〜最終話〜
「マール、俺だ! ロトだ! お前の従兄弟の……」
総帥の間に取り残されたロトはマールにそう語りかける。
「思い出してくれ、マール! 俺はお前と戦う為に来たんじゃない! お前を此処から救い出す為に来たんだ!」
けれど無情にも、ロトの言葉はマールには届かない。
「やはり総帥の仰った通りですね」
「?」
「髪と瞳の色を除けば、私たちは瓜二つです。それを利用して、貴方が私を惑わそうとするだろう……とね」
「っ!」
(博士、あんたは何処まで……)
まるでアークトゥルスの掌の上で踊らされているようで、悔しさの余り握り締めた拳に血が滲む。
「私には過去の記憶が無い……それは事実です。身体が弱く、記憶を失い、途方に暮れていた私に、健康な身体と名と居場所を下さった。総帥には本当に感謝しています。SILVER・WOLF、貴方が総帥の敵である限り、私にとっても貴方は敵だという事です」
「マールっ、それは違っ……!」
そう言うなり、マールは問答無用と言わんばかりに凄まじいESP攻撃を仕掛けてきた。
ロトはそれを防御壁で受け止める。
ロトにマールを攻撃するという選択肢はない。
だが、マールの力はSDAの宇宙巡洋艦イフティサイトで相対した時のそれとは比較にならなかった。
「くっ……! マールのESPが増幅されてる? これはアマラントの……」
200年前――
マールの力は接触テレパスとしての力しか目覚めてはいなかった。
生まれつき心臓が弱く、長くは生きられないと宣告されたマールにとって、ESPを行使する事は己の命を縮める行為以外の何者でもなかったからだ。
けれど、彼を取り巻く環境がそれを許さなかった。
マールの死を望む傍系たちから自分自身を護る為――誰が味方で、誰が敵であるのかを見極める為――彼は接触テレパスという能力を開花させた。
思念波とは違い、相手の身体の一部に触れなければ心を読めない原始的な力だが、行使するESPを最小に抑えられ、尚且つ下手は遮蔽は物ともしない。
だが潜在能力は、ロトに匹敵する力を持っていたのだ。
それは永遠に目覚める筈のない力であったのだが――
ロトがマールの許を去った直後、突如聞こえたマールの魂の絶叫。
瞬間移動で駆け付けた時には、パステブロー家の別荘は半壊状態で、マールの姿は何処にも無かった。
探知能力を最大限まで拡げて周囲を探ってみたが、マールの気は感じられない。
おそらく、その時には既にマールはアークトゥルスの手に堕ちていたのだろう。
だとしたら……それ以前、ロトの力が目覚めた直後から感じていた(それ以前は気づかなかった)ロトを監視していた者たちの気配――あれはアークトゥルスとその配下だったのだと確定して良いのだろう。
マールが消息不明になった瞬間から、彼等の気も消えていた。
そしてマールは改造されたのだ。
最新の医療技術と生命工学を駆使し、ESPを行使するのに耐えうる身体にする為に。
その後、彼は冷凍冬眠カプセルの中で眠らされた。
切り札として使えるその日まで。
記憶は、その間に消されたのだろう。
けれどロトと敵対するよう上書きされた訳ではない。
下手に記憶に手を加えると、ちょっとした刺激で記憶の混乱を招く危険性がある。
だからアークトゥルスは、その危険性を最小限に抑える為に記憶を消去するに留め、何も知らないマールに恩を売ったのだ。
「SILVER・WOLF……」
マールは何一つ変わってはいない。
彼はアークトゥルスから受けた恩を、敵を討つ事で返そうとしている。
これは記憶を改竄されたよりも始末が悪い。
アークトゥルスに操られていた方が未だマシだ。
何故なら、マールがロトに敵対するのはマール自身の意思だからだ。
「何としても、マールの記憶を取り戻さなければ!」
そうしなければ、マールの命が危ない!
マールの力があの時の比ではないのは、彼にアマラントの青い石の欠片が付与された所為だ。
人間としての肉体を持ちながら、アマラントの青い石そのものでもあるロトは、一族の存在を感知する事が出来る。
マールの肉体には数十体の欠片が存在している。
それはかつて魔獣との死闘の後、青い石が失った一族の数にほぼ等しかった。
欠片が全てマールの中に在るという事は……
惑星シュアトで相対したESPを分解・中和する力を持った巨躯の男も、今までに幾度となく戦って来た特Aランクのエスパーたちも……既にこの世には亡いという事だ。
何故ならば、アマラントの青い石が一度融合した生命体から離れるのは、その生命体の活動が停止した時だからだ。
その時、より近くに居る一番エネルギーの大きな生命体へと、彼等は移動する。
だからマールは、冷凍冬眠カプセルの中で(此度は冷凍されていた訳ではないが)再び眠らされたのだ。
マールの身体に青い石が融合し、順応するまで。
「俺に対抗する力をマールに持たせる為に、他を犠牲にしたのか? 博士、何でそこまで?」
そんなに俺が憎いのか?
