空飛ぶ冷蔵庫
部室の扉を開けると、大きな冷蔵庫が部屋の中央にデンと構えていた。
中からトンテンカン、と金槌の乾いた音がする。
またか。
西岡京香は溜息をつきながら鞄を机に置いた。
「ちょっと孝作。中にいるんでしょ?」
「んー? ああ、授業終わったんだな。お疲れー」
金槌の音が止み、冷蔵庫から少々間の抜けた声が返ってくる。
「こんどは何を作ってるのよ」
「ちょっとA県まで行く用事ができたからさ。飛行船作ってた」
「どう見ても冷蔵庫なんだけど、それ」
京香の言葉に対し、孝作は、
「最初はさ、A県へ行くまでの交通費を稼げるアルバイトを探すつもりだったんだ。でもその途中でこれが捨てられてるのを見つけてさ。それならこれを改造して直接飛んでいったほうが早いかなー、と思って」
「はぁ……」
京香は返事の代わりにまた溜息をついた。
どう考えてもバイトしたほうが簡単でしょうに。まあ、いつものことだけど。
R高校生物研究部。京香はその部長を務めている。
部といえば聞こえはいいが部員は現在室内にいる人間だけ。はっきり言って同窓会とすら呼べない有様だった。
しかも最近の活動内容は生物研究とは程遠いものばかり。もはや京香は諦めの境地に至っている。
ただ、そんな部でもそれなりに成果は出しているので、廃部になるような心配だけはなかった。――京香としては少々複雑ではあったのだが。
なにしろその成果というのが、はっきり言ってしまえばこの孝作なのだ。
孝作。今は冷蔵庫の中なので姿を見ることはできないが、まあ見た目は悪くない。むしろ良いほうだろう。
機械いじりが何よりも好きで、生物のことには全く興味がない。
毎日毎日、息を吐くようにヘンテコなものをポンポン作り出す。
生物研究部なのに技術部より凄いものを作ってしまうというのは喜ぶべきかどうなのか。
とりあえず、そちらの分野での頭の回転の良さは折り紙つき。
その反動で(?)常識面の思考回路が多少おかしいが、それは京香のせいではない。勝手にそうなったのだ。
何故A県へ行こうとしているのか詳しい事情を聞いてみると、どうやらこういうことらしい。
しばらく前に発明絡みで知り合ったA県在住の知人が珍しい機械のパーツを大量に手に入れた。そして、欲しいなら直接取りに来てくれれば分けてあげるよ、と連絡してきた、と。
「それなら確実に行けるように電車でも使ったほうがいいでしょうに」
「これでだってちゃんと完成させれば確実に行けるよ」
「ちゃんと完成すれば、ね」
京香は復唱した。「そもそも、元が冷蔵庫なのにちゃんと飛ぶの? それ」
「ああ、もちろん」
孝作はなんの迷いもなく答える。
「ま、そうでしょうね」
京香は呆れたように言いながらも、それだけは同意した。
ちゃんと飛ぶのか、などと尋ねたものの、この冷蔵庫は飛ぶには飛ぶんだろうなという予測はあった。
孝作はそれだけ開発能力が高いというか、物理法則を無視した物を平気で作り出すのである。
「で? 完成まではあとどれくらい?」
「恐らく二、三時間ってとこかな」
「そ。わかってるだろうけど用が済んだらちゃんと片付けなさいよ。ただでさえこの部屋狭いんだから」
「わかってるよ」
と、孝作は頷いたようなのだが――。
ガギン、と突然変な音がした。
「あ」
「なに今の音」
「いや、間違って起動レバー踏ん付けちゃって。……まずいなあ、まだ組み立ててない部分もあったのに」
まるで他人事のように言う。
孝作が言い終わるのとほぼ同時に冷蔵庫の底から炎が噴き出した。もの凄い轟音・震動とともに冷蔵庫が宙に浮く。ほんの数秒その場に静止した後、堪え切れなくなったように天井を吹き飛ばして大空へと勢いよく跳ね上がり、そのまま明後日の方向へ飛んで行った。
残されたのは校舎の一部だった瓦礫の山。
「――やれやれ」
焦げた破片を掻き分けて外に出ると、京香はケホッと咳をした。
やはり飛ぶには飛ぶのである。いつものことだ。
そして間違いなく、私はこれから校長からのお説教だ。
孝作を乗せた棺桶……じゃなかった、冷蔵庫……でもない、飛行船は目的地の反対方向、県を二つほど越えた山奥で見つかった。
見つけるのに時間がかかったせいで多少干乾びていたが、お湯をかけたら元に戻った。
数日後。
京香が部室へ行くと、孝作はまた懲りもせず機械相手に格闘していた。
聞けば、今度は『海を凍らせて走る靴』を開発中とのこと。素材はアイロン。
「毎日毎日機械ばっかり。あんた一応は高校生なのに異姓とか興味無いの?」
「そうだなあ。でもこいつらより魅力的な相手なんて見つかりそうもないし」
孝作は振り向きもせずドライバーをぐりぐり回す。
……やれやれ、と京香は肩をすくめた。
今更だけど、一体どこで間違えたんだろう。
もう少し普通の思考回路を持った生体ロボットを作ったつもりだったのに……。