〜第二話〜
軋んだ音をたてながら、ゆっくりと開いた門の内側には大勢の兵たちが整然と居並んでいた。
それがサンダーを護る為に王城に残った最後の兵……
恐らく彼の真意を知った上で内乱に加担し、そして今も尚、彼の思惑を悟って追従してきた将が率いた兵たち。
予期せぬ出来事に呆然としている俺たちを後目に、その中から一人の男がゆっくりと俺たちの方に歩を進めた。
口髭を蓄えた、精悍な顔つきの長身の男。
それを見たタラゼドたちは腰の剣に手を掛けながら身構える。
俺も思わずセレナを背後に庇った。
男は連合軍の中に俺の姿を見定めると、真っ直ぐに俺に向かって歩いて来る。
「ロト王子殿下。あの男の顔は見覚えがあります。確か、アゼツ・アルギエバ……サンダーの腹心の一人です」
そう俺に耳打ちしたタラゼドは、俺を護る為に男の行く手を遮ろうと立ちはだかった。
他の兵たちもそれに倣う。
相手の真意が掴めない以上、それは当然の行為だった。
だが、よく見ると男は丸腰。
何処かに武器を隠し持っているようには見受けられない。
「タラゼドさん」
俺はタラゼドたちを制しながら、ゆっくりと前に歩み出た。
「ロト王子殿下っ!?」
不安そうに俺を見つめるタラゼドたちに「大丈夫だ」という言葉の代わりに僅かに口角を上げる。
男は他意がない事を示すかのように諸手を挙げて、ゆっくりと俺の前まで歩み寄ると
「ロト王子殿下。我が主の命により、貴方を主の許に案内致しまする」
そう言いながら俺の前に跪いた。
「主……? サンダーの処に、か?」
俺の問いに
「御意! 我が主サンダー・フォル・レオニス閣下は、ロト王子殿下……貴方との一対一の闘いを望んでおられま……」
「一対一の勝負だと!? 何を馬鹿な……っ!!」
男の言葉を最後まで聞く必要はないと言わんばかりにタラゼドが叫んだ!
「左様。『ロト王子殿下が私と闘って勝利した暁には、この城を無条件で明け渡す』と。……それが閣下のお言葉でございます」
タラゼドの憤りを意に介さず、男は淡々とそう言葉を続けた。
「既に雌雄は決している! そんな必要はない!」
「ロト王子殿下、これは罠です! 何か魂胆があるに違いない!」
兵たちが口々に叫ぶ。
「…………」
彼等は知らない。
俺はハロルドから聞いた内乱の真相を、セレナとタラゼド、ネメシス、そしてルクバーにしか話してはいない。
それは俺とは違い、ずっとサンダーと戦ってきた者、そしてサザンに虐げられてきた者には俄かに信じがたい真実――
…───…───…───…───…───…───…───…
『ロト王子殿下、貴方のお言葉を信じない訳ではありません。ハロルド・コル・レオニスの言葉を全て否定する訳でもありません。確かに、あの男の行動には解せぬ点が多かったのも事実です。サンダーが……否、あの男がその気になれば、我々を壊滅させる事など造作もない事。何故、それをせぬのかと。それが内乱の真実なら、頷けぬ事もないのです』
されど……とタラゼドは続けた。
その言葉を鵜呑みにする事は出来ないと。
そして、それを現在は公にする事も不可能だと!
『そんな事をすれば兵の士気が下がります。それは今は得策ではありません』
それがタラゼドたちの総意だった。
俺にはその決定を否定する事は出来ない。
でも、何時まで?
俺は何時までハロルドさんを"悪者"にしなければならない!?
彼の全てを肯定してる訳じゃない。
彼は多くの罪無き人々の命を奪った。それは紛れもない事実だ。
けれど、それは俺の為……
全ては俺を護る為なんだ!!
…───…───…───…───…───…───…───…
「大丈夫だ。お前たちは此処で待っていてくれ」
そう言いながら、俺はタラゼドの方に目配せした。
彼は黙って頷きながら兵を制す。
だが、それが苦渋の選択である事は充分過ぎるほど、その表情から窺い知る事が出来た。
「ロト……」
セレナの美しい青の瞳が微かに揺れていた。
暫しの逡巡の後……彼女は「約束、だよ」と呟いた。
「ああ、約束する。必ず帰って来るから!」
そう力強くと答えると、俺は男の方に向き直って頷いた。
それを合図に、男はゆっくりと立ち上がると城の方へと歩き始める。
俺は男の後に従った。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
しん……と静まり返った回廊に俺たちの靴音だけが響く。
「あんたたちは、これからどうするんだ?」
その沈黙を破るように俺は男に話しかけた。
「…………」
男――アゼツ・アルギエバの答えはない。
「俺はサンダーと決着をつける。その結果がどうなろうと……死ぬ事は許さない。罪の償いは生きてするものだ!」
刹那、前を行くアゼツ・アルギエバの歩が止まった。
そして、ゆっくりと振り返る。
一瞬の間――
彼の口許が僅かに動いた。だが、声は発せられない。
彼は再び前に向き直ると、何事もなかったかのように再び歩き出す。
――全て、御存知なのですか?――
しかし、その発せられなかった声はそう語っていた。
この男もまた、篤実の将。
何が悪かった?
何を間違えた?
どうして、サザンに内乱は起こった?
世界は何故、安寧ではなく修羅の道を選んだのだろう?
サンダーと相対する事で、果たして俺はその答えを見出す事が出来るのだろうか?




