〜第一話~
この第一話からは前世篇に戻ります。
時の道標(みちしるべ)から半年後。主人公ロトの回想(ロト視点)です。
「ねぇ、何か私に話したい事があるんでしょ?」
湖に着くなり、セレナは開口一番にそう言った。
俺はセレナと二人きりで、王城から少し離れた場所にある湖の畔に散策に出かけた。傍らには花畑があって、淡いピンクの花が咲き乱れ、甘い蜜の香りが仄かに漂っている。
湖を渡って来る涼やかな風も頬に心地良かった。
「えっ、何で?」
セレナを散策に誘った理由を、見事に看破されていた事に驚きを隠せない俺に
「やっぱり、そうなんだ。何日か前からソワソワしてたから、きっと言い出し難い話なんだろうなあ〜って思ってた。此処に誘ったのも二人きりで話がしたかったから、なんでしょ?」
「……っ!」
俺は時々――セレナにはまだ超能力があるんじゃないか?――と疑いたくなる。
「俺、旅に出ても良い……かな?」
バレてるなら仕方ないと、意を決してそう切り出した。
「旅?」
「ああ。必ず戴冠式に間に合うように帰って来るから、スィーに行かせてほしいんだ」
その俺の言葉を聞いてセレナは“ああ、やっぱりその事か”という顔をした。
…───…───…───…───…───…───…───…
内乱が終結してから、半年近くが過ぎようとしていた。
為政者不在の状態が長く続くのは好ましくないと、周囲の者は直ちに俺の即位を望んだが、俺は自身の15歳の誕生日まで待ってほしいと皆に懇願した。
内乱の混迷を早く治める為には王の座に就いた方が良い事は分かっていたが、一旦玉座に就いてしまうと俺の意思で簡単には動けなくなる。
そうなる前に俺にはどうしてもやりたい事があった。
もっと王となる為に必要な事を学んでから……という想いもあった事は否めない。
「あの時、置き去りしてしまったじっちゃんの遺体は……ミーナや村の人たちが埋葬して手厚く弔ってくれてるらしい。そのじっちゃんの墓参りがしたいんだ。ミーナたちにも御礼が言いたいし、何も言わずに村を出たから心配してるだろうし……」
「そうだよね」
「俺の一生に一度の我儘だ。それが済んだら俺は父上のように良い国王になれるように努力するから」
「大丈夫だよ。それは我儘なんかじゃないと思う。今までロトは頑張り過ぎるほど頑張って来たんだもん」
セレナはそう言って、たおやかに微笑んだ。
その笑顔があまりにも綺麗で可愛くて、俺は彼女の褒め言葉と共に気恥ずかしさで一杯になる。
「それより、私も一緒に行っちゃ、ダメ?」
「あ、うん、それは……」
「だよね! 分かってるよ、私まで一緒に行っちゃったらアルギエバたちの血圧が上がっちゃうもんね」
アゼツ・アルギエバ――サンダーの腹心だった男。
彼を筆頭に、サンダー直属の将だった者たちはサンダー亡き後
『俺はサンダーと決着をつける。その結果がどうなろうと……死ぬ事は許さない。罪の償いは生きてするものだ!』
という俺の言葉に黙って従ってくれた。
かつて、サザンの政の両翼を担っていた左大臣家と右大臣家は既に無い。
内乱が起こってからは、実質的なサザンの支配者はブラッドだったが、表向きはサンダーが頂点に立っていたし、王城の雑事等はアルギエバたちが仕切っていた。
それ故に彼ら以上の適任者は無く、内乱後の残務処理と後継者の育成に当たってくれている。
俺とセレナもサザン王家のしきたりや作法等を彼らに教わっていた。
けれど、それは俺が王位に就くまでの暫定的なものだった。
『私共は本来ならば第一級戦犯者。王子殿下の新しい御世に相応しくはありません』
それが彼らの総意だった。
その決意を覆す事は出来ないと分かっていたから、俺はその申し出を受け入れるしかなかったが
『……なら、一臣下としてでもいい。俺の傍で、俺を助けてほしい』
という俺の願いを彼らは快く受け入れてくれた。
「ごめん。セレナには迷惑掛けるけど……」
「ううん、気にしないで。その代わり、無事に帰って来てね」
「ああ!」
スィーに旅立つ事をアルギエバたちに話せば、きっと話が大事になる。
俺の意を汲んで、頭ごなし反対する事はないだろうが、たとえ忍びの旅になったとしても仰々しいお付きの者たちが同行する事になるだろう。
「ロトはこっそり旅立った方がいいよ。後の事は私に任せて」
……というセレナの言葉に甘える事にした。
「ロトは誰よりも強いのにね。みんな心配性だから」
そう言って彼女は微笑んだ。
スィーへの道程は最短コースを採る事にしていた。
それには船旅が一番早い。
往復に掛かる日数とスィーで滞在する日数を計算して俺は旅立ちの日を決めていた。
だから、それまでに全ての支度を整えておく必要性があったのだ。
ハロルドが身罷る間際に手渡してくれた地図。
其処に埋葬されていた母たちの遺体も、何とか無事にサザンに連れ帰る事が出来た。
母は王家の墓に、ハーリスはアウストラリス家に、そしてフリーはサルガス家の墓で静かに眠っている。
即位の為に必要な準備も今出来る限りの事は済ませた。
内乱の真実は『国内がある程度の安定を得てから』というアルギエバたちの意見を加味して、即位の場で全ての真実を白日の下に曝そうと思っていた。
俺の戴冠式には主だった国々の王侯貴族も参列するという。
その場で真実を語れば、後々誤った流言が飛び交う事もないだろう。
ハロルドたちの所業の全てを肯定する事は到底出来ない。
彼らが罪を犯した事は紛れもない事実だ。
けれど彼らがただ、自身の覇権だけを望み、主君を弑逆し、国を奪い、世界を混乱に陥れた大罪人ではないのだという事を皆に知ってほしかった。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「行ってらっしゃい。ロト、気をつけてね。私待ってるから、必ず無事に帰って来て」
「ああ。戴冠式の一週間前くらいには戻って来れると思うから。セレナには本当に迷惑掛けるけど……」
「ううん、気にしないで。フライハイトに私からも“(ロトを大切に育ててくれて、そして護ってくれて)ありがとう”って伝えてね」
「ああ、分かってる」
翌朝、俺はセレナに見送られて、懐かしい第二の故郷スィーへ旅立った。
それが遠い過去から連綿と繰り返されて来た俺の運命を、大きく変える旅になるとも知らずに――
【おまけ4コマ漫画】〜セレナの策略?〜




