23.闇夜の少女の決意は
閑話でもよかったのですがとりあえず。
短めです。
静かな夜だった。
月は満月にほど近く、明日には満月になるのではないだろうか。空には星がサンサンと輝き、民家を優しく照らしていた。
子供は寝静まり、大人はチラホラ起きているぐらいの時間。
とある路地に、二人の人間がいた。
「今日、アヤツが見つかっての」
「それは信じて良い情報なの?」
いくら星と月が民を照らしていようと、路地裏にいる彼らをしっかり捉えることはできない。
一人は如何にも怪しい恰好をしている。フードつきの服を着ており、フード自体は顔を隠していないが、暗闇とフードの影がその人の顔を認識させなかった。
服は如何にもおとぎ話に出てきそうな悪い魔女という感じである。
声は老婆と老爺が混ざった声で、性別を確認することはできない。
フードの隙間から見える長い髪は白ではなく黒。いや、藍。暗闇だから藍に見えるのだろうから、本当は青なのだろうか。染めていないのなら色素欠乏症なのかもしれない。
無色透明のメガネをかけており、それは時折月の光を受けて光っていた。
「一瞬だけ魔法を使いおった。そのあとは反応しなくなったがの」
「でも……」
もう一人は若い女であった。傍から見れば少し派手目な庶民の小娘である。その女は街頭に近い所に立っているため、もう一人よりは容姿がよくわかる。
少し季節はずれな袖無し服を着ており、丸見えの肩には頭の左右で束ねられてパーマをかけた色素の薄い髪の毛が垂らされている。
「反応はあの魔法学園からじゃ」
「なんですって……」
「アヤツの年齢を考えれば丁度であろう。聞いたところによると、あの学園は第二学年から魔法の授業をするそうじゃ」
「じゃあ」
「そう。魔法の使い方がわからんて、一度漏らしてしまったのだろうな。それをわしが察知した」
「……信じるに値するわね。後は任せて」
「頼んだぞ。ああ、明日は貴族がパーティーをするらしい」
「絶好のチャンスね」
二人が会話をしたあと、若い娘は何事もなかったように道路に出てどこかへ歩いていった。
もう一人はしばらくそこに立っていたが、一度空を見上げるとゆっくり歩いて暗闇へと消えていった。
若い娘が歩いていった先にあったのは一つの噴水。建物が取り囲むように作られた広場の真ん中にある噴水の周りにはたくさんの人が集まっていた。
注目されているのは二人の人間。
一人はしっかりと響く声を震わせて歌っている男。
さきほど喋っていた人のようにフードを被ってはいるがまったく怪しくない。顔を隠しているのである。
身元がバレてはいけない貴族の坊ちゃまだという噂があるが、誰も真実は知らない。
もう一人はなんとなく怪しかった
黒いズボンに黒いパーカー。街中を歩いていたら不審者として扱われそうな服装であるが、男の後ろで楽器を弾いているので見咎められることはない
髪の毛は庶民の男児と女児がするお河童のような長さであり、身長は約百七十もあるであろう人だが、歌っているわけでもないので女か男かはわからない。
しかも両耳あたりの髪の毛はピンで留められていて、異常に長く胸まで付きそうである。
風が吹いて髪が揺れる。
ッ――
男は歌い終える。
周りの人からは拍手があがり、男に向かって金を投げる人も少なくはない。
若い娘もその中の一人である。彼女は純粋にこの男のファンだった。男の歌の虜であった。
男を囲む人たちがまばらにどこかへ散っていくと二人も片づけを始める。金を拾い集めて楽器を片づけたあと、そこを発とうとするが若い娘は声をかけた。
「あ、あの、ファンです! これからも頑張ってください!」
彼女はいつもなら声をかけない。だが今日は声をかけた。何かを、覚悟したように。
「ありがとう。これからも応援お願いします」
男はそれに気付かずに返事をする。いたって普通な受け答え。
しかし、その言葉は彼女の心の奥深くまで染み込んだ。
二人はどこかへ去って行った。噂では学園の近くに住んでいるらしいが、真実を付き止めた人はいない。ストーキングをした悪質なファンもいたらしいが撒かれてしまったらしい。
若い娘は誰もいなくなった噴水の周りで目を閉じた。
そして、呟く。
「これから、も」
嬉しそうにほほ笑んで、目を開く。
その瞳は喜びや悲しみや懐かしさが混ざったような、複雑なものである。息を大きく吸って、吐く。
そうしてまた前を見つめた彼女の瞳はただならぬ決意が溢れていた。
「わたしは、やる。」
そう呟いて大きな一歩を踏み出す。もうこれまでとは違うんだ、とでも言うように。