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サザンの嵐・シリーズ  作者: トト
「サザンの嵐篇」番外〜刹那の鴇色、永遠のパール・グレイ〜
100/236

~前篇~

 英雄王伝説――

 それは青銀の髪と翠玉の瞳を持つ美しき少年王の冒険譚(サーガ)

 世界を滅ぼすと伝えられし魔獣を、アマラントの青い石と共に封印せし英雄の物語。

 それは他国の侵攻を退け、このアル・サドマリクに長きに亘る平和を齎した。

 だがそれは同時に、国の内部に反乱の火種を燻らせる“諸刃の剣”でもあったのだ。


 英雄王という“光”の陰に隠された“闇”。

 その光に焦がれる者たちの……そして、その直系の子孫ではないという劣等感(コンプレックス)が招いた悲劇。

 アル・サドマリク王家は、嫡男が王座を継ぐべきという一派と、英雄王の血をより濃く継ぐ者(青銀の髪と翠玉の瞳を持つ者)を担ぐ一派との争いに因り、骨肉の継承者争いが繰り返された血の歴史を持っていた。

 その愚挙を嘆いた時の王の英断に因って“如何なる場合も王座は嫡男が継ぐべし”と定められるまでは――


 決して表沙汰には出来ない、平和の象徴でもある聖アル・サドマリク王国の持つ闇の歴史。

 しかし王家の者は、その過ちを二度と繰り返さない為に、その陰の真実を“史実”として学ぶ事が必須となっていた。


 確かに、その暗黒の歴史は恥以外の何者でもない。

 けれど、先祖から脈々と受け継がれてきた“妄執”は今も残る。

 かく云う私、次代の王たるアドラ・ジャウザ・アル・サドマリクも決してその例外ではなかった。


 ――英雄王の色は至高の色――


 世界を伝説の魔獣から護った“救世主”であり、アル・サドマリク“建国の父”でもあるオリオニス・アル・サドマリクを神聖視するあまり、青銀の髪と翠玉(エメラルド・グリーン)の瞳を持つ者は人々の憧憬と畏敬の的となっていた。

 だが翠玉の瞳は兎も角として、青銀の髪を持つ者の誕生は稀で、数百年の時を経て、英雄王の色を持つ者は希有な存在となっていった。


 私の父と母も、祖父も祖母も、そして曽祖父母にもその色を持つ者は無く、最早、英雄王の色は失われた……と思われていた矢先、誕生せし御子に、実に十数代を経てその色は顕著に表れた。


