~第一話~
「お仕事が忙しいのは分かっているけれど……偶には帰って来て下さいね、ノアールさん」
「はい、ご心配をおかけして申し訳ありません」
「リシェルローゼが残念がるわ。貴方の帰りをずっと待ってるんですよ。折角、貴方が帰って来たのに、こんな時にお友達と旅行だなんて」
「思いがけない休暇でしたから。今度はきちんと連絡して戻るようにします。それでは……」
そう言ってノアールはウェルナー家を後にした。
本当はリシェルローゼの不在を知っていたからこそ帰って来たのだが、それを養母に覚られる訳にはいかなかった。
惑星GHI-EK4から帰還して事の顛末をサンダーに報告した後、ノアールは久しぶりの休暇を与えられた。
数年前までは一年に一度は休暇を利用してウェルナー家に戻っていたノアールだったが、ある出来事をきっかけに足が遠のいていた。
『私はずっとお兄様が好きでした』
それは、五歳年下の妹、リシェルローゼからの告白だった。
ノアールはウェルナー夫妻の実子ではない。
13歳の時、ウェルナー家の養子に迎えられ、養父母の期待に応えようと懸命に努力し、士官学校を首席で卒業。
銀河連邦情報部の秘密捜査官となった。
養父ウェルナー大佐は、ノアールの直接の上司に当たる。
当然、ウェルナー夫妻の一人娘であるリシェルローゼと血の繋がりはない。
勿論ノアールは、リシェルローゼを可愛いと思うし愛してもいたが、それは“妹”としてであって決して“異性”への想いではなかった。
――もし彼女の気持ちを受け入れる事が出来たなら、己はこの家の本当の家族になれるだろうか?――
そういう想いが頭を過ぎらなかった訳ではないが、自分の気持ちを偽る事は遂に出来なかった。
ノアールには忘れられない“大切な人”が居る。
「久しぶりだな、ノアール! お前、地球に帰って来てるんだって?」
腕時計に内蔵されている通信機からの突然の声に、ノアールの物思いは中断された。
(そう言えば、何時呼び出しを受けてもいいように、通信機のスイッチを入れっ放しにしておいたんだった)
「ソール? お前、今までどうしてた……?」
「それは俺の台詞だ! まあ、どうせお前の事だから"俺を巻き込んだら……"とか、うだうだ考えて連絡して来なかったんだろうが」
「…………」
“流石、情報屋”と言うべきか、“腐れ縁”と言うべきなのか?
どうやら、ソールに隠し事は出来そうにない。
「俺も今、地球に居る。ちょうど良かった。お前に渡したい物があるんだ。これから会えないか?」
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
それから数刻後、ノアールとソールは連邦本部のフロント横にあるラウンジに居た。
「お前が此処で会おう……なんて言うとは思わなかったぞ」
父親(ウォリングス将軍)への反発もあって軍を毛嫌いしているソールが、連邦本部を待ち合わせ場所に指定したのは意外だった。
二人はラウンジの椅子に腰掛けていたが、フロントの受付嬢をはじめ、其処に居合わせた者たちは二人に気がつくと皆一様に足を止め、遠巻きに二人を眺めている。
「いや、此処が一番安全だと思ってな。まあ気休めだが……」
「…………」
「それより、さっきから注目浴びてるぜ。だから嫌なんだよ、お前が傍に居ると目立ちすぎる」
「それはこっちの台詞だ!」
真顔でそう反論するノアールに、ソールは溜息をつきながら
「そう向きになるな。……ったく、リシェルはこんな面白味のない男の何処に惚れたんだか?」
「っ!」
「お前、リシェルが居ないのを知ってて小母さん(ウェルナー夫人)のご機嫌伺いに帰ったんだろう? 可哀想に……あんな美人で気立てのいい娘、そうは居ないぞ! 何処が不満だ? それとも、未だに“初恋の君”が忘れられないのか?」
「そんなんじゃない! 初恋とか、そんなんじゃなくて……ただ、もう一度逢って、あの時言えなかった礼が言いたい。それだけだ!」
「へいへい」
(こりゃあ~リシェルも前途多難だなあ~。こいつは頑固なほど一途だし、好きだという自覚がないから猶更厄介だ。分かっているのは名前だけ。生死さえも定かじゃない初恋の君をずっと想ってるなんて、今時“希少価値”だぞ! まあ、俺も人の事を言えた義理じゃないがな)
ソールにも想い人が居る。
決して報われない想いを引き摺っているのは、彼もまた同様だった。
「それより、渡したい物って何なんだ?」
「ああ。実はこれなんだが……」
さっきまでとは打って変わって別人のように真顔になったソールは、数枚の書類が入った封筒をノアールに差し出した。
流石に私事と仕事との切り替えが早い。
「お前、GHI-EK4の事を知りたいんだろう?」
「これにはGHI-EK4の調査書の断片が記載されてる。飽くまでも断片だ。SDAはあの惑星で“アマラントの青い石”と呼ばれる“もの”を探してるんだ」
「アマラントの青い石!?」