28.一族で尻尾を振るのは
「うわっ痣が青ってるー。マジないわー……」
いつものように、休日は昼過ぎまで寝るルームメイトがそういった。「惰眠をむさぼっているのですよふっふっふー」と言ってなかなか起きないわけだけれど、今日はそれでもいいかなって。
昨日は、とても疲れたはずだから。
怪我ひとつなかったけれども、少なくとも精神的には疲れたと思うし。
布団がもそっと動いて、あっそろそろ起きるのかな、と時計を見ながら考えていたら、髪の毛をぼさぼさにして起き上がったブルー。
あたし達の部屋にある二段ベットは、下の段の天井が低く、その分上の段の位置も低い所にある。まあ、かと言って、落ちたら痛くないわけではないんだけれどね。
机に座っているあたしからすると、ちょっと上の段は見にくいけど、見えないわけではない。
平日のように無理矢理起したわけじゃないから、機嫌は悪くないはずなんだけど、何故か眉をしかめていた。
眉間にしわを寄せたまま、乱暴に自分の布団を剥ぐと、ズボンの裾を太ももまで上げる。
青とも緑ともいえない色となっている、自分の膝に出来ていた痣を一度押し、その後も数回押して、口から先程の台詞が出たのである。
「ブルーだけに?」
「あ、そうだねー。……いやいやブルースカイですし。緑い感じの青ちゃいますし」
ちなみに痣を押すたびに少し痛がっていた。
「いーまなーんじー?」
それに答えようとするも、今この場所から時計は見えない。少なくとも十一時は回ってるはずだよねと思いつつ、立ち上がって見に行こうとすれば、膝に乗っていた使い魔が素早く時計を見に行ってくれた。
「十二時二十六分です!」
「ありがと、ルー」
雑用みたいなことでわざわざありがとうね、ルー。
「何時て?」
「十二時二十六分て」
ブルーにはルーが鳴いたようにしか聞こえなかったから、通訳する。その傍ら、両手で抱き締めるようにしてルーを撫でる。
「じゃーお昼行こかー」
「そうだねー」
間延びした同意を誘う言葉に、こちらも同じく間延びした声で返事をする。たまにこうやってうつっちゃうんだよねー……。
「そういやーね。犬って、うれしいから尻尾を振るんじゃないんだってー。原因はわかってないらしいんだけどねー」
色々と単語が修飾された発言。慣れてないと解読が難しいと評判のブルーの発言。本人は「頭の中ごっちゃになってるんよなー……」と自覚してるからいいんだけど、この癖は治せないらしい。寝起きとか、そういうのを抜きにしてダメみたい。
二段ベットに備え付けられた梯子を降りつつ、こちら、おそらくルーを見ながら言った。
へえ、そうなんだ。ルーは今尻尾振ってるからね。それで急に言ったのかな?
「でもブルー、この前は、えっと……、『うれしいか犬っころ』みたいな感じのこと言ってたけど?」
「いやいやその後に本読んだのー。あ、でも普通の犬のことだから、使い魔になると違うんじゃね? 知らね」
ブルーは夜中の寝返りよってボサボサになった髪を梳きながら、最後は会話を放棄した。いや、放棄したわけじゃないんだけど、よく「知らね」で会話が終わることが多い。面倒だから放棄したわけじゃないのはわかるんだけどね……。
「どうなの? ルー」
「あ、えっと、あう……」
急にルーが「くーん」と鳴き始めた。言葉にも何か戸惑いのようなものが混じってる……?
「何?」
「その、使い魔の犬は、相手に感情を悟られないために尻尾を振りません……」
質問の答えになってないんだけど、
「え?」
「え、何、ルー何言ってんの」
「あとで、ちょっと待って」
歯磨きをしているブルーには片手で制止を命じておく。じゃなくてお願いしておく。
尻尾を振らない? 理由は納得できたけど、
「ルーは尻尾、振ってるよ……?」
「……す、すいません! わたし、一族の中でも落ちこぼれというか、無能といいますか……。その、尻尾を動かさないようにすることもできなくて……」
なん、か、空気が重くなっちゃったような――
「え何何何ルー何言ってん教えてえええええええええええええええ」
のは気のせいだった。気のせいじゃなかったけど、ルーの言ってることがわからないブルーは空気も読めず、抱きつきながら喚いてきた。一瞬首絞められた。
「ううん、気にしないでいいよ。さ、食堂行こっか」
「は、い、マスター」
「うん、行こっか。……いやはぐらかすなし! めっちゃ気になるやん!」
ルーの返事にはいつもの覇気がないな……。
空気を壊してくれたブルーにはありがとうの代わりに受け流しをしてみた。まあ言わなくてもいいよね、って思ったから。
あたしが返事をしないと、ブルーはそのまま黙ってしまう。まあこれもいつもの事だから、ブルーも対して気にしない。
ほら、後ろを振り返ってもいつものダルそうな顔。ちょっと半目かも。
廊下を歩きつつ、ブルーは髪の毛を結ぶ。
足元にはルー。尻尾はそのある気に合わせてユラユラと揺れている。
そっか……。普通の使い魔の犬は尻尾、振らないんだ。でも、別に戦争とかあって戦ってるわけじゃないし、別に気にしなくてもいいよね。
それより気になったのが、一族とかなんとか。
一族とかって、何か力があるイメージ。本を読み過ぎっていう影響もあるのかもしれないけど、実は秘伝の術が、とか、こういう特性が、とかそういうイメージがある。
だから、一族の中では無能でも、犬の使い魔の中では結構良かったりするんじゃないかな? って思ったり。
そんな考え事を延々として、気がつけば食堂。しかも中に入ってる。
「あ、あっちにナルニーナいるー。行こ!」
「あ、うん」
ちょっと考えに集中しすぎてたんじゃない? とか、え、こんなに考えるとか実はショック受けてるのかな、まさか。とか思いつつ、とりあえずブルーの背中を追いかけることにした。
長らく更新せず申し訳ございませんでした!