~第三話~
「此処から先に進む事は、私には許されておりません」
そう言ってアゼツ・アルギエバは正面の大きな扉を開けて俺に中に入るように促すと、自身はその場に留まり、ゆっくりと外側から扉を閉める。
重厚な音をたてて俺の背後で完全に扉が閉まる音が響いた、その直後――
「待っていたぞ、ロト王子!」
前方から声が聞こえた。
低音の良く通る声。
ハロルドさんに似ている――そう思った。
その部屋は謁見の間。
数百人は優に入る事が出来るであろう大空間の正面に作り付けられた豪奢な椅子。
その横に男は立っていた。
ハロルドによく似た端正な顔立ち。
だが四十代前半とは思えぬ白髪、そして深く刻まれた皺。
それが男のこれまでの苦悩を否応なしに感じさせた。
ああ、彼はあの玉座に座る事はなかったんだろうな――そう確信した。
玉座は父の物。
彼が唯一敬愛して止まない、前サザン王レグルス・ナスルの玉座!
「あんたが……サンダー大臣、か?」
俺の問いに「そうだ」と答えながら、徐に彼は腰の剣を抜いた。
「私の部下から話は聞いている筈だ。この玉座が欲しければ、この私を倒してみせよ!」
頭上に振り下ろされる剣を、俺もまた腰の剣を抜いて防ぐ。
望むと望まざるとに関わらず、唐突に戦闘は開始された。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
金属同士がぶつかり合う鈍い音が、謁見の間という大空間に響き渡る――
フリー・サルガスの剣の好敵手で、サザン一の剣士と名高かったと伝え聞くサンダーの剣技は、この十数年、実践から遠ざかって衰えたとはいえ、並の剣士の太刀打ち出来る範疇ではない。
確かに剣の技術だけで言えば、まだまだ俺より一枚も二枚も上手だった。
だが攻撃的な超能力を使わずとも、ツイホォンとの闘いで完全覚醒した潜在能力は俺の身体能力を格段に向上させ、剣技では劣っても、それを補っても余りある動体視力と反射神経でサンダーの剣を一蹴する。
「俺は能力者じゃない者に力を使ったりしない。それに……」
そう言いながら、俺は渾身の力でサンダーの剣を弾き飛ばした。
「力を使わなくても、あんたは俺に敵わない。実戦から遠く離れてたあんたは、既に俺の敵じゃないんだ!」
「っ!!」
剣を弾かれた右手に傷は無い。
だが、衝撃で痺れる右手を片方の手で押さえながらサンダーは其の場に蹲った。
「そうか、私は既にお前の敵ではない……という事、か」
そう言うとサンダーは僅かに口角を上げて、静かに笑い始めた。
「ふっ……は、はは……はっ、はははは……」
それは勝負に敗れ、全てを失った者の自虐的な笑いではなく――
全てをやり終えた者の安堵のそれなのだと、俺は直感した。
一頻り笑った後、サンダーは顔を上げて真っ直ぐに俺を見据えた。
そして――
「勝敗は決した。約束通り、その玉座はお前の物だ。さあ、私を殺すが良い。私はお前から全てを奪った憎い"仇"なのだからな」
そう言って頭を垂れた。
――既に覚悟は出来ている。これが己の望んだ結末だ!――
彼の全身がそう語っていた。
「……ああ、そうだな」
そう答えながら、俺はゆっくりとサンダーに歩み寄る。
そして、携えていた剣を振り上げるとサンダーのうなじに向かって躊躇なく振り下ろした。
サンダーの髪を束ねていた紐が切れて、ばさりと彼の白髪が垂れ下がる。
「…………?」
死を覚悟していたサンダーは一瞬、自分の身に起こった出来事が理解出来なかった。
「内乱を起こし、前のサザン王レグルス・ナスルを弑逆した大罪人、サンダー・フォル・レオニスは死んだ。今此処に居るのは、ただのサンダーという男だ!」
「っ!?」
予期せぬ俺の言葉に、事態が呑み込めないサンダーは言葉もなく黙って俺を見つめていたが、俺の言葉の意味を反芻するに従って、見る見るうちに顔色が変わっていく……。
「な、何を言っている? 私はお前の仇なのだぞ! 私が憎くはないのか!?」
サンダーは俺にしがみ付くと狂ったように叫び始めた。
「何故、殺さない? 殺せ……今直ぐ、私を! 頼む、頼むからどうか私を殺してく、れ……」
そして、それは懇願へと変化する。
「……あんたからは殺気が感じられなかった。あんたは俺を殺そうなんて端から思ってない! それで確信した。ハロルドさんの言った事はみんな真実なんだって」
「っ!!」
ハロルドの言葉が信じられなかった訳じゃない。
彼の事は誰よりも信頼している。
けれど、だからと言って目の前の初対面の男まで信じられるほど、俺は楽天的でも人間が出来ている訳でもない!
