~第一話~
『ノアール……。ノアール!』
俺を呼ぶ声が聞こえる。
怪我はないか?
ああ、良かった。
お前が無事なら、それでいい。
靴、音?
誰か、が俺たちのところに走り寄って来る。
……誰、だ?
『…………ト、……を………む』
『や……り、き……だ…………か?』
お前の知り合い、なのか?
何を話しているのか、よく……聞こえない。
意識が、遠のいて……い、く――
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
ノアールは途方に暮れていた。
サンダーからの指令は、3cm四方の小さなジュラルミン・ケースをアステリオン基地のカノープス司令に手渡す事。
その中に何が入っているのか?
それがどんな重要機密なのかはノアールの知るところではない。
だが、それは表向きの任務に過ぎないとノアールは確信していた。
サンダーの意図が掴めない以上、カノープスに会えば何らかの指示があるものと一縷の希望を抱いていたのだが、しかしカノープスは――
「休暇中だというのに……ご苦労だったな、ウェルナー大尉。君はこの惑星の出身だとサンダー上級大将閣下から伺っている。残りの休暇、此処でゆっくり過ごし給え」
と告げただけだった。
(此処に滞在しろ――という事には違いないんだろうが、俺は一体“此処”で何をすればいいんだ?)
この場にもしソールが居れば
『お前、それは単なる勘繰りで、ほんとはただの使いっ走りじゃないのか? へぇ~情報部の秘密捜査官と言えば、エリート中のエリートだと思ってたがなあ~』
と茶々を入れられるのがオチだっただろう。
オルフィーは辺境の惑星。
銀河連邦本部から遠く離れたこの惑星は、かつて悪徳と貧困が支配する“無法の星”だった。
「アステリオン基地が出来てから大分治安が良くなったとは聞いたが、昔とは雲泥の差だな」
区画整理された市街地を歩きながらノアールはそう独り言た。
故郷の惑星と言っても、此処には碌な思い出はない。
郷愁に浸る気分にもなれない。
12年ぶりにこの地を踏んだ所為だろうか?
久しぶりにあの“夢”を見た。
怪我を負って倒れたノアールに駆け寄って、必死に名を呼ぶ少女の声と走り寄る複数の男たち。
その少女と知り合いらしき男との話し声。
少女の無事に安堵しながら意識が途切れる――そこで何時も目が覚める。
そう、それが“少女”との最後の別れとなった。
当時13歳だったノアールより一つ二つ年上の、ライト・ブラウンの髪と黒曜石の瞳を持つあの少女は一体何処に行ってしまったのだろう?
ノアールの命を救ってくれた恩人。
全てを失って自暴自棄になっていたノアールの心に希望の灯を点してくれた人。
もう一度逢いたい!
逢って、あの時言えなかった礼が言いたい。
だが、この12年――少女の消息は杳として掴めなかった。
「パス!」
「こっちだ! こっち!」
通りの向こうから“声”が聞こえてくる。
その声のする方に歩いて行くと、グラウンドで何人かの子どもたちがサッカーを楽しんでいた。
其処はノアールがかつて暮らした“養護施設”だった。
だが、昔とは全く違う。
すっかり建て替えられて、昔の面影など微塵も感じられない――整備されたグラウンドと清潔な白を基調とした建物。
「此処も変わったんだな」
ノアールは複雑な想いで暫く子どもたちの様子を眺めていた。
13歳の時、ウェルナー家の養子に迎えられて士官学校に入学するまで、彼には同じ年頃の子どもとスポーツを楽しんだ記憶などない。
孤児だったノアールが暮らしたかつての養護施設は、それとは凡そ名ばかりの、飢えと暴力と強制労働を強いられた“地獄”そのものだった。




