29.前歯のあるネズミは
「とうっ!」
一人ポツンと座っていたナルニーナに掛け声とともに飛び付いたブルー。
その途端。ナルニーナの体が、ガクッっと下がった。
「おぅえ!? ご、ごめん!」
料理の乗った皿に顔面から衝突する手前、ナルニーナ自身が腕で支えてその事態を防ぐ。あと一歩で顔面がトマト真っ赤になっていたであろうナルニーナの顔は驚きで一杯だった。
腕で支えた際に大きな音がしたのか、周りの人はちらほらとこちらを見ている。本人たちはそれに気付かずただ驚いてるだけだけど、あたしは委縮しちゃいます。
ブルーはというと、驚かすつもりだっただけで、体重をかけて体がガクッと行くとは思わなかったために、困惑しながら謝ざるをえない。まあそれもそのはず。
ブルーはいつも誰か、特にあたしに抱きついたりしてる。けれど、みんな驚いて竦んだりすることはあれど、急に体が折れることはない。人間には反射神経というものがあり、もし体重をかけて抱きつかれたらそれに反発する力が自然と発生するはずなのだ。多分。
「え、ぅぇ……? え、あ、そっか……。ううん、大丈夫、です」
自分でも何が起きたかわからない様子のナルニーナ。驚きすぎて腰が抜けたのかもしれないけど、それは別としても、何が起きたぐらいかはわからないかな? ……あ、あたしがブルーの抱きつきに慣れ過ぎてるだけ、かな?
目をキョロキョロと動かしてブルーをを見ると、納得したようにうなずいた。
「ごめん、ほんっとご、ぅたっ! いやそんな痛くなかった!」
気の動転している加害者、ブルーはもう一度深々と頭を下げ、手を添えて謝る。そしたらジェリー指の先に噛まれた。
「こ、こら、やめなさい!」
「いやーいいんよ。う、い、いやだからってそんな強く噛みなさんなジェリーさんんん、た。マスターのこと驚かしちゃったもんなあ」
ブルーに止められて、一度はジェリーを引きはがすのをやめたナルニーナだったけど、ジェリーがより一層強くブルーの事を噛み始めたのを見ると慌てて引き剥がした。
「ご、ごめんなさい、うちのジェリーが……」
「うんにゃ、ほら、甘噛みやで」
「それに今のはブルーがわるかったもんねー」
「うぬうぬ」
ナルニーナがジェリーの体を触るように叩く。その手がジェリーの黄土色の体に触れる度、毛がぽふぽふ音を立てた。ように感じた。いや、そんな音はしなかったけど、なんとなく音が出てるような感じがしたの。
「そんでさ。オレたち今から昼なんだけど、ご一緒してもよろしくって?」
ナルニーナの座っている周辺には人はいない。別に避けられてる様子はない。食堂を見渡せば、他にもちらほらそういうところがあるしね。
「あ、はいよろこんで」
許可を得ました。ということでルーにはナルニーナの所で待ってもらって、昼食を取りに行く。
ブルーはさっき、「ご一緒してもよろしくて?」みたいなこと言ったけど、これはもちろんふざけて言った言い回しである。それに対してナルニーナの「よろこんで」は素、だと思う。
モニーも素でそうやって返すような子だよね。ナルニーナも結構育ちはいいのかな? まあ貴族なんてほとんどそんなものか。
いやいや、貴族を軽蔑してるつもりはないよ、なんかそういう言葉になっちゃったよ。なんで自分に言い訳してるんだろ?
後ろを振り向いてナルニーナを探す。さっきまでいた場所を見るだけでいい。
ナルニーナが、机に突っ伏していた。え、大丈夫かな? さっき育ちはいいって思ってただけになんか行動が意外だよ。
人差し指でブルーをつんつんと突っつく。
「うん?」
「あれ」
「あー、ナルニーナ? さっきオレ達が席を離れた瞬間に、腰が抜けたーじゃなくて緊張が解けたように突っ伏してた。髪の毛ちょこっとトマトにグチャってた」
見てたんだ……。あたしの記憶する限り、今日の料理が書かれた板とにらめっこをしてた気がするんだけどね。
「あ、そうそう、さっき疑問に思ったんだけどさー。……聞いてるー?」
「うん、聞いてるよ」
「よし、ではお話しませう。さっきていうか、ジェリー見てて思ったんだけどね。いつか読んだ絵本があるんだけど」
「絵本って子供だね」
「うるさいやい。ちーっと静かにしとれい。で、その絵に出てくる鼠って、めっちゃ前歯が長かったんだよ。その鼠の顔の半分ぐらいはあったなー」
「……それで?」
「それで、なんですが。その話は、いつも怠けてばかりのネズミさんが、自分の前歯で木とか色々かじってみんなの家を建ててあげましたって話なんだけども。どっかで読んだ本に、あ、確かの話だよ? 覚え間違いかもしんないんだけど、鼠のあの前歯って一生伸び続けるんだって」
「え、そうなんだ」
「そうそう。んで、硬いものかじって前歯擦り減らすんだって」
「痛そうだね……」
「だよね! じゃねえよ話ズレた。で、前歯放置してそのまま伸ばすと、口塞いじゃって食べ物取れなくなって死んじゃうんやて」
「へぇー……。豆知識だね」
「うん、フラット博士による豆知識です。んだからさ、その絵本のネズミは家を建てる前に餓死したんじゃあるまいかという」
「あー……、まあ絵本だし?」
「絵本だしね。さて、選びましょか」
自称フラット博士による豆知識が話されて終わってみれば、丁度順番が回ってきた。さて、何食べよっかなー。
補足です。休日の昼食は食堂です。