08.相棒の真名は
真名の交換儀式。儀式、という単語があるため、厳かなものだと思われがちだが実際は簡単だ。
テレパシーで真名を伝え合うだけ。ただそれだけのシンプルなもの。
だからすぐに終わるものだ。
俺とフラットは教壇に立ち、先生の合図に従いテレパシーを用いて真名を伝え合い始める。いや、俺だけが一方的に伝える形となってしまった。
「(真名は、カイル・リノ・アンダールイスだ)」
リノ、という名前。普通であれば、反応するはずだ。こういう名前は一つの忌み名でもあるのだから。
しかし、フラットは成績が悪い。言い換えれば頭が悪いということでもある。学校でもこの名前が忌み嫌われるのと理由を教えるのだが、それを知らないのか自分の無い真名を伝えてきた。
「(真名は、なーいよんっ)」
どういうことだろうか。確かに孤児は、少ない確率で神霊地で親から名付けられないまま孤児院に引き取られることがある。そういう場合は孤児院の管理者などが神霊地まで赴き、代わりに名づけるはずだ。
どうして名付けをされていないのか。
考えに没頭する俺に対し少し困ったように右人差し指で頬を掻き、先生に「終わりました」と一言かけたフラットは、俺に「後で話すからー」と言うと自分の席に戻って行ってしまった。
俺も慌てて自分の席に戻る。
席に戻った俺達を確認しながら手に持った記録用紙を見て、一人一人の使い魔と名前を一致させていく。基本的には儀式後に使い魔の名前を先生に報告するのだがフラットは元々このクラスメイトなのでそれをしなくてもいいのだ。
「(アンダールイスー。説明するけど、いい?)」
頭の中にフラットの声が響いて来る。どうやら名前がない理由を説明してくれるらしい。
「(あんね、孤児院に預けられたときに名前がどこにも書いてなかったから、院長先生が神霊地まで行って名付けようとしたらしいの。それか名前の確認。で、『名付け石』にオレを置いても反応しなかったから名前がないって思って『名付けの泉』に行ったんだって。んで名付けたはずだったんだけど、確認のために『名付け石』にオレを置いたら、また反応しなかったらしくってさー。それを何回か繰り返したんだけど全然ダメでね。だから真名がないのさ)」
平然とその事実を俺に告げる、いやテレパシーで送るフラット。
そうなのか……。しかし、『名付け石』が反応しないとはどういうことなのだろうか……。ありえるのか? 今度実家に帰るときは書物庫で調べておこう。
「今日はこれで解散だ。じゃ、カイルとフラット、ついて来い」」
名前の確認はすでに終わったらしい。先生は俺とフラットを交互に見ると廊下へ出て行ってしまった。
右からロジスに「早く行けよ」と叱咤されてしまったので急いで立ち上がる。使い魔の小人の名前が知れて嬉しかったのか、ロジスはとてもいい笑顔だった。
フラットも左に座っていたキャムという人と前に座っている人に叱咤されたのかあわあわと立ち上がった。
「ほれ、行こか!」
走って教室の前にある扉まで駆けていくフラット。待て、お前は相棒を置いていくのいか。まぁ確かに先生を待たせるわけにもしかないし……。結局俺も走る。
「歩きながら説明するよ」
廊下で待っていた先生は俺達二人を見ると歩き出した。その後ろを二人で付いていく。フラットは少し息が上がっていた。え……。まさか、今の少しの走りで? 運動の授業で体力が全然ないのは知っているが……まさかこれほどとは。
「わかっているとは思うが、今から学園長の部屋に行く。色々説明したいことがあってな。あ、フラット」
「はい、なんですか?」
「とりあえずお前は使い魔を召喚するなよ?」
「わかりましたー」
歩きながら説明すると言われていたのに会話はこれっきりで終わってしまった。その後はひたすら無言で先生の後についていく。
フラットもそのことに居心地悪くなったのか顔を下に向けていた。
ひたすらに無言、無言。一秒が長く感じる。先生の後ろ姿しか見えないが、その背中はとてもうきうきしているように感じられる。
学園長室の扉が見えてきた。早く着けと縋るような眼つきで前を見る。
先生は扉の前で立ち止まり、こちらを振り向いた。
「お前らに会ってほしい人が居るんだ」
「会って欲しい人?」「会ってほしー人?」
言おうとしたことがフラットと重なり、二人でお互いを見合わせる。とても微妙な顔をされた。少しグサっと来たかもしれない。
「そうだ。別に会わなくてもいいんだけどな。本人が会いたいって、直々に」
会いたい? 物好きか、或いは研究者だろうか。人を召喚は珍しいしな。
先生はまたドアの方に振り向く。重々しい雰囲気のある扉の取っ手に手を掛け、ゆっくりと押し開ける。
中には人がいた。学園長先生と若い20代ぐらいの女性と、幼い子供。
先生が若い女性と幼い子供に微笑むと、若い女性は先生に微笑み返し、幼い子供は自らの短い手足をこちらに突き出して満面の笑顔で「たー!」と出迎えた。
先生が進むあとについて中に入る。先生がその幼い子供を抱き上げると、幼い子供は嬉しそうに手足をバタバタ動かした。扉は開きっぱなしだったのでフラットが閉めていた。
しかしこの女性……、見たことある気がする。
それは教科書だったか、実家の書物庫で見たのか。よく思い出せないが、見覚えがあるような……?
「はじめまして。クーノ・ウドと申します」
柔らかい笑みを携えて、右手を出し握手を求めながらこちらに近づいて来る若い女性。いや、ウドさん。
名前を聞いた途端、俺はこの女性が誰なのか気がついた。
「人を、初めて召喚した人……」
「あら、ご存じでしたか?」
使い魔として初めて人を召喚し、今もツァーグラウンドでその名を馳せて活躍している魔法使いの、クーノ・ウドさん。それが、この女性の正体だ。
幼い子供がめっさ先生に懐いちゃってる。一応名前は考え済み。
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