〜最終話~
「鍵はセレナ姫だった」
「っ!?」
意外なサンダーの言葉に戸惑いを隠せないロトを他所に、彼は言葉を続けた。
前世――
ロト王子を庇ってセレナ姫が非業の最期を遂げた後、王子は伝説の魔獣ツイホォンをアマラントの青い石の力を借りて消滅させた。
だが、それは結果的に惑星GHI-EK4〜エターナル・サザン〜の核に致命的な損傷を与え、文明の滅亡へと繋がってしまった。
その運命が再び繰り返されるのだとしたら――少なくとも、あの碑文がそれを現在の人類に示唆しているのだとしたら――此度は惑星の消滅どころではない。
それ程に現世のロトの超能力は強大なのだ。
だとしたら、それに相対する敵もまた魔獣以上に強大だと想定せねばならないだろう。
その両者が激突した時、周りに及ぼす影響は銀河系を揺るがすものになりはしないか?
「たかが伝説! 碑文等という何の科学的根拠もないものに惑わされた愚か者と思ってもらっても構わんよ。けれど、君という存在を目の当たりにしてしまっては、単なる夢物語と一笑する事も出来なかったのだよ。SDAがGHI-EK4で採取していた“アマラントの青い石の欠片”と呼ばれるものも、どうやらESPを増幅するものらしいからね。どんな僅かな憂いも取り除いておく――それが私の仕事なのだよ」
「…………」
「だが銀河を滅ぼすESPを持つと謳われた、銀河系最強のエスパーをどうこうするのは危険が伴う。だから君の動向を監視しながら、セレナ姫の転生体を捜していたのだよ」
「……?」
「分からないかね? 惑星GHI-EK4の滅亡は、彼女の死が引き金だ」
「っ!」
「それ故に、彼女の転生体を見つけて保護する必要があったのだよ。運命を繰り返さない為に、ね」
運命は繰り返す……
それは前世の記憶を持つロトの方が身に沁みて解かっている。
――俺は何度、最愛の人を失った?――
「言いたい事は分かった。でも、それがノアールと何の関係が?」
まさか、この男もまた勘違いしているのか?
彼女と同じように、ノアールがセレナと同じ金髪碧眼だというだけで?
俺の傍に居たという理由で?
「12年前、惑星オルフィーで当時13歳だったウェルナー少佐の命を君が救ったと知った時、私は彼こそがセレナ姫の転生体だと確信した」
「えっ!?」
予想もしていなかった答えに驚愕するノアールを置き去りに、二人は会話を続ける。
「何を馬鹿な事を! ノアールを助けたのは彼が特別だからじゃない! 誰だって命が危うい少年を見たら助け船を出すだろう? 彼がセレナと同じ金髪碧眼だからって……」
「何を言っているのかね? 私が外見だけで判断したとでも?」
「っ!」
痛いところを付かれて、言葉に詰まるロトに
「ならば聞くが、ノアール少年を助けた後、君は何故、彼を自分の部屋に連れ帰ったのかね?」
「っ!?」
「今までの君ならば、そんな事はしなかった筈だよ。君は人と関わる事を極力避けていたからね」
「それは……」
「彼は瀕死の重傷という程の怪我ではなかった。その場で君が彼に心霊治療を施し、そのまま其処から立ち去ったとしても問題は無かっただろう? もし彼に第二第三の追っ手が迫っている危険があったのだとしても、助けを呼ぶなり、その手の施設に保護を求めるなり……他に方法は幾らでもあった筈だ。否、普段の君ならそうしていた」
「…………」
「なのに何故、わざわざ彼を自分の手許に置いた? 傷が癒えても尚、彼を手放さなかった理由は? それどころか君は、彼との生活を脅かさない為に信じられぬ行動に出た」
「…………」
確かに、そう言われてしまうと否定の言葉はない。
あの頃――
それまでの数年間、何の干渉もしなかったSDAが、頻繁にロトに接触して来るようになった。
手を貸せば良し、そうでなければ敵と認識する。
そう言わんばかりの過干渉ぶりだった。
己と関わった為に犠牲になる者を一人でも減らしたい。
そう思ったロトは、その時初めて己の外見を変化させた。
ESPも極力使わず、SILVER・WOLFという存在を消そうとしたのだ。
だがノアールと共に暮らすようになった或る日、ロトは身近に不穏な動きを察知する。
連邦の諜報部員が動いている事も分かっていた。
――この町で、何か巨大な陰謀が?――
だからロトは、深夜ノアールが寝入った頃に部屋を抜け出し、それを阻止しようと模索していたのだ。
調べていくうちに、その陰謀にSDAが関わっている事も判明した。
もはや、一刻の猶予もならなかった。
しかしロトのその焦りは、結果的に己自身が一番恐れていた事態を引き起こしてしまう。
ロトの行動に不信感を抱いていたノアールが、その後を追い、ロトを庇って重症を負ってしまったのだ。
頭部と背に傷を負ったノアールの姿が、あの時のセレナに重ならなかったと言えば嘘になる。
――俺はまた失うのか?――
喪失の恐怖。セレナを失った刻の痛みが全身を駆け巡る。
だからこそロトは、ノアールをサンダーに託し、彼の許を去ったのではなかったのか?
