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多 摩 山 中

作者: 一色 吹雪

小さい頃の俺が多摩川沿いの土手に座っている。


対岸の工場地帯には、俺が「雲製造機」って呼んでいた煙突が、薄青の空に向けて雲を吐き出してた。



夕方、まだ明るい内から俺の家は薄暗く、帰りたくなかった。



今日は何のルートだろう。


母親ルートなら、嫌なバリエーションが揃っている。

大人でも食えないような量の夕食を出されて、残せば殴られるルート。

家の物一つ壊れたら、母親は無限ヒステリーモードに入り、耳元で金切り声をあげ続ける。


ましなルートもある。

家には入れたが、母親は飲みに行っているルート。

一番気楽だが、男とうまくいかないと深夜に殴る蹴るモードに切り替わる。


隠しモードは一年に数回も会わない父親が帰ってきて夫婦喧嘩が始まるパターンだ。

ひたすら家財道具が破壊され、あの嫌なヒステリー声も長引く最悪の状態。



女の金切り声は充分殺傷能力があると思うのだが。




俺は三歳くらいで心を殺された。

たぶん、もう生き返る事はないだろう。



多摩川の土手で、笑いながら歩く親子を見かけると、

「心から溢れるあったかいもん」が、羨ましくて仕方なかった。



それは、俺には一生持てそうもない。



いつもの癖で、声もあげず泣く。

「雲製造機」は相変わらず「雲」を生んで空に還していた。



夕焼けで「怪獣のタマゴ」と呼んでたガスタンクは赤く膨らんで見えた。


あのタマゴから生まれるものは、俺みたいに「変なこども」「どうしようもないこども」「しねばいいのに」って、お母さんから言われないといいな。


あんなに大きくて頑丈そうなタマゴだから、俺みたいに殴られてアザやタンコブが出来たり、血を流したりしないかもしれないな。



涙が首筋まで伝わって、もう暗いのに帰りたくなくて。


今朝、お母さんが俺の髪を掴んで引きずり回したみたいに、草を掴んでブチブチ引き抜き続けた。



ブチブチ、ブチブチ。



手がぬるぬるとした汁に塗れて、嗅ぐと鉄の臭いがした。



見ると、土手は眉間に皺を寄せたお母さんの顔だらけになっていて、俺が手に掴んでいたのはお母さんの長い髪だった。



お母さんのヒステリー声に被せるように悲鳴をあげながら、俺はやっと現実の朝を受け入れられた。




「…なんて目覚ましだよ…っ。糞ババアが」



明け方の夢はいつも俺の心を剥き出しにする。



母親に死んで欲しい、と言われた俺が、母親を未だに生かし続ける神に祈るようになった。


早く摘み取って下さい、と。



殺された心の蘇生を未だに試みている。



それは叶いそうもない。





−了−


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