~第四話~
「パステブロー家は代々嫡男が全てを相続するのが慣わしでした。ロト、君の血の繋がった本当の父上と僕の父は双子の兄弟。このパステブロー家の当主は兄であった君の父上。だから、僕ではなく君こそがこの家の正当な後継者なんです」
「…………」
「僕が真実を知ったのは今から五年前、僕が十歳の時です。父の書斎のデスクの一番上の引き出し。唯一、鍵の掛かったその引き出しに何が入っているんだろうと。亡き父の思い出の品でも入っていたなら僕の宝物に出来ると。そんな細やかな望みを叶える為に、僕は執事に頼んでその引き出しを開けてもらったんです。そして僕は、その引き出しの奥に眠っていた父の日記を見つけました。それは日記と言うよりも、父の犯した罪の告白。……懺悔の言葉を綴ったものでした」
ロトはマールに誘われてパステブロー家の別宅の門をくぐった。
自分の姿を見て涙ぐむ年配の女性と実直そうな初老の男性。
彼らに見守られながらロトはマールの話に耳を傾けた。
∗∗∗
僕の父は君の父上に幼い頃から劣等感を抱いていました。
双子の兄弟なのに、何をしても君の父上の方が一歩先んじていたからです。
どんなに努力しても彼には敵わない。
しかも双子の兄弟なのに、先に産まれたというだけでこのパステブロー家は全て彼の物。
父は君の父上に対する嫉妬心と"彼さえ居なければ"という想いを拭い去る事は出来ませんでした。
けれど、辛うじてその心を抑えていられたのは、彼が好きだったから。
大らかで誠実で優しい彼を、こよなく愛していたからです。
父の心はぎりぎりのところで危うい均衡を保っていたんです。
しかし僕が産まれた事で、その均衡が崩れ始めました。
元々身体の弱かった母は僕を産んで直ぐに他界しました。
父に残されたのは僕だけだった……彼は僕を溺愛したんです。
そして二ヶ月後、ロト……君が誕生しました。
両親に愛され、パステブロー家の次期当主の座を約束された君。
母の愛を知らない、そしてその母と同じように、生まれつき身体の弱い僕とのあまりの違いに、父は……。
それは一瞬、父の心に差した“魔”だったのかもしれません。
金の工面に苦労していた男に父は大金を積んで、君の誘拐を画策させたんです。
けれど運悪く、その現場を君の両親に目撃されてしまった。
車で逃走した犯人の後を君の両親が車で追い、父も秘かにその後を追いました。
どちらも死に物狂いのカーチェイスの果てに……事態は最悪の結末を迎えました。
それは追う車と追われる車、二台を巻き込んだ事故でした。
犯人も、君の両親も即死の大事故。
ただ、君だけが目に見えない何かに護られたかのように無傷だったんです。
父は唯一生き残った君さえも手に掛けようとしました。
でも、出来なかった。
僕と同じ顔をした何の罪もないあどけない赤子の君を殺める事は、“親”である父にはどうしても出来なかったんです。
だから父はパステブローから遠く離れたアルファーウ牧場の前に君を置き去りにしました。
――まさか、こんな事になろうとは!――
父は自分の罪に恐れ戦きました。
けれどもう、後戻りは出来なかった。
全ては“僕”の為!
父は心を鬼にしてパステブローの財力を使い、全てを闇に葬ったんです。
誘拐犯と連れ去られた赤子。
そして――我が子を助けようとしたパステブロー家の当主夫妻は不幸な事故に巻き込まれて死亡――それが表向きの、この事件の“経緯”です。
しかし、それから三年後――初めて心臓の発作で倒れた僕が"二十歳まで生きられない身体だ"と医者に宣告されて、父は打ちのめされました。
これが自分の犯した罪に下された罰なんだと!
それからの父はまるで糸の切れた操り人形のようでした。
夜も眠れず、食事も喉を通らず、自分の罪を告白し償う勇気も持てぬまま――衰弱死するまでの数年間、空虚で無為な日々を過ごしたんです。
僕はこの事実を知って、直ぐ君にこのパステブロー家に戻ってもらおうと思いました。
けれど僕が死ねば直系が絶え、パステブロー家の財産を手に入れられると狂喜乱舞した彼らが……自らの手を汚さなくとも、数年待ちさえすれば莫大な遺産を山分け出来ると、僕の死を今か今かと待っている傍系たちが、君の存在を知ったらどうなるだろう?
降って湧いたような正当後継者の存在を黙って見過ごしてくれるだろうか?
それに君は血の繋がりはなくても、優しいご両親の許で幸せに暮らしている。
それを壊す事になりはしないかと……。
いや、違う!
僕は本当は怖かったんです。
君に父を、そして僕の罪を責められる事がっ!
でも、そんな僕の心の弱さが……
こんな取り返しのつかない事態を招いてしまった。
∗∗∗
堰を切ったようなマールの告白を、じっと聞いていたロトだったが
「そうか。俺を育ててくれたあの人たちは、本当の両親じゃなかったんだな」
「ロト、僕は……」
「そうだな。つい、この間までの俺なら……お前を責めたかもしれない。でも俺はもう……」
「君が僕の知っている“きみ”じゃない事は分かっています。君の15歳の誕生日、あの日の事も薄々は……。でも、君が“ロト”である事に変わりはない! 父を……僕を許してほしいとは言いません。けれど、この家に……パステブローに戻って来てはもらえませんか?」
「それは出来ない、マール!」
そう言うと、ロトはマールの手を握り締めた。
それすれば彼には全て伝わるとロトには分かっていた。
「君の背負ったもの……なんですか? こんな重い“宿命”を君はたった一人で!」
彼の“優しさ”なのだと。
“拒絶”する事でしか大切な者を護る術がないのだと、マールは瞬時に悟った。
――でも……それでも、僕は!――