 第一王女グロディア・ミラ・アル・サドマリク――私の実姉である。



…───…───…───…───…───…───…───…



 美しく気高く聡明な姉。


 その姉を見ていると、かつて王家が繰り返した骨肉の争いを愚かと思う反面――それも仕方のない事だったのかもしれない――と思い始めた己に気がついて、私は愕然とした。

 それほど英雄王の血を濃く受け継ぐ者は(偶然と言えば、そうなのかもしれないが)皆、他を圧倒する輝きを放っていたのだろう。


 もし姉が男であったなら、私は嫉妬と羨望に押しつぶされ、かなり卑屈な性格になっていたに違いない。

 けれど幸か不幸か、異性の“姉弟”として生まれたが故に、私の姉に対する想いは憧れを通り越し、実の姉に寄せる以上の想いとなってしまった。

 多分、私は姉に“恋”していたのだと思う。


 光に透ける青みがかった美しい銀の髪。

 同じ翠玉の瞳――と言っても、姉のそれは私よりも遥かに深く澄み切ったエメラルドの宝玉。


 姉より美しい者はこの世には居ない。

 姉の色こそが至高の色。

 それ以外の色は、私の目には皆……色褪せた見えた。


 だが、姉と私は血を分けた実の“姉弟”。

 この想いは、決して報われる事はない。

 誰にも知られてはいけない。

 だからこそ……


「姉上は私が護る! 姉上は誰にも渡さない!!」


 そう公言する事で、私は逆に自身の本心を包み隠した。

 誰もが私を、極度の“シスコン”だと誤解してくれた事だろう。


 だが、発した言葉は守りたかった。

 私が認めない男に、決して姉は渡さない。

 私自身が幸せに出来ないのなら、私以上に姉を幸せに出来る男でなければ、姉を託す意味はない。

 そう心に誓っていた。



  ☆     ☆     ☆     ☆     ☆



「レグルス・ナスル王子? サザンの次期殿?」

「はい。近々、このアル・サドマリクにお越しになられるそうですよ」

「はぁっ? 何で? 一体、何の目的でっ!?」


 不服気に口を尖らせる私に


「何の目的で……と仰られても、サザン王家とアル・サドマリク王家は御親戚筋ですから、何か目的がなければならないという事もないとは思いますけれど。以前にも一度、お越しになられた事がありましたが……あの折は、レグルス様はまだ幼く、アドラ様は御生まれにはなられていない頃でしたしね。 今回は“シュトルーフェ”の御見学が主だという事なので、恐らく英雄王生誕の地をご覧になりたいという事ではないでしょうか?」

「…………」


 本当にそれだけ、だろうか?

 姉上はサザンの次期殿の妃候補の一人。

 まさか姉上との顔合わせが本当の目的なんじゃあ……?


 侍従の言葉を聞いて私はまず、それを疑った。


「大体、姉上が妃候補の一人……とはどういう事だ!? 姉上を、そこらの姫君と十把一絡げに扱うとはっ!! サザンが世界に比類なき大国だという事は認めざるを得ないが、王家の格では引けは取らない。父上も父上だ! どうして姉上を妃候補などにっ!!」


 誰よりも大切な姉が、サザンの次期殿の妃候補の一人――という事実が私には我慢ならなかった。

 まあ、それは次期殿の望んだ事ではない……という事くらいは私にも分かっていたが(かく云う私にも複数の妃候補が産まれた時から定められていたし、それが王家の者の当然の責務だとも分かっていたが)それと感情的なものは別物で、私はまだ逢った事のない次期殿に不条理な怒りを抱いていた。


 しかも、次期殿は“眉目秀麗にして才気煥発”との誉も高く、私と次期殿は六歳ほど歳は離れていたが、私は密かに次期殿にライバル意識を燃やしていた。


「ならば私が、姉上に相応しい相手かどうか見極めてやる!」


 姉上の事がなくても、いずれはサザン王とアル・サドマリク王として渡り合わなければならない相手だ。

 ……とすれば、今のうちにサザンの次期殿の“為人(ひととなり)”を見極めておくのも、アル・サドマリクの次期としての私の当然の責務だ!

 そう、自身の想いを正当化した。


 今から思えば、それは最愛の姉を誰にも渡したくないという私のヤキモチ、駄々っ子の言い訳に過ぎなかったのだが。



…───…───…───…───…───…───…───…



 それは、私の運命の転換。

 英雄王の色こそが至上の色。それ以外の色は皆、色褪せて見えていた私に訪れた転機。

 今まで培ってきた価値観が全て崩れ去った瞬間、私は二度目の“恋”に落ちていた。


 レグルス・ナスル王子――サザンの次期殿。

 私の最愛の姉を奪うかもしれない男で、私の最大の好敵手(ライバル)

 実際に逢うまでは、そう思って敵意を剥き出しにしていた人物に、私は恋をした。


 それまでモノクロに近かった世界。

 青銀とエメラルド・グリーンしか存在しなかった私の世界に、新たに加わった新しい色。


 風に靡く柔らかな栗色の髪と澄んだセピア色の瞳を美しいと……


 ――この世界には様々な色があり、色はそれぞれに美しいのだ!――


 そう気づかせてくれた出逢いだった。


 勝ち気で男勝りな姉グロディアとは対照的に、穏やかでたおやかで……

 “生まれを間違えたのでは?”と思うほどに麗しく、けれど一たび剣を手にすれば、誰よりも強く雄々しく――正に“獅子星(レグルス)”そのもので、腕に自信のあった剣で、あっさりと敗れた姉グロディアから


「優しさの伴わない強さに意味はない。真に強い殿方は、その強さをひけらかしたりはしないものなのですね」


 という言葉を聞かされた時、私は密かに恋の終わりを予感した。


 最愛の姉と敬愛するサザンの次期殿。

 この私が初めて負けを認め「義兄上とお呼びしても構いませんか?」と、懇願した相手。

 この方になら姉上を、そして姉上になら義兄上を託せると――

 私が愛した二人が幸せになってくれるならば、私はこの“恋”を一度に失っても本望だ!

