~第二話~
アルファーウ牧場――それは町外れにある小さな牧場。
ロトはその牧場を営むアルファーウ夫妻の一人息子。
決して裕福とは言えなかったが、優しい両親の愛を一身に受けて彼は何不自由なく幸せに暮らしていた。
ロトは夫妻の実の子どもではない。
今から15年前、この牧場の前に置き去りにされていた産まれたばかりの赤子、それが彼だった。
捨て子なのか? それとも何かの事件に巻き込まれたのか?
それすらも定かではなかった。
赤子は一目でそれと分かる上等な絹の産着を身に纏っていた。
……にも関わらず、それらしい赤子の捜索願いは出されていなかったし、誘拐事件が発生した事実もない。
素性の掴めないこの赤子が施設に預けられる事を知ったアルファーウ夫妻は、"これも何かの縁"と、その赤子を養子に迎える事を決意した。
子どものなかった夫妻はロトを我が子以上に愛し、彼は自身の出生の秘密を知る事なくすくすくと成長した。
今日はロトの15歳の誕生日。
養母はロトの為に朝早くからバースディ・ケーキに使う野苺を摘みに森に出かけていた。
「おはよう、父さん!」
「おはよう、ロト。今日は早起きだな」
居間のソファに座って朝刊に目を通していた養父は笑顔でそう答えた。
「うん、今日は特別だからね。……ところで、母さんは?」
「森に行ってるよ。お前のバースディ・ケーキの材料を調達しにね!」
「そうかあ~! 母さんの野苺のケーキは最高だか、ら……?」
その瞬間、ロトの胸に嫌な予感が過ぎる。
――急がなければ、母さんが危ない!?――
それは直感だった。
「どうしたんだ、ロト?」
「…………」
養父の問いに答えている余裕はなかった。
ロトは一目散に家を飛び出し森へと走る。
養母がよく野苺摘みに行く場所は知っていた。
…───…───…───…───…───…───…───…
バサッ――
「どうかなさいましたか、マール様?」
手に持っていた本をいきなり落とした彼に、乳母のマーサが心配そうに問いかけた。
「いや、何でもない……よ」
彼女を安心させようと、そう答えながら本を拾おうとしたマールだったが
(嫌な予感がする!)
――ロトの身に何かっ!?――
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「母さん!」
「あら、ロトどうしたの?」
背後から聞こえたロトの声に、義母は振り向きながらそう訊ねた。
「…………」
(な〜んだ……母さん、何ともないじゃないか。心配して損した!)
森を抜けた先にある野原で養母は何時ものように野苺を摘んでいた。
傍にあるバスケットには美味しそうな野苺が半分ほど入っている。
「父さんがね、此処に居るって教えてくれたんだ。手伝うよ。その方が早、い……」
何事もなかった事に安堵しながら、野苺摘みを手伝おうとロトが腕まくりをしようとした刹那、養母の居る直ぐ傍にある小高い岩山の先端の石が崩れるのが目に入った。
「危ない、母さんっ!」
あんな大きな石が当たれば怪我どころじゃ済まない。
思わず駆け寄ろうとしたが、間に合う筈がない。
最愛の養母を失う!
その強烈な想いがロトの中に眠っていた“もの”を呼び覚ます!
それは時間にすれば、瞬き一つの間だった。
――ロ、トっ!?――
「くっ……!」
突然マールを襲う凄まじい頭痛。
彼は思わず頭を押さえてその場にしゃがみ込んだ。
「どうされました? マキュール様!?」
慌てて執事と乳母のマーサが駆け寄った。
――何なんだ、これはっ?――
「僕は、大丈夫。……それよりロトを。一刻も早く、ロトを……っ!」
頭の痛みに耐えながらマールはそう叫んだ。
「どういう事ですか、マキュール様!?」
「…………」
――もっと早くそうするべきだったんだ。
こんな事になる前に……。彼はもう、僕の知ってる彼じゃない!――
それは漠然とした予感だった。
何故そう思うのか? それは、分からない。
ロトの15歳の誕生日。
それはロトにとってもマールにとっても“運命の日”だった。
その日を境に、ロトの姿は人々の前から忽然と消え失せた。