「あれだけ避けていた連邦やSDAに、自ら介入してきたのは何故かね? 全ては彼との生活を護る為に、事態を出来るだけ早く、穏便に収拾させたかったからだろう?」
「君が私に問いたい事柄は、この事だろうと思うのだが……」
そう前置きして、サンダーは更に言葉を続けた。
「惑星オルフィーのアステリオン基地にウェルナー少佐を行かせたのは、彼の記憶を呼び覚ます為だよ」
「えっ?」
「イチかバチかの賭けだったがね。君が元の姿に戻った時に彼の意識があったかどうかも定かではなかったし……」
「そんな事の為に、わざわざノアールに空のケースを持たせたのか?」
「ああ。中身が入っていたら、ケースを奪ったSDAはそのまま撤退し兼ねないからね。中が空だと“中身は何処だ?”とウェルナー少佐に詰め寄るだろうと踏んでいたのだ」
「それが彼を危険に晒すと分かっていながら、かっ!?」
表面上は静かだが、ロトの内面から怒りの炎が沸々と湧き上がっているのは誰の目にも明らかだった。
「だからイチかバチかの賭けだと言っただろう? ある程度の危険は想定していたよ。でも君が彼を護るだろうという確信があったからこその策だったのだ」
「…………」
「そして私の予想通り、君は来た」
「何の為に、そんな危険を?」
「ウェルナー少佐自身に自覚させる為だよ。与えられた任務だから君の傍に居るのではなく、自分自身の意思で君の傍に居るのだ、とね」
「っ!」
「君は彼の命の恩人であり、そして……」
願わくば、前世の記憶が蘇ってくれれば――と、そう思っていたのだが。
「だが、所詮は私も只の人だったという訳だ」
サンダーは深い溜息をつきながら
「私の勘は外れた事が無いと自負していたのだがね。まさか、とんだ伏兵が居ようとは……」
「とんだ伏兵?」
「レナ・ベラトリックス。まさか、彼女がセレナ姫の転生体だったとは……」
自嘲気味にサンダーはそう言った。
「彼女は……」
セレナではない!
……と喉まで出かけた言葉をロトは飲み込んだ。
「レナは、今どうしている?」
瓦礫と化した円形闘技場に置き去りにした少女。
異変を察知したベルセリオス基地の誰かが保護してくれると信じての行動だったが、果たして――
「安心し給え。彼女は暫くベルセリオスに居たが、今はベラトリックス会長と共に連邦本部の保護下にある。セレナ姫の転生体の保護は最優先事項だからね」
「そうか」
――その方が良い。
SDAも未だ、彼女がセレナの転生体だと思っているだろうから――
ロトはホッと胸を撫で下ろす。
だが、二人の会話を黙って聞いていたノアールの心中は穏やかではない。
(俺がセレナ姫の転生体だと思われていたから? だから俺は、義父の養子に迎えられた? 適正的には不合格になる筈だった秘密捜査官の試験もパスしたという事か?)
それは、己の存在を全否定された事と同義だった。
∗∗∗
セレナ姫の転生体だという事が俺の存在意義ならば……
レナ・ベラトリックスという少女の存在が明らかになった今、俺は……
俺という存在は――!
次回は「〜ちょこっとブレイクタイム〜頂き物紹介11」です。