 ……と、そう思うようになった。

 何より、私の願いが成就すれば、義兄上は真の意味で私の“義兄”になって下さるのだからと。


 けれど、その想いが実現した時、私は至上の喜びと、二つの恋を同時に失った胸の痛みを長く引き摺る事になる。



  ☆     ☆     ☆     ☆     ☆



 どうして私は、報われぬ恋しか出来ないのか?


 ぽっかりと空いた胸の隙間を埋める為、周りの者たちが諌めるのも聞かず、私は数々の浮名を流すようになった。

 まあ、それは言い訳にしか過ぎないと言われれば否定は出来ないほど、私は元々、博愛主義ではあったのだが……。


 誤解のない様に言っておくが、私は父も母も臣下も国民も、皆一様に愛している。

 男として当然だと思うが、美しい女性は更に好きだ。

 ただ、その中で、姉と義兄は特別だった――というだけの話なのだ。


 完全にタガが外れた私は、齢14で一児(第一王女)の父となった。

 第二王女を授かったのは、その翌々年。


 どちらも私が侍女との間に儲けた姫で、勿論、私は姫たちの生母(侍女)を側室に迎えた。


 父王や周囲の者は頭を抱えていたようだが、私の事情を考慮して頭ごなしに非難される事はなかった。

 父も母も孫娘が掛け値なしに可愛いというのもあったのだろう。


 第一王女は姉と義兄の婚姻が決まった翌年、第二王女は義兄と産まれたばかりの甥を失った翌年に産まれた。

 どちらも、喪失の痛みを忘れる為に私が色事に浸っていたのが、そもそもの原因だ。言い訳に聞こえるかもしれないが、だからと言って、愛のない行為だった訳では決してない!

 私は側室も姫たちも、こよなく愛している。



…───…───…───…───…───…───…───…



 それから半年ほど経って、私は父王から「其方もいい加減に正妃を娶って、私を安心させてくれ」という御達しがあった。


 その頃、サンダーが牛耳ったサザン王国は、本国の地盤固めが完了し、周囲の国々へとその魔の手を広げようとしていた。

 父王は、その事態に対抗する為に他国との絆を強め、サザンの脅威を退けようと考えていたのだろう。

 私も散々、迷惑をかけている手前、その父王の言葉には流石に逆らえない。


 此処らが年貢の納め時、か――と覚悟を決める事にした。


 名目上は社会勉強、近隣諸国の視察旅行。

 私が出向く形で、予め(私が産まれた時から)定められていた妃候補の姫君たちとの顔合わせが始まった。


「まあ……義兄上のお蔭で“この世には美しい色は沢山あるのだ”と気付いた事だし、美しい姫君は目の保養にもなる」


 そう軽く考えていたのだが……

 私はそこで運命の出逢いを、一世一代の“恋”をする事になる。



  ☆     ☆     ☆     ☆     ☆



 それは、 三国目の訪問――

 アル・サドマリクの隣々々国、ルチオフェルを訪れた時だった。


 熱烈歓迎の酒宴の途中、私は主役であるにも関わらず、こっそりとその場を抜け出した。

 妃候補である王家の姫君と、王家所縁の由緒正しき家柄の姫君との顔合わせも既に終わり、私は今日の勤めは果たしたと思っていた。

 流石に強行スケジュール、連日連夜の酒宴では身体が持たない。


 酒に酔い、火照った身体を冷やす為に冷たい風にでも当たろうと、ルチオフェル王家自慢の庭園を散策していた私は、風に乗って微かに聞こえてくるハープの調べに気がついて、ふと足を止めた。


「こんな処で、誰が弾いているのだろう?」


 そう思いながら、その音に誘われるように私は音のする方へ歩き出した。


 美しい音色だった。

 知らない旋律(メロディー)だが、何処か懐かしささえ憶える――純朴で優しい調べ。


「ルチオフェルの童謡か何か、だろうか?」


 そう思っていると、それは間奏だったのか、今度はハープの調べに混じって歌声が響いてきた。


「綺麗な声だ」


 素直にそう感じた。


「きっと、歌っている方も麗しいに違いない」


 その考えに至った時


「また、私の悪い癖が出たな」


 とも思ったが……



    挿絵(By みてみん)



 その女性(ひと)を一目見た瞬間、私の(とき)は止まっていた。

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