「……ハロルドの言った事? まさか、ハロルドが貴方に何か話したのですか?」
「ああ、全て聞いた。内乱の真相も、あんたの想いも」
「な、何という事だ! まさかハロルドが、あのハロルドが私を裏切るなど……」
「それは違う! ハロルドさんはあんたを裏切ってなんか、ない!」
サンダーの言葉を遮るように俺は叫んだ。
彼の想いを、この男に誤解されるのだけは避けたかった。
「彼は最期の最期まであんたの事を想ってた! 全てを闇に葬って、あんたと共に逝く事が自身の願いであり、あんたの望みでもあると信じてた」
「だったら、何故?」
「俺が望んだからだ!」
「……っ!」
「俺が真実を知りたいと望んだから、ハロルドさんは抗えなかったんだ」
「…………」
「そして、あんたを救えるかもしれないと信じたから!」
「私を救う? 何を馬鹿なっ! この私が救われる道などある筈が……」
「ああ、無いと思ってた。だから、主君を弑逆した大罪人として俺の手に掛かる事があんたのせめてもの罪滅ぼし。あんたを死なせる事こそが唯一の救いだとハロルドさんは自身に言い聞かせた。でも、本当は違うんだ! 彼は誰よりも優しい。子供の頃から尊敬し、慕ってたあんたを死なせたくはなかった! あんたが救われる方法があるなら、それに懸けたかったんだ!」
「馬鹿な……! 陛下を手に掛けたあの瞬間から、私に救われる道などありはしない! 私は死すべき人間なのです! この世で一番大切な御方を自らの愚挙で失い、生き恥を曝しながら……それでも尚、こうして生きてきたのは全てこの日の為。陛下の御子で在らせられる貴方の御手に掛かる為。どうか、貴方の御手で私を……」
ハロルドから話を聞いたと知った瞬間から……いや、俺が全てを知っていると悟った刹那から、サンダーの俺に対する態度が急変した。
俺を――レグルス・ナスルの御子を「お前」と呼ぶ事すらサンダーには苦痛以外の何者でもなかったのだろう。
「俺はそんな事は望んでない! あんたの命を欲しいとも思わない! 勿論、あんたを恨んでないと言えば嘘になる。あんたは俺の大切な者を奪った。理由はどうあれ、それは紛れもない事実だ!」
「だったら、何故!?」
「俺は、ハロルドさんの望みを叶えたい!」
「……っ!!」
俺はサンダーの両肩に手を掛け、真っ直ぐに彼の瞳を見つめながら
「生きるんだ、サンダー! あんたにとって父上の居ない世界で生きる事が死よりも辛い事だという事は解ってる。でも……」
「それは不可能です! 私は罪を重ね過ぎた。この世界で私が生き恥を曝す事を望む者など誰も居ない。何より私自身が許さない!」
そう言うと、サンダーは俺が弾き飛ばした剣を拾って、自らの胸に突き立てようとした。
俺はそれを寸でのところで阻止しながら叫ぶ!
「死んだって償いになんかならない。償いは生きてするものだ!」
それに……と俺は言葉を続ける。
その言葉が、サンダーをこの世に繋ぎ止める事の出来る唯一の言葉だと信じているから。
「あんたは死んじゃいけないんだ。あんたが生きる事を一番望んでいるのは……」
他の誰でもない。
――俺の父、レグルス・ナスルなのだから!――
次回はレグルス・ナスル、死の真相(サンダー視点)です。




