。
「リマリオとこの男と、二人を相手に逃げ切る事は不可能だ。だけど、闘って勝てる訳がない。どうする? せめてロトだけでもこの場から逃がさなければ……。でも、どうやって?」
圧倒的な力の差に、セレナもその場を動けずにいた。
「いずれにしても、こちらから攻撃を仕掛ける訳にはいかない。下手に攻撃して反撃されれば、一たまりもない」
そして、それはリマリオも同様だった。
彼女にとってハロルドは主筋。
だが、味方である筈の彼が敵を助けた。
ハロルドの真意が掴めぬ以上、下手に動く事は出来なかった。
奇妙な膠着状態が続く。
だが、その均衡は直ぐに破られた。
…───…───…───…───…───…───…───…
「ロト王子ぃ――! セレナ姫ぇえ――――っ!」
遠くの方から俺たちを捜すフリーたちの声が聞こえた。
「リマリオ、テラを殺したのは王子ではない」
ハロルドはリマリオの方に向き直ると、矢庭にそう告げた。
「ハロルド様、何を仰います!? 私はイサドラ様から姫様を殺したのはロト王子だと……」
「テラはお前と同じ道を歩んでいた」
「私と、同じ道?」
「言葉は信じぬだろう?」
ハロルドはいきなり俺の方に歩み寄ると、首に掛けていたテラの形見の首飾りを引きちぎってリマリオに放り投げた。
「それはテラの形見の品だ。それに宿る残留思念……お前になら読み取れる筈。テラの想いが解る筈だ」
「姫様の、想い?」
「姫様、貴女は……」
リマリオの瞳から一筋の涙が零れ落ちた。
「ハロルド様、これが姫様の御心なのですね」
後から後から止めどもなく溢れ出す涙がリマリオの頬を濡らす。
彼女の姿は、その涙と共に光に溶け込むようにその場から消えた。
それを見届けたハロルドもまた踵を返す。
「あんたは……本当に敵、なのか?」
気がついたらそう叫んでいた。
このまま別れちゃいけない――そう思った。
「…………」
俺の問いにハロルドは立ち止まったが、返事はなかった。
「答えてくれ! 俺はどうしても、あんたが敵だとは思えないんだ!」
「…………」
「答えないのは“敵”だから、なのか?」
「リマリオにお前を殺させたくなかっただけだ」
「……?」
「そんな事になれば、テラの死は単なる“犬死”になってしまう。私はテラの想いを護ってやりたかった」
「テラの想い?」
「テラの最期の願いを、彼女を誰よりも愛したリマリオに踏み躙らせる訳にはいかない」
「…………」
「ロト王子、生きてサザンに辿り着け! お前が生きる事、それが身を挺してお前を護った彼女の願いだ!」
そう言うとハロルドの姿は消えた。
彼は一度も振り返らなかった。




