~第三話~
殺気を感じた。
一見たおやかな、こんな辺境の村にはそぐわない美しい黄金の髪と青い瞳を持つ少女から感じたものは、間違いなく連戦練磨の“戦士”の持つ闘気だった。
――誰かに追われているのか?――
俺は咄嗟にそう思った。
俺の気配を感じた瞬間、少女は女性を背後に庇いながら剣を抜いた。
どうやら女性は右足に傷を負っていて、思うように動けないらしい。
「俺はロト。怪しい者じゃない。その人、怪我をしてるのか?」
少女にとって、その女性は余程大切な人なのだろう。
女性を護る為に俺への敵意を露わにする少女をこれ以上刺激しないようにと、俺は自らの名を告げる。
「ロト……? それじゃあ、貴方が!?」
「えっ?」
「お祖父様に聞いて此処に来てくれたのね! グロディア様の傷が化膿して、川の水で冷やしてたんだけど……」
俺の名を聞いた途端、少女は先ほどまでの緊張を一気に解きほぐした。
「グロ、ディア?」
――グロディア様譲りの青銀の髪とエメラルド・グリーンの瞳――
さっき聞いた初老の男の言葉が頭の中でリフレインする。
まさか、この女性は?
名を聞かずとも一目で分かった。
その女性が何者なのか。
俺とよく似た青銀の髪とエメラルド・グリーンの瞳を持つ女性。
「俺は……」
何を言えばいいのか分からない。
けれど何か話さなければ……そう思った時だった。
「グロディア様! 姫っ! 追っ手です! 早く此処からお逃げ下さい! 王子、貴方も早く!!」
驚いて振り向くと、片目に眼帯をした男がそう叫んでいた。
先ほどの初老の男と共に祖父も居る。
「じっちゃん!」
だが、時は既に遅く、周りは追っ手に囲まれていた。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
それは信じられない光景だった。
まさか、村が戦場になろうとは……!
人と人が命を奪い合う姿など、生涯目の当たりにする事などないと信じていた。
確かに俺は幼い頃から祖父に剣を習っていた。
祖父は若い頃、何処かの国の王家に仕えていた剣士だったらしく
「護身術として剣ぐらいは使えないとな」
という祖父の言葉に疑問を持った事は一度もなかった。
祖父の稽古は厳しかったが、俺の剣は実戦で通用するようなレベルじゃない。
人を傷つけるのも傷つけられるのも嫌だ!
俺は怖くて。……ただ怖くて!
呆然と見ている事しか出来なかった。
「危ない! ロトさ、ま……」
あまりの恐怖に身体が硬直し、身動き一つ出来なかった俺を目掛けて振り下ろされた剣は……
しかし、俺の身体には届かなかった。
「 じっちゃん……どうし、て?」
「……ロトさ、ま。今までの数々のご無礼、どうかお許し下さい。私は貴方を、本当の孫のよう、に。……だから、私は……」
「じっちゃん、喋るな! 今、傷の手当を!」
だが祖父は、首を僅かに横に振ると
「その必要は、ありません。この傷ではもう……助かりません。それより、ロトさま……よい国王におなり下さい。貴方なら……きっ、と……」
「……じっちゃん?」
その瞬間、俺の中の刻が止まった。
「じっちゃん! ダメだ、目を開けてっ! じっちゃんっ!!」
祖父はもう事切れたのだと信じたくない俺は、何度も祖父の名を呼びながら、その亡骸に縋ろうとした刹那――俺の身体は祖父から引き離され宙に浮いた。
右目に眼帯をした男が俺の身体を肩に担ぎ上げたのだ。
「何するんだ? 放せ!」
「ダメです! お気持ちは分かりますが、此処は退かねば全滅します!」
「嫌だ! 俺は此処に残る! じっちゃんを置いて行けな……」
「死にたいんですか、王子? 敵の狙いは貴方なんですよ! このまま貴方が此処に留まれば村人たちも巻き添えになります!」
「っ!」
村の皆に迷惑がかかる?
俺の所為で?
じっちゃんが死んだのも、此処が戦場になったのも……みんな俺の所為なの、か!?
全身から抵抗する力が抜け落ちた。
男は俺を担いだまま、敵を薙ぎ倒しながらひた走る。
初老の男と黄金の髪の少女も、青銀の髪の女性を護りながら後に続いた。
こうして俺は、俺を育て、俺を護る為に逝った人の死を悼む暇さえなく……
降って湧いたような己の運命を受け入れる事も出来ぬまま……
逃げるように故郷の村を後にした。




