30.他四ヶ国語の言語は
男子寮はロビーが使えなくなったが、そのほかは変わらず。ロビーの丁度上の階の部屋を使ってる人は他の部屋を使ったりしたものの、それ以外はいつも通りであった。
先生に二度目の事情を聞かれ、その後はいつも通り過ごす。
月曜日の朝、ドアを開ければ無言で壁によりかかっているチェリアがいた。
「……おはよう」
「おはよ」
空気に耐えかねて挨拶をすれば、ご機嫌斜めと言う風にチェリアが返事をする。まあ、仕方ないが、もうすこし凹んでいそうだというのに。
チェリアに抱き締められた小竜は苦しいのか、もがいて抜け出そうと頑張っている。そして諦めた。
「昨日、あの後どこ行ったんだ?」
少し尋ねにくい質問であったが、やはり気になるものは気になるし
「……友達の部屋」
「へえ」
何したんだ、と訊くのは無粋だろう。にしても、友達の部屋か。ロジスがいない状態、それを踏まえて行く友達の部屋。……かなりの親密度がないとダメだよな。
流石に、俺もチェリアの友好関係をすべて把握してるわけじゃないからな。
「……大丈夫か」
尋ねた後に自分で後悔した。大丈夫なわけがないじゃないか。俺はバカか。ダメ人間だ。
「どうかな」
チェリアはフッと笑った。儚い表情。……美少年だと、絵になるな。
「おっはよー諸君! う? あれれれれれのれれれれるぇ? あ、ちょっとクドすぎたねサーセン。ところで、シフターはどこだい?」
食堂に着けば、待ち構えていたのはいつもの三人。そしてフラットから尋ねられた、この質問。……ああもう、事情を知らないのは嫌でも承知だが、だあああ!
「ぁあ、ロジーなら風邪だよ」
「あら、大丈夫ですか?」
「あとでお見舞い行こうか?」
「フラットさんもモニキャムの意見に賛成であります!」
最初はどもったものの、それほど違和感なく答えたチェリアにほっとしつつ。お見舞いに来ると言う三人をどうかわすか。
「るろ、ろロジスが風邪うつしたくないってな」
あああああオレが噛みまくってどうする! フォローするつもりが余計怪しくなってしまった。俺はバカか。チェリアの視線が少し厳しい。
「おいおい相棒、噛みすぎじゃないかい? ふーん? チェリアはその部屋で大丈夫なん? 風邪うつらんの? てか、治療系使い魔なのに風邪ひいてどうするんだよ」
ロジスがいないのをいいことにからかうフラット。……いや、こいつは本人がその場にいても言いそうな気がす、って俺は何故自分の使い魔にひどいイメージを!
「ぼくは大丈夫。心配してくれてありがと」
「ふむ。ま、チェリアがそういうならえっか」
話は一段落ついたようだ。……ふぅ、無駄に疲れた。流石に顔には出さないが、心臓がバクバクだ。嘘をつくという行為は、緊張を促す行為である。これは、昔の近衛騎士が言っていた言葉だ。言葉が残されているのに、名前は残されていない、というのを不思議に思って、それのお陰でとてもよく頭に残っている。
「んで、突然お話は変わりますが」
「なーに?」
「こう、言語について考えてみました」
「ああ、そういえば今年の外国語の授業はシア語ですわね。それが?」
「いえいえ違いますのよ。そうではなくてですね。あ、これはあくまでフラットさんの考えなんですがね。本を読んでたときに思ったんですよ。あ、えと、いや、あ、あ、もう! うあああ話がまとまんなくてすいません……」
「いいのいいの。ほら、続き続き」
「うい。で、本の中で、他の言語のない世界の話なんですがね。そこに神様から使者が現れるんですの。それで、色々あって、話は通じてるけど実は違う言語をしゃべってたんだ! って話になるんだけどさ。なんか、おかしくね? だって、『他の言語がない』んなら、そもそも『言語』って言葉が生まれないじゃん? そこをね、疑問ったんです」
……随分と哲学的な話をするな。こいつはホント、訳がわからない。バカなのか、頭がいいのか。いや、二つに分類するんじゃなくて、他のものに分類してみようか。
「そうだねー……じゃ、それから考えると、あり得ないってされてるほとんどのものは実在されることになるよ?」
「いや、まあそういう視点もありかなって。モニーとか、チェリアはどう思う? あ、あと相棒も」
……後からつけたされたように言われた言葉。少し心臓にグサッとくるものがあった。
「ところで、それはなんの話ですか?」
「あ? えと、確か『リンデ・タウ』って感じの題名だった」
「何それ。ぼくもそれ読んでみよっかなー」
「おい、順番来たぞ」
前の人が配膳を終わらせたのに、話に夢中になって気付かない四人をたしなめれば、いそいそと皿を取って料理を取り始めた。ったく……。
「ちっちゃい頃ってさ、スイカの種食ったあとお腹に生えるかとビクビクしなかった?」
「あ、したー!」
「私もしたわ。侍女に笑われて恥ずかしかったのよ」
フルーツとしてスイカがあったがために、スイカのことについて話始めれば、もうそれはそれは盛り上がった。いや、いつも通りなんだがな。
事の発端、というまでもじゃないが、フラットが白い種を取らずにそのまま食べていたことからである。それに気付いたチェリアが指摘したことから始まった。
「アンダールイスは?」
「ん? ああ、オレはすでに胃の中で消化されるのを学んでいたからな」
会話が止まった。
……これだけは言わせてくれ。心の中だし。空気を読まなかったわけではないのだ。
「いやはや、流石ですなー……。えいさい、きょーいく」
「すごいね……」
「同じ貴族として、ちょっと私ダメね。うふふっ」
「キリーがすごすぎるだけだよ」
十人十色の反応をされる。
英才教育については、まぁ。
元々、アンダールイス家はそこまで教育はしないのだ。幼いころならば、王族の子供の遊び相手が仕事である。だが、俺の代は。俺の代は、先代のことで周りが、色々、だったから。せめては、勉強、と。
別に無理やりやらされていたわけでもない。勉強は、やればやれほど身のためになるし。
「ねね、貴族の教育って他になにやるん? よーわからん!」
「俺の家は少し他と違うからわからないが……他四ヶ国語は習った」
「あら、すごいわ! 私は帝王学を少々。弟が生まれるまで」
帝王学か……。俺は勉強しなかった。騎士ならば、必要ないからな。ただ、一応、保険のために今度勉強しようかと思うが。
「そっかー。弟君元気?」
「ええ、元気よ」
そうして、チェリアの、今にも泣きそうな顔に気付かず、時は過ぎて行くのだった。