俺はあんたの邪魔をするつもりなどなかったのに……!
それとも、これが宿命なのか?
俺とあんたの?
博士・アークトゥルス。
――否、魔獣ツイホォンよ――
戦闘中だというのに外事に気を取られていたロトは、瞬刻マールのESP攻撃に反応出来なかった。
「しまっ……!」
回避し切れず、防御壁を張る暇もなかったロトは、それを身体で受け止めるしかない。
「く……っ!」
その力に耐え切れず、遥か後方に弾き飛ばされ、壁に身体を強打する。
「ぐ……っ、がっ、はぁ……」
口から血反吐を吐き、ロトはその場に蹲った。
マールのESPを受けた右脇腹の服は焼け爛れ、皮膚もケロイド状になってブスブスと煙が上がっている。
しかし、その傷口は既に再生し始めていた。
否、それよりもマールと触れ合った瞬間に垣間見えた光景――
『私はそのSILVER・WOLFという少年と戦えば良いんですね?』
『ああ、そうだよ』
『命を奪う必要はないのですよね?』
『ああ。彼がその気になれば、君が全力で戦っても彼には傷一つ負わせる事は出来ないよ。だから心置きなく戦ってくれて大丈夫だよ。あくまでも余興だからね』
『それは良かった。いくら総帥の敵だとは言っても、命を奪うのは……』
『だよね。優しい君にそんな事が出来る訳がないからね。でもSILVER・WOLFには内緒だよ。表面上は憎い敵との真剣勝負。その方が面白いだろう?』
それは、アマラントの青い石の欠片を付与される前に交わされた、マールとアークトゥルスの会話だった。
(やはり、マールは何も変わってはいない。記憶さえ戻れば、マールを取り戻せる!)
そう思いながら、重い身体を引き摺るようにしてロトは立ち上がった。
傷は既に再生していたが、心に残るダメージが深刻だ。
しかし……
「マール?」
ロトに傷を負わせたマールもまた、頭に手を当てて蹲っている。
「どうした? マール、大丈夫か?」
慌てて駆け寄るロトに
「頭が…………くっ!」
「マール!」
ロトは躊躇う事なくマールに心霊治療を試みる。
「えっ? これ、は……何? 私……ぼく、は……」
けれど、虚空を見つめるマールには、ロトの姿は映ってはいない。
「マール?」
おそらく二人が接触した瞬間、ロトと同じようにマールもまた、ロトの記憶を無意識に読み取ったのだろう。
強力な接触テレパスであるマールなら尚更だ。
しかもアマラントの青い石の欠片で増幅されている今のマールの力なら、瞬時に膨大な量の記憶を読み取った筈。
転生の記憶を持つロトの記憶は、常人には耐え切れないほどの凄まじい情報量。
下手をすれば発狂しかねない。
「やっ……だめ、だ! ……ぼく、は……ロ……ト……」
「マール、大丈夫か? マール!」
ロトに勝るとも劣らない力を持つマールだからこそ、辛うじて耐えている。
けれど、ロトとマール――
束の間の邂逅とは言え、二人で紡いだ絆が更にマールの精神を苛んでいく。
「あっ……ロ……ト。ぼく……は、きみ……を! う、ああ……あ、ああぁぁああああああ――――――っ!」
「マールっ!?」
蘇る記憶。
それと共に増大する、ロトに対する認識の懸隔。
そして許容範囲を遥かに超える転生の記憶に、マールは思わず意識を手放した。
それは自身の精神を守る為の無意識の行動……自己防衛本能だったのだろう。
「マール……! マールっ!!」
気を失ったマールにロトはそう声を掛けながら、身体の何処かに異常はないか確認する。
その時、昏倒している筈のマールの指先が僅かに動いた。
「マール?」
意識が戻るには早過ぎる。
だがマールは徐に上半身を起こすと、ロトの方にゆっくりと手を伸ばした。
そして、ロトの手を優しく握りながら
「久しぶりだね、ロト」
「えっ?」
マールは穏やかな優しい瞳でロトを見つめている。
「マール……記憶が戻ったの、か?」
否、違う! これは……
「そう、私だよ」
譬えるならば、“春の陽射し”。
凍てついた大地を融かす、穏やかで優しい“陽光”。
赤子だったロトに、その腕に抱かれた記憶はない。
けれど、その“気”を感じた事は幾度かあった。
前世、自らを裏切った二人の男の死に際に、救いの手を差し伸べた温かな“光”。
「貴方は……」
――レグルス・ナスル陛下。……父上、なのですか?――
次回は「〜ちょこっとブレイクタイム〜頂き物紹介12」です。




