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26.よくわからない用件は

 応接室。

 それは、学園長室の隣にある部屋である。

 学園長室にも客人用のソファーなどがあるが、それは学園長への客の場合に通されるのであり、生徒への客の場合は応接室が利用されることが多い。

 道はわかっているものの、先生に連れられて応接室まで行けば、扉の前にはフラットが立っていた。あからさまに驚くということはしなかったが、眉を顰めて不思議がる俺にチェーカス先生が説明してくれた。

 父上は俺とフラットに話があるらしい。

 確かに手紙にはフラットの事を書いたし、気になったのかもしれないが何故こんなときに呼び出すのだろうか。

 不審者はロジスとチェリアを狙う、という不可解なことをしたが、だからといって学園に来た貴族がまた狙われないとは言えないといのに。まあ父上なら強いし不審者を打ちのめすこともできるかもしれないが。

 片手でバンダナを巻こうと頑張りながらこちらに軽く手を振ったフラット。そういえばさっきバンダナを巻いてなかったような……?

「相棒のお父様だって? なんの話かね?」

「俺にもわからない。入るぞ」

 応接室の扉を控えめに叩く。先生はそれを確認すると踵を返して歩いて行った。

 フラットは急いでバンダナを巻こうとしている。急いたせいで上手く巻けず、バンダナをスカートのポケットにしまった。

「どうぞ」

 中から父親の入室許可が出る。フラットをチラッと見れば緊張してるようだった。

「(緊張しなくていい。父上は優しい方だ)」

「(それでも緊張するわい!)」

 実際、声からは、名誉騎士であることを感じさせない、とても温和な性格が出ているし。

 扉を開けて中に入れば後ろからフラットがついてくる。オドオドしながら下を向いて歩き、扉が自分の重さで閉まる音にビクッとしていた。

「父上、お久しぶりです」

「堅くなくて良いんだ。そこに掛けてごらん」

 柔らかい笑顔から発される言葉には年よりも老いた感じがする。

 父上の座っている一人掛けのソファーの、向かい側にある、扉側の三人掛けのソファーに左から座る。それを見てフラットもいそいそと右から回って座った。

 父上は、足を閉じ、膝に手を当てて下を向いてるフラットを優しげな目つきで見る。

 笑っていた顔を、より一層崩して朗らかに笑うと俺とフラットを交互に見て口を開いた。

「カイルの父の、ボーデン・アンダールイスだよ。よろしくな」

「え、あ、よ、よろ、う、よろしくお願いします! え、えと、あい、あん、あ、か、カイル、君の使い魔のフラット・ブルースカイです!」

「ははっ楽しい子だねえ」

 緊張しすぎだろうと言いたくなるほど噛みまくりな台詞に、父上が口元をゆるめる。

 フラットは何を考えたのか俺をカイル君と呼んだ。……いや、何を考えたのかは大体わかる。アンダールイスと呼ぶわけにもいかないし、相棒というのも変だ。それで迷った挙句カイル君と呼んだのだろう。しかも最初は呼び捨てにしようとしたが、目上の人だからだとか考えて君を付けたのだろう。

 カイル君を呼ばれた俺は非常にむず痒い。

 よくよく考えてみれば、俺はフラットに名前で呼ばれたことがないのだ。

 楽しい子だと言われて照れてるのか恥ずかしがってるのかわからないフラットを見ながら、父上に質問することにする。

「父上、本日はどのような用件で……」

「ああ、すまない。その、な」

 ……もしかして、俺の使い魔を見るためだけに来た、などというわけではあるまい。

 再び俺とフラットを交互に見る父上。一度ゆっくりと目を閉じると、息を軽く吸ってこう言った。

「フラットちゃんを、しっかりな」

 ……父親の考えていることががわからない。

 しっかり、とはどういうことだ。

フラットの方を見れば、フラットも同じようにわからないという顔はしていなかったが、困ったように笑っていた。

「いえいえ、そこは『カイルを、しっかりな』ではないでしょうか。私がカイル君の使い魔なわけですしー」

「はっは、そうだったね。すまない、この年になると頭がボケてな」

 二人で打ち解けたように笑う中、一人だけおいてけぼりにされてる気がしなくもないのだが。

 フラットは父上の言おうとしたことをしっかりとわかったようだ。

 父上の用件とは今のことだったのだろうか? ……まさかな。

「フラットちゃんと話したいことがあってね。カイル、席を外してくれないか」

「はい、わかりました」

 そうか、父上はフラットと話したいのか。

 だが……何を話すのだろうか? 父上に一度お時儀をして部屋の外へ出る。

扉が閉まる前にフラットを見れば、助けてくれとでもいうように焦った顔になっていた。

廊下でこのまま帰るかここで待ってるか考えたが、あの状態のフラットを置いて帰るわけにもいかないなと思い、待つ頃にする。

 あの柔和な父上の事だ。「息子をよろしく」とか……いやいやまるで婚礼の言葉じゃないか! 断じてそういうことを考えたわけじゃない! ……俺は誰に言い訳してるんだ。

 はぁ、と小さくため息をついて壁によりかかる。

 先程の、真意がつかめない言葉のことだろうか。だが、「フラットちゃんを、しっかりな」と言ったわけだし、俺が呼びとめられそうなことだというのに。

 応接室の扉が控えめに開けられた。

 出てきたのはフラット。

 扉が閉まる前に中の人、つまりは父上に一度礼をすると、こちらの姿を捉えて近寄ってきた。

「父上はなんと?」

「ん? いやぁ、相棒の学校での様子? みたいな?」

 ……なんだって。

 なんとくだらない用件なんだ。心の中でさっきより大きなため息をつく。

「あ、ねえ、そういやロジスとチェリア、なんで狙われたん?」

「いや、わからない」

 ポケットから灰色のバンダナを取り出し、片手で手首にバンダナを巻こうとしながら問いかけてくるフラットを見ながら答える。

「え、理由ねえのかよ」

「襲撃者は何も言わなかったらしい」

「ふーん」

 フラットが、興味が失せたとでも言うように素っ気なく返答すると会話が途切れてしまう。ちなみにフラットはまだバンダナが巻けてない。

 ふんっ、と意気込んで手首を捻ったりして頑張っている。迷った挙句、

「て――」

「よしっ」

 つだおうか、と言おうとしたんだが……。

 フラットの手首にはしっかりと灰色のバンダナが巻かれていた。取り越し苦労だったか。


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