06.爽やかな友人と愛らしい小人は
目の前には虹色の靄が広がっていた。この空間にはそれしかない。声が反響していて、何を言っているのかよくわからない。耳を凝らして聞き取ろうとする。
「き――、――――れ。――――れ――――れ!」
声は段々大きくなる。頭の中に鳴り響いてガンガンする。
「――れ! ――れ! ――れ!」
うるさいうるさいうるさい!
目の前にはいつも通りの自分の部屋の風景が広がっていた。少し気分が悪い。いやな夢を見ていたのは覚えているが内容がいまいち思い出せない。何の夢を見たのだろうか。けれどそれを考えても仕方がないなと思いつつ、ベットから身を起して身支度を済まして食堂へと行く準備をする。
規定服を着終わり部屋のドアの取っ手に手を掛ける。後ろから見られているような気がして振り向くと、青い靄が見えた――――気がした。
目を凝らしてみるがそこには何もない。いつも通りの部屋だ。
勘違いだったのだろうか。いや、確かに視線を感じたぞ……?
胸にもやもやした感情を溜めながら、ドアを手前に引いて廊下に出る。
だから、カイルは知る由もなかった。
青い靄が再び自分の部屋に現われて、カイルの背に向けて言葉発したことを。
俺が廊下に出ると、向かって反対側の壁にロジスがいた。腕を組んで壁によりかかり、顔をあげてこちらの姿を確認すると清々しい笑顔を向けてきた。
「よっ!」
「おう」
軽く挨拶を交わしあい、二人で並んで食堂に向かって歩き出した。ロジスの足元には昨日召喚した小人がいる。その小人の背丈はロジスの膝ぐらいしかなく、オレ達の歩く速さに付いていくのが難しいのか小さい足を一生懸命動かして走らせている。
その小人を見ている俺に気付いたのか、ロジスは自分を見上げている小人に向かってふっと笑うと、小人の脇に手を入れて抱き上げた。
「随分扱いに慣れてるんだな」
「ん? あぁ、孤児院では小さい奴らの面倒もよく見てたからな! これくらい簡単だぜ?」
孤児院、という言葉が出てきたので瞬時にまずい話になったなと気まずくなる。
「いや気にすんなって」
とロジスに爽やかに言われ、顔に出ていたのだと気付く。悪いな、と一声かけて再び小人を観察することにした。
首にはロジスの腕に巻かれているバンダナと同じ橙のバンダナをしている。頭は三角帽子を被っていて、バンダナとは少し違う柑子色をしている。服は質素な感じのする貫頭衣を着ている。靴はしっとりした布で出来ているようだ。
小人はロジスに抱かれているため顔をロジスの胸に押しつけていたが、俺があまりにもジロジロ視線を寄こしているためか、くりくりとした髪の毛と同じ海老茶色の瞳を少し細めて不機嫌そうにこちらを向いた。
「……な、に」
それは、そう。小鳥が啼いたような声というべきか。とてもかわいらしい声であって。
「い、いや、なんでもない」
唐突に話しかけられた、ということも加わり狼狽する。ロジスから見れば俺はひどくあたふたしているのだろうが驚いたのだ。仕方がない。
「君が気になってたから見てたんだって。こいつはボクの友達のカイル」
「カイルだ。よろしくな」
主人であるロジスが俺を友達だと紹介したからだろうか。不機嫌だった顔は瞬く間に花が咲いたような笑顔となり、少し赤みのかかった頬を緩ませた。
「よ、ろ、し、く」
一文字一文字、薄いピンク色の口から発せられる言葉。それは一つ一つが魔法の言葉のよう。
何気なく前を見ると、女子生徒の姿がこちらへ歩いて来るのがちらほら確認できた。どうやら女子寮生と男子寮生が合流する廊下まで来ていたらしい。
右に曲がり、前を歩く生徒にクラスメイトがいるか探してみる。
灰と黒の虎模様の猫に赤いバンダナが巻かれていた。心当たりがあるので目線を上へと辿らせると、栗色の髪の毛を持つ女子生徒が視認出来る。後姿からするに彼女はクラスメイトだろう。
クラスメイトの姿を捉えたからといっても話しかけるわけではない。なんとなく、だ。そのクラスメイトはどうやら前にいる人に話しかけているようだ。他の人より少し長い上着。無造作に耳の高さで束ねられた髪の毛。
振り向いた女子生徒は予想した通り、淡い青い透明なメガネをかけていて、前髪が目を覆い尽くすような長さまで垂らされていた。
フラット。それが彼女の名前であり、同時に俺の使い魔の名前でもある。
女子生徒にはブルーと呼ばれていた。
使い魔の主人として話しかけるべきかまごついていると、隣にいたロジスもフラットに気付いたらしく、ひそひそ声で話しかけてきた。
「フラットは一応お前の使い魔だろ? 話しかけなくていいのか?」
その言葉に背を押されたように――実際ロジスに背中を押されて二、三歩よろめく。視線を足元から前に移しフラットに話しかけようとした。
結論を言うと、出来なかった。
フラットがいるはずの場所はすでに食堂の中であり、彼女達はすでに右、ないしは左に曲がったのか視界から消えていたのだ。
背中を押して勇気づけてくれたはずのロジスは右でそっぽを向いてクックと笑っており、更にはそのロジスに抱かれている柑子色の小人も笑っていた。
朝食はそのままロジスと取っていたが、俺の顔を見るとすぐに思い出したように笑い出す。いたたまれない気分になり、ロジスの顔を見ないようにうつむいて食事をとることになってしまった。
ロジス無駄に明るく爽やか。女子に人気があると思われるけど。
カイルはフラットを特別意識してるけど恋愛感情ゼロってところですな。